プロローグ 明編 【息苦しい毎日で】
明編
ガンガン、ピィーという音が部屋に響く。
薄暗い部屋。映る画面が眩しいけれど、もう慣れた。
私はゲームをしている。時間はもう、夜中の2時。静かな部屋で私は淡々と、画面と向き合っていた。
暗い夜はなんだか、好きだ。自分に合っていると思うし。
だから、私は自分の名前が嫌いだ。私の名前は、明るいと書いて、明≪あかり≫。
そんな名前、私なんかにさっぱり似合わないだろう。
私は、暗い人間だと自分の中でだが固定して考えている。
それもそのはずだ。性格は基本、消極的だし、物事は大体、否定から入る。
この長いボサボサの髪の毛だって暗い印象を目立たせているし、メイクだってしたことはない。
それに、どうにも私は、人と関わることが恐ろしくて大っ嫌いなのだ。
そして、もう一つ。
私は今、学校に行っていない不登校である。
未来すら、真っ暗だ。
もう諦めかけている。きっと、何をやったって上手くいかないから、と。
ここまで来ると、もう諦めることが簡単にできるようになってしまっていた。
「姉ちゃん。まだゲームしてんの?」
すると、弟が部屋にやってきた。こんな、時間まで起きていて大丈夫なのだろうか。
母や父に見つかったら、怒られるだろうに。
弟は、普通の学生だ。名前は葵。性格は以外とクール。テンションはいつも一定値だし。それ故に顔がほぼ無表情であるのが難点だが、優しい性格をしていると思う。年は一歳下なので、ほぼ小さいときから一緒の目線で育ってきた。
「俺もしていい?」
「勝手にすれば」私がそう言うと、弟は隣に座った。
弟は私と似て、ゲームが好きなのだ。これは、姉弟の中での共通の趣味だと思う。
「あのさ」
「なに?」
弟が急に、自分から話を持ち出してくるのは珍しい。
悩みごとでもあるのだろうか、私は耳をすませた。
「そういえば俺、来月から姉ちゃんの高校、行くことになったから」
「ふーん、受かったの・・・え?」
姉ちゃんの高校?・・・・・ん? 何か変な違和感が。私は確認ついでに聞いてみる。
「ねぇ、その高校って、朝日葉高校?」
「うん」
私は思わず手が止まり、コントローラーをポロっと手放してしまった。
「ちょっ、なに。」
弟の発言に、私は柄でもなく驚き、弟の両肩を両手で揺さぶった。
「な、なに、手離してくれる」
「いやいやいや!離してじゃなくて!」
私は柄でもなく、酷く動揺した。こんなに、驚愕して目が開いたのは久しぶりだ。
弟が受験に受かった事は知っていたけれど、まさかの展開で私は一種のパニック状態になる。
「なんで、あんた私と同じ高校に受けてんのよ!いや、受けたの!」
そもそも、根本的にから考えて、不登校の姉がいる高校を選ぶ!?
「いや、受けたら受かったし、母さんも父さんも良いって」
弟は決して動じず、あたかも当たり前ような態度であった。
そんな弟の反応に私の感情は、驚きから怒りに変わっていた。
「あ、あんたね!私みたいな姉と同じ高校はいるってどれだけ地獄かわかる!?」
「はぁ。まあ」
じゃあなんで! そう言いかけた途端私は、我に返った。
そして、冷静に言葉を紡ぐ。
「私はね、学校に行っていないから自分がどんな風に思われているのか分からないの。だから、もしも私が変な風に思われたりとかしたら、葵まで変な印象に思われるわけ」
「つまり、俺に被害がくると」
「そう!」私は勢いよく言った。
こんなんでも、大切な弟である。たとえ、反応が薄くて、毒舌で意地悪だとしても。
いつも、一緒にゲームをしてくれて、見捨てずにいてくれた優しい弟なのだ。
そんな弟の人生を、私のせいで汚したくはない。私のせいで傷ついてほしくないのだ。
すると、弟は何故か溜息をついた。
「じゃあ、どうすればいいの」
「えっ・・・・」少しだけ、弟の口調がイライラしていることに気づく。
いつも感情的にならない弟なので、私は不安な顔をした。
「受かったんなら、受かったんだから、しょうがないじゃん。それに、頑張って受かったんだから誉めるぐらいしてよ。それに、入りたいと思ったのは自分の意思だから」
冷たくサバサバした声が私に突き刺さる。そして、葵は私の手を力ずよく振り払った。
弟の静かな怒りは、私を何も言わせずに、驚くほど静かにさせた。
そして、ほぼ放心状態の私は無意識にコントローラーを持ち、頭が真っ白になっている状態で、画面と向き合うのを再開した。
考える事をやめ、私は画面と向き合いゲームに集中した。もし、このまま考えていたら頭がおかしくなるところだったからだ。
☆☆☆
春休み。あと、数日経ったら学校である。
私は2年生に進学する。そして、弟も入学式を迎える事になる。
最悪だ。なんで、どうして、こんな事になった。弟にあの事を聞かせられてから、私は睡眠不足である。勿論、母にもこの事を相談したけれど、「良いじゃない~」と母は笑っていた。うちの家族はどうかしていると思う。
も、もちろん私もだけど・・・。
私は、もう一度、母と話をしようと思い、母のいるリビングへと向かった。
「母さん、いる?」
「あら、明。どうしたの?」
母はテレビのワイドショーを見ながら、せんべいを食べていた。呑気なもんだよ全く。
「ねぇ、あの女優、結婚したって、明知ってる?」
何かと思えば、テレビの話か。私は、「知らない」と軽く返した。
そして、すぐに本題を話す。
「母さん、葵の事なんだけど」
「またー?」
「ま、またじゃないでしょう?」私は、焦りながら言った。
母さんは、見た目通りおっとりしていて、天然な所がある。
それに私がどれだけ振り回されたことか・・・。
葵の事については、母と会うたび話題にしていた。確かに、しつこいと思われるかもしれないが、状況が状況である。私にとっては重大なことだ。いや、本当は家族にとって重大なことなのだけれど・・・。
「ねぇ、葵が大変な事になっちゃうかもしれなんだよ・・・!」私は小走りで母の元へ寄り、子供が駄々をこねるように言った。
「じゃあ、一緒に行ったらどうなの?」母は少し面倒臭そうに言う。
それを言われてしまえば私は何も言えなくなるじゃないか・・・。
こういう突き刺すような言葉は、よく私を混乱させる。そこの部分での、母と葵は本当に似ている。
「で、でも、このタイミングで学校行ったら、もっと、事態が悪化すると思うの!だから、」
諦めず、頭の中で練りだした言い訳を重ねた。すると、母はおせんべいを取って、ガリっと大きな音をたてて食べた。そして私の方に、振り返る。
「ねぇ、明かりちゃん?」
私は、ビクッと身震いする。もしかして、怒った・・・?
「母さんはね、明が学校に行きたくないって言った時、あなたの意見を尊重したの。だって、それはあなたが決めた事でしょう?だから、葵にもそれと同じ対応をしただけ。葵が自分自身で明の学校に行きたいって言ったから。あれは、葵自身で決めたことなのよ。だから、止めなかった。」母の顔は真剣そのものであった。
葵自身が決めた事・・・。母は小さい頃から私たちに決して言いつけをしなかった。自分の足で立ち、選択をする。そういう育て方だったからだ。
「け、けど、葵も私と同じ目にあって欲しくないの・・・」
「葵を傷つけたくないのね」
私は、うん、と頷く。なんだか、目尻が熱くなってしまう。
私が学校に行けなくなってしまった原因は人間関係のトラブルであった。中学の時起きた出来事は、私を深く傷つけ、いつまで経っても記憶から消える事はない。
そして、その出来事はトラウマとなって高校も行けなくなってしまったのだ。
弟はそのことを知っているはずなのに、どうして自分と同じ所へ行こうと思ったのだろうか。
きっと、それは、弟にある優しさだろう。そんなの分かっている。生まれたときから、一緒にいるのだ。
「でも葵は、明の事を救いたいと思ってるんじゃないかしら?」母がニコッと笑う。
それも、知ってる。分かってる。けど、それで葵の未来を奪うことなんて私にはできない。嫌な思いもしてほしくないのだ。
「ねぇ、明?自分でも、もうわかってると思うけど、あえて言うわね」
母の声で、空気が変わるのを感じる。私は、うつむいていた顔を上げた。
「このままじゃ、ダメでしょう?」
その言葉は、私を貫く。一番考えている事でもあり、一番怖い考えたくない問題。
「うん。そうだね」私は震えた声で答える。
息苦しい毎日じゃダメなんだ。
お読みいただき、ありがとうございました。
三人目の主人公は、【山下 明】という名前です。彼女は消極的な性格ですが、基本的に真面目です。
イメージ花は、チューリップ。
一通り、三人のプロローグが終わったので、ここから本編へとまいります!
この話の続きは、タイトルに明編とついたものからです。