明編④【再発】
明編④
私は憂鬱とした足取りで学校へ向かっていた。
それにしても、よく踏み出せたものだ。一週間程近く登校をしていないというのに。まぁ、ほぼこれは勢いなのだけれど・・・。
自分で自分を褒めたいという所だが、その前に、こういう場を作ってくださった先生に感謝しなければ。
こんな問題児の私を、こうやって支えてくれている方々がいる事は、とても、恵まれている事だと思う。本当に感謝だ。
そして、気になる事、いや、悩みの種が一つ。
無論といってはなんだが、ひまわりくん、もとい、日野という人の事だ。
あ、またひまわりくんと呼んでしまった・・・。
なぜ、ひまわりくんと命名してしまったのか。自分で追及しても謎だ。我ながらこの性格で、花言葉を好むというのはロマンティックだと思われるが、実際そんなことは無いと思う。
出会いは恥をかき、別れは最悪・・・。悔やんでいない。そういったら嘘になる。
ああ、どうしよう。初めて会った時の事をまた思い出す。
『君に似合ってるよ?』なんて、その場のノリみたいので、言ってしまった恥知らずな言葉だ。
誰かあの時の私を殴って欲しい。きっと、調子乗ってる奴だって印象だよね・・・。あの時、もっといい言葉って無かったのかな。死ぬほど後悔するってなんで、わからなかった。どうして、自分のペースを貫き通せなかったのかな・・・。
考えれば考えるほど、ネガティブな負の感情がどんどん溜まっていく。
それに、あの時の顔・・・。
「はぁ・・・」
私は、俯いて何度目かの溜息を吐いてしまった。もう、なんで、こういう時に思い出すかな。自分の全て悪すぎて、本当に疲れる。
・・・けど、もう会わないから。大丈夫。大丈夫。私は、そういって自分を鼓舞した。
私は、諦めるのが速い性格なのだから。
すると、いつも通る公園前に来たところで、ある事をふと思い出した。
そういえば、ICカードのチャージをするのを忘れていた。
よく、電車に乗るとき改札口などで使う、ピッとするアレだ。
自分の腕時計をみる。この公園から、駅まで。たしか5分くらいかかるなぁ・・・。でも、速足で行けば何とかなるかも・・・。
外出をする事なんて、今日が久しぶりくらいだし、今のうちにチャージした方が良い。
そう思った私は、駆け足で駅に向かった。
少しの寄り道だが、今日だけだ。済ませておきたいことは、もう済ませてしまおう。
そういえば、駅に行くのも久しぶりだ。
着いた瞬間にそう思った。少し息が上がっていたが、直ぐに券売機の方に向かう。
意外と並んだな・・・。
列に入り、振り向くと長い列が出来ていた。
もうそろそろ、順番が来る。私は持っていた学生鞄を開いた。
え・・・?
今。一瞬にして、顔が青ざめてしまった。
財布が消えている。
もう、順番は次だというのに。ど、どうしよう。
私は、全力で鞄の中身を漁った。来る前に、ちゃんと財布は入れておいたはずだ。きっと、どこかに挟まっているのだろう。ああ。どうしてこうも私は円滑に進められないんだ!
すると、焦っている私など知らずに、とうとう前の人が立ち去ってしまった。ああ、どうしよう!私の番がきてしまった!
そして、チラリと時計を見る。時間はまだ平気らしい。けれど、それに安堵している暇はない。
鞄を全力でまさぐっていたところ、あ!あった! やっと見つかったらしい。
私は、学生証やハンカチを置いて、財布を取りだした。けれど、冷静にはなかなか、なれず、押すボタンを何回も間違えてしまった。
ああ!バカ!心の中で何回も暴言を吐く。
そして、やっと素早くカードをチャージできた。
終わった・・・。
大きく深呼吸をした。危ない危ない。
カードを抜き、すぐに時計をチラリとみていると・・・。
チャリーン。何か直ぐ近くで、お金が落ちる音がした。
え?そう思って振り返ると、お年寄りのおばあさんが、お財布に入っていたお金を落としてしまったようだ。お金は、ばらまかれてしまっている。
私はもう一度、腕時計を一瞥した。まだ、この時間帯なら大丈夫だろう。
「大丈夫ですか?」
そう言葉を発しながら、すぐにおばあさんの元へ寄った。
そして、しゃがみ込み、ばらまかれていたお金を拾う。
「ありがとねぇ」
すると、おばあさんは直ぐに顔を上げて笑顔で言った。
「いえ。こんなこと、当たり前ですよ」
私も顔をすぐに上げて、首を横に振った。誰も助けてくれないのは、とても苦しいことだから。
お金がすべて、お財布の中に入るとおばあさんは、優しく微笑んで、「ありがとう。お礼に」と言って、鞄の中から、しおりのような物を取り出した。
「え・・・、いいですよ。」
「いいの。受け取って?」
渡すようなしぐさをするものだから、身を引こうと思ったが、ありがたく受け取る事にした。
チューリップの絵柄の綺麗なしおりだった。
私が受け取ると、「ありがとう。さようなら」といっておばあさんは立ち去っていった。上品な方で、とても素敵であった。
そして明はしおりを鞄の中にしまい、立ち上がって、チューリップの花言葉は何だっけ?そんなことを考えながら、学校へと向かった。
券売機に置いていたハンカチと学生証を忘れて。
☆☆☆
色々な事があったけど、やっと、学校の校門付近に近づいてきた。
やはり、緊張する。この瞬間が一番気を気を遣うというか、不安が募るし溜まる。
タイミングが重要だ。会わないようにしないと・・・。誰とも。同じクラスだった生徒となら尚更だ。
昔、いじめられた事がある私は、とにかく音や気配に敏感である。そのせいで、気にしなくてもいい部分まで、気にする神経質な部分を持つようになったのだ。
私は、目線を上げ、勇気をふり絞った。
無理だったら、すぐに帰ればいい。このタイミングを逃さないように・・・。
そう、心の中で呟いた。
学校内に入ると、すぐに職員室に向かった。タイミングは良かった方だと思う。上履きにも履き替えられたし。
「ふぅ。」
軽く息を吐いて、職員室をノックした。
いつも通りに吉原先生を呼び出すと、ヒョッコリと顔を出して「山下さん!」と名前を呼ばれた。
「今日も時間通り、いや、少し早めかな?」
「は、はい。なによりも五分行動が大事と母に教えられていたので」
「真面目なのね。素晴らしいことよ?」
「あ、ありがとうございます」
私は一礼をすると、早速あの事を話そうと思ったのだが、その前に先生が口を開いてこの話題を話してくれた。
「あの、山下さん。今日の事で、なんだけど・・・」
「あ、その。電話でおしゃっていらした事なのですが」
早く聞きたくて興味を持った視線を向けると、なぜか先生は、少しの間視線を逸らして、気まずそうに言った。
「ごめんなさい。実はなにもないのよ」
「・・・は?」
私は、ポカンとした表情になった。
何もない? てことは、先生の嘘!?
「ええ!そうなんですか?」案の定、私は口を大きく開けて驚いた。
「あー、ええ。そ、そうなんだけど、ね・・・」
先生の口調がなぜだか、急に曖昧になる。そして、目を泳がせている。攻められるのでは?と、動揺しているのだろうか。
「で、でも!こうやってこられたんだし!」
先生は強引に話を変えようとしているのだろうか。バレバレに必死になっているのが伝わってくる。私は、怒るというより、少し呆れ気味に「はは・・・」と笑った。
何よりも、ちょっと期待していた自分が、いや、大いに期待していた自分がひそんでいて恥ずかしかったからだ。
☆☆☆
まさかの事を言われ、どこかは安心した自分がいるのだろう。少し、力が抜けた気分になった。
それと共に、期待していた自分がとてつもなく恥ずかしくなって、唇を噛んだ。
そりゃ、そうだよね。葵、今日なにかのイベントがあるなんて一言も言っていないし。
私ははまだまだ子供だ。そうやって、言い訳じみたもので自分を納得させた。
今、私は裏口を通って、保健室に向かっている。無論、誰とも会わないように・・・。
それと先ほど、丁度、保健の勝浦先生がやってきて、少し留守にするという伝言を貰った。
留守、か。誰もいないという事に、前の出来事をまた思い出してしまう。
ひまわりくん。ポツリと心の中に落ちてきたその言葉は、少し痛みを感じる。
はたから見たら、引きずり過ぎだ、と思われるかもしれないけど、私にとってあの出来事は、最近で起こった事の中で群を抜いて辛かった。
けれども、正直言って、純粋に楽しかったという感情もあったかもしれない。
ああやって人と、特に同世代の方と喋るのは久しかったし、それもオーラが只者ではない人とだ。
ああ、もう、会わないと決めてるのに、その子に未練タラタラじゃないか・・・。
そうして、また自分の自己嫌悪が始まる。
と、こんなことをちまちま考えているうちに、もう保健室前についていた。
いつもは緊張しないのだけれど、誰もいないとなると、緊張するものだ・・・。
保健室のドアは、半開きではなく、完全に閉まっていた。
何故だか、勇気が入る。
もし、人がいたらどうしよう。そんな考えが不意に生まれたからだ。
そんなことを考えていれば、一気に不安な感情に飲み込まれてしまう。緊張で、心臓の音が、ドクドクと聞こえてきた。
そうだ、ノックをしてみればいいのかもしれない!
私は、勝手に頭の中で物事を思案していたらしく、今やっと解決方法が生まれたきがした。
それに、自然に室内へ入るにはノックが必要だし、そもそも、部屋に入る時はノックをするのが常識だ。
間違っていない。そう自分を肯定すると、勇気を振り絞って、保健室の扉を、トントンとノックした。
意外に響くもので、ドキリと反応してしまう。
ノックの音が小さかったのだろうか、反応がない。
そこは律義に行こう。もう一度、ノックをした。
けれど、反応が一向にこない。
誰もいないのかな?そうおもって、私は少しだけドアを開けた。
隙間から、保健室内を除くと、誰もいなかった。
「よかった」
安心が声に出てしまった。私は心底安堵をして、ガラララっと音をたててドアを開いた。
ん?
けれど、入った時、直ぐに妙な異変を感じた。私の勘が正しければ、この室内に誰かがいるような気配がするのだ。
瞬きは止まらなかった。ホラーは得意ではない。
シャン。
「えっ・・・?」
その瞬間、カーテンの揺れる音がした。
やはり、誰かいる!?
逃げることもできただろう。けれど、もう、怖さに体を支配され、その場から私は動けなくなっていた。
でも、なぜだろうか。心の隅で、私は既視感を感じている。
そう思った途端、勝手に足は動いていた。
カーテンの揺れた音の方・・・。そう。保健室のベッドの方へ向かった。
私が、前に隠れていた場所。
そこに誰かいる。
少し勇気がいったけれど、自分でも不思議なぐらい、あまり動揺はしなかった。
これはただの好奇心。なのだろうか。言い難いけれど・・・。
そして、躊躇いもなく、そのカーテンを掴んだ。
深呼吸をして、一気に・・・。
シャァァァという音が部屋に響く。
ガッと見て目を凝らす。けれど、そこには誰もいなかった。
カーテンがまだ、ひらひらと揺れている。
ガチャン!!
「うえぁぁ!!」
瞬間、急に何かが倒れるような大きな音が鳴り響いた。私は変な声をあげて叫び、一歩、二歩と後ずさりをする。
「こ、こっちだよ!」
「え・・・」
今、確かに声が聞こえた。すると、隣のベッドから誰かの人影が・・・、見えて・・・。
「って。何、ツッコンでるんだよ。俺・・・。」
そういって頭をかきながらやってくる。そして、こちらの方に目を向けた。
「お、驚いた・・・?」
なんて、苦しまみれに笑顔で言うものだから、こちらも同調してしまう。
けれどその衝撃はすごく、私はただただ唖然とした表情で突っ立っていた。
既視感は感じていた。けれど、先ほどの事と相まって、期待なんか一ミリもしていない。
まさか、そこに日野君くんが。ひまわりがいるなんて・・・。
☆☆☆
お昼を回るころ、駅に居たある男は、ある少女を見つめて、何かを思い出していた。
鞄の中身を漁り、券売機の前で狼狽えていた少女に、どこか見覚えがあった。
思い出そうとするため、じっとその少女を見つめる。
だが以前との髪形も違うし、あまりよく見えないのもあって確かめられない。
ただ今、何かを置いているようなしぐさだけはみえた。
そして、やっとその少女が動いた。瞬間、すぐに少女の顔が全て彼の目に映っていく。
すると彼は、驚きをこらえる様に唾を飲み込んだ。
確信的に、アイツだ、と心の中で呟いた。
そもそも、今、初めてこの街に来てにきて、アイツを見かけるだなんて思いもしなかった。
その彼は、とても整った顔立ちをしていて、全てを飲み込むような黒い髪をしていた。そして、その少女よりも年上にみえる男だった。
何故か、その少女がおばあさんを助けている所を見て、嘲笑うかのような表情をすると、「変わったなぁ」と一言呟いた。
彼女が立ち去った後、その黒髪の男は少女が置き忘れていた物。
学生証とハンカチを取りに行った。確信的といっても、証拠が揃っていない。
「はは!」
黒髪の男は、やっとその学生証をみると、やっぱりな!といった表情で笑った。
やはり、アイツだった。アイツで合っていた。
「生きてたんだな。山下明」
そして、不敵な笑みを浮かべるのであった。