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咲結編⑥ 【本当の音】

咲結編⑥


放課後。

当日、すぐに委員会の顔合わせがあった。

 本当にとても緊張した。


 そして、自分の指に巻き付けてある絆創膏を見つめ、「はぁ・・・」と溜息をこぼす。

この傷は、先ほど、指を切ってしまった時に出来た傷である。結論から言うと、委員会の顔合わせ時、大変な失敗してしまい出来たものだ。


私は、委員会の顔合わせという事で、とてつもない緊張や不安。焦りを背負っていた。

 なっちゃんとは部活関係でそのまま別れたのが、その時に私の焦りが色濃く出ていたと思う。さよならも言わずに、直ぐに駆け出してしまったのだ。それは、集会に遅れてしまって誰かに冷たい目線を送られるのが怖かったから。なっちゃんには謝らなければ・・・。


そこからの私は、悲惨極まりなかった。沢山の失態を犯してしまったのだ。

 まず、集合時間よりも早く来てしまった私は、プリントを配る役割を早々に任された。

顔も知らない様々な人々を目の前にして、元々あった焦りと緊張が倍増してしまい、手が震え、プリントを上手く全員に配れず、時間を長引かせて遅らせてしまった。これが一つ。

二つ目は、自己紹介の時。間違えてクラスをB組、と言ってしまい、(元々、一年生の時のクラスがB組であったため)間違いに気がつかず、違うんじゃないか?と私に対して、ヤジが飛んでしまった。そのせいで、恥ずかしさで慌ててしまい、そのまま自分の名前を噛むという失態も犯してしまう。

 最後の決め手は、水の入ったグラスのコップを落としてしまった事。

グラスを落とした時は、その始末が分らず、破片を思わず手で触ってしまい、手を切ってしまった。先輩には、「何をやっているの!?」と怒りつけるような口調で言われ、私はそのショックで、茫然と立ち尽くす事しかできなかった。

 その傷は今、こうやって、この絆創膏で隠されている。


 しかし、最後の出来事は、顔合わせが終わった後の事だったので、大勢の前ではなかったというのが不幸中の幸い・・・ なのだが、傍にいた先輩方や同じく委員になった立花くんには見られていたため、やはり違う。

 もう、すでに私はまわりの人たちに迷惑をかけてしまった。もし、かえちゃんだったら、かえちゃんが居てくれたのなら、この結末は違っていたのだろうか。


 私は今、ゆっくりと一歩一歩噛みしめる様に、廊下を一人で歩いていた。

 帰りたくないというのが率直な今の気持ちなのかもしれない。それに丁度、割ってしまったコップの事を職員室に行って謝ってきた後である。

 そういえば、今日は誰とも一緒に下校する約束を交わしていない。

 なっちゃんと言えど、部活が始まり部活中。かえちゃんは・・・、なんだか、全然学校で会っていないな・・・。


 咲結はまだ、気づいていないが、委員会に入るという事を楓には伝えていなかった。それはきっと、楓に対してある咲結の感情の大きな変化である。


「はぁ・・・」

また溜息を吐いて、私は足を止めた。そして、窓際の方をじっと見つめてみる。

いつもと変わらない情景なのに、私は疎外された気持ちになった。


 自分の周りや環境。何かが、前と少し違くなってきている。そんな予兆を本当は少し前から感じていた。このままではいけないという事も、自分の中にある壁に罅が入り、亀裂が出来ていた事も。もう、わかっていた。

 だけど、逃避していた。現実から。このままだと。ずっと変わる事はないと。


夕焼けに照らされて、まるで自分が自分ではない変な感覚にとらわれる。

変わっていくことは、こんなにも自然なんだ、と思う。

自分は心の底から驚くわけでもなく、少しの不安は感じるけど、抵抗はできない。いや、していない。仕方がわからない。

受動的とででも言おうか。ただ、今に流されている。

分からないんだ。


夕陽が真っ赤に燃えている。白い壁にも赤が映り込み、とても綺麗で、飲み込まれてしまうのではないかと思う。

私は感傷的になった。

涙もろいタイプではないと思っていたけれど、急に目頭が熱くなる。

 今日の事を思い出したら、もっと目頭が熱くなって涙がこぼれそうになった。


ああ、もう、駄目・・・。

嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。

こんなのやっぱり受け入れられない。

感傷的になった瞬間、今ままで、私が抱えて我慢していた感情が一斉に押し寄せてきた。

本当の事。伝えられなかった。伝えることが出来なかった。打ち出せなかった、私の中にある本音。


 本当は。本当は、こう思っていたんだ。

 かえちゃんとクラスが別れた時から、私は躊躇いもしないで、かえちゃんが居なければ無理だと直感した。一人でやっていく自信さえ、みじんもなかったのだ。

これが、知らんぷりをしていた私の本音だ。

とてもかえちゃんに甘えている私の気持ちだ。

壊れるのを恐れている。いや、壊れていくことを恐れている私の本当の気持ちだ。


諦めていた。なっちゃんがいてくれるのが唯一の救いであったけど、今は少し様子がおかしい。いつもとだって違う。そんなの、直ぐに分かっていた。

それだけじゃない。新しい学年。クラス。担任。全てが変わり、その加速度は増して行っている。

 もう、早々についていけなかった。ただ、漠然としている現実をみて何も出来ずに立ち止まっていたんだ。今だってそう。自分自身の感情、急速に移り変わっていく周りの変化に、ついていけなかった。

 なにかが、崩れていく。遠くなっていく。私は、ただ、それが嫌だった・・・。最も恐れていた。

まるで、子供がずっと持っていたお人形をとられたくないかのように、お願いだからそのままでいて。居なくならないでいて。と、心の中で、呪文を唱えるみたいに繰り返す。


頭の中は、もうぐちゃぐちゃだった。ノイズ音みたいな色んな音が私の中で絡まっている。

 

『あなたは、誰?』


「っ・・・!」


 瞬間。今、ノイズ音が入る頭の中で誰かの声が響いた。

 チクリと痺れるような痛みが頭を通過していく。

 女の人の声だ。聞き覚えがあるような・・・。え?聞き覚えってどこで?


 そういえば、こんなこと、前にもあったから・・・? と、そう思う前に、私は頭の中に侵入してくる何かに抵抗していた。

嫌だ、嫌だ!何かが流れ込んでくる。

「はぁ・・・はぁ・・・」

 息が荒くなってきた。どうしよう・・・。怖い・・・。怖い・・・。

 

 こんなことはなかった。

 たぶん、きっと疲れているんだけなんだ。そう思う。

 沢山の出来事や、感情がいっせいに溢れてきたせいで、自分自身が疲れているんだ。


 ああ。また今、気づいた事がある。


 自分はとても脆く、臆病だという事に。


「うっ、うう」

我慢していた涙が零れてきた。

手で顔を隠すように覆う。こんな顔を見られてしまったら、どうすればいいのだ。

けれど、また、耐えられず涙は溢れてしまう。

一度出してしまうと、また、止まらなくなってしまい、うっ、うっ、と嗚咽を漏らし始める。

 

苦しい。辛い。苦しい。苦しい。

息が苦しい。息が苦しいよ。

私は、手で顔面を覆った。目の前は真っ暗だ。瞼を閉じているからだろうか。

真っ暗だ。真っ暗・・・。


「だ、大丈夫?・・・ですか?」

「へっ・・・!」

急に、横から聞こえてきた声に、私は思わず怯える様に身を引いた。

その拍子に顔を上げてしまったため、泣いた顔を見られてしまう。


その彼は・・・立花くんだった。

まさかの事で、驚きのあまり、感情の処理をしきれず、涙でぼやけた目で彼をみつめた。きっと私は、唖然とした表情をしている。

「えっ・・・?」

彼は私の顔をじっとみて、ポツリと言うと、驚いた表情をした。考え込んでいるのか、彼はそのままビクリとも動かない。

 私は、もうどうすることもできず、下を向こうとした。

 こんなの、最悪なタイミングとしか言いようがない。

 もう、いいや・・・。


 何かを諦めようとして俯こうとしたら、急にパッと手を取られた。

「ほ、保健室行く?」


彼にそう問われた。私は顔をもう一度上げる。

なんだか、わからないけれど、また涙が込み上げてしまいそうになった。

「も、もしかして、体調悪かった? それとも、どこかぶつけたとか?」

心配そうに見つめられる。

「そ、その。女の子は色々あるらしいし・・・」

最後に、小声でごにょごにょと言っているのは聞き取れなかったけれど、その優し気で、柔らかな表情に私は思わす甘えそうになってしまう。

凄く、親切な方だ・・・。感謝の気持ちを胸の中で噛みしめる。


 「ご、ごめん、なさい。少し、体調が悪いみたいで・・・」

 体調が悪いのは、嘘ではない。私は、笑った表情を作って見せた。


☆☆☆


私は、そのまま保健室へ行った。ありがたいことに、立花君は保健室まで送っていってくれた。


そして、私たちが来たところに丁度、保健室の勝浦先生がいらしていたので、そのまま、保険室内にある椅子に座って休むことにした。

付き添ってくれた立花君は、まだ私の隣に居てくれた。本当に優しい人だと思う。


「あ、ありがとう。立花、さん。」

 一段落して落ち着いた私はやっと、彼に感謝の気持ちを伝えることが出来た。

本当は、くんをつけたかったけれど、男の子に君を付けるのに抵抗があったので、誰にでも付けられる、さん、にした。

「だ、大丈夫だよ。それより、ええと、し、清水さん。平気?」

彼はほんの一瞬だけ、視線を逸らし困った顔になると、私を初めて『清水さん』と読んでこちらを見た。

「うん・・・。本当にありがとうございます。あの時に声をかけてくれなかったら、ずっとあの状態だったのかもしれない。」

「い、いや。う、うん。どういたしまして。」

彼は、上手く言葉を紡ぎだせないのか、途切れ途切れの間を開けながら話す。


なんとなく、感じていたけれど、彼は話すことをあまり得意としないのだろうか。話す時には何故か困った表情になる。とはいっても、中々に恥ずかしがり屋な部分が見える。委員会の顔合わせの時も、あまり自己主張をせず、じっと黙っていた。

今もそんな感じで話が続かない。それに、先ほど助けてくれた時よりも喋り方が弱弱しい。今日初めて会った時と同じ。失礼だが、これが通常の彼なのだろうか・・・。


「あ、あの。どうして、あの時、声を・・・?」

私は、少し気になった所を質問した。彼がどのような心境で声をかけてきたのか知りたかったのだ。

「え・・・。ごめん。迷惑だった?」

「い、いや!全然!め、迷惑だなんてそんなこと、一つも思ってない!」

私は、勢いよく言ってしまった。迷惑だなんて、そんなことを思うはずないじゃないか。

「あ・・・。う、うん。ありがとう。僕さ、よく人に迷惑がられるから・・・。何か嫌な思いにでもさせたらどうしようって」

苦笑いを交えながら彼は、話を続けた。

「本当は、あの時、し、清水さんだったってわからなくて、驚いて。けど、なんていうか、その、今日、清水さんみてて、調子が悪そうだったから、そうだったのかなって思って・・・」

俯きがちな目線で言うと、「あ、ごめん!なんか今の、気持ち悪かったかも・・・!」と言いまた視線を上に戻した。

私は、彼がまた誤ってきたので慌てて、「そ、そんなことないよ!それに、謝罪するのはこっちの方だよ。顔合わせの時もそうだし、こうやって保健室の方まで付き添ってくれたのもそうだし。本当に、迷惑ばかりかけてごめんなさい。」と、自分の頭を下げて謝った。

 すると、彼も慌てた様子になって、「い、いや!頭上げて?困っている人を助けるのは当然のことだし、それに、清水さんには仮があるっていうか・・・」と、顔を上げることを促す様に言う。

「仮?」私はキョトンとした表情になって顔を上げた。


「じ、実は、その。清水さんを見ていて、少し、僕に似てそうな人だなって思ったんだ・・・」

 私は、ドキリとした。実は私もそう思っていた節がある。

「なんだけど、振り替えれば、今日、委員を決めた時に僕よりも君が先に入ってくれたり、君が頑張ってプリントを配ったりとかしているのをみて、色々な意味で勇気をもらったって言うか、安心できたっていうか・・・。って、おこがましいよね。君の事を何も知らないのに・・・」

彼は、また苦笑いをすると、ごめんとまた謝った。

 


 「そんなことない。あの時、立花さんが助けてくれた事、とても嬉しく思っているし、すごい勇気のある人だと思ったよ」

「え・・・?あ・・。」


私は立花くんの顔を見ながらそう言った。

 伝えたかったのだ。自分の気持ちを真剣に。

 彼が今、本音で話してくれたのを返したかったのだ。


 ガララララ、すると、不意打ちに保健室のドアが開いた。


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