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咲結編⑤ 【崩れていく音】

咲結編⑤


「お前が入れよ」

その声に私はビクリと震え上がった。

何故か。それは、私宛に投げられている言葉だったからだ。

聞き間違いなのかもしれない。そうだと思って私は無視を続けた。

鳴っている心臓の音、伝わってくる緊張感。それらも全て塞ぎ込み無視をする。

すると、少しだけ椅子を蹴られた気がした。何かが当たった感覚は体が一番に感じている。

息を飲む。けれど、私は怖いのをじっと耐えた。


「ちっ」

すると、舌打ちが聞こえる。

私はもっと体を委縮させ、目を瞑った。とてつもなく怖い。

ぎぃ。次の瞬間、椅子の引いた音が聞こえた。

「コイツが入るって」

一瞬、訳が分からなくなった。頭が真っ白になる。

ただわかるのは、椅子を引いた時の音と、今、後ろから聞こえた千賀という人の声。


「ん?お前は・・・、清水だったな。入るのか?」

先生は直ぐにその言葉に反応した。今、私の頭の中は真っ白であるというのに。

ど、どうしよう。心の中で、ただ焦っている。ただ、急に後ろの方から声が聞こえて、私に対して投げかけられていたことは頭が真っ白になっていてもわかっている。


とにかく、立った方がいいんだよね。そう思う前に、もう無意識に立っていたのだが、それが、自分にとっての事態を悪化させていることに気づき、すぐに後悔をしていた。

背中に、つうっと汗がおちる感覚がした。ああ、頭がパンクしそうだ。周りの視線は、私を見ている。


立ち向かう勇気や逆らえるほどの熱量なんて持ち合わせていない私は、ただ漠然とした恐怖や不安に打ちのめされていた。

周りから見たら、狼狽えているようにみえるだろう。

 「あ、」

私は、やっと口を開いて、言葉を発する。

 なにか喋らなくては、状況が進まない。手をこぶしにして握る。手汗が滲むのを感じながら、返答を早まれる気分を味わっていた。いや、自分で自分を焦らせているだけかも知れない。まわりは、嫌な顔をせずいつもどおり普通の顔で静かにいる。

 

 ちりちりと時間が経っていく。なんだか一秒が長く感じた。どうしよう。このまま、パニックでもたもたとしていれば、きっと、自分に悲惨な事が起きそう・・・。

 心の中は雑音の音が響いて大騒ぎだった。何かないのだろうか? なにか、なにか・・・!


「あ・・・、あ・・・。は、はい」

思わず口が出していた。しまった! と思っても遅い。けれど、この状態から抜け出すには、この方法しか思いつくことが出来なかった。私は頭が良い訳じゃないし、要領だってよくない。もう、この状況に混乱しすぎていて、頭が回らなくなっていたのだ。

「そうか、そうか!じゃあ、清水は図書委員に入るのだな?」

「い、いや!そ、その」なんとか、否定を、と声を上げたけれど、

「ん?」とその先生の促すような威圧的な一言で私は打ち砕かれた。気がした。


「あ、は、はい」

ああ・・・。

私は力が抜けた様に席に座る。もう駄目だ。私には・・・。


 「じゃあ、話を戻すが、立花。お前はどうする。」

「え・・・。あ。は、はい。」

そんな私をよそに、すぐさま立花という人に目線が向けられた。

「入るのか?」

「あ・・・。は・・・は・・・い。」

「そうか!そうか!」

 席を立って、あの変な緊張感にさらされる。こんなにも、苦しい。というのは分かっていたけれど、やはり、じかに感じるのは何倍もの破壊力であった。

 やっぱり、あの子も入るのか・・・。立花、くんかな。心にそっと思う。なんて、冷静に思ってるけど、私の中はぐちゃぐちゃだ。まさかの委員会に入ることを、今、この瞬間に承知してしまったし、知らない人と委員をやならければならなくなった。

 そして、あの後ろの席にいる千賀という人。その人に対して、少し疑問や怒りという感情を持ってしまった。

 けれど、それ以上に恐怖心が大きく、もう関わりたくないと心の奥底で思う。

 もう、これから、私はどうしていけばいいのだろう・・・。


 心の中で、みしみしと何かに罅が入り崩れていく音が聞こえてきた。


☆☆☆


 「ごめんね。咲結!私、また止められなくて・・・」

「いや・・・。ううん。ちゃんと断れなかった私がダメなんだし・・・」

中休み。委員決めがおわり、開放的な空気が漂う教室で、なっちゃんは直ぐに私の傍に来てくれた。

私は、何故か、変な脱力感で放心状態。腰も上げられなかった。


「ていうかさー、あの千賀って人が悪くない?」

すると、隣でノートの整理をしている小泉さんが急に話に割って入ってきた。小泉さんはいつも会話に急に参加してくるから驚いてしまうけれど、とても自然なのだ。きっと、彼女の明るい魅力だろう。

 「普通にあれはおかしいでしょ。『コイツが入る』なんてさー。みんなあの時、清水さんのこと憐れんだ目で見てたとおもうよ?」


 「私もその一人だし」小泉さんはそう付け足す。

そうだったのか。ほぼ、下を向いていたから分からなかった・・・。


早速、小泉さんはこの事を話題にしてくれた。少し、安心に似たような気持ちになる。

何かおかしい、とちゃんとわかってくれている誰かがいる。些細な事だが、安心する。


「ほぼ初対面って感じでしょ?千賀とは」

小泉さんが私に投げかけると、私が口を開く前になっちゃんが答えていた。

「いや、たぶんね。でも、それよりも、あの担任の先生もおかしいわよね。庇う事しないんだもの。無理矢理いれたみたいじゃない?」

急に、今の問いかけをするりとかわし、怒りがこもった声で坂本先生の話をなっちゃんは広げだした。まるで、質問の答えを避けているかのようだった。

だが、今の会話の流れに全く違和感を感じなかった咲結は、そこまで気に留めはしなかった。それよりも、なっちゃんの怒りのこもった口調に心配せざるおえなかった。


パッと、小泉さんはなっちゃんに目を向けると「あー・・・!確かに、委員会に無理やり入らそうとしてたからね。けど、そんなもんでしょ。それに、坂本先生って変人らしいしー」と、坂本先生の話題に乗っかっていった。

「変人どころじゃないわよ。変人は人に害をもたらすかしら?」

「うーん。そら、わからんけど。てか、江藤さんって坂本先生に厳しいの・・・?」

苦笑いで小泉さんが言っているのをみて、不確かだが、なっちゃんが坂本先生に対しての態度を少し怪しんでいるようにみえた。やはり、先ほどこの二人が火柱を散らしているような場面があったのが原因だろうか。

そのことについては、なかなか聞き出せないでいる。

私は、もう一度、なっちゃんの方に目線を上げてみると、少しだけ深刻そうな顔をしていた。


なにかあるの?そう訊きたくて言葉を発しようとしたけれど、周りの声にかき消さて届いていなかった。


 すると、小泉さんが、またパッと視線を変えた。

「あ、そういや、同じ委員会になった立花って奴、ウチと同じクラスだったんだー!」

「そ、そうなの?」私はやっと口を開き、会話に交じる。

「うんうん。だから、何でも聞いて? あ、よかったら今喋ってみる?時間あるしさ」

「え!?い、いや、大丈夫かな・・・」

今は、ちょっと急すぎる・・・。私は手を前にやった。

「えー。あー!でもそこに立花いるじゃん!」

けれど、それを遮るように、またタイミング良く声が被さる。

「え!? どこ?」私よりも機敏に反応したのはなっちゃんだった。

私は、心臓が飛び出る感覚をおぼえる。

「おーい!もう、来ちゃえよ!立花!」


ガタっと席を立つと、周りの声に負けないくらいの大きな小泉さんの声が響く。

 すると、彼が振り向いた。

綺麗な瞳だった。きっと、ハーフなのだろう。肌は透き通るような白で、お人形のように小さく小柄でかわいい。

 

 「な、なにかな・・・」彼は、また綺麗な高い声で喋る。シャイなのだろうか少し顔がうつむきがちである。そして、モジモジしながら指を絡め合わせていた。

「同じ委員になった、清水さんね!」両肩にズシッと小泉さんの手が乗っかる。

「あ、よろしくです」

咄嗟に言葉が出したせいで、少し敬語交じりになってしまったが、ちゃんと彼の顔をみて言えることができた。

「よ、よろしくお願い、します。」

彼はそう言うと、逃げる様に教室から出て言ってしまった。


「あ!もう。立花って本当に・・・」

小泉さんは、気にしないで、と付け加えると、椅子に座った。

「立花って、臆病だし、恥ずかしがりやな部分あるからさ。でも、清水さんのことは怖くなさそうだったからさ。ちゃんと最後まで挨拶出来てたし・・・。まぁ、逃げちゃったのはあの子の癖みたいなもんだから、マジで気にしないで!」

強い口調でいわれると、納得してしまう。私は、思わずうんと頷いた。


☆☆☆

 

2年B組の教室。そのころ丁度、楓は、教室を出ようとしていた。

「おい、篠原―!お前、どこ行くんだよ」

「なんだよ。別にちょっと、様子見に行くだけだ。」

 いつものメンバーの一人に声を掛けられると、楓は面倒くさそうに答える。

「様子見って、A組のとこ行くのか?」

「ああ」

当たり前のように返すと、穏やかそうなメンバーの一人が「もしかして、清水さんに会いに行くの?」と首をかしげた。

「ああ。全然、会えてなかったし」

いつも通りの表情で言うと、少しおちゃらけたもう一人のメンバーが入ってきて「なんだよ、話の続きしようぜー?」と肩を組んできた。

「できない。昨日だって、全く行けてないんだよ。なにがあるかわからないだろ?」

そして、手を離すように促すと、「つれねぇな。家だって隣なんだろ?そんなのいつだって会えるじゃねぇか」と反論された。

すると、その騒ぎを聞きつけたのか、何故だか周りに人が集まってきた。


楓は、はぁ、と溜息をつく。

昔からそうだ。いつもなにか、目立ってしまう。別に、目立ちたい訳ではないのに。

本当に厄介だ。

そう心の中で呟いていると、ある派手なグループの女子一人が、その会話を聞いていたのか「もう、篠原君って少しお節介だよー?」と、ちょっかいを出してきた。

「そうだぞー!」すると、先ほどのおちゃらけた男子も賛同した。


「お前は少し度を越してるぞ?」

「はぁ?お前には関係ないだろ?」

そんなことを言われれば、さすがに楓も頭にきてしまう。目をキッとさせて、彼を睨つけた。

「あー、はは」

おチャラた男子はやってしまった、という表情で苦笑いを見せると、「ごめん、ごめん!」とお祈りするように手を前においた。

そして、ちらりと下から、楓を一瞥すると「で、でもさ、あんま、お節介焼き過ぎると、嫌われない?」と、またも、弱々しい声であるが、何かを言ってきた。

「はぁ?」楓は有無を言わせないといった表情をする。

「い、いや、ごめんって!許してよー!」


 キーンコーンカーンコーン


その瞬間、学校のチャイムがなってしまった。

生徒が席に座り、一気に散らばり始める。

楓は、また行けなかった、という表情になると、またおちゃらけた男子を睨んだ。


 嫌われる?そんなことは絶対にないはずだ。咲結にとって俺は、必要な存在であるし、それに咲結は俺が居ないときっと・・・。

 なんだか、嫌われるという言葉が癪に障った。

 きっと、これから、何も変わるはずはない。いや、絶対に変わらせない。


 心の中で何かを楓は決心する。

 彼の耳に、崩れていく音など入らないのだ。



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