梨花編⑥ 【鍵泥棒】
梨花編⑥
朝。眠くなる目をしばしばとさせながら、私は学校へ登校した。今、こんな日々が数日間続いている。
どうしてこんな朝早くから学校に登校しているのか。いや、しなければいけないのか。そんな不安を持つ。けれど、それにはちゃんとした理由があるのだ。
それは、前に先生と話した鍵泥棒を探すため、そして手掛かりを探すためである。とは言っても、ここまでやらなくてもいいのでは? と思ってしまっている自分が居る。今の所はなんの証拠もないし、何の支障も出ていない。犯人は神出鬼没らしく、閉まっているときもあるが、ほぼ毎日鍵は開いている。私がいつも通りに中休みが始まって部室に行けば鍵は開いているのだ。もうそれが日常になりかけている。
まだ油断をしてはいけないのだろうけど、ここまでくると、こういう行いが、ただ単に面倒くさいと思ってしまう。もう、新しく鍵を作ってこのままでいいんじゃないか?と。
でも、私は部長である。責任があるのだ。
なんて、そんな二重の思いを持ちながら私はやっと校門にたどり着いた。
上履きを履き替えるといつも通り運動部の人たちの声が聞こえる。
朝練大変だろうな・・・。そんなことをボヤりと思いながら、職員室に向かった。
☆☆☆
職員室に向かったのはいいものの、根本である鍵がないので、そのまま吉原先生に登校した事だけを伝えた。
そして、階段を上り軽音部の部室へと向かう。
鍵がないことは一応、三浦には伝えておいた。原ちゃんにも伝えておこうと思ったけれど、なんだか少し引き目を感じてしまう。変なことに巻き込まれて欲しくないのだ。
この事はあまり、波風が立たないで終わって欲しい。そんな問題だ。
「ふぅ・・・」
長い階段を上り、やっと部室の階に着けた。廊下は静かで、いつも通りだ。
私は溜息を吐く。今日も何も変わってない、か。
後は部室の鍵が開いているかどうか。閉まっていたら、怖いけど・・・。いつもは開いているし、大丈夫でしょう。
私はそんな軽い気持ちで、けれど、怖いので忍び歩きで部室に近寄る。
ん?あれ?
なんだか、変な違和感が・・・。
いつもとなんか違う?
私は少しだけ小走りで近寄る。
それは一番最初に目に留まった。
部室のドアが開いている。
う、嘘でしょ?私は怖くなって、そのまま足を止めた。
いや、まさか。まさか。え、誰かいる?じゃ、じゃあ三浦がもう来てるとかだよね?
怖くなって、これが嘘だと確認したくて、私は壁際に体を張り付け、開いているドアからほんの少しだけ、中を見た。
「っ!?」
私は勢いよく、元の体制に戻り、口に手を押し付けた。
誰かの背中が見えたのだ。この学校の制服を着ていて、ズボンを履いていた。きっと男子だ。でも、三浦じゃない。
予想外の事が起きて目をパチパチとさせる。こんなことは今までになかっし、こんなことにはなるとは思ってもみなかった。スルスルと腰が抜け、座り込んでしまう。
もしかして、犯人とか!?
そんな考えが浮かぶ。いや、きっと犯人だ。鍵の事を知っているのは、私と三浦と先生だけ。
どうしよう!どうすれば!
頭の中が混乱する。
このまま、単独で乗り込むか、それとも逃げるか。混乱状態の私にとって選択肢はこれくらいしかなかった。
やはり、今の所は逃げるが最善の選択だ。それとも、人を呼ぶとか・・・。だけど、その選択をすれば、確実に犯人に逃げられる可能性もある。神出鬼没なのに、また見つけるのは大変だ。チャンスは今しかない!
でも、でもぉ!怖いよ!!
もし、襲われたりなんかしたら、大問題だし!
息を荒げて頭をフル回転させる。
あ、でも、犯人って確定したわけじゃないし・・・。暴力的とも限らないよね。
そんな考えも浮かんでくると、少しだけハァハァとしていた息が落ち着いてくる。
ガシャーン!
すると、何かが落ちるような大きな音が聞こえた。
え?え?
そんな音に余計不安になる。
もしかして、破壊されてる!?この部室、けっこう脆いんだよ!?
なんだか予期せぬ不安が襲う。どうしよう!もう、もたもたしてられない。
追い込まれた私は、口から手を離し握りこぶしを作る。
よしっ!私は覚悟を決めて、この部屋は私のもんだ、という気迫で立ち上がった。
ドアをガラっと勢いよく開ける。
「な、何してるの!」
勇気を振り絞って叫んでみる。もうなりふり構わずだ。
すると、ぐるりとその背中を回転させて私の方をむいた。
「あ?んだよ」
その声はやけに低く、彼の顔には眉間にしわができていた。
ひぃ、だれか助けて・・・・。そんな風に思いながらも、まずは当たり障りのないように笑顔を向けた。ここで良い対処をしなければ、後々辛くなるかもしれない。
彼は髪の毛を金髪に染めていて、まるでヤンキーのような男子だった。こんなに目立つ格好してた子いたっけ?見たことないなぁ、なんて思いながらも、彼を見つめる。意外に顔はしっかりと整っていてカッコイイ。だが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「な、何しているんですかね?」私はさっきの言い方よりも優しく言った。
「なんだ、てめぇ」
それはこっちのセリフだよ!すぐさま私は心の中で叫んだ。
「え?」
その時、彼の手に持っている物がみえた。
鍵だった。手に握りしめられている。じゃあ、やっぱコイツが犯人!?
「ねぇ、その鍵・・・」
「あ?」
「その鍵!」
恐る恐る訊くのをやめ、私は強く当たった。何故か私は、その鍵を見つけられた事に対しての嬉しさよりも怒りの方が強かった。鍵を盗むという厄介な事をコイツがやったということに関してだ。
「なんだよ。何が言いたいんだ」
「だから、あなたが盗んだの?」
「・・・・・知らねぇ。」
はぁ!?私は声を出していった。じゃあ今の長い間は何!?
もしかして、隠そうとでもしているの!?
すぐ頭にきた私はつくづく短気だと思うが、直ぐにそのことを問い詰めてやった。
「じゃあ、なんで鍵を持っているんですか?」
「知らねぇ。」
「知らなくないでしょう?」
私は笑顔で迫る。勿論怒っているが、初対面なので今、感情を爆発させてしまい、間違って素を見せたりしたら他の人にばらされるかもしれない。
「ぬ、盗んだらなんだよ!」
コイツ、開き直りやがったな?なんだその態度は!私の中は大騒ぎである。
「どうして、こんなことをしたの?君、見たことないけど何年?」
「2年だ。一応、最近この学校に転校してきたからな」
へー。そこは正直に答えるの。ていうか、2年って年下じゃない!
「私は3年ですけど?」
「は?しらねぇよ、てめぇのことなんて」
は?は?は?
なんなの、この子。謝りもしない。年上を敬う気持ちが見られない。敬語で話さない。認めようともしない。なんにもなってないじゃない!まるで、小学生にも満たない精神!
それになんでこう態度が偉そうなの?
「知らねぇよって、礼儀正しくもできないの?」
「なんでする必要がある。お前はなにか偉い事でもしたのか?」
「そ、そういうことじゃないでしょう!礼儀よ、礼儀!社交辞令!」
私は、ハッとする。いつの間にか素が出ていた。というか、こんなにも自分勝手で偉そうな人は初めだ。しかも年下で。
「それより、何しに来た」
「な、何しに来たって、ここは君の部屋じゃないんだよ?」
「そんなことは知ってる。バカか」
なっ!バカって、コイツの方が断然バカでしょうが!
「あのね。私は軽音部の部長!れっきとした部員なの。だから、部室に入れる権利はあるし、逆に君の立場が私なのよ?」
「ほぉ。お前、部長なのか」
「そうよ」
私は冷たく答えた。なんだか、私はこんなヤツが一番嫌いなのかもしれない。まだ、三浦の方が可愛く見える。
「軽音部に入らせろ」
「は?」
予想外だった。まさかこんな事を言うなんて。けれど、答えはもう決まっていた。
「無理です」
「はぁ!?」
私は即答で答えた。こんな野蛮な部員、絶対に入らすものか。
「なんでだよ!」
「鍵を盗んどいてよくそんなことを、ぬけぬけしゃあしゃあと言えますね。」
この言葉にはさすがに彼には響いたようで、くっ、としたような顔をした。
「ていうか、なんで鍵を盗んだんですか?もしかして、軽音部に入りたいから、とか?」
軽い気持ちで言ってみたら、彼は驚いた顔をして目を開いた。
「え?もしかして、本当にそうなの?」
私も驚きながら、恐る恐る訊いてみる。
すると、彼は無言で首を縦に振った。
「なんて、子供じみた事を・・・」
「し、しょうがねえだろ!俺様はずっと海外で暮らしていたんだ!」
「お、俺様って・・・。ていうか、海外住んでたって日本語を喋れるんだから普通に誰かに訊けるでしょう?」
私はなんだか力が抜けた。もう呆れの方が強く、この子は本当に精神年齢が低いという事がわかった。一人称を俺様、なんて使う人は初めてだ。今日は初めての事が多い。
でも、少し余裕が出てきた今。会話を辿ってみると、なんだか彼が、昔の私に似ている気がした。
あれ?こんな感情、また感じた事ある?なんとなく、既視感が私の中に生まれる。
「お、俺はただ、軽音部に入ってボーカルがしたいんだ!」
「ボーカル?どうして?まさか、目立ちたいからとか?」
すると、彼がまた驚いたような顔をした。
「また当たってたの?」
私が呆れた様に訊くと「お前はエスパーか!?」と驚愕した。
私は溜息を吐く。相手が子供過ぎる。いや、バカすぎる。
けれど、なんとなく昔の私に似ていて親近感が湧くのだ。
「とにかく、鍵を盗んだことは謝りなさい。わからなかったとかで、済まされる問題じゃないわ。それに二つも盗んだんでしょ?」
「そ、それは・・・」
「謝りなさい!人に迷惑をかけたんだから!!」
「で、でも・・・!」
「でもじゃない!」
まるで、小さい子供を叱るように私は怒鳴った。
グスッ
「え?」
なんだか、水っぽい音がしたような・・・。
急に黙りこけた彼は俯いていた。そして、手で顔を塞いでいる。
も、もしかして、
「な、泣いてるの?」
私はそっと口に出した。
「ちげぇよ」
そんなことを言いながらも、彼は完全に泣いていた。これまた予想外だが、なんだか、一気に罪悪感が押し寄せてくる。
「い、いや。泣かせるつもりは・・・」
私は恐る恐る自分のハンカチを差し出した。すると彼はすぐ、なんの戸惑いもなくハンカチを取ってチーンと鼻をかんだ。
「ちょ、そ、そのハンカチあげるわよ」
急に返してきたので私はすぐに拒否をした。偉そうなことを言っておいて、メンタルは弱いのかもしれない。なんだかわからないが、彼が少し可愛くみえてきた・・・。
いや、惑わされるな・・・。私は一気にその感情を押し殺す。
「最悪だ。悪口は言われるし、こんな事になるし」
「え? なに急に」
急に泣きながら語りだそうとする彼に、私はしぶしぶ付き合ってあげた。なんだか、本格的に小さな子供に見えてきた。
「悪口だよ!俺様の」
そう言うと、ぐうぅと泣き出す。
「もう、何があったのよ・・・」
ハンカチを握りしめ、何か糸が切れた様に泣き出してしまった彼を、私は小さい子供をあやす様に優しく接した。
「お、俺様が、転校してきた時、眼鏡の胡散臭い奴と喧嘩して、先生に怒られて」
「う、うん」
「その後、俺の悪口を言ってた奴がいてぇ!」
「う、ううん?」
私は首を傾げる。
喧嘩して、先生に怒られて・・・? あれ、また既視感が・・・。
「悪口を言ってた奴ってどんな奴だったの?」
「お、思い出させるなよ!で、でも、覚えてるのは下駄箱の前で女子が俺の事を冷たい声で悪く言ってたこと、ぐらい?」
私は一瞬にして肝が冷えた。
けれど、違うだろうという事を前提に考えてみる。
彼の偉そうな性格からして、喧嘩は起こりそうだし、自分が下駄箱前で悪口(?)を言った事も覚えて・・・はいる。
どうしよう、なんだか否定できない気がする。
これ、きっと私の事だ・・・。
私の事かも知れない・・・。
どうしよう。なんとも言えない事になっている。
どうしよう!?