梨花編⑤ 【新しい部員と、盗まれた鍵】
梨花編⑤
「え?」私は三浦の方に目線をむける。そっか、三浦は顔が広い。私はその話に食いついた。
「居るの?早く教えてよ!」
「えーとね。同じバイトの子なんだけど」
「あんた、バイトなんてしてたの・・・?」
いつも遊んでるのかと思ってたのに意外な事もあるのね。私は少し感心な目を向けた。
「うん。最近できたカフェでバイトしてる。凄く素敵な所だよ。」
「へー。じゃあ、今度行ってみるわ。それはそうとして、バイトの子の事を早く聞かせて頂戴?そもそも、同じ高校に通よっているのか、とか」
迅速にこの情報を聞きたくて、私は三浦に問いかける。
「そうだね。高校は同じ、かな。もう、2年生だね。クラスは・・・、たしかA組だったかな?」
「え?A組ですか!?」すると、急に原ちゃんが乗り出してきた。
「な、なにかあるの?」心の中で、もうあの目じゃないな、と安堵しながらも私は原ちゃんに目線を向けた。
「いや、今、2年A組って変な噂がたっていて・・・」
「変な噂?」私は情報に疎いのか頭の中がはてなになる。
「あー、あれね」三浦は私とは対照にわかったような口ぶりで反応した。
「なんか、変人の集まりらしいですよ・・・」
変人の集まり!?さらに、訳がわからなくなる。そんな私に三浦が軽く説明をしてくれた。
「始業式の次の日の朝っぱらに、スピーカーで大きな音だして誰かを呼んで、ちょっとした騒動を起こった事覚えてる?」
「スピーカー・・・。ああ!あれね!覚えてる!」謎が解けた様に私は喜ぶ。たしか、生徒への呼び出しみたいな内容だったような。
「そう。あの結構内容が濃いめだったやつ。そのクラスが2年A組だったんだよ。で、その担任が坂本先生」
「さ、坂本先生だったの・・・、あれは。でもこういう事あの人はやり兼ねないわよね・・・」
私はやっと納得ができた。坂本先生、と聞いた瞬間に謎が解けたと思う。あの人は、本当に個性が強いというか、変人というか、一般的な常識があまりない人だからな・・・。
やっぱり、担任が変だと周りにいる人たちも変にみられるし、私も経験してるから分かるけど、新一年生なんか特に変なイメージを与えられるよね・・・。
「まぁ、大丈夫でしょう。その子に会わせて!」
「え?先輩いいんですか?」原ちゃんが心配そうに言った。
「ええ。たぶんその子は変人じゃないと思う。それに、変人の集まりっていうのはデマ。一番変人なのは、絶対に担任の坂本先生の方ね」
「あ、そうなんですか?」意外そうに答えたが、原ちゃんはすぐにその事を受け入れてくれたらしい。
「じゃあ、伝えとくね。」場を見計らったかのように三浦が言うと、急にスマホをパッと取り出し、なにやらメールが来ていたそうで、「先に行ってるね」と言って席を立ちあがる。
「ちょっと待って、三浦!」
「なに?」三浦は軽く振り返った。
「あんた、また明日も部室これるの?」元々、周りに人を引っ付けて歩いているような人だ。軽音部に入部する以上は本格的に取り組んでもらえなきゃ困る。私は真剣な表情で言った。
「うん。明日の中休みまた来るよ。バイトの子の件もあるしね」それじゃあ、続けてそう言うと、三浦はガラっとドアを開けて部室から出て行った。
室内は静かになる。
私は振り返り、原ちゃんに顔を向けた。
「なんか、ごめんね・・・」
本当に申し訳なさそうに言った。なんか、すごい迷惑をかけてしまったな・・・。
「い、いえ。私は別に。あの、やっぱりあの方は軽音部に入部するんですね?」
「う、うん。けど、なんで?」急に問われた質問に戸惑いながらも、私は首を縦に振る。
もしかして、嫌なのかな? まぁ・・・、普通に嫌だよね。態度とかいつもと違ったし・・・。
三浦が嫌、って言いたかったりするのかな? 私の中で、原ちゃんから出てくるワードが頭の中で浮かぶ。
「今まで、軽音部に・・・、は、所属していないですよね?」
「してないよ?」私は感情をすこし隠して、優しく答えた。嫌、なんて言いにくい事だと思うし、優しく受け止めてあげないと。それに、私がちゃんと段取りを取って、原ちゃんに伝えおけばこんな事にはならなかった。ちゃんと考えていかなければいけなかったのに、それをしなかった私の責任でもあるんだ。
「なんか、悔しくて・・・。」
「く、悔しい?」予想外な言葉にビックリして、いったいなんて言葉を返せばいいのか、と混乱する。だが私は、動じずに話を聞いた。
「せっかく、先輩と楽しく音楽を出来ると思ったのに。音楽も知らないような、ちゃらんぽらんが入ってきて・・・」
「ちゃ、ちゃらんぽらん・・・」なんか、久しぶりに聞いたなその言葉・・・。まぁ、たしかにそうだけど・・・。
泣きそうな目でいる原ちゃんをみて、なんだか本当に悪い事をした気持ちになってくる。
こういう時は、この技を使おう・・・。
「本当にごめんなさい。不快に思ったかもしれないけど、アイツ、結構、役に立つのよ」
「役に立つ?」
「ええ。侮れない所もあるの。だから、認めてくれないかな?」
相手をモノとして見、価値があるとしてみなす技。いってしまえば、損得勘定みたいな?
けど、偉そうにできるほど、技って呼べるほど、でもないし、普通に詐欺師とかそこらへんが使う手口だ。でもまぁ、そこは元々根性悪いってことで。三浦には悪いけど、原ちゃんがわかってくれること前提だからね。
「先輩って、もしかして、気づいてないの?」
「ん?」私は一瞬にして頭がはてなになって、聞き返す。
「ど、鈍感?」
「え!?ど、どういうこと?」こんなこと原ちゃんに言われたこともなかったので、本当にびっくりする。鈍感、なんて人生で初めて言われたかもしれない。
「あの人のイメージです。なにかの材料って思ってるんですか?」
「ざ、材料までは・・・」そこを突かれると・・・。私は直ぐにその話題を避ける。冷たい人間だとは思われたくないし、私のイメージが・・・。
「びっくリです。私がすぐ分からない事も知っている先輩なのに、逆な事もあるんですね・・・」
え!?マジでどういう事!?
「あ、あのさ、何か勘違いをしていない?」
「勘違いですか!?」
意味がわかったの!? というような目で、みられ、そしてすこし不安そうな声で言われた。
完全に話が噛み合わさっていなく、原ちゃんの考えている事も分からなかった私は、もっと変な方の勘違いをされいては困るので、自分を守るつもりで「今の、無し!ごめん!本当になんの事かわかんない!」
と言った。すると、「本当ですか!?」と、驚かれる。
「その、なんのことを言ってたのか教えて欲しいんだけど」後輩に鈍感、と言われた痛みに耐えながら、私はしぶしぶ訊くことにした。
「やっぱりいい。言いません。」原ちゃんは以外にもキッパリと言う。
「え!?」
「あの三浦さん?でしたっけ?あの人のことムカつくので」
ムカつく、のね・・・。なんて思いながらも、三浦がらみの事というのは見当がついた。そこで、なにかを勘違いしているのだろう。
すると、ガララララっとドアが開いた。誰だ、と思うと吉原先生だった。
「あ!小坂さん、ちょっといい?」
私は「はい」と言って駆け寄ると、急ぎの用らしく、私は「原ちゃん、ごめん!ちょっと、行ってくるね!」そう伝えると、「行ってらっしゃい」とニコっと笑ってくれた。
取り残された部屋の中で、原ちゃん、いや、原由美は一人でもう一度考えた。
「やっぱり、三浦って人、先輩の事が好きなのかな?」
そう、原は三浦の『男じゃなくてよかった・・・』という声が聞こえていたのである。
原は心の中で深くも葛藤していた。あの人の軽さをみて、なにかを本気に取り組められるような感じには見えなかったからだ。
「私の勘違いなのかな・・・」
☆☆☆
「小坂さん、ごめんなさいね。急に」
「いえ。それよりも何かあったんですか?」
私は先生に「ちょっと来て欲しい」と告げられて、職員室の方に来ていた。
「ええ。そうなの。その、軽音部の鍵を失くしてしまって・・・」
「は、はい。」
「どこにあるか知ってる?もしかしたら、小坂さんが持っているんじゃないかと思っていたんだけど・・・」
私は一瞬、戸惑った。たしか、最初に部室に入ったときは、鍵が開いていて、それで・・・。
「いつから、失くしてしまったんですか?」
「え、ええ。それが、始業式の次の日からなくなっていて」
始業式の次の日ってことは・・・。私は直ぐにその日の事を思い出そうと頭を働かせる。
たしか軽音部に行って、入って・・・。考えていると、私はなんだか息を飲んだ。
「あ、あの。失くしたのは、その日の何時辺りからですか?」慌てて言うと、先生も焦ったように答える。
「それがね、その日の朝にはちゃんとあったんだけど、昼休みの時、色々バタバタしていて、そして職員室に帰ったら、その鍵が無ないことに気づいて・・・。だから、詳しくは分からないの。」
ごめんなさい、そう言うと眉を下げた。
私は少し、心の中で焦っていた。誰かが部室に侵入しているのではないか、と。そして、それがあり得るという事・・・。
「先生って始業式の次の日。その日の昼休みの時間、部室に行っていないですよね」
「ええ。それに、他の先生方や従業員の人にも話したのだけど、知らないって・・・。嫌よね。」当たり前かのように言われ、私は動悸が激しくなる。
私は焦る気持ちを押さえつけて平静を装い、動揺を見せない口調で、自分に起きた事を話した。
「先生。私、あの日の昼休み。部室に入りました。」
「え!そ、そうなの?鍵は?」
「開いてました。勿論、持ってません。先生が開けてくれたのかと思って」
「いや、その日私は部室に一切行っていないわ。それにたしか、鍵は閉めてたはずだけど?」
「はい。わかってます。中休みの時にも、それは確認してました。」
「じゃ、じゃあ・・・、中休みが終わった後、誰かが勝手に部室の鍵を使ってドアを開けた、と?」
たぶん・・・、私は答えた。
すると、先生は「はぁ~」と大きくため息を吐いた。
「私が落としたか、どこかで失くしてしまった、とか思っていたけど、まさかの誰かに盗まれていたってこと?」
先生はその出来事に対して、すぐに愕然するのではなく、唖然とした表情になり少し呆れていた。きっと、仕事なんやらで疲れているのだろう。先生の机に山盛りの書類の山がみえたところで、その事実は明白だ。
そして、私自身も先生に対して同情してしまうのか、変な倦怠感を感じた。
「はい・・・。きっと、鍵を開けられていたので、部室に入られていたかもしれない」
しかし、実際にそう考えると、なにか得体の知れない恐怖が体にまとう。これからどうしていくのかという不安もよぎった。
落胆する私に、吉原先生は続けて口を開いた。
「誰かが鍵を盗み持って、勝手に開け閉めをしていたってところかしらね・・・。やはり、鍵の事を早急に話しとけばよかった・・・。言葉足らずな自分を恨むわ」
「い、いえ。そんなの・・・。私も鍵の事は先生に頼りっぱなしで、本当に警戒心が無いです」部長になったのに、始めから不甲斐ない。私はそう思って、自分を責めた。
「そんなことないわ。それに今の話で、鍵を盗んだ鍵泥棒が居たって事はわかったし」
それでも先生はそう言って優しく笑ってくれる。
「それじゃあ、小坂さん。お願いがあるのだけど・・・」
「は、はい、なんですか?」
私は耳を澄ませて聞く。
「鍵泥棒を探すのを、協力してくれないかしら」
うん。そうなるのは知ってた。私は一人、納得する。私はこの部活の部長である。その責任はしっかりとらなければならないのだ。けれど、その前に訊いておきたいことがあったので、私は「奪われてしまった鍵はしょうがないですが、予備の鍵とかはないんですか?」と、訊いた。
「ああ・・・」先生はなんだか言いにくそうに少し躊躇すると、決心がついたのかハッキリと口にだして言ってくれた。「それも昨日まではあったのだけど、今日の朝に見あたらなくなって・・・。それで今回、小坂さんにこの事を話そうと思ったの。」
予備の鍵も盗られたの!? 私は心の中で、驚愕し、また唖然とした。
「で、では、また作らなければならないし、それに、その鍵泥棒だってどこの誰かも分からない訳ですよね・・・? 」
「そうね。新しく買わないといけないから、部費を使うしかないのだけれど・・・。今は少し無理そうね。」
私は完全に動揺して、つばを飲み込んだ。そこまでのことをされていたとは・・・。
「この事って、誰かに相談できないんですか? たとえば、校長先生とかに言って、犯人を捜してもらうとか・・・。そうすれば何とかなるかもしれないですし。」
「ええ。話してみるには話してみるけど、廃部になりかけていたりとかで、軽音部はデメリットが多いから、あまり協力的になってくれるか分からない。」
「なるほど、そうなんですか・・・」
少しだけ、気分が下がる。この学校は、意外とスポーツ関連の部活が多く、部員数も多い。結構強かったりするので、そういう部活に生徒は流れがちだ。それに対して、美術部や、手芸部など、体をつかわない部活は部員が少ない。中でも、軽音部や、他にも似たような、まるで娯楽を楽しむ部活は部員数が最も少なく、それ故に、スポーツの部活などと比べると、先生たちからの期待度が圧倒的に低い。
私はやっと、動機が落ち着いてきたので、あらためて口を開く。
「わかりました、探しましょう。では、なにか取得してある情報とかありますか?」
「そうね、それじゃあ」
一体鍵を盗んだのは誰なのか。二人は会話を重ねたのち、梨花は教室に戻った。