明編② 【保健室のひまわり】
明編②
翌日。私は今日から学校に登校する。
「行ってきます」と声が響く。
いつぶりだろうか。制服をきて、太陽が昇っている頃に登校するのは。
すると、母が玄関まで来てくれた。
「よかったら、途中まで一緒に行こうか?」
☆☆☆
「明が外に出るなんて、久しぶりじゃない?外って意外と気持ちいいでしょ?」
確かに久しぶりかも知れない。春休み一切外にでなかったからな・・・。
私は現在、学校に母と登校中。通学は歩きなので少し遠く感じるが、綺麗な場所を通るので気持ちがスカッとする。それに、今はお昼。太陽の日差しも暖かく感じられた。
「けど、やっぱり緊張はするかな」
私は正直に母に言った。学校に行くのは本当に緊張する。それに久しぶりなのだ。外へでるのもそうだが、学校に行くのも久しぶりだ。久しぶりというのは更に緊張を煽ってくる。
「誰しも緊張はするものよ?葵だって緊張しているんじゃない?」
母の優しいフォローに安心すると共に、葵の事を思い出した。そうだ、一番の目的を緊張ですっかり忘れていた。あまり現実味がないけど、葵は今、私と同じ所に通っている。
「そうだね。なんか葵がいると思ったら少し緊張が解けたかも」にこりと笑うと、母がフフッと優しく笑った。
☆☆☆
母と別れ、私はやっと学校へ来た。
辺りは、誰もいなくてみんな給食を楽しんでいる。そんな中、私はこっそりと上履きに履き替え、職員室の方へ向かった。
扉の前で私は、少しだけ躊躇する。緊張と、不安が混ざりながらも私は思い切って扉をトントンとノックした。
ガラッと扉を開けて、「2年B組の山下明です」と元気よく言った。
すると、先生たちの目線が一気に私の方に集まる。その目線に耐えながらも、震えた声で「吉原先生はいませんか?」と尋ねた。
すると、黒く長い髪を一まとめにして、眼鏡をかけた女性がこちらへ向かってきた。
吉原先生だ。
「はい。吉原です。山下さんですね?」
私はホット胸を撫でおろして、「そうです」と返事をした。
「では、改めて。2年B組の担任。吉原恵と申します。」
先生がお辞儀をしたので、私も反射的にお辞儀をする。
軽音部の顧問の先生っていっていたけど、案外、真面目で優しい方だな。これは、あくまで第一印象だが、そう思った。
「じゃあ保健室に行きましょうか。給食、食べていく?」先生はフフッと笑う。
「あ。いえ。私は良いです」たいして、お腹も減っていないかったので、こう答えた。
「そう。まぁ、一旦、保健室に行っていなさい。勝浦先生が居るはずよ」
私は「はい」と返事した。そして、先生はそのまま自分の机の方へ戻って行ってしまった。
そして、私も職員室を後にして保健室へと向かった。
勝浦先生とは保健室の先生だ。女性の方で、お年を召した方だけど、とても優しい。私との交流も深い。
なので、私は学校に来たときは、よく保健室に通っている。何より、いいのは、職員室からさほど距離が無いことだ。
ほらもう、直ぐについた。
ノックをして中に入ると、「山下さんね」勝浦先生が優しく言ってくれた。今、丁度お昼ご飯を食べていたらしい。迷惑かけてるな。私って本当に図々しい。溜息が出てしまう程に。
私は、バッグを肩から外して椅子に置いた。
「山下さん。今日は給食の時に来られたのね」勝浦先生は椅子に座って、私の方に目線を合せた。
「はい。実を言うと、昼休みだったんですけど、少し早く来ちゃいました。」
「そうだったの。でも学校に来られただけで、良いんじゃないかしら?」
勝浦先生の言葉に私は、心がじぃんと温かくなった。本当に、私は恵まれていると思う。
「ありがとうございます」私はクシャっと笑った。
すると、ガラっと保健室のドアが開く。吉原先生がいらっしゃったようだ。
「あ、勝浦先生こんにちは」
「はい。こんにちは」そう言うと、勝浦先生は微笑んだ。
そして、吉原先生は私に目を合わせ、「給食、持ってきちゃった」と言った。
☆☆☆
「ゲプッ」私は、手で口を押さえ、唾液を飲み込んだ。
お腹がいっぱいでもう、ダメだ。無理矢理口に押し込んで食べていたので、お腹の袋は限界を迎えていた。何故こうなったかというと、食器の片づけやらで生徒と会いたくなくて、早く食べたせいだ。時間もそんなに無かったので、私は本当に勢いよく食いついたのだ。
そして、やっと昼休みを迎えた。吉原先生は少し用事があるらしく、遅く来るらしい。
私は保健室でゆったりとしていた。
すると、勝浦先生が「山下さん」と声をかけてきた。私はすかさず「はい」と答える。
「山下さん、私ね。委員会とかなんやらで、保健室を少し離れなくちゃいけないの。だから、少しの間、一人で吉原先生が来るのを待っていてくれない」
私は急だった事もあり戸惑い俯いた。本当は嫌だ。もし、誰か入ってきたらどうすればいいのだろう。けれど、ここまで良くしてもらって、またわがままを重ねるのは先生にとって悪い事なのではないのか・・・。そんな思いが生まれる。
少しだけ離れるだけなら、大丈夫かな・・・。吉原先生もきっと、来てくれると思うし。
私はそんな気持ちになり、「先生のご自由にしてください」と言った。私だって、もうこの年なんだから、甘えちゃいけないよね。
「ありがとう。じゃあ、ちょっと行ってくるわね」そして、勝浦先生は行ってしまった。
保健室の中。私は一人になる。
静かになった室内で、生徒の楽しそうな声が聞こえてきた。昼休みだから、みんな羽を伸ばしているのだろう。
そして、少し開いた窓から心地の良い風と、暖かい日差し、風に揺られてチリンっと音をならす鈴の音。なんだか、眠くなってくるな。どこか違う世界に迷い込んだ変な気持ちになる。
トントン。
そんな気持ちになっている私を、すぐに現実へと引き戻したのは急に叩かれたノックの音だった。
え?私は、どうすればいいのかと焦り、混乱し始める。私は、怖くてただ何も言わずにいた。心の中で、速く立ち去れと祈る。
「誰かいませんかー?」すると声が聞こえてきた。私は不安な気持ちがドッと増して、怖くなり、足が竦んだ。体が完全に硬直し始める。
声のトーンからして、絶対に男子だ・・・。呼吸はどんどん荒くなっていく。
トントンという音は立て続けに大きくなっていっていった。
このままじゃ、ダメだ。私は保健室のベッドの方に寄った。もし、なにかあったらここに隠れよう。
「誰もいないのか・・・?」無視を続けていたら、男子が諦めた様に言った。私は少し気が抜ける。諦めてくれたのか・・・?。
と、思ったその瞬間、ガララララっと保健室のドアが開いた。
「きゃあああああ!」私はビックリして大きな声で叫び、すぐさまベッドに潜り込む。
どうしよう、バレた!?後先考えず、変な声をだしてしまった事に私は深く後悔する。まさか入ってくるなんて思わなかった。
「だ、誰かいるのか」男子がキョトンとした声で喋る。
私はベッドに潜りながら、息を殺して、バレてた!? と思い心の中でヒイイッと叫んだ。
どうしよう。足跡が近くに聞こえる。もしかして、こっちに来てるの?私は心の中で、来るな、と唱える。
「だ、誰かいるのかよ!」声がひと際大きくなった。少しだけ震えているような気がしたが・・・、もしかして、怖がってる? 幽霊とでも思っているのだろうか・・・。
けど、私はすぐに否定した。今、一番怖がっているのは私だと。別に張り合っている訳ではないが。
我慢しないと、相手がどこか行くまで私はそう決意する。
「ここにいるのか?」
だが、そう思うのもつかの間、男子の声が一気に近くなったような気がした。
嘘でしょ?急に彼から放たれた言葉に、心の中で叫ぶ。私は目がパッチリと開き、嫌だ!来ないで!カーテンを開けないで!と心の中で叫んだ。呼吸が荒くなって、目元も涙目になる。
けれど、そんな思いは届くはずもない。
次の瞬間、シャァァァと音がしてカーテンが開いた。一瞬にしていとも簡単に、カーテンを開かれ、彼と目が合う。ただ続くのは沈黙だけ。
私は涙目だった目から涙がこぼれ落ちた。開けられてしまった絶望感に耐え切れなかったからだ。そんな私をよそに、彼は心配そうな目をする。
「だ、大丈夫?」
え?私は呟く。彼から言われた言葉に対して、私はこの状況に酷く動揺しすぎていてなにも返せなかった。
「い、いや!それより、ごめん!開けちゃって・・・」すると、彼が謝ってきた。私は、勝手に首を横に振る。別に彼は悪い事なんてしていない。悪いのはちゃんと出なかった私の方だ。そう思ったらやっと、頭が回転して言葉が出てきた。
「い、いえ。私こそごめんなさい」すると、彼は表情が明るくなり笑った。
なんだか少しだけ、空気が和やかになっているのは気のせいだろうか。
「ねぇ、絆創膏ある?」彼が急に質問をしてきたので私は、パッと勢いよく顔を上げた。
「ご、ごめんなさい。私、そういうの分からなくて・・・」保健室にいる時間が長いのにどうして知らなかったのだろう。なんて、自分にバッシングしてみる。
彼はそっか、と言って一言呟いた。そして、パッと顔色を変えて「君、名前は?」と勢いよく話かけてきた。そうか、この人とは初対面だもんね。私は一人で勝手に納得する。
自分の名前なんて、本当は言いたくないけど、私は彼の目にやられ、気難しそうに「や、山下 明です」と答えた。
「山下明・・・。」彼は考えるようにして俯く。私は名前をフルネームで呼ばれビクリとした。
「もしかして、転校生か!?」頭を抱え考えた末、でた結果が転校生だったらしい。
そうか。私が学校に行っていないから、この人は分からないのか。内心、少し傷ついたけれど。
「じゃあ、何年生?」また、彼は私に訊いてきた。
「2年B組・・・」私はやはり、その目から逃れられず、答えてしまう。ボソッというと、彼は一気に喜ばしい顔をして、「え!俺もそうだよ!」と言った。
今、なんだか聞きづてならない事を言っていたような・・・。けれど、私は考える事をやめた。私には関係ない事だ、そう押し付けて。
すると、彼が私の隣に座ってきた。急に近くなった距離に私は一歩下がる。
もう、完全に彼のペースだ。それに加え、私の事を転校生だと感じがいしているらしい。
「山下さんさ、学校でわからないことあったら、俺に訊いてよ!俺、父ちゃんも爺ちゃんもひい爺ちゃんもこの学校だったから、誰よりもこの高校の事しってんの!」
ニカッと満面の笑みで笑う。そういえば顔を間近で見ると、この子、結構イケメン・・・。それにとても、フレンドリーというか・・・。そして私は悟った。
絶対にこの男子はクラスの人気者だと。こんな綺麗で太陽のような明るい笑顔を私は初めて見たと思う。影の薄い私が、どれだけ周りをみて過ごしてきたと思っている。やっぱりこういう人のオーラは違うのだ。
明るく元気で、私とは大違いだな。けど、やっぱり転校生と勘違いされてるのは頂けない・・・。
そんな事を思いながらも、私は彼のある所が見えた。
「怪我、大丈夫?」
「え?」あ、ご、ごめんなさい、私は咄嗟にそう言う。
チラッと見えた怪我が結構、酷いものであったのだ。少し、血もでていて痛そうである。
「いやぁ、校庭でドッジボールしてたら転んじゃってさ。」そして、彼はこの傷を見せるように言った。
「ドッジボールか・・・。楽しそう」私はボソリと言う。
「うん!楽しいよ!ボールを使う競技って俺好きなんだ!」そうなの?と私が訊くと彼は、「そうそう!バスケに今、ハマっててさ!めっちゃ楽しいの!」と満面の笑みで言葉が返ってきた。その後も、語ってくれる姿は本当に楽しそうで、こんなキラキラしている人がこの世にいたのか、そうすぐに思った。私とは本当に正反対で、それ故にその明るさ尊く感じてしまう。私もこんな人になりたかったな・・・。
そんな思いも込めて、私はキラキラしている彼にこう言った。
「君に似合ってると思うよ」そして、私はフフッと笑う。本当にそう思ったし、こういう事誰かに言われたかったからだ。まさか、自分から言うなんて思わなかったけど・・・。少し恥ずかしかったけど、つい思っている事を口に出してしまった。
彼は輝いて、はしゃいでいる姿がとても似合う子だな。
今、その瞬間に保健室に飾ってある向日葵がみえた。
そうだ。なんとなく彼はひまわりという言葉が当てはまる。
ロマンティックに溢れた事を思っているけれど、私は昔から花の辞典を読むことが好きで、花言葉なども好きであった。
ひまわりみたいな人。それが私の中にできた彼の第一印象。
私からの視点なので致し方ないが、私のビジョンではそうみえる。
すると、彼はやけに驚いて「あ、ああ」と頷いた。
あれ、もしかして引かれた?そんな事が頭をよぎったけど、別に平気だった。
もう、この子とは関りあう事はないだろう。そう心の中で勝手に思ったからだ。
光と闇は通じ合えない。
保健室の窓からの日差しがとても眩しくて、私は目を細め、閉じた。