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運命の逆召喚 8話

時を同じくして……。

勝手に小梅に別働隊にされた、天境あまさか 有斗ありと八神やがみ 纏衣まといの現状は、概ね小梅達の予想通りの展開となっていた。

「……何よ」

小梅達に立ち去られた有斗が、ゆっくりと纏衣の方を向くと、あからさまに不機嫌な表情でこちらを見る序列六位の姿が。

どう見ても、顔に【帰りたい】と書かれている。そんなことは女性の友人が少ない有斗でも容易に理解出来た。

……しかし、有斗からすればそういう訳にもいかない。

というか、小梅があからさまに仕組んだ何かだという事は明らかだった。

幾ら何でも、この状況には無理がある。とはいえ……有斗にはその真意を見抜ける訳でも無い。それなら、さっさと折り返して合流してしまおう。

そう、有斗は言おうとして、纏衣の方を向いたのだが。

(やばい。これは一言間違えばキレる)

状況が思ったよりも悪い方向に向かっている事を痛感する。どうやら、纏衣の方は何か不都合な事があるのかもしれない……という事を悟った有斗は、慎重に言葉を選ぶことに決めた。

唾をゴクリと飲み込んで、何度も何度も頭の中で反芻した言葉をようやく口に出す。

「とりあえず、歩かないか? ……このまま立ってるっていうのは、な」

想像より上擦った声は、半分裏返ったような、落ち着きのない声だった。冷や汗がツーと頬を垂れて行き、首筋を伝って地面へと落ちる。

更に……状況はすこぶる悪い。纏衣は有斗の方を向いて、じっと押し黙ったまま。有斗から話しかけた手前、何かを言うわけにもいかず……レスポンス待ちなのだが、当の本人からの返事は未だ無い。

それとも、この無言が返事という事なのだろうか。それならば既にゲームオーバーだ。

気まずい。とにかく気まずい。会話の無い空白の時間は、意識を押しつぶす様にその存在感を強くしていく。膨れ上がった空白は有斗の体に走る緊張を何倍にも助長させ、思考をおもりがついているかのように鈍らせていく。先ほどまで人々の喧騒に耳を握られていたはずが、今、有斗の耳にはシーンとした反響音しか響いては来ない。

「……そうね。反対側、向かいましょうか」

それは、蒸し暑い空気の中。冷たい氷を入れられた背中のよう。

不満を募らせた顔をしていたはずの纏衣は、くるっと振り返って、小梅達が歩いていった方向とは逆の方向にすたこら歩いて行ってしまった。

「…………え?」

その瞬間、再び有斗の耳に夏祭りの騒がしさが戻ってきた。

がやがや、ざわざわとしたBGMが戻り、纏衣の行った事を脳が受け取れないまま、それでも視線は自然と歩き出した纏衣へと向かう。

手足は硬直したまま動かない。首も動かせずに、眼球だけが纏衣を追った。

「だーかーら! 私たちは私たちの仕事をするわよって言ってんの!」

「お、おう!」

思い返すと、纏衣の返答はいつもより少し高い、上擦った透明感の高い声。

(……なんか、俺がバカみたいじゃねえか)

小走りで纏衣に追いつくも、なんだか少し早歩きになってそっぽを向いている。歩幅的にはその方がぴったりなので、有斗は一向に困らないのだが。

それを見てフッと笑ってしまった有斗は、この後酷く後悔する事になるのだが……それはまた別のお話。



「……何も起こらないな」

有斗達が歩き出して数分。

平和は退屈なり、しかしてそれは噛み締めて喜ぶべき……とは言っても、あまりに何も起こらない。

「いい事じゃない。この前みたいに襲撃があるよりよっぽどマシだわ……はむ」

纏衣は出店で買ったミニカステラをつまみながら、横行く有斗を尻目に歩いて行く。

当然有斗は買えなかった。「有斗は買わないの?」と言いかけた纏衣が、何かを思い出して申し訳無さそうな顔をしたのを有斗は絶対に忘れないことだろう。その償いとしてなのか、一欠片分けて貰ったことなど地獄の底まで忘れないだろう。

「いや、逆に怖い。小梅先生の仕事に着いて行って何も起こらなかった試しがないんだ」

「そう? 私が先生と一緒に仕事をした時は何もトラブルは起こらなかったけど」

纏衣は意外そうな顔をして有斗を見る。

「そんなバカな……」

(これ、事件を引き寄せてるの有斗の方じゃないかしら……? 私の時もそうだし、鍵も……)

「あ、鍵!?」

「え?」

唐突に、纏衣が思い出した様に声を荒げる。

「鍵、どうしたのよ。持ち主に返したんでしょうね」

その質問をされた瞬間、有斗は昨晩経験した出来事を思い出す。

突然の異世界転移、謎の精霊との出会い、魔術師との戦闘。

(纏衣に……尋ねるべきなのか。それとも、一度返すと言った手前、何も起こっていない事にするのか。……多分纏衣は、謎の異世界のことについても知っている。だが、ここで聞くべきなのか?)

数秒迷った有斗は、やがて1つの結論を出す。

「悪い。連絡がついてないんだ。今朝も電話に出なかったんだよ」

その言葉に纏衣は、有斗の顔を覗き込む様に観察する。

「嘘を吐いては無いみたいだけど……?」

「な、なんだよ」

「……鍵、どこにあるの?」

「カバンの中」

有斗は朝、何となくでカバンの中に入れたのだ。もしかしたら孝俊に会って返す機会があるかもしれないし、鍵をそのまま置いておくのは、危険過ぎる気がして止まなかった。

帰った時に部屋ごと転移していてはたまったものじゃない。

「なんで?」

「なんでって……無くしたらまずいだろ? 人に借りたもんだし。それに結構かさばるし、ジャラジャラ煩いんだよな。カバンに入れて持ち歩くのが一番」

有斗は首を左右に鳴らす。

「……………ねえ。有斗ってさ、鍵になんか付けてるの?」

「ん? ああ。一緒に貰った鎖を付けたんだよ」

「昨日は付いてなかった気がするんだけど」

「そりゃ昨日の夜付けたからだよ。移動する時に裸で手に持つ訳にも行かんし、首から提げてたんだ」

「……って事は、昨日の夜にわざわざ鍵を持ってまで何か出歩く用事があったんだ?」

有斗はギクっとして纏衣の顔を見た。

ちょこんと小首を傾げ、こちらの態度を伺っている……明らかに疑われている様だった。

確かに、そう聞かれてしまえば有斗には答える術は無い。実際に出歩いて居たとはいえ、その場所は訳の分からぬ異世界。

それをそのまま言う訳にもいかなかった。

「あ、あー。コンビニだ。コンビニ」

「何買ったのよ」

「……菓子パン買うのが悪いのかよ」

纏衣にこれを確かめる方法はない。有斗の口から出まかせではあったが、証拠を出せない以上黒と断定することは出来ない。

疑わしきは罰せず。……と、頰が緩む有斗だったが。


「有斗、アンタの財布そんなにお金入ってないじゃない」


その油断は、この一言に全て崩された。

そうだった……と有斗は項垂れる。さっき、財布の中身が素寒貧なのを知られたばかりだと言う事をすっかり忘れていた有斗、愚かにも買い物したと嘘を吐いたのだ。

相変わらず、財布の中身は五十三円。入っている紙はレシートとポイントカードばっかり。

「…………すいませんでした」

「下らない嘘吐いてまで、一体何を隠そうとしたのよ」

こうなってしまえば、最早有斗には何も出来ない。

「深夜、だったかな。突然鍵が光り出したんだ。そしたら見慣れない草原みたいな場所に居て……知らない魔術師と一回喧嘩して帰ってきた」

はあ、と嘘を吐いた事を酷く後悔し、下を向く有斗。

余計な事は言うもんじゃない。有斗がそれを実感していると、隣にいる纏衣の口が開きっぱなしなのに気がついた。

それはもう、開いた口が塞がらない……というか、呆れて物が言えないというか。

「お、おいどうしたんだよ」

「……有斗。それはもう後戻り出来ないわ」

「え?」


そう、有斗が聞き返した、その時だった。


「GYAAAAAAAAAAAA!!!!」

物凄い風圧を伴った咆哮が、空を切り裂く。

辺りの看板などは倒れ、軽い飾り付けなどは吹き飛んでしまった。

そして、一瞬の空白と同時に、そこに居た全員が走り出す。

振り返った有斗達が目にしたのは。


現代には到底存在し得ない、恐ろしく巨大な蜥蜴の姿だった。

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