運命の逆召喚 7話
「……なるほど。2人にそんな接点があったとはな」
出店で売られていたかき氷【いちご】を口にしながら、小梅は前を歩く有斗と纏衣に目線を合わせた。
「意外ですよね。纏衣ちゃん、これで中々人見知りだから友達も作ろうとしないし……」
とは、小梅の隣を歩く碧李の意見。
「誰が友達ですか。こんな寝ぼけたやつ」
「寝ぼけたやつだと? そっちこそ頭が蒸発寸前なんじゃないか?」
「何よ!」
前を歩く2人はさっきからこの調子である。
碧李や小梅が話題を振ろうにも、二言目にはお互い険悪な雰囲気を出し、仲良くする気配なんて感じられない。
それを見て、苦笑いをする碧李と呆れた様子の小梅。
「そういえば、どうして小梅先生とゼクスが知り合いなんだ?」
ふと、一番先頭を歩く有斗が小梅に尋ねた。
「……そうだな、この機会に説明しておくか。私が教師の他に、いくつかの兼業をしているのは知っているな?」
「えーと、居候している酒屋のバイトと、学園警備隊でしたっけ」
「その2つに学生理事会の仕事を加えて、計4つ……ですよね。先生」
そう言って碧李は得意げに小梅の方に微笑む。
「ああ。その理事会の仕事の件でゼクスと協力する事があってな。何度か仕事をするうちに仲良くなったんだ」
「……理事会?」
聞いたことがない、という顔をする有斗。
「嘘でしょ……いくらなんでも理事会のこと知らないなんて」
そんな有斗を見て、信じられないと言った様子の纏衣。
「学園理事会っていうのはね、私たちみたいな学生自警団の運営だったり、各学校の運営の一番上にいる組織の事よ。ほら、ここの学園祭や体育祭は区を跨いで合同で行われるでしょう? それの中心で指揮を執ったりするのが学園理事会って訳」
纏衣はふふん、とご機嫌な顔をして腕を組んだ。……なお、威厳らしきものは無い。
「ちなみに、この夏祭りにも学園理事会が一枚噛んでいる。というか今回の仕事は学園理事会から受けた仕事だ。学生の保護とパトロール……最近、テロリストの集団が公園に現れたり、物騒な事件が続いているからな」
「ん? それって……」
有斗は、何かに気づいた様子で纏衣の顔を見る。
「そうよ。この前のあれ。……さすがに、武装した集団が堂々と街を歩いているなんて危険すぎるでしょう? 特に、学生が集まる夏祭りでそんな事件でも起きたら、怪我人が出かねないわ」
怪我人、というのが流石魔術都市といったところだろう。
普通なら死人が出てもおかしくは無いが、この街に住んでいるのは魔術師の学生だ。銃弾程度で死にはしない。とは言え、荒事に慣れている生徒は少ない。
結果、ゼクスや小梅といった、戦闘に慣れている人物が見回りをする事で、被害を無くそう。というのが学園理事会の方針であった。
「ま、アンタだったら死んでるかもしれないけどね?」
「うっせえ。……あの時はそっちもやばかったろうが」
「ちょっと油断しただけ。次はああはならないわよ」
そう言って纏衣はそっぽを向いてしまう。
そんな2人の様子を見て、小梅はため息を漏らした。
(こいつら。……そうだ。いい事を思いついたぞ?)
「有斗、纏衣。この商店街はとても広い。おまけにこの人通りだ。……もし私たちが端にいる時にもう片方で事件が起きたら、直ぐには駆けつけれないかもしれない。そこで、2つにチームを分けよう」
「それじゃ、私は……」
そう言いかけた纏衣だったが、小梅に言葉のその先を遮られてしまう。
「おっと、実は私は碧李に用があったんだ。大事な用事だからな……2人きりで話したいんだ。そんな訳で私は碧李と組む。私たちは端にいって折り返して帰ってくるから、2人ももう1つの端に行って折り返して来てくれ。じゃあな!」
小梅はそう言うと、碧李の腕を掴んで、早足で歩き出してしまう。
「あっ、ちょっと……」
「纏衣ちゃーーーん、頑張ってねーーーーー」
引きずられていく碧李は、相変わらず表情を変えることはない。……だが、有斗にはどこか笑っているようにも見えた。
それは困っているような、楽しんでいるような。だが、残念ながら碧李は抵抗をせずに引きずられるままだ。
そうこうしている内に、小梅達の姿は人混みに紛れて見えなくなってしまう。
雑踏の中……立ち尽くすのは、残った2人。
不満げな目をした纏衣と、頭を抱える有斗であった。
「先生? 随分と雑なやり方じゃないですか」
小梅達が有斗達から離れて行って、1分ほど経った頃。
碧李は、隣を歩く小梅に尋ねていた。
「……そう言う割には、抵抗せずに着いてきてくれたんだな」
「それはまあ、私も考えるところは同じですから。私達が何かする必要もないと思いますけど」
「私もそれには同意だ。ま、ちょっとやり過ぎなくらいがちょうどいいのさ。特に纏衣は頭が良いからな。普通にやったら上手く躱されてしまう」
あーむ、と大きな口を広げ、小梅はわたあめを取り出して齧り始めた。
(いつの間に買ったんでしょう……?)
「それが纏衣ちゃんの長所でもあり、短所でもあるんです。友達の話や学校の話を振っても、何も話してくれないんですよね。いじめられてる訳ではない事は知っていますけど、どうにも同級生には距離を置かれているみたいで」
「纏衣の学校だとそうだろうな。あそこは序列の話をするといつもピリピリしている。頭の良い学校だから当然と言えば当然だが、序列六位にとって、中々馴染める場所とは言い難い。……蓋を開ければ案外普通の中学生なんだがな」
纏衣が通っている中学校は、魔術都市の中でもトップクラスに有名なエリート校。
学生序列二千位以上、かつ難関と呼ばれる学術試験を突破した実力者のみが入学を許可される。その名を彗星中学校。
よく学校同士のイベントや表彰の対象にもなっているため、その制服や校章はかなり有名である。多少ニュースを見る人ならまず知っているだろう。
しかしそれ故に内部の競争率も高く、序列を意識した人間が数多くを占めているのだ。
「……中々、理解してくれる人には出会えないですよ。私自身そうでした。それに纏衣ちゃんの場合、自分にも相手にも厳しいから尚更です。それ自体は悪い事では無いんですけど、あの学校だとマイナスに働いてしまいますよね」
「その点有斗は馬鹿だからな。序列の事なんて頭に無いだろうし、それをコンプレックスにして纏衣を嫌うことも無いはず。……まあ、結局の所本人次第ではあるんだけどな」
小梅は、食べ終わったわたあめの棒をゴミ箱に投げ入れる。……そしてすぐさま、今度はりんご飴を取り出して舐め始めた。
「そう言えば、何故一般の生徒である有斗さんが、先生の仕事に付き合っているんですか?」
「特別補習だよ。あいつは勉強も魔術もからっきしだからな……。頭が悪い訳では無いと思うんだが、どうにも下手というか向いていないというか」
小梅はそう言いながら、出来の悪い教え子の事を思い浮かべる。
パトロールに連れて行けば必ず事件を引き寄せ、なんだかんだで生き残り、文句を垂れる。……それ故、小梅は今回も何か起こるはずだと身構えていたのだが。今の所は平和そのものだ。喧嘩騒ぎ1つ見えやしない。
(案外、騒動を引き寄せているのは私の方なのかもしれないな。どうせ死なないし怪我も残さないから、最近はすっかり毎回のようにパトロールに付き合わせている)
まるで戦略シミュレーションのスターティングメンバーかの様な扱いを受けている有斗であったが、それ程に生存率が高いのも事実であった。
「ふうん、変わった人ですね……。先生とコンビを組んだ人は、毎回ボロ雑巾の様に疲弊して帰ってくるって有名ですから、きっとそういう適性があるんでしょうね」
「どんな適性だ。全く、碧李はナチュラルに口が悪い」
「私としては、そんな自覚は無いんですが?」
「その方がよりタチが悪いな。……お、金魚すくいがあるじゃないか。1ゲームやって行こう」
(これ、パトロールというよりただのデートでは?)
目をキラキラさせて金魚の出店を見る小梅を追いかけ、ゆったりと歩く碧李。
本当に仕事する気があるのかという疑問が生まれるが、何も起こっていない以上する事もないので、結局は小梅に付き合って遊ぶ碧李であった。
……ふと、頭に浮かぶのは置いてきた2人の事
もしかして、自分達と同じ様にしているのでは? と一瞬思うが、すぐにそれを否定する。
(別々に行動でもしていなければ御の字でしょう。……帰ってしまっていなければ良いんですけど)
色んな意味で纏衣の事が心配になる碧李であった。