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運命の逆召喚 3話


真っ赤な夕暮れが、魔術都市内の街並みを夕日色に染め上げる。がたんごとんと線路を走る電車内は、その光景が一望出来る公共の特等席だ。……天境あまさか 有斗ありとは、疲れていて景色を眺めるどころではなかったが。

1つ1つの学区が広い魔術都市では、徒歩よりも移動に電車や車を使う人の方が多い。瞬間移動を使えば……と言う意見も挙がってはいるが、公共的な瞬間移動の実用化については課題が沢山ある。

第一に、瞬間移動を可能とする魔法には高レベルの適性が必要な事。そもそも使用出来る人間が少ないと言う事で開発は見送られている。まだまだ魔術に使用というのは出来立ての技術なのだ。

「今日は一段とハードな日だったぜ……」

第13学区へと向かう電車の中には、有斗以外に人はいない。

車両に一人きりというのは何とも奇妙。しかし深く休める状況でもある。

空調を独り占めして、脚を広げても誰の迷惑にもならない空間で有斗はぐっと羽を伸ばす。

「ま、こんな不幸な日なんてそうそう来ないさ。明日……はまた補習だけど、その後はぐっすり休める」

……唐突に、有斗は鞄から例のアレを取り出した。

有斗自身もよくわからなかったが、手が勝手に動いた。と言わざるを得なかった。

「……纏衣は返せって言ったけどよ。これ、本当になんなんだ?」

信用出来る熟年の鑑定士は今すぐ手放せと言い、自分より何倍も魔術に詳しい後輩は、持っていれば不幸になる……と有斗を叱りつけた。

嘘をついている訳では無い、自分を陥れようとしている訳でも無い……という事もわかってはいたが、これでは理由を説明されないまま、お預けを食らっているような物だ。

得てして人間は、知らないままという事に耐え難い。

何かあれば見てしまう。やるなと言われればやってしまいたくなるのも真理。

好奇心は猫をも殺すという言葉があるが、実際その通りである。もしこのままこの立方体を持ち続けていれば、何か引き返せないようなトラブルに巻き込まれる……という悪い予感が、ずっと有斗の脳内には存在していた。

不幸になる、というのもあながち間違いでは無いのだろう。

だが……そもそもこれは有斗の物ではない。持ち主に返すという責任がある以上、その辺にポイっと捨てるわけにも行かないのだ。

「……孝俊たかとしに話して、それからだな。そもそも俺の物じゃないしこれ」

考え事をして眠くなった有斗が、座席で伸びをしながらあくびをしていると、電車はいつの間にか終点へと着いていた。

有斗の住んでいる小型マンションの最寄駅だ。

今の環境はなかなか心地良いが、名残惜しい気持ちを抱えながら有斗は無人のホームへと降り立った。


「ただいまー……なーんてな」

誰も居ないとわかっていても、口に出してしまうというのが長年の癖。

部屋へと上がった有斗は相変わらず風通しの悪い部屋の窓を開け、鞄を机の上に放り出す。すると投げた拍子に鞄の留め金が開き、鞄からガラガラっと立方体が転がりだした。

「あー、そういえば孝俊に返すんだっけか? ……明日でいいや」

予想以上に疲れていたのか、ベッドに座った瞬間にふっと全身の力が抜けたように感じる。

もう今日は何もしたくない。そう囁く脳の甘い声に有斗は身を委ねる。

幸い急ぐような用事も無い。食事も……風呂も朝でいいや、と有斗は夢の世界に旅立ち、ぐったりと自分のベッドへと倒れ込んだ。



…………どのくらいたったのだろうか? ふと、有斗は目を開いた。

既に窓の外は暗く、すっかり日は落ちているようだ。朝が来て目が覚めた、という訳では無いらしい。

しかし部屋の中は明るい。むしろ異常に眩しくて、有斗には前がよく見えない。

「なんだよ……あれ」

有斗が段々と慣れて来た目を凝らすと、光っている物の正体が見えてくる。

それは寝る前に放り投げた鞄の……すぐ横にある例の立方体だった。

無機質な金属の塊はその歪な模様を強調するように青白く光り、部屋の中を照らし続けている。それが電気や、科学の類の明かりではない事は明らかだった。

有斗は目をこすりながら立ち上がって、机の上の立方体を手に取る。

「熱っつ!!」

その瞬間、有斗は長時間太陽光に晒されたコンクリートに触ったかのような感覚を手のひらに覚えた。幸い火傷するほどの熱さではないが、とても握り続けてなど居られない。

しかし、有斗が触ったのが引き金になったのか……立方体は更に眩く輝き始める。

最早目を開けては居られない。有斗は立方体を放り出して、両腕で目を覆った。

…………数秒ほど経っただろうか。

有斗は目の前の光が収まった事を確認し、ゆっくりと目を開く。

そして有斗は、目の前の光景にとてつもない衝撃を受けた。

何故なら……そこはマンションの一室ではなく、大自然の真ん中。

そよ風が吹く草原の中心に、有斗は独りで立っていた。



「…………え? は?」

あまりの驚きに言葉も出ない。有斗は目をぱちくりさせながら辺りを見渡すが、そこは魔術都市とは似ても似つかぬ自然の草原。

どこかの田舎……それも日本ではない。まるで異世界にいるような、異様な雰囲気に包まれた世界だった。

格好は制服のまま、ベッドに倒れた時のままだ。とても外を出歩くには心許ない。

「なんだよ……これ」

ふと、有斗は少し前の地面に光るものを見つける。

それは先ほど光っていた立方体だった。今は目を覆うほどの光は発していないが、暗がりで灯りくらいにはなりそうな、適度な光を放っている。

「熱……くはないな」

その立方体を拾うと、有斗はそれを無くさないように、付属していた鎖を首にかける。幸い、移動の邪魔になるような重さではなかった。

「これのせいだよな……ここはどこだ? まさか瞬間移動系の魔術が仕込んであったのか?」

「それは違うよ」

独り言のつもりだった。まさか来るとは思っていなかった返事に、有斗はどきっとして振り返る。

いつの間にか自分の後ろに立っていたのは、金髪を真っ直ぐに伸ばした少女。

12、3歳だろうか。身長の割には表情が幼い。服装は装飾のない質素な白のワンピースで、どこか不思議な印象を与えてくる。

「私はね、初めてここに来た人に案内をするためのナビゲートエレメントなの。今からこの世界の事を教えるから、よーく聞いてね?」

少女は手を後ろに回すと、鼻歌を歌いながら手頃な地面に腰掛ける。

……人間では無いようだ。有斗はそれを直感的に感じ取った。

「ここは精霊世界。貴方は物質世界から来たのよ。その魔術書に導かれてね」

有斗の首に掛けられた立方体を指して、少女は言う。

「それは物質世界から媒体を呼び込むための魔術書。この世界の住人である精霊はとても不安定な存在だから、自分が存在するための媒体を求めているの。そして媒体と契約して、自分の存在を魔力として確定させる」

「……いや、待て待て」

有斗は頭に手を当てて、少女に静止を求めるが……目の前の少女は御構い無しと喋り続ける。

「待たないわ。……貴方はとても幸運よ。貴方は精霊の魔力を取得出来る、精霊は自分の存在を確定出来る。そのうち精霊が適当にやって来るでしょうから、しばらくぼーっとしていればいいわ」

有斗の目の前のナビゲートエレメントは、聞く耳持たずといった様子で解説を続けた。

「待てよ。時間は? 栄養は? どうしたら元の世界に戻れるんだよ!?」

「この世界の時間は物質世界の100分の1の速度で動いているわ。栄養も100分の1でしか消費されない。戻る方法……そうね、勝つか負けるかすれば帰れるわよ」

そこまで言い終わったところで少女はバイバイと手を振り、その姿はすーっと透明になって消えていった。後には何も残らず、まるで最初から誰も居なかったかのようだった。

「勝つか負けるか……ってなんだよ」

(そもそも俺の他に誰かいるのか? 女の子の言うことが本当なら、そう簡単には餓死はしなさそうだが……歩くしかないか)

有斗は重い腰を持ち上げ、再度辺りを見渡す。

薄いピンク色の太陽が照らす広大な世界は、もう現実の世界とは全くかけ離れている。異形の太陽と、心地良くも奇妙なそよ風の吹くその世界は、有斗の不安を増長させるのには十分過ぎた。

頼れるのは自分の体。それと唯一持ってこれた立方体……魔術書のみ。

その魔術書を握りしめた瞬間、有斗は背後に何者かの気配を感じた。

明らかに非日常……敵意を隠さずにむき出しにしている。まず間違いなく襲撃者の気配だ。

「誰だッ!」

有斗が振り向くと、目の前にはおよそ有斗の居た現実世界からはかけ離れた格好をした人物がいた。

大きなウィッチハットを深く被り、大ぶりな打撃杖メイスを携えている1人の少女は、眼帯をしていない方の左目で有斗を静かに睨んでいる。

大人びている……というよりは、どこか容赦の無い雰囲気を感じる。恨みや妬みを持っている訳ではないが、有斗を確実に敵だと認識している風であった。

「…………………」

少女は何も言わずにメイスをこちらに構える。

最早戦闘は避けられない様子であった。有斗が降伏したところで少女の態度は変わらないだろう。

(……こりゃ話は聞いてもらえそうにねーな。かと言って、戦うってのもな)

取り敢えず両手を挙げてみる有斗。しかし案の定と言うべきか、少女は武器を下げはしない。


……風が、一際強くなる。その刹那、メイスを構えた少女は有斗へと走る。

上段を薙ぎ払うメイスの一撃を、慌てて頭を下げて躱す有斗。幸いそこまでメイスの速度は速くなく、有斗にも十分に目で追える速度だった。

しかし、突如として進行方向を変えた返しの一撃を胴体に貰ってしまい、有斗の体は数メートル振っとんでいく。

「痛……ってえ! くっそ! そっちがその気なら容赦はしねえぞ!」

と言っても、有斗に何かしら手がある訳では無い。それでも心意気というのは大事だ。

吹き飛ばされ、ゴロゴロ転がって起き上がった時に脳裏によぎったのは、先ほどの少女の言葉。


この世界の住人である精霊はとても不安定な存在だから、自分が存在するための媒体を求めているの。


(つまり……そんな野良精霊を見つけられれば! そいつの魔力で逆転出来るって事だろ?)

勝つか負けるかと言われて、むざむざ負けを選ぶものなどいるだろうか?

この世界は確かに簡単に信じられるものではないが……有斗が感じた、メイスで殴られた痛みは本物だった。負けというのはそのまま殺される、という意味なのだろう。

ならば、黙ってやられる義理など存在しない。

か弱い、力無き者のまま終わってなんていられない。

有斗はゆっくりと立ち上がると、その双眸で少女をしっかりと視界に入れる。

(メイスの攻撃はそんなに早い訳じゃない。それにこんなところで争いをしていれば、この世界の住人である精霊が黙っちゃいないはずだ。必ず逆転のチャンスはある)

決意に満ちた拳を構え、力を込めた両足で地を踏みしめる。

絶対に、諦めない。

「はッ!」

メイスを構えた少女は、再度有斗に攻撃を仕掛けてくる。

単調な横薙ぎは速度こそ凡庸だが、威力は折り紙つきだ。まともに当たればまた、体を吹き飛ばされてしまうだろう。

有斗は一歩後ろに退いてそれを回避する。だが、問題はここからだ。

大ぶりなメイスはそう簡単に操れるものではない。屈強な格闘家ならまだしも、有斗の目の前にいるのは明らかに有斗よりも年下の少女。

幾ら何でも、自分の体より大きなメイスを自由自在に振るえる。というのはおかしな話だった。

(なら、そこに仕掛けがある。恐らく魔術……)

有斗が一撃目を回避したその瞬間、空振りしたかに思えた少女のメイスが、跳ね返ったように有斗に迫る。

物理的にありえない軌道だ。しかしそれを警戒していた有斗は、慌てる事なく再度後退。難なく二度目の衝撃をも避けてみせた。

「…………!?」

その時有斗には、わずかだが少女が動揺したように見えた。

(もしかしたら……2回連続では使えないのか?)

少女の態度に疑問を抱いた有斗は、疑問を確信に変えるべく前進を図る。

メイスを振り終わり、隙だらけの少女に有斗が放ったのは簡単な掌底打ち。相手を倒す目的が無いなら、リスクの少ない掌底打ちは最適だった。

有斗の掌は少女の鎖骨の辺りを強く打ち、少女を1メートルほど仰け反らせる。

「ッ!?」

(これか。これが弱点……。メイスを無理やり動かす魔術は、2回連続では使えない)

タネが割れてしまえば簡単な事。攻撃の隙を狙って反撃をするだけだ。

有斗の見た所、この少女は戦いに慣れていない。魔術やメイスは恐るべき威力だが、たったそれだけである。他に攻撃する魔術も習得していない様子だ。

そう……思っていた矢先だった。

立ち上がった少女が、メイスをこちらに向けて怪しく身構える。

しかし、これまでとは違いメイスを振るう様子はない。少女は打撃攻撃ではなく、何かの詠唱を始めようとしているのだ。足元に出現した六芒星の印がその証拠。

「天空を護りし空雅くうがの大盾よ! 雲を纏い そらを穿ち 霹靂を起こせ!」


魔術書解放グリモアスペル!」


……風が止んだ。

分厚い魔術の壁が少女を覆い、自然の風を堰き止めているのだ。

その姿は半異形。人間と精霊が混じり合った姿……と言われれば納得出来るかもしれない。

しかし、今まで精霊の存在を知らなかった有斗にとっては、その姿は常識の範囲外。理解の既知外に存在する怪物である。

身を守るローブは深く裂け、少女の目元には空色の文様が浮かんでいる。

少女の全身は包み込むように魔力で覆われ、半端な攻撃ではまともにダメージも与えられはしないだろう。正に人間の限界を超えた存在。精霊との契約がもたらす最大の恩恵。

自身の体に精霊を混ぜ込んだその姿はこう呼ばれている。


…………逆召喚師ヴァリアントと。

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