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プロローグ 紅の魔術師

その日は暑い夏の日だった。

清々しいほどにカラッと晴れた晴天の中心にある太陽は、ギンギラギンどころかギンギンギンと紫外線を今日も地球に降り注がせている。

穏やかな風と雲一つない青空は、見ようによっては爽やかな風景になろうものだが……天境あまさか 有斗ありとは、そんな気候を楽しむ余裕などない位に街を走り回っていた。

「おら! 待ちやがれ!」

…………ガラの悪い不良に追いかけられながら。


派手なシャツやサングラスといった、いかにもな格好をした5人ほどの追っ手と鬼ごっこを始めて数分。だんだんと追っ手の数は減っていったが、それでもまだまだ追いかけて来る。

「おい孝俊! 一体全体何で俺達は追いかけられてるんだ!?」

有斗は、自分の隣を走る悪友。最上さいじょう 孝俊たかとしに向かって叫ぶ。一体自分が何をしたと言うのか。有斗には喧嘩を売るような言動にこれっぽっちも心当たりがない。

不良達を撒くために足場の悪い裏路地に入った2人は、障害物競走でもするかのようにバケツやゴミ袋を飛び越えていく。

学生服を着崩した有斗と孝俊、派手なシャツを着たチンピラ。側から見ればどっちも不良そのものだった。


「それはな有斗。さっきの出来事をよーく思い出してみればわかるぜ」

裏路地に入って少し余裕が出来たのか、孝俊が有斗を見てニヤッと笑いかける。……孝俊の困った癖だった。この男はトラブルに巻き込まれる度に嬉しそうな表情をするのだ。

「え? えーと……俺たちは補修帰りに表通りを歩いていた。そしたら、ガラの悪い男共が女の子1人を囲んで声を掛けていた。それが許せなかった孝俊は、ガラの悪い男たちに絡んで行って……って! 全部孝俊のせいじゃねえか!! 何で俺まで追いかけられてるんだよ!」

「簡単なことさ。俺が殴りかかった時に【悪いが、うちのボスの命令なんでな……】とかなんとか適当な事を言ったからだ」

飄々と、悪びれもしない孝俊。反省の色などこれっぽっちも見えはしない。

「お前のせいじゃねえか!! ていうか先に殴りかかったのかよ! くそ、あいつら……。あれ?」


有斗が後ろを振り返ると、さっきまで追いかけて来ていた本物の不良達はどこかへいなくなっていた。バタバタと言った足音もいつの間にか聞こえず、野良猫がニャーと鳴くばかり。

元より体力勝負では負けるつもりのなかった有斗だったが、余りにあっけない終わりに気が抜けてしまう。

「ま、こんなもんだろうな。相手はロクに鍛えてない一般人だ。俺たちの体力に着いて来る方がおかしいんだよ」

有斗の少し後方にある自動販売機でジュースを買っていた孝俊が、160ml缶を放り投げて来る。

鬼ごっこの所為で喉が渇いていた有斗は、すかさずプルタブを開けてメロンジュースを一息に飲み干し、自販機に併設されているゴミ箱に空き缶を放り込んだ

「かー! このご時世にあんなテンプレの不良がいるとは、この街の治安はどうなってやがんだ」

「治安もクソも、自分の身は自分で守る。それが出来ない奴はこの街には居られないさ」

孝俊は、それがこの街のルール。とでも言わんばかりの態度を取る。それは有斗も良く知っていた事なので否定はしないが……どうにも苦虫を潰したような顔が戻らない。


2人がいる街の名前は【第13特別魔術学区】。魔術師を育成するための特別な学園があちらこちらに建てられている、【魔術都市イティグリン】の中にある街の一つだった。

中でも、第13特別魔術学区はとりわけ偏差値の低い地域として有名である。そのため時代遅れの不良が出没するらしいと言う噂もあったのだが……実際の目撃証言が限りなく少ないため、ほとんどの人が警戒していなかった。というより、警戒する必要がなかったのだ。

この街、しいては魔術都市にいる生徒は、ただ1人の例外もなく魔術師なのである。

人口100万人を突破する勢いで開発が進んでいる魔術都市。そこに住んでいる住民は、殆どが小学生〜大学生で、いずれも魔術的才能を認められた魔術師の卵。

今日び、素手での戦闘より魔術の方が手軽に強いのは誰もが知る常識だった。

そのため、先ほど絡まれていた女の子も弱い訳がないはずなのだが……。


「じゃあ何で孝俊は不良に絡みにいったんだよ」

「そりゃお前。いくら魔術師でも、か弱い女の子が大勢の不良に囲まれているって言うのは倫理的に問題があるだろ? この俺の熱い正義感が、それを良しとしなかったのさ」

何を言ってやがる。とでも言いたげな目で有斗は孝俊を見る。

「バカ言ってないで帰るぞ、たかと…………」

有斗が路地裏から表通りに出ようとした時だった。

1人の少女が、有斗の目の前に立ち塞がる。

よくよく見れば、少女はまだ中学生のようだった。小柄な体躯に加え、あどけなさの残る童顔。しかし少女は、子供っぽさとは裏腹にキッと口を結んでこちらを睨みつけている。

どこの制服かはわからないが、サマーベストに丈の短いプリーツスカートを身につけ、この暑さだと言うのに真っ赤なフード付きのパーカーを被っていた。

…………というか、さっき不良達に絡まれていた女の子だった。

「ねえアンタ。さっきはよくも私の獲物を横取りしてくれたわね」

「獲物……って、おいおい。助けてもらっといてそれは無いだろ?」

有斗の言葉に少女はピクっと反応する。

「助けて貰った…………ですってぇ? アンタ達が余計な事したせいで、今日のノルマが達成出来なくなるところだったじゃないの」

少女はゆっくりと有斗達の方に歩いてくる。

「まずいっ! 有斗!」

刹那、少女の前方に、高さ2メートル程の火柱が出現する。

間一髪、孝俊の声で後ろに下がった有斗は、すんでの所で火柱の直撃を回避した。もし孝俊がいなかったら、と思うとゾッとする。

「へえ、いい反応するじゃない。……それなら!」

両手を後ろに構えた少女を見て、孝俊は走り出す。

「逃げるぞ有斗!」

「お、おう!」

有斗も、その後を追うようにして再び路地裏を走り出した。鬼ごっこ 第二ラウンド開始である。


「追尾しろ!」

少女の両手から放たれた無数の手のひらサイズの炎は、有斗達を追尾して激しく迫る。

その内の幾つかは壁やゴミに当たって消えていくが……それでもまだまだ大量の数が追ってきていた。

「どうする孝俊!? 戦うか、逃げるか!」

「馬鹿野郎! あんな高レベルの炎使いに俺たちが敵うと思ったか! とんずらだ!」

考える余地無し。少女との圧倒的な実力差を感じ取った孝俊は、戦うことなど一切考えずに足を動かす。

背後に迫っていた炎球を上手い具合に曲がり角にぶつけた有斗は、降りかかる火の粉を腕で払いのけ、別の表通りへと進行方向を変えた。

「逃げるな! 黙って燃えろ!!」

炎球を曲がり角にぶつけ消滅させた有斗達を知ってか、少女も有斗達の後を追って裏路地を走り始める。しかし、少女の走る道は路上ではない。

壁を走り、空を蹴り、およそ人間の動きでは不可能な速度で少女は逃走者へ追い縋る。

魔術で強化された少女の走る速度は、有斗達の走る速度を軽く凌駕して数秒のうちに回り込み、その前へと立ち塞がった。

「ここまでのようね! 塞げ!」

少女が指をパチンと鳴らすと、有斗達の背後に炎の壁が出現する。とても有斗や孝俊に突破できるような物ではない。


「絶体絶命……ってか? 慧星けいせい中学のお嬢さん?」

孝俊は笑みを隠しきれない、といった様子で少女に尋ねる。しばらく不審そうに孝俊を見る少女だったが、やれやれとばかりに口を開いた。

「……そっちのアンタは物知りなのね。私は慧星中学1年生 八神やがみ 纏衣まとい

「八神、なるほど。……有斗! どうやら俺たちはとんでもない奴に因縁をつけられたらしいぜ」

1人状況の分かっていない有斗は、ポカンとした顔で孝俊を見る。

「その顔だとわかってねえな。いいか有斗、目の前の炎使いは、魔術都市内の学生の序列ランキング第六位、別名【紅魔陽炎マジカルブレイズ】。間違っても喧嘩を売っちゃいけない相手の1人だ」

魔術都市内の序列。それは単純な魔力の量のランキングではない。

実際に発揮できる能力全てを加味し、総合的な魔術師としての完成度によって序列が定められている。

有斗の目の前にいる少女は序列六位。つまり、この魔術都市で6番目に強い学生魔術師の1人なのだ。

その実力は有斗達補習組とは雲泥の差。月とスッポンも良い所だろう。

「アンタ達を不良って事で学園警備隊セキュリティに送ってあげるわ。私はノルマ達成とストレス解消で一石二鳥。……私の邪魔をした事を後悔する事ね!」


纏衣は右手を振り上げて自分の魔力を集中させ始めた。

落ちこぼれの有斗でも、喰らえばまずい攻撃が来る事くらい理解出来る。

「そりゃどこまでも自分勝手な理論だな! くっそ! 孝俊、何か打つ手は!」

「人任せかよ。……こりゃ俺達には無理だな」

有斗が後ろを振り向くと、孝俊はお手上げのポーズ。もはや抵抗する気すら無いらしい。

「逆巻け炎熱の旋風! 悪人の性根毎焼き尽くせ! 紅竜雄叫ドラゴンバースト!!!」

纏衣の周りの空気が淀み、あまりの暑さに空気が歪む。

紅魔陽炎という呼び名の由来は、周辺の空気ごと陽炎にしてしまう熱の強さから来たものだ。しかも、それは熱を抑えた状態での現象。

纏衣はこの魔術を使う時、熱エネルギーに変換した魔力を一点に集中し解き放つ。それ故、漏れ出すエネルギーを最小限にコントロールしているのだ。その上で陽炎が起こる。

それほどまでのエネルギーを一点に放てば、その先にある物体は影も形も無くなってしまうだろう。


(怖がらせるだけにしてはちょっとやり過ぎかもしれないけど、いい躾だわ。……ふふっ、これでまた私の武勇伝が轟くわね)

纏衣は最初から寸止めのつもりだったのだ。実際に人を傷つけてしまうほど悪意はない。

子供のイタズラと同じ感覚……他人の積み上げた物を破壊する幼稚園児が如く、纏衣は自分の力を振るっていたのだ。

それでも、これまでは実際に人を傷つけた事は無かった。自分の力を見せつけるだけで、全員が纏衣に降伏し、屈服した。今回もそうだろうと思っていた。

しかし目の前の男は違う行動をとる。

在ろう事か、熱線の放たれる位置に走って突っ込んで来たのだ。


「ダメで元々だ! どうせやられるなら最大限抵抗してやらぁ!」

有斗は纏衣の元へ、拳を構えて走る。

目の前の人間はか弱い少女なんかじゃない。炎を統べる強力な魔術師。

なら、自分が躊躇う必要なんてどこにもない。相手は殺しに来ているのだから、こっちも手加減はしない。自分の全力を持って相対する!

(なっ!? 当てるつもりはないのに! このままじゃ本当に溶けちゃう!)

「ば、馬鹿なの!?」

「ああ大馬鹿さ! でもただでは死なねえ!!」

土下座でもすると思っていた纏衣は、突如として駆け出した有斗の行動に酷く戸惑う。

一度結集させた炎熱の破壊光線はもう止められない。1秒もしないうちに発射されてしまうのだ。

本来は派手な演出だけで済ませるつもりだったのだが……その演出にわざわざ巻き込まれにやって来る馬鹿の事など想定の範囲外だった。

このままでは本当に焼き殺されてしまう。それどころか曲がった熱線が自分にまで飛び火する可能性すらある。……しかし、纏衣にはどうする事も出来ない。

運良く熱線が外れてくれる事、誰も傷つかない事を祈るしかなかった。


波紋障壁ウェイブヴェール!」


その時だった。3人の耳に同時に、透き通った高い声が聞こえて来る。

と同時に、熱線の発生源を包み込むように水の障壁が出現。放たれた熱線を包み込み、受け止め、その被害をゼロに抑えた。

一瞬の出来事に足を止める有斗と纏衣。

「纏衣ちゃん? 今のは何かな〜?」

足音と共に、表通りから現れる人影。

女性にしては高い身長。夏らしい水色のワンピースに薄手の白いマントローブを身につけ、背後に水を浮遊させていたその女性は、纏衣の肩をゆっくりと掴んだ。

その声に聞き覚えのある纏衣は、肩を掴まれた瞬間ブルっと体を震わせる。

「え……いや……ほらパフォーマンスですよ」

「えー? でも私の力が無かったら、今頃目の前の男の子が溶けてると思うんだけど」

女性の言葉に、今度は有斗が体を震わせた。

「自己紹介が遅れましたね。私はさざなみ 碧李あおい。学生序列第四位の【怪海止水アクアリウム】をやらせてもらってます」

碧李は有斗達にそう微笑むと、纏衣を引きずって去っていった。

その時の纏衣の表情は、これから起こる事を理解していながら恐怖する年相応の顔。

有斗は未だポカンとした表情で、孝俊を見る。

「……ま、九死に一生を得る。といったところか。帰るぞ有斗」

今度は孝俊の方が先に表通りへ歩き出した。


「あ、さっきの攻撃だが、お前が何もしなけりゃ被害はゼロだったぞ。あいつ、最初っから寸止めのつもりだったらしい」

「マジかよ!! 早く言えよ!」

「それじゃつまんないさ」

相変わらず困った友人だった。

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