第8話 魔物を怖がる少年少女
「一通り終わったか」
大変そうに思えた家屋の掃除も、3人で取り組めたおかげで予想以上に早く終わらせられた。
ピカピカ、とまではいかないまでも、寝食する分には不足ないぐらいは片付いた。
「お疲れ、二人とも」
「おつかれー……」
「お疲れ様でした……」
一と比べてだいぶ疲れが目に見えていた二人は、倒れるようにしてその場に座り込んだ。
「最後まで付き合わなくても良かったのに」
とは、未愛に対して。
「そういうわけにはいきません……。私に出来ることなんて、これぐらいしかありませんから」
「そんなことは──」
言いかけて、口を閉じる。
先のゴブリンとの戦い。一は、未愛が怯えていた理由を会敵する立場にいないからと考えていた。
しかし、予想に反して彼女は白魔科所属。ということは、彼女は戦場に出る必要があるのだ。戦場で傷付いた仲間を即座に癒すために。
それなのに、今回の実習で戦場に出ることが分かっていながらゴブリン程度にああも怯えるものだろうか。ドラゴンとの遭遇で精神的に参っていたことを考慮してもだ。
もしも。心に余裕があっても同様に怯えてしまうのなら、彼女は──。
「魔物が、怖い……?」
「ッ……!」
未愛の肩がビクッと震える。図星だったようだ。
「怖いなら何で白魔科なんか……」
「私には、これぐらいしか取り柄がありませんから……」
白魔科がSSSランクだとしても、他の科目まで高ランクとは限らない。未愛がアナザーとして役立つ為には、白魔科しか選択肢がなかったのかもしれない。
「ミャーも魔物が怖いのかぁ……。その気持ちはすっごく分かるよ、うん」
うんうんと頷く透に半眼を向ける一。
「楯士のお前が怖がってちゃ駄目だろ。というか、また変なアダ名付けて……」
「未愛だからミャー。猫みたいで可愛くない?」
「猫ッ……! 猫は、可愛い、です……」
うん、猫の話はしてないよね。
そうツッコミたい一だったが、本人達がそれでいいなら気にしないことにした。そんなことよりも、一には言わなければいけないことがある。
「これから魔物との戦いは多くなるぞ」
「うっ……」
今のは透。
「いつまでも怖い怖い言ってたら、いざって時 動けない」
「うぅ……っ」
これは未愛。
二人は一の容赦ない口撃に頭を抱える。
はたから見れば苛めているようにも見えるだろうが、そんなつもりは更々ない。真面目に二人の今後を心配して、一は敢えて厳しい言葉を選んでいた。
仲間がいるとはいえ、これからは甘えてばかりじゃいられない。
二人のために何が出来るだろう。魔物に恐怖せず戦えるようになるためには──方法は、一つしかない。
「そういえば、悪くない組み合わせだな」
「え? 悪くないって、何が?」
「戦士、楯士、白魔。ゴブリン程度ならやれそうだ」
「な、何のお話ですか……?」
二人の顔が段々と強張るのもお構いなしに、一はそれを告げた。
「ゴブリン、倒しに行くぞ」
一の言葉を聞き終わる前に二人は脱兎のごとく逃げ出した。
「──ああ、そうかい。準備運動がてら、鬼ごっこでもしようってことだな……? 良いぜ、付き合ってやる」
ゆらり、と一は歩き出す。逃げ出した者共を捕まえるために。
その表情には笑みが浮かんでいた。邪悪なタイプの類いだが。
──────3分後。
「ちょっ、待って! いくら何でも早すぎ!」
「……ひどい、です。揺木さん……!」
「酷いもクソもあるか。逃げるつもりならもう少し頭を使え」
一は溜め息混じりにダメ出しする。
まず透は単純に動きが読みやすい。視界から消えることを第一優先とした彼は曲がり角を駆使して走り回ったが、家屋が数件しかないこの村では結局同じところをぐるぐる回るだけ。待ち伏せして現れたところを難なく確保した。
次に未愛だが、彼女に関しては問題外と言ってもいい。魔物恐怖症が影響しているのか知らないが、彼女は逃げ回るよりも姿を隠すことを選んだ。一の目の前で。
同じところをぐるぐる回るだけの透と、物陰に隠れる姿を隠そうとしない未愛。
鬼が一じゃなくても、誰でも簡単に捕まえられる鬼ごっこだった。
「それじゃゲームに勝利したのは俺だし、言うことを聞いてもらうぞ」
「そんなルール聞いてない!」
「うるさい、黙れ。もう諦めろ」
「掃除したばっかで疲れたし!」
「あんなに走れるなら平気だ」
「横暴だー!」
ジタバタと暴れる透の首根っこを掴み、強制的に引っ張り出した。未愛もしぶしぶと一の後ろを歩く。
未愛の体力は確かに気になるが、直接戦わせるつもりはない。必要な時に回復魔法を使ってもらうだけだ。
「さて……」
このまま村を出ても良いが、未愛の事を考えると出来ればあと一人か二人、前線で戦う生徒を一緒に連れて行きたいところだ。仲間が多ければ多いほど未愛も安心できるだろう。
だが、周りを見渡しても一達に興味を示すものはいない。正気を失ったように俯く彼らを外に誘うのは酷か。
「……………」
未愛はもう何も言わず、ただただ一の後ろを歩いていた。
無理して未愛を連れ出す必要はないのかもしれない。未愛の魔物恐怖症が簡単に克服できるほど生易しいものでないなら、魔物を前にした時また身体が竦んで動けなくなるだろう。
だが、通信科や炊事科の生徒ならまだしも、白魔科の、それもSSSランクの実力を持った未愛を拠点で大人しくお留守番なんて志那はさせないだろう。
拠点でじっくり回復魔法を使うだけなら、未愛じゃなくてもいい。未愛の力は刻一刻と状況が変わる戦場でこそ発揮できる。未愛が一人いるだけで被害は今よりもグッと抑えられるのだから。
そうなった時、我が身を守れるのは自分自身。気休め程度にしかならないかもしれないが、今からでも経験を積ませておくべきだと一は考えた。
未愛もきっと、それが分かっているから何も発さないのだろう。
やる気になってくれたなら、最大限の協力をするつもりだ。
「まあ、安心してくれ。いざとなれば逃げるから」
無意味に村の中を散策していたわけではない。挨拶がてら生徒達と会話をした時、逃走用のアイテムなどを譲り受けた。準備に怠りはない。
「それじゃ行くか」
「はいはい。仕方ないなぁ」
「……私も、頑張り、ます」
心なしか未愛の表情にも余裕が出た気がした。
村を出るために、一は柵に取り付けられた扉に手を伸ばす。
「ちょっと待って」
その一に制止を求める声が一つ。
今の声は透でも未愛でもない。声の主を確認するために、一は振り返る。
そこにいたのは──超ナイスバディな女性でした。