第6話 SSSランクの白魔
「ゴブリンが二体か。中々危険な状況だったみたいだね。だが大丈夫、僕が来たからにはもう安心だ」
突如現れたその男は大きく胸張って自信満々に告げる。
一は彼の事を知っている。入試を15位で通過した黒魔科の貴公子、早見 志那だったか。女生徒の間で騒ぎになっていた、黒魔科にイケメンがいると。
どこにいても彼の名前を耳にするので嫌でも覚えてしまった。
「童児! 彼を助けろ!」
「おう!」
童児と呼ばれた男は一に襲いかからんとしていたゴブリンをシールドで弾き飛ばす。
「グギャッ……!?」
呆気なくゴブリンは宙を舞う。あのとんでもないパワーは体格の良さによるものだろう。
「姫! トドメをさせ!」
「ええ!」
地に転がるゴブリンに向かって剣を突き刺す女剣士もとい姫とやら。深々と突き刺さったそれはゴブリンの命を絶つのに十分だったようで、小さな呻き声を上げた後に活動を停止した。
「さあ、残るはお前だけだ」
この場には一と女生徒を含めれば五人も敵対する人間がいる。ゴブリンに知能があるなら、この後取る行動は一つしかないだろう。
「グァアッ……!」
ゴブリンは突きつけられた武器に恐れをなして逃げ出した。
あのゴブリンに知能があることを知り、それを逆手に取って脅したのなら彼は中々頭がキレるタイプの人間だ。ゴブリン一体といえど、無傷で倒せる保証はどこにもないのだから。
ただ一点、あのゴブリンが報復を考えないか心配だった。もしもゴブリンの群れのようなものがあり、そこに親玉がいるなら──。
いや、考え過ぎか……。
用心に越した事はないが、考え過ぎても無駄に頭を痛めるだけ。とりあえず今は、生き延びたことに安堵する。
「助かった。あんたは早見 志那だな」
「ああ、いかにも。怪我をしているようだが、とりあえず無事で良かった。そちらの君も平気かな?」
「は、はい!」
女生徒は危機が去った事でようやく震えが止まったのか、怯えた様子もなく返事をしていた。
これだけ人数がいれば、ひとまずは安心か。
「すまないな。助けるつもりが逆にピンチを招いただけだった」
「いえっ、そんな! 時間を稼いでもらわなければ、私は……死んでいたかも……しれませんし……っ」
彼女は肩を震わせる。もしかしたら死んでいたかもしれない。それを口に出した瞬間、今になってぼろぼろと溢れんばかりの涙が流れ落ちた。
当然だ。誰だって死ぬのは怖い。
彼女が落ち着くまでひとまず待機しようと一は提案し、早見たちもそれを承諾する。
「そういえば、よくここまで辿り着けたな。あの子の悲鳴を聞いた時、駆けつけたのが俺だけだったから助けはないものだと覚悟していた」
「実は彼女の悲鳴は僕らも聞いていた。だが、その時 僕らも魔物と交戦していてね。助けに行こうにも出来なかった。すまない」
「いや、正直助かったよ」
あの場を切り抜ける自信はあった。だが、それは己の身を犠牲にして掴み取る勝利だった。助けてもらえるなら、当然そっちのほうがいい。
「お前は平気なのかよ? だいぶ怪我してるみてーだけど」
辛そうに見えたのか、意外にも怪我を案じてくれたのは童児だった。体型に似合わず、案外気配りが出来るのかもしれない。
「ああ」
ぶっきらぼうな返答になってしまっただろうか、と一は己の言葉を省みる。だが、それも仕方がない。呼吸が荒くて、これ以上言葉を紡げば余計に心配させてしまう気がしたのだ。
平気とは言ったがそれはただのやせ我慢だった。最後に貰った一撃が予想以上に身体を痛めつけていたようで、少し動いただけでも全身に痛みが走る。
しかし、それを正直に言ったところでどうにもならない。無駄に彼らを心配させてしまうぐらいなら我慢した方がいい。ここに白魔がいれば話は別だが。
すると、それを見かねた女生徒が「あの」と恐る恐る声を上げた。
「なに?」
と、一。
「私、治癒魔法が使えます……。良ければ、私に治療させてください」
治癒魔法が使える、だって?
彼女を通信科か炊事科だと決めつけていた一は目を白黒させる。
「アンタ、白魔科所属なのか?」
「はい、そうです……」
「でも、杖も何も持ってないようだけど」
彼女の手には装備らしい装備が一切無いように見える。白魔や黒魔は通常、ステッキなどの魔力を底上げする装備を所持するはず。
それが無ければ単純に自身の魔力のみで魔法を使わなければいけないから、装備をした場合としない場合とでは差が大きく開く。
「あの……私は、装備なしでも治癒魔法を全て扱えるので、装備はむしろ邪魔だと先生が……」
「……は?」
今、この子はなんと言った?
「あ、貴女!」
それまで黙って聞いていた姫は突然女生徒の肩を掴む。
「ひゃあっ!?」
「今の言葉は本当なの!?」
「え、ええ……」
「良ければ白魔のランクを聞いてもいいかな?」
そこに志那も加わって女生徒に詰め寄るような形になる。彼女はぐるぐると目を回しつつも律儀にそれに答える。
「わ、わわわ私のランクは……SSSで、す」
SSS。それは確か最高の素質を持つ者に与えられるランクではなかったか。
「……おい、こりゃあ」
「──ああ。ここに来て良かった」
志那と童児の表情に笑みが浮かぶ。彼らはチームを組んでいるようだし、恐らくは最強の白魔を仲間に出来るかもしれない幸運を喜んでいるのだろう。
「君の名前を聞いてもいいかい?」
「わ、私は……表道 未愛と申します」
「未愛か、いい名だね」
「ありがとう、ございます……!」
いきなり名前を呼び捨てるあたり、イケメンらしい風格が出ているな、と一は妙な関心を持つ。
「良ければ僕らと共に来ないかい? ここから少し離れた場所に仲間がまだいるんだ。安全が確保できるという意味でも、君にとっては悪くない話だと思うが」
交渉が手馴れている。ついさっき怖い目にあったばかりなのだ。安全が確保されるなら是が非でも食い付きたいと誰でも思うだろう。
「は、はい! ぜひ!」
当然未愛はそれを承諾する。そうすべきだと一も考えていたし、その決定に不満は一切なかった。
一のことはすっかり眼中にないようだけど。
「そうか、それは良かった。では、早速行くとしよう」
「は、はい。あ、でもその前にあの人の怪我を治さないと。──すみません、そのままじゃお辛いですよね」
未愛は一の側まで駆け寄ると、怪我をした部位に手をかざして治癒魔法を施す。
この痛みが引いていく感覚、いつまで経っても慣れない。一は渋い表情を浮かべながら完治を待った。
「ありがとう、助かった」
「いえ……。あの、お名前を聞いてもいいですか?」
「ああ。揺木 一、よろしく」
少しは愛想よくしたらどうだと自分でも思う。昔から一はこんな性格だった。周囲からは面白味のない男と言われ、中傷されたこともあった。それでも何故か、一はその姿勢は崩さずにいる。
そんな素っ気ない対応を気にする様子もなく、未愛は「はい」と答えた。
「終わったかい? それならそろそろ出発したいのだが」
「すまない、時間を取らせた。行こう」
一はその場から立ち上がると、先を行く志那に続いて歩き出した。
すっかり痛みも引いている。SSSランクの実力は伊達じゃないようだ。
「ここから近いのか?」
「ああ、そう遠くはないね」
なら、仲間はこの森の中で待機させているのだろうか。ここは案外小型の魔物が多いみたいだから心配だ。
「仲間を置いてきて良かったのか?」
「ああ。この森の中に廃棄された村のような場所があってね。周りが柵に囲まれていたし、見張りを付ければそうそう侵入されないと思う」
すでに彼らは拠点を構えていたわけか。一たちにとって今、最も必要なものは安全に寝食できる場所だ。それが既に確保されていると言うんだから賞賛せざるを得ない。
ん? でも、待てよ。柵があるなら何故その村は廃棄されたんだ?
嫌な予感がした。
「なぁ、早──」
「着いたよ」
一の言葉を遮って、志那は一同に到着した旨を告げる。家屋が数軒あるだけのごくごく平凡な村だ。鉄製の柵が周囲を囲っていることを除けばだが。
一たちの背丈よりも高いそれは、生半可な攻撃では壊れそうにないほど丈夫に見える。
少なくとも魔物がのさばる外よりは安全そうだ。知能があってもゴブリンの背丈じゃこの柵を越えることは出来ないだろう。
それなのに、この村が廃れたのは何故だ。柵を突破する何かがこの森にはいる、ということか──?
一は不穏な空気を感じ取りつつ、その村へ足を踏み入れた。