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Another Story 〜異世界の救済〜  作者: 春夏秋冬
異世界≪ビギニング≫編
6/12

第5話 対ゴブリン



「はぁ……、はぁっ……!」


 息苦しいことも忘れ、一はひたすら走った。とにかくドラゴンから離れなければいけない。


 先生達は無事だろうか。あの余裕の無さはドラゴンを倒す算段が残されていないからだとしたら。あの場に残った先生達は──。


 心配は尽きない。だが戻ったところで一に出来ることなんて何もなかった。スキルを扱えず、手元にあるのは粗末な武器だけ。


 これで知能を持ったドラゴンとどう戦えというのか。赤子の手をひねるよりも簡単に殺されてしまうだろう。


「くそ……!」


 何も出来ない自分が悔しかった。こんな思いをしたくないからアナザーを目指したというのに。


 とにかく今は生き延びることが先決だ。生きて、生き抜いて、次は後悔しないように最善を尽くす。


 一はドラゴンの視界から姿を隠すために森の中へ入った。樹々が生い茂ったこの場所なら大型の魔物は存在しないだろうと考えたからだ。


 取り敢えず、一旦 呼吸を落ち着かせるために一は手近にあった岩に腰を下ろした。


 これからどうすればいい。異世ノ高校と連絡を取ろうにもその手段がない。可能性があるとしたら、通信科の生徒か。通信機材を所持する彼らなら、もしかしたら。


 まずは生徒と合流することが先決だ。一と同じくドラゴンの目を欺くために森の中へ入った生徒は多い。ここを歩いていれば誰かと遭遇するかもしれない。


 呼吸はだいぶ落ち着いた。一はその場から立ち上がると、生徒達を探して歩き出した。


 この森は不気味なほど静かな場所だった。大地を踏みしめる音しか聞こえてこない。この世界にはもう、正常な生き物は存在しないのだろうか。


 静まり返った雰囲気に呑まれそうになる。その時だった。


「きゃああああ!」


 静寂をかき消すほどの悲鳴が聞こえて一は我に帰る。


 今の声は?


 一は一目散に声の発生源へと向かう。はっきりと声が聞こえたことを鑑みれば、場所はそう遠くないはずだ。


「っ! いた……けど」


 予想通り女生徒の姿はすぐに見つかった。しかし、そこにいたのは女生徒だけではなかった。


「グァハハハ……」


 あれは、ゴブリンか? 


 人に似た姿をしているがあれも立派な魔物だ。緑色の身体と手に持つ棍棒が特徴的な下級モンスター。


 ゴブリンはにたにたと気味の悪い笑みを浮かべながら女生徒に襲いかかろうとしていた。


 ざっと見た限りでは、彼女の手には反撃するための武器がなかった。通信科か炊事科の生徒なのかもしれない。


 このままでは危険だ。


 幸いなことにゴブリンはまだ一の存在に気が付いていない。それなら背後から奇襲をしかけられる。


 一は茂みの中から姿を現わすと、ゴブリン目掛けて一直線に駆け出した。


 出来れば一撃で仕留めたい。一は所持していた(つるぎ)を強く握ると、ゴブリンの背中へ突き出した。


「グァハハ……!」


 その直前。背後から何者かの嗤い声が聞こえた。


「……っ!? があっ……!」


 気がついた時にはすでに遅く、突如現れた二匹目のゴブリンに背中を殴られた一は思い切り地面に叩きつけられてしまう。


「くっ……」


 二度目の攻撃が来る。一は痛む身体に鞭を打ち、すぐに体勢を立て直す。


「チッ……仲間が、いたのか……」


 ここにいたゴブリンは一体だけではなかった。一を襲撃したのは、また別のゴブリンだった。


 一体ならまだしも、二体のゴブリンと同時に戦うのは厳しい。逃げるべきか。


「君……走れるか?」


 背後で腰を抜かす女生徒に声をかける。彼女は声も出ないぐらい怯えているのか、首を横に振るだけだった。


「そうか……」


 よく見たら足を怪我している。先ほど悲鳴を上げた時に負ったものかもしれない。


 彼女は本来、魔物と会敵する立場にいないのかもしれない。この実習もそのつもりで来たのに、今彼女は魔物に襲われている。それは堪らなく怖いに違いない。


 それでもアナザーの端くれだろ、と人は言うかもしれない。だが、そんなものは糞食らえと言ってやりたい。


 突然ドラゴンが現れて訳も分からないままゴブリンに襲われたら誰だって恐怖を抱くに決まってる。


「大丈夫だ。何とかするから」


 一は友人連中からよく仏頂面だと言われる。だから、女生徒を安心させるために浮かべた笑顔は若干引きつっていたかもしれない。


 それでも女生徒はこくりと頷いてくれた。一を信用してくれたということだ。だったら、覚悟を決めて戦うしかないだろう。


 そもそも、次こそは最善を尽くすと決めたばかりだ。どちらにせよ、ここでゴブリン程度で(つまず)くようなら、この先 生きていくことなど出来ない。


 まずは落ち着いて現状を把握した。今この場には一の他に怪我を負って動けない女生徒、そして五体満足のゴブリンが二体。状況は限りなく最悪だと言える。


 誰かが助けに来てくれる可能性も考えたが、女生徒の悲鳴を聞いて駆けつけた者が一しかいないのならそれも見込めない。一人だけでこの最悪な状況を切り抜けなければいけないということだ。


 だが、分かったこともある。直接ゴブリンの攻撃を身に貰って気付いたことだが、連中の一撃は致命傷に至るほどではない。


 なら、怪我を恐れず斬りかかるべきだ。このままここで睨み合っていても事態は好転しない。


 二体いるゴブリンの内、一体をまず優先して倒そうと考えた。一対一の形に持ち込めばより戦いやすくなる。


 ゴブリンはその場から動く様子がない。なら、こちらから仕掛けるまで。一はゴブリンに向かって一気に駆け出した。


「はぁ……っ!」


 居合のような構えを取り、ゴブリンの身体目掛けて斬り払う。


 だが、そんな単純な動きでは(かわ)すのも容易い。軽々と攻撃を避けたゴブリンは、隙だらけの身体に棍棒を叩き込む。


「ぐっ、はァ……っ!」


 一は無様にも地面に転がり込んでしまう。クリーンヒットした今の一撃はいかにゴブリンの攻撃といえど、軽視できるダメージではなかった。


「はぁ……、はぁ……っ!!」


 ダメージが大きい。身体を動かすことも満足に出来ない一にトドメを刺そうとゴブリンが歩み寄る。


 ────そうだ、こっちにこい。


 一の口角が少しだけ上がる。彼はこの状況をあえて作り出した。


 先のドラゴン戦でも感じたことだが、ここの魔物には知能があるのかもしれないと一は考えている。


 まずゴブリンが二人一組で行動していたことがきっかけ。あれは恐らく一方がピンチに陥った際、もう一方が助けに入るため。一の奇襲を防いだことがその証拠だ。


 二つ目に、決してゴブリンの方から攻撃を仕掛けることがなかったこと。有利な状況であるにも関わらず、ゴブリンは一の動きを伺うような姿勢を見せていた。


 見るからに怯えている様子の女生徒と違い、一の実力は未知数だ。下手に攻撃しては返り討ちに合うかもしれないとゴブリン達は警戒していたのだろう。


 本来のゴブリンは目の前の敵をしつこく追い回し、ただ乱雑に棍棒を振り回すだけの雑魚モンスターだ。


 だが、今目の前にいるこいつらは一が知るゴブリンの生態とは大きくかけ離れていた。


 ゴブリンに知能が備わっている可能性は十分にあり得たし、その予想は確信に変わった。


 それならこいつらに一が取るに足らない弱い人間だと思い込ませれば、自ら歩み寄ってくるに違いないと考えたのだ。


 まんまと近付いてきたところを、不意を突いて反撃する。一の狙いはそれだった。


 ゴブリンとの距離がだいぶ近くなってきた。一は懐に隠していた武器を取り出そうとして──。


「大丈夫かい、君達!?」


 出鼻を挫かれた。


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