第4話 最悪なスタート
「チィッ! 迎え撃つぞ、教師陣は戦闘準備! 一年は後ろに下がれ!!」
摩耶華は一片の余裕もない様子で声を上げる。それはつまり、この事態が危機的状況だと告げているようなものだ。
「う、うわぁあああ──っ!!」
迫り来る脅威に生徒達は我先にとその場から駆け出した。もうドラゴンは目前だ。このままここにいては、戦闘に巻き込まれてしまう。
「大体! 盾を展開しろ!」
「言われるまでもない!」
大体と呼ばれた教員は大きな二枚の盾を正面に突き出す。見るからに強固な護りだ。そうそう崩れることはないだろうと誰もが思った。
だが、ドラゴン相手にその常識は通用しない。大体が盾を突き出すと同時にドラゴンの巨大な腕が一枚の盾を軽々しく弾き飛ばした。
「つ──ッ!」
一撃がとてつもなく重たいのだろう。片手では盾を支えきれないと判断した大体は最後に残った盾を両手で構え、ドラゴンの猛攻を必死に防いでいた。
「ォォォオオオオオオオッ!!」
これ以上大体先生を攻撃しても無駄と判断したドラゴンはその場から飛び上がると、後方に控える教師ら目掛けて飛翔する。
防御の術を持たない摩耶華達があの一撃をモロに喰らえば命はない。
「行かせるかッ!」
大体の盾が眩ゆい光を放つ。あれは、スキル発動の合図──。
大体が持つ盾から透明な壁が発生し、それはぐーんと後方まで伸びる。摩耶華達の上空まで完全に覆い隠すと、どんな攻撃からも防ぐシェルターのように展開した。
「よし! 攻撃は任せてください!」
中にいる教師一人が迫り来るドラゴンに向かって発砲した。連続して放たれた弾丸の内一つが、虚を衝かれたドラゴンの眼球を射止める。
「グォォォオアアアアッ!」
片目を潰されたドラゴンはその痛みからか大地を震わすような咆哮を上げる。そのけたたましさに一は堪らず耳を塞いだ。
あの巨大なドラゴン相手に優位を保っている。
大体が使用したスキルは完璧な防御だけがウリではない。発砲した弾丸が壁を通り抜けたところを見てわかるように、彼のスキルは内部からの攻撃を可能にしている。
あれならば摩耶華達は一切の傷を負うことなく完封できる。
「すげぇ……」
誰かが感嘆の声を漏らした。それはその場にいる他の生徒達も同じだった。あのスキルを習得するまでにどれだけの年月を必要としたのだろう。一人前のアナザーにしか扱うことができない、正しく最強の盾だ。
プロの戦いを間近で見て安心したのだろう。この人達ならばきっとドラゴンを倒してくれるという安心感が生徒らの間に芽生えていた。その心にもはや恐怖心はない。
しかし、一を含めた数人の生徒だけがある事に気が付いた。
大体は本来、遠距離武器を持つアナザーと組んでこそ真価を発揮するタイプだ。その人数が多くなるほど、ターゲットに与える攻撃量は上昇するのだから。
しかし、あの場にはそれを可能にする者が銃士と黒魔の二人だけ。つまり、最強の盾を展開したところで火力が不足するならじりじりと大体が消耗していくだけだ。
そして、その予感は当たってしまった。眼球を狙った攻撃以降、教師達の攻撃はドラゴンにダメージらしいダメージを与えることができていない。
「くっ……やはり私達は外に──」
「駄目です、摩耶華先生。一度盾の外に出てしまえば、もう中には入ってこられない」
どんなに有能なスキルでもデメリットは必ずある。大体のスキルの場合は入室禁止、というわけだ。
「くっ……!」
摩耶華は悔しそうに下唇を噛む。あのスキルは近接武器所持者とは徹底的に相性が悪い。盾の中から攻撃する術を持たない刀と摩耶華に出来ることは何もないからだ。
「落ち着いてください。チャンスを待ちましょう」
このまま黙って見ているつもりはさらさらない。彼らは何かしらの策を考えている。眼球を狙って攻撃したところを見ると、恐らく両目潰し狙い。
視界を奪った後で刀と摩耶華がトドメを刺すという展開を狙っているんじゃないかと一は推測した。
だから摩耶華も今までグッと堪えられたのだろうが──。
「……あいつ、片目を塞いでる……!」
黒魔の教師がその事実を告げる。ドラゴンは視界を奪われまいと、片手で残った眼球を覆い隠しているのだ。あれでは弾丸も魔法も通じない。
指の隙間から辛うじて見える瞳は、摩耶華らをきっちりと視界に捉えている。
「なんだあいつは……っ。何故あのような真似ができる!」
「弱点を、覚えた……?」
致命傷を覚えたドラゴンが、二度と同じ手を喰わないよう対処する。そこには確かに知性があった。
本能の赴くままに外敵を襲い、生きるために喰らうことだけを考える。それがドラゴンだったはず。
だが、今 目の前にいるあれは、獰猛さの中に冷静さも兼ね備えている。
「く、そっ……もう持たねェぞ!」
とうとう透明な壁に亀裂が生じ始めていた。いつ崩壊してもおかしくない状況だ。
「このままここにいてもやられるだけだ! 小粋! バックラーを私と刀の前に付けろ!」
「ラジャーっ」
「……くっ、それしかありませんか」
小粋と呼ばれた小柄な先生は複数枚の小さな盾を空中に放り投げた。それらは一つ一つが空で停止し、まるでラジコンを操作するように飛び回る。
あれは遠隔操作系のスキルだ。複数枚の盾を同時に操ることが出来るという有能なスキルではあるが、あのドラゴン相手にどこまで持つか。
「ドラゴンブレスには気を付けて。それと、僕の盾じゃ防げても一回だけ」
大体の盾を弾き飛ばすぐらいだ。あの小さな盾ではあまりにも心許ない。チャンスは、一度きり。
「刀、一撃で仕留めるつもりで力を振るえ!」
「ええ、分かってますとも!」
摩耶華と刀は決死の覚悟で左右から同時にシェルターの外へ飛び出した。当然それを視認していたドラゴンは、攻撃の手を止め大きく息を吸い込んだ。
あの予備動作は、竜の息吹。この場にいる全員を纏めて屠るつもりだ。
あれをまともに喰らえば崩壊寸前の大体の盾では防ぎきれない。
「刀! あれを撃たせるな!」
「了解!」
ドラゴンブレスを放つつもりならば、その発動までに時間を要するはずだ。刀もそれを把握しているのか、自身の武器を上段に構え刀身に力を込める。スキルを使い、一撃で仕留めるつもりなのだろう。
一もあの場にいたなら同じくそうしただろう。ドラゴンブレスを撃たせる前に大きな一撃を与える。むしろ今の状況は攻撃を与えるチャンスでもあるのだから。
「え……?」
だから、目の前で起こったことが信じられなかった。
地震のような激しい揺れと地響きが周囲に響き渡る。一瞬の出来事故に、その場にいた全員は何が起こったのか理解できなかった。
「がぁ、アッ……!?」
ドラゴンは息を吸う動作を止めると大きな瞳を刀に向け、巨大な拳によって彼の身体を叩き潰したのだ。
あのドラゴンは摩耶華達の狙いを知っていて、自ら隙を作った。それはつまり、魔物が人間を欺いたということだ。
たかだか魔物程度が騙し討ちのような手段を講じるなんて聞いたことがない。このドラゴン相手に今までの常識はきっと通用しない。まざまざとそう感じさせられた。
「お、ぉぉぉおおおああああああッ!!」
摩耶華は地に叩きつけたドラゴンの腕 目掛けて巨斧を振るう。斧は容易く腕から先を切り落とし、ドラゴンを退かせることに成功した。
「刀ッ! ──くっ……!」
摩耶華は刀の名を呼ぶが、恐らくはもう生き絶えている。刀からの返事は無かった。
何故、こんなことになったのだろう。これは、ただの実習だったはずだ。
この非常な現実を認めたくないと、摩耶華は刀の死から逃げるように瞼を閉じた。
だが、それが不味かった。一瞬ではあったが、ドラゴンに攻撃をさせる隙を作ってしまった。
「摩耶華ァっ! 後ろだ!!!」
ドラゴンは巨大な尻尾を大きく振るい、摩耶華へそれを叩き込もうとしていた。
「ぁッ……!?」
寸前で小粋の盾が摩耶華を守るが、圧倒的な攻撃力の前では無力だ。複数のバックラーは粉々に砕け散り、威力を相殺できなかった攻撃は摩耶華の身体を大きく吹き飛ばした。
「が、ふっ……!」
背中から地に叩きつけられた衝撃で摩耶華の意識は途絶えた。あれではもう戦えそうにない。例え目覚めたとしても、身体はもうボロボロだろう。
「くそっ!」
小粋は悔しそうに声を荒げる。近接武器所持者が全員、行動不能となった。残る布陣は盾が二人に、銃士と黒魔が一人ずつ。そして白魔が二人。
大体の盾はもう崩壊寸前、これ以上の時間稼ぎは出来そうにない。
「聞け、一年! お前達は一刻も早くここから離れるんだ! 逃げて、必ず生き延びろ!!」
大体の声には少しの余裕もなかった。このままここに滞在すれば、命の保証はない。そう言っているも同然だった。
明確な死が、形となって襲いかかってくる。それを実感したとき、人に正常な判断など求めることは出来ない。
「に──逃げろぉおッ!」
一人が発した声を合図に、生徒達はわらわらとその場から逃げ出した。あの惨状を見て、ドラゴンと戦おうなどと考えるものはいない。周囲は悲鳴や怒号に包まれた。
「なんだよ、これ……」
必死に逃げ惑う生徒達。その惨状を見て、一はポツリと呟く。
命を明日に繋げたところで、彼らに帰る術はない。これからこの支配された大地で生き抜かなければいかないのだ。
そんな現状を、簡単に受け止めきれるわけがない。
「何なんだよ、これは……!!」
彼らが心待ちにしていた異世界での生活は、最悪なスタートを切った。