第1話 入学式
『諸君らの華々しい活躍に期待する』
それが理事長の最後の言葉だった。
最後と言っても死ぬ間際に放った言葉という意味ではない。入学式に参列する彼らのために、理事長の有り難くも長ったらしい挨拶がようやく終わったというだけだ。
「ふぁああ……」
揺木 一は周囲の目も気にせず、盛大に欠伸を溢した。
一を含めた不真面目な者達はきっと、何故偉い人の話はこんなにも長いのかと辟易していることだろう。よくもまあ、あんなにもぺらぺらと話が続くものだ、と。
ここにいるほとんどは、椅子に座って黙々と勉学に励むような大人しい者達ではない。
それ故に、誰とも知らぬ方々の挨拶を右から左へ聞き流し、暇を潰すために天井の染みを数え出したとしても仕方がないと云える。
そんな退屈な時間も、ようやく一区切りついた頃。
『新入生代表──八津 征四郎』
「──はい」
征四郎と呼ばれた男は皆の視線を受け止めて壇上を登る。確か入試をトップで通過した天才だったか。
この学校の入試は他校のそれとは一線を画す。
ここ、異世ノ高等学校──通称・異世ノ高校では巷で大きな話題を呼んでいる異世界救済者≪アナザー≫を多く輩出している。異世界救済者とは読んで字の如く、異世界に勇者として派遣され、その世界を救済する者の総称だ。
一もアナザーを目指す人間の一人。理由は色々あるが、現役アナザーである父の背中に憧れ一自身もそれを目指すようになった。
「────であるからして、私はここ異世ノ高等学校で自分自身を更に磨き、歴代のアナザーよりも優れた存在になる所存でございます」
おおおお! と、あらゆる所から歓声が湧き上がる。この男の挨拶も無駄に長かったが、理事長の言葉よりは楽しめた。
歴代よりも、か。首席は言うことが違う。
皮肉にも聞こえるだろうが、一は彼を馬鹿にしているわけではない。躊躇いもなく優れた存在などと言えることに心から尊敬の念を抱いたのだ。同じく一流のアナザーを目指す者として。
「俺も必ず────」
一がぽつりと呟いたその言葉が耳に届いたのか、隣にいた男が身体を寄せてくる。
「いやー、凄いよねぇ。ああもはっきりと言えるなんて」
「…………?」
誰だろう、この男は。
頭上にはてなマークを浮かべる一の様子を見て、男はガクッと肩を落とした。
「乗ってよ、話に。そうだな、ぐらい言ってくれても良いじゃん?」
「ああ……俺に話しかけていたのか。独り言かと」
「わざわざ君に近づいて言ったんだけど」
隣の男はやれやれと肩を竦める。
「僕は双海 透、楯士科だよ。君は?」
「揺木 一。戦士科、ということになっている」
「なっている?」
双海という男は首を傾げる。そんな曖昧な感じで学科が定められるのだろうか、と疑問を感じているのだろう。これには訳がある。
この学校はそれぞれの得意分野で学科が振り分けられる。近接戦闘が得意なら戦士科、遠距離からの攻撃をするなら銃士科、皆を守るための盾になるなら楯士科、武器を扱うよりも魔法による攻撃が得意なら黒魔科、仲間を癒す力があるなら白魔科、後方からの支援に徹したいなら通信科、戦うことよりもアナザーの生活を近くで支えたいと考えるなら炊事科といったように。
入試の際に以上の適性試験が行われ、自身が一番適した学科に振り分けられるのだが、何故か一はそのどれにも該当しなかった。正確に言えばどれも平均以下。得意な科目は無い、ということだ。
結果、一の適正プロフィールは次のようになった。
戦士 B
銃士 B
楯士 B
黒魔 B
白魔 B
通信 C
炊事 C
こうして見ると悪くない成績だと思うだろうが、とんでもない。ここが有名校でもなければ成績優秀者の一人ぐらいには選ばれるだろうが、ここは天下の異世ノ高校。一以外の入学者は誰もがAランク以上の科目を一つ以上取得している。
AランクとBランクの間には大きな開きがある。何故なら、Aランク所持者にはその者にしか扱えない特殊な力≪スキル≫が今後目覚めるかもしれないのだ。
スキルがあるかどうかで戦闘は大きく左右される。つまりAランク以上の科目が一つもなく、スキル覚醒の資格を持たない一はこの学校では立派な落ちこぼれ。成績は一学年324名中、324位。圧倒的な最下位だった。
滑り込みでギリギリ合格扱いされたは良いものの、どこに振り分けるか迷いに迷って戦士科にしたらしい。前線で戦う者は多い方がいいから、という理由なんだとか。
「そういうことね」
「呆れたか?」
「はは、まさか。僕だって成績は良い方じゃ無かったよ」
そう言って透は自らの生徒手帳を差し出した。中身を拝見させてもらうと、楯士がAランクという事を除けば他は全てDランクだということが分かった。
「324名中、285位。後ろから数えた方が早いよ」
「成る程」
一よりは当然マシだが、確かに手放しに褒められる成績ではない。
確か290ぐらいから323まではほとんど炊事科が名を連ねていたはずだ。炊事科は戦闘スキルが皆無、つまり異世界救済の貢献率が低いということで成績を大きく落とされている。Sランク以上の成績ならば上位も狙えたかもしれないが。
そういうわけで、直接戦闘に参加するにも関わらず290付近の成績だと立派な落ちこぼれだと認定されるわけだ。
「それでもスキルが覚醒するだけマシだと思うけどな」
「はは、どうも。もしチームを組むことになったら盾役は任せてよ」
「ああ」
順位が近い者同士、チームを組む機会も多くなるかもしれない。そういう意味ではこの場で顔見知りとなれたのは大きい。
『──以上で入学式を終わります』
ちょうど一と透の会話が終わったタイミングで入学式も終わりを迎えた。
結局、ほとんど聞くことなく式が終わってしまった。他の生徒も退屈していたようだから悪目立ちはしていないが、一生に数回しかない入学式をこんな形で終えてよかったのだろうか。
少しだけ気を揉んだ一だった。