第11話 共に高みを目指して
寧の場所まではそう遠くない。彼女が持ち場から離れていなければ、だが。
「あの……揺木、さん」
「ん?」
未愛がおずおずと一の名前を呼ぶ。
「どうかしたか?」
「いえ。その、だいぶ落ち着いているな、と思いまして……」
「ああ……」
不測の事態に陥ったにも関わらず、冷静に次の手を考える一の姿に疑問を抱いたのだろう。何故そうも落ち着いていられるのか、と。
「俺、ものすごく心配性でな」
「へ? え、あ、はい」
唐突な告白に未愛は困惑の表情を浮かべる。いきなり「心配性なんだ」なんて言われたら当然かもしれない。
「万が一のことを常に考えて動いているんだ。さっきだって、もしかしたらまだまだ仲間がいるかもしれない、もしかしたら強い個体なのかもしれない、なんてことばかり考えていた」
和樹に伝えた内容は、その不安要素の内、一番あり得るかもしれない可能性の一つでしかない。
「ありとあらゆる可能性を考えて、その内の一つが運良く当たった。だったらその対処方だって同時に考えていても不思議じゃないだろ?」
一が冷静でいられるのは、こういう状況に陥った場合の次の手を予め用意していたから。
次にやることが決まっているなら、それを実行するだけだ。
「すごい……ですね、揺木さんは」
「すごい?」
「私には、何もありませんから……」
SSSランクの才能を持つ癖に何を言ってるんだ。なんてことは言わない。いや、言えなかった。
彼女の口調からはいつも自信が感じられない。SSSランクの力を持ってしても、越えられなかった何かがあったんじゃないか。
それが分からないのに、適当な言葉を選ぶことなんて出来ない。
だが、一つだけ言っておきたいことがあった。
「……俺は凄くなんてない」
「え?」
「対処する方法があったとして、それが必ずしも実現するとは限らない。俺にはそれを可能にするだけの力がないからな」
スキルを発現させるための素質がない。それは周囲の人間よりも一歩出遅れたスタートだということを実感させる。
「だが、だからといって腐るつもりはない。この学園に来た以上は高みを目指す。それは、表道さんも同じ気持ちだろ?」
「私、は……」
数多ある高校の中から異世ノ高校を選んだのは、きっと未愛にも向上意識があったからだ。
「だったらさ。凄いと言われるようなアナザーになろう。一緒に」
「私になれるでしょうか……」
「なれるよ」
未愛に今必要なものは自信。そしてそれを後押しする人間の存在だ。一にその役目が務まるかは分からないが、やれるだけのことはやろうと考えた。
「俺が、そうさせてみせる」
力強い言葉だった。一は躊躇いもなく、言い切った。
本当に、彼ならそうさせてくれそうな気がする。
「──はい」
一の言葉で元気を取り戻した未愛は、同様に力強く頷いた。その表情には笑顔が浮かんでいる。
しかし、それも一瞬の出来事。彼女はすぐに目をぐるぐると回し出した。
「表道さん?」
「あ、あの……揺木、さん。お顔が近い、です」
熱が入ってしまったせいで、いつの間にか未愛の肩を掴んでしまっていた。そうなると当然お互いの顔の位置は近いわけで、側から見ればまるでキスでもしようかと言わんばかり。
流石にこれはアウトだ。
「す、すまん」
一はゆっくりと肩から手を離した。初めて見る一の動揺っぷりに未愛はクスクスと笑う。
「行きましょう、揺木さん。絵室さんが待ってます」
「あ、ああ。そうだな」
何はともあれ、少しは自分に自信を持ってもらえたみたいだ。
二人は寧の元へ急ぐ。
距離はそう遠くはなかった。しばらく進んだ先で寧の姿を発見した。ゴブリンもいる。どうやれ交戦中のようだ。
近接攻撃を仕掛けるゴブリン相手に寧は苦戦していた。
「銃を恐れずああも突っ込まれては堪らないな」
「ど、どうしましょう」
「大丈夫。予定通り」
むしろ一としてはこの状況が理想だった。
「表道さん、頼みがある」
「はいっ」
作戦、というほどのものではないが、未愛にはやってもらいたいことがある。全てを伝え終わると未愛は驚いたような表情を見せるが、すぐに頷いてくれた。
「わ、分かりました」
「頼む」
一は未愛から離れると、ゆっくりゴブリンの背後へ移動する。今、ゴブリンの目には寧の姿しか映っていない。
奇襲を仕掛けやすい状況だ。
まるで未愛が襲われていた時と同じように。
「…………しっ」
一はその場から駆け出すと、ゴブリン目掛けて一直線に走り出す。手にある剣でゴブリンを突き刺すために。
「──そうなると、やっぱ来るよな」
一の右真横から新たなゴブリンが出現したことを目の端に捉える。
ゴブリンが一体で行動することはまずない。それはこの短い時間で把握したゴブリンの生態だ。
となれば近くに四体目のゴブリンが潜んでいる可能性は十分あった。
ならばその対処法を先に考え、場を有利な状況に持っていく。それが、この揺木 一という男だ。
「はぁッ!」
一は目の前で背中を晒しているゴブリンに向かって剣を投擲する。最初からそのつもりで走っていたなら、体勢も崩れず力一杯投げることが可能だ。
「グェ……っ!?」
深々と突き刺さったそれは、ゴブリンの命を一瞬で断った。
まず一体目。
一はその場から飛び跳ねると、奇襲を仕掛けんとするゴブリンの攻撃をギリギリのところで回避する。
「ギィッ!」
棍棒を当てられなかったことで、ゴブリンは悔しそうに唸る。数的に不利な状況。逃げるか戦うか、次の手を考えているのだろう。
動きが止まった、今がチャンス。
「──えいっ!」
一発の銃声が森に響く。
撃たれる、と思ったゴブリンは回避を試みるも時すでに遅く。大の字になってその場へ倒れこんだ。
「よくやった、表道さん。絵室さんも」
「はいっ」
一が未愛に頼んだことは一つ。もしかしたら四体目のゴブリンが現れるかもしれないから、現れたら絵室さんの元へ駆け寄ってそいつを撃つよう指示してくれ。そんな簡単な内容だ。
「はー、びっくりしたよー。いきなり未愛ちゃんが来るんだもん。でも、おかげで冷静に撃てたよ」
いきなり現れた一とゴブリンの姿を見れば当然混乱もするだろう。その状況で冷静に判断しろと言われても難しい。
未愛を直接寧の元へ向かわせたのは、混乱している寧に「新しく現れたゴブリンを、何も考えずとにかく撃て」という指示を与えるため。
遠くから声をかけるよりも確実に早く、ゴブリンが生み出した隙を狙って攻撃できると踏んだ。
心配だったのは未愛が渦中へ飛び込めるかどうかだが、杞憂に終わったようだ。
少しは魔物恐怖症も克服出来たんじゃないだろうか。
「よし、それじゃ透と和樹の応援へ向かうか」
全員疲れているだろうが、二人を放って置くわけにもいかない。
和樹はこの状況でも落ち着いていたし、問題ないかもしれないが念のため。
「はい、そうですね!」
未愛は元気よく返事をする。どうやら戦いに貢献できたようで自信も付き始めているみたいだ。
「あれ? 未愛ちゃん、なんだか落ち着いてるね」
「え、そうでしょうか?」
「うん。たじたじしてないもの。何かあった?」
「べ、別に何もっ!」
「えー? ほんとー?」
二人はやり取りを横目に見つつ、和樹達がいるであろう場所を探る。
確か、ここから西の方だったか。一は周囲に視線を張り巡らせる。
その、一瞬。視界の中に違和感があった。
「────なっ!?」
ここより少し離れた場所から黒煙が上がっていた。
あそこは確か、一達の拠点があった場所だ。




