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第四回 俺、逃げる!

 今川義元死す。

 その報がもたらされると、大高城内は恐慌状態に陥った。

 今川から随行した武者は勝手に逃亡し、雇った足軽も離散。中には織田方に走ろうとする者まで出る始末。

 そんな中、軍議が開かれた。板張りの一間。三河周辺が克明に記された地図を囲み、車座になっている。

 一同の中には、家康の最初期を支えた老臣・鳥居忠吉とりい ただよしの姿もあった。

 忠吉は様々な創作に於いて、口煩い爺やというイメージで描かれる事が多いが、思いの他に寡黙だった。殆ど話す事は無い。それでいて、戦では前線で勇躍するのだ。家康の補佐は忠次に任せ、自分は死に急いでいるという印象を受ける。

「殿、いかがなさるおつもりでございますか?」

 忠次が膝を寄せた。

 家臣団の意見は、粗方出尽くした所だった。

 織田に降伏するか、今川と共に逃げるか。意見を大きく分ければ、その二つである。

「そう慌てるでない。家成、残った手勢は?」

「五十も満たないかと……」

 俺は渋い顔を見せた。だがそれは演技で、内心では余裕を持っていた。家康は、ここでは死なない。これを好機とばかりに、この後に岡崎城で自立を果たしている。

「よし、城を出ろう」

 俺は立ち上がって言った。

「今川殿亡き今、斯様な小城に用は無い」

「で、いずこに?」

「我らが祖地・岡崎城だ!」

 ドヤ顔。決まった。悦に入る俺を見て、忠吉が溜息を吐いた。

「殿。岡崎城は今川方でござる」

「そうだな」

「今川を攻撃し、攻め取るのですかな?」

「まぁ譲らぬ場合は。しかし、今川は岡崎を放棄しているはずだ。俺のように」

 すると忠吉は、なるほどと頷いた。

「決まったな。岡崎まで、駆けに駆けよう。遅れる者は捨てておけ」

 全員が頷く。よし、あとは岡崎城へ逃げおち、清州同盟まっしぐらだ。

 そう思った。

 そう思っていた。


「ぎゃーーーーーーー!」


 俺は、半泣きになっていた。

 大高城を出た瞬間、埋伏していた織田軍の追撃を受けたのである。

「やばい! これはやばい!」

 馬を疾駆しながら、俺は何度も呟いていた。

 振り向く度に、手勢が減っている。もう三十は切っているだろう。

「殿、一旦は大樹寺だいじゅじへ!」

 馬を走らせる忠次が、叫ぶように言った。

「大樹寺? ……ああ、大樹寺か!」

 思い出した。家康は大高城を出た後、織田軍から逃げる為に、大樹寺へ身を寄せたのだ。そこで前途を悲観して腹を切ろうとし、第十三代住職の登誉天室に止められている。

(しまった。俺とした事が、大事なイベントを忘れていた)

 家康は、そこで登誉天室から〔厭離穢土おんりえど 欣求浄土ごんぐじょうど〕の教えを受け、その言葉が終生の馬印となった。

「判った。案内せい」

 と、俺は馬にしがみついて追撃を耐え、生き残った十八名と共に、大樹寺に逃げ込んだ。

 大樹寺では、老いた登誉天室が俺を待っていた。どうやら先触れが来ていたらしい。

 寺は追撃の織田軍に囲まれたが、幸いにも大樹寺には数百の僧兵や足軽がいて、織田軍も容易に手を出せない状況だった。

「和尚、俺はもう駄目です。駄目なんです。こう囲まれてはどうにうもなりません。かくなる上は、腹を切って、先祖に侘びるしか……」

「ああ、そう。死ぬなら死ねばよろしい」

「え?」

「おぬし、死ぬんじゃろ?」

 と、登誉天室は脇差を差し出した。

「ちょ、待って。ここでさ、和尚が俺を止めるんじゃ?」

「何で? 何で止めなきゃならないの? 死ぬんでしょ、死んじゃうんでしょ、今から」

「そう言われると、俺は……」

「馬鹿者!」

 登誉天室は突然豹変し、俺の顔を見据えた。

「厭離穢土欣求浄土。この言葉を知っておられますかな?」

「ええ、まぁ」

 厭離穢土欣求浄土は、言わば平和への希求であった。しかし、今はそんな事はどうでもいい。厭離穢土欣求浄土という言葉さえ出れば、このイベント条件はクリアなはずだ。

「えっ、儂の話を……」

 と言う登誉天室を無視し、俺は一礼だけして外に飛び出した。

 忠次ら一党が控えていた。俺は大樹寺を出る事を告げた。

「岡崎へ、何としても戻ろう。寺に入るのは死んでからだ」

「御意」

 忠吉が多少の銭を撒いたらしく、一党に僧兵も加わった。手勢が一気に膨れ上がり、山門を囲む織田軍など敵ではなかった。

 追撃を(忠次の実戦指揮で)蹴散らし、俺は今川が放棄した岡崎城に無事入る事が出来た。

 何とか、桶狭間の戦いシナリオが終了。この夜は、本当によく眠れた。

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