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魔剣拾遺譚  作者: 山彦八里
一章
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出会い・後編

 リシュウの町では葬送の方法は土葬と水葬が半々である。

 特に船乗りの多くは死した後も海と共にあらんと望むことが多いという。

 だが、ジエンとショウキが選んだのは火葬であった。

 朝靄の中、ふたりで集められる限りを集めて、焼いた。

 本来なら幾ばくか置いて死体から水気を抜くのが常なのだが、ふたりは日も昇らぬ内に彼らを荼毘に付した。


 組の為に、生まれてからの十四年間、己の秘密を守り通したひとりの剣士。

 彼に対するせめてもの手向けであった。


「あんな綺麗な剣を振る奴でも、死んだら同じなんだな」


 焼骨を壺に納めるまでの間にショウキが口にした言葉はそれだけであった。



 百足組は最早、抗争どころではなかった。

 病の手を逃れた最後の跡継ぎが殺され、現頭首も耄碌して死んだ妻を探すばかり。

 明らかに手下を統率できる状態ではない。


 潮時だ。ジエンはそう判断した。これ以上かかわっても益になることはない。

 どころか、イズクの死の責任を負わされるのは目に見えていた。

 たとえ護衛が上役達の派遣した古参であったとしても。ジエンと彼らとでは人望の差が大き過ぎる。

 反論を聞きいれられる余地はない。組の結束を保つため彼らは嬉々としてジエンたちを槍玉に上げるだろう。

 それ故に、ジエンは荷物をまとめ、腰に大小を差すと、早々にリシュウの町を後にした。


「イズクに誘われてから一年くらいか。……終わっちまうと呆気ないもんだな」


 そして、通用門を出たジエンの隣には、なぜか腰に二刀を差したショウキがいた。


「……おぬし、組を放っていいのか?」

「イズクのいない百足組に興味はねえ」

「手下は?」

「オレのじゃねえ。イズクの手下だ。他の誰かのモンになる様なんざ見たくもないね」


 そう言って昇りかけのお天道様に唾を吐く様はまるきり子供だ。

 だが、彼の気持ちを多少なりともジエンも理解できた。

 イズクがあのまま成長すれば良い剣士になっただろう。失われたその未来はだからこそ、美しく映える。


「あ、ちっと寄るところあるんだが、いいか?」

「……何故それがしが同道せねばならんのだ」


 若干うんざりしながら問い返すが、ショウキは取り合わず、さっさと先へ進んでしまう。

 溜め息を吐きながらも、ジエンはその後を追いかけた。

 まこと奇遇なことに、ジエンの目的地も同じ方向にあったのだ。



 そうして歩き通すことしばらく。

 ようやく太陽が山間から全身を見せ始めた頃、ふたりは郊外にある一件の屋敷に辿り着いた。

 百足組の屋敷とは丁度、リシュウの町を挟んで反対側にある屋敷だ。

 四方は高い塀に囲まれ、正門には槍をもったごろつきが二人、あくびを噛み殺しながら門番をしている。


「御免、こちらは白喰組のヤサ(・ ・)でよろしいか?」

「そうだけど、あんたらは?」


 門番のひとりが訝しみ、次いで、ショウキの顔を見てさっと顔色を変えた。


「テ、テメエ!?」

「おう、百足組のモンだ。カチコミに来たぞ」


 ほれ果たし状だ、とショウキがわりあい優雅な手つきで門番に書状を渡す。

 思わず受け取ってしまった門番は、数瞬して、その意味を理解し悲鳴をあげた。


 百人からなる白喰組のまだ半数も起きていない早朝のことである。

 突然、轟音と共に屋敷の正門が吹き飛ばされた。

 堂々と敷地に押し入ったのはたったふたり。

 すなわち、色褪せた着流しを纏ったジエンと、笹の羽織袴を纏ったショウキ。

 片や能面のような無表情、片や猛獣のような憤怒の表情で、刀を抜いた。


「一宿一飯の義理を果たしに参った」

「テメエらが散らした未来の大剣士の弔い合戦だッ!!」


 めいめい勝手に口上を述べる。

 直後、飛びだしたのはやはりというべきか、ショウキであった。

 男は目についた集団の只中に突っ込み、当たるを幸いに薙ぎ倒していく。

 血と叫喚があたり一帯にばら撒かれていく。

 ジエンの読み通り、ショウキが修めているのは古流兵法。すなわち、合戦戦闘術であった。

 彼が剣以外も修めているのは当然だ。

 合戦に於いては投石、弓、銃、槍、騎芸、剣、組み打ち、その全てが必要とされ、時にそのいくつかが役に立たぬ乱戦となるのだから。


「――オラァァアアアアアアアッ!!」


 古流兵法、流派カグツチ、すなわち火の神。

 烈火の化身となった男が吼える。刀はもう折れたのか、その手にはいつの間にか槍が握られている。

 ぶん、と風を切って振り回せば大の男三人を吹き飛ばし、

 背筋を撓めて投げ放てば逃げる相手の背中を貫通して塀に縫い止める。


 その姿は暴威のようでいて、その実質は冷酷で、合理的だ。

 ショウキは戦場を俯瞰し、人の流れを読み、常に自己に有利な位置を占有する。

 戦闘が始まってから十分、彼は既に二十人近い相手を倒しているが、その間に一度として背中を取られていない。

 流派独自の歩法と、本人の戦術勘による戦場の支配という“虚”。

 その土台の上に、絶え間のない攻勢という“実”が載せられているのだ。

 陣形すらまともに組むことのできないゴロツキでは各個撃破されるばかりである。


「――ゴァアアアアアアアアアッ!!」

(……決まったな)


 正門前に陣取って破れかぶれに突っかかって来る有象無象を斬り伏せながら、ジエンは終わりを嗅ぎ取った。

 視線の先、いつのまにか庭の隅に押し込まれた相手方がひとりずつショウキに縊り殺されている。

 火とは死、火とは恐怖。

 燃え盛る火を見て、人間が本能的な恐怖を感じるが如く。

 ショウキの殺戮にあてられた彼らは、最早逃げることすらできず、震えて木偶のように殺されるのを待つばかり。

 恐怖による戦場の支配。

 おそらくは、それこそが流派カグツチの要諦である。ジエンはそう見切った。


 そうして、最後のひとりを殴り殺したショウキがぐるりと首を巡らせて、冷めやらぬ憤怒のままにジエンに殺気を飛ばす。

 本気で怒り、狂い、その上で制御する。カグツチの業は普通の人間が修められるものなのか、甚だ疑問であった。


「ジイイイエエエエエエン!! テメエなに手抜いてんだ、ア゛ァ!?」

「がなるな。義理を果たしに来たと言うたであろう」

「あん?」

「約束だ。おぬしが請い、それがしが受けた。そうであろう?」


 そのとき、屋敷の奥からひやり、と冷気のようなものが流れ出て、ふたりの首筋を撫でた。


「……“白蝋剣”のシガ、とお見受けする」


 ジエンが問う。が、いらえは返らず。

 ただ白昼の幻影のように、その剣士は庭に降り立った。

 白い死装束、白い髪、肌も血の脈が青黒く浮き出るほどに透けている。

 手には宝刀“白月骨喰雪定”の幅広の白刃が映える。

 全身が白い。その中で、瞼を切り取られた両目だけが血のように赤い。

 成程、柳の下で見れば幽霊のようにも見えるやもしれない。


 つまりは、ジエンには関係のないことであった。

 駆けざまに振り下ろした一刀がシガを真っ向から打ち割らんと疾る。

 風を追い越した切っ先が、素早く跳び退るシガの裾を微かに叩く。


 だが、次の瞬間、肩口から血を噴いたのはジエンの方であった。


「ジエン!?」

「ッ!! 来るな、ショウキ!!」


 駆け寄ろうとするショウキを抑え、ジエンは目を凝らしてシガを見据えた。

 見ようとすればするほど、ゆらり、ゆらりと揺れる白い影はぼやけてしまう。

 一方のシガはジエンを見ているのか、いないのか、茫洋とした視線を中空に彷徨わせている。

 奇妙な相手だ。ジエンは慎重に間合いを測る。

 先の一撃、剣速はあるが、捉えきれないほどではなかった。

 ――なのに、避けきれ(・ ・ ・ ・)なかった(・ ・ ・ ・)

 その種を割らねば、ショウキが加勢したところで無意味だ。


 さらに一歩近付く。あと三歩で互いの刃圏に入る。

 ジエンは意を決し、一刀を縦に、姿勢を限りなく低く構えてじりじりと踏み込む。

 一歩、シガはまだ動かない。

 二歩、シガはまだ動かない。

 三歩、シガは――――


「ッ!!」


 瞬間、ジエンは背後に倒れ込むようにして地面を転がった。


「何してるジエン!! 何で避けねえんだ!!」

(……ショウキにもみえているのか)


 即座に跳ね起きたジエンの胸元に横一線の刃傷が走る。

 咄嗟に退いた分、傷は浅い。今度はジエンもしかと見て取った。

 だが、やはり、それでも回避が一瞬遅れた。

 二度も同じことをされれば偶然では片付けられまい。シガの剣には何らかの理合が通っているのだ。

 剣術とは極論すれば、斬ること、斬られることの二点をどう克服するかにある。

 であれば、避けられぬ剣というのは著しく強力だろう。

 シガが受けに回っているのも、斬られぬよう立ちまわればいつか勝てるからだろう。


(……待て)


 三度、シガの前に立ったジエンの脳裡にひとつの問いがよぎった。

 何故シガは攻めぬのか。

 避けられぬ剣は強力だ。それを制限なく振るえるのなら勝負など一瞬でつく筈だ。

 それができないというのならば――


「……成程な」


 得心のいったジエンは剣先を下ろし、構えを下段に変えた。

 下段の構えは間合いの制御を重視した構えだ。

 相手の踏み込みを牽制することで斬打を防ぐ、とも言い換えられる。

 代償に上体はがら空きになる。

 技量が同等であれば、踏み込む段階で防げなければ斬られるだろう。


 そうして、ジエンは三度シガの間合いに踏み入った。

 刹那、シガの腕がぶれる。切っ先の霞む速度で雪定の一刀が振り抜かれ、


 ギン、と金属同士のぶつかる音が響いた。


 剣閃を弾かれたシガの赤い目が見開かれる。

 即座にジエンは半歩を継いで一刀を振り抜いた。

 浅い。避けきれなかった白い袖がはらりと地に落ちる。


「……ギ、ギッ?」


 シガは人語とは思えぬ声をあげ、こきりと首を傾げる。

 あるいは剣を防がれたのは初めてであったのやもしれぬ。


「無拍子か。見るのは初めてであるな」


 その剣のカラクリをジエンは端的に言い当てた。

 人間の動きにはまばたき(・ ・ ・ ・)のような継ぎ目が存在する。

 息を吸って吐くまでの一瞬、あるいは爪先を地につけた一瞬。

 剣を振りかぶり、振り下ろすまでの、雷光のごとき一瞬。

 剣術において“居つき”と呼ばれる一種の隙。

 “白蝋剣”とはその隙を拍子の無い剣戟で以って突く剣技なのだ。


 一転して、ジエンは歩を大きくとって真っ直ぐに踏み込んだ。

 踏み込み、その一瞬を衝いた雪定の剣閃を弾き、さらに踏み込む。

 種が割れても“白蝋剣”は脅威だ。

 どれだけ注意しようと踏み込んだ一瞬に隙はできる。

 しかし、来るとわかっているのなら防ぐことはできる。

 防御に剣を用いればジエンも攻撃に移れぬが、それでも構わない。

 刃圏を踏み越えれば、そこは互いの息がかかる至近距離。

 ジエンはシガを捉える。

 直視すればぼやける白装束も、おそらくはその一瞬を作りだすための要素。

 ゆえに、見ない。

 視線を散らし、シガを風景の一部として感得する。デイシン流には夜闇の中で戦う技法もあるのだ。

 一枚絵のように捉えた視界の中、一挙動ごとに生まれる隙に“白蝋剣”が差し込まれる。

 それを絶えず右手の打刀で弾いて、弾いて、弾いて――


 ――その一瞬に、左の逆手で抜き打った脇差がシガを捉えた。


「ギ、ガッ――」

「……安心したぞ。おぬしのような化生じみた者でも、血は赤いのだな」


 脇腹から肩口までを切り上げに断たれたシガがよろめくように数歩を退き、呆然と己の体を見下ろす。

 白一色だった装束がじわりじわりと赤く染まっていく。

 シガには今の一撃が見えていたのだろう。なのに、避けられなかった。

 それは。

 その技は――


 その驚愕が冷めやらぬうちに、ジエンが真っ向から斬りかかる。

 シガは半ば自動的にその一瞬を衝こうとするが、それよりも早く、肩口に刺突が突き立てられた。

 既に――既に、ジエンはシガの剣に適応している。

 隙を衝くという条件を理解した以上、その先を読むことは決して不可能ではないのだ。

 先読みこそが、剣術の肝なのだから。


「おぬしに魔剣は用いぬ。正道の剣に敗れよ」

「―――――ッ!!」


 このとき、言語にならぬ咆哮をあげて、シガは初めて攻勢に移った。

 おそらく、彼の決断は限りなく最適解であった。

 後の先をとる術技が無効化された以上、自ら攻撃せねば勝ち目はない。

 まだ片腕が動くうちに、命があるうちに、目の前の敵を討ち取る。

 シガが勝つにはそれにしかなかった。


「喪われた者の為に血を流せ、“白蝋剣”」


 その宣告を、果たしてシガは聞き届けることができたのか。

 旋風を巻いて二条の閃光が疾る。

 骨肉を断つ音は密やかに。


 一瞬の交差の後、からんと音を立てて雪定が地面に落ちる。

 その時には既に、シガの首は胴の上にはなかった。



 ◇



 春先の街道は冬の間の停滞を巻き返さんと数多くの旅人が行き来する。

 遠くの山からは竹を割るような春雷の音がする。雪解けを告げる音だ。


「……しかし、意外であったな」


 新たなる魔剣を求めて旅路を行くジエンはふと疑問に思っていたことを口にした。


「約束とはいえ、おぬしがイズクの仇を譲るとはな」

「なんだ、そんなことか」


 隣を行くショウキは興味も浅く鼻を鳴らした。

 その腰には行きとは違う刀が差してある。白喰組のヤサで適当なものを見繕って来たのだ。

 ついでに軍資金も確保しているあたり、抜け目がない。


「そんなこととは言うが、おぬしが討った方がイズクは喜んだであろうよ」

「死人が喜ぶもんか。仇討ちはケジメだ。オレが頼んで、オマエが討った。それでいいんだよ」


 ショウキはまるで、それが世の真理であるかのように傲然と告げた。


「ジエン、死人にいつまでも拘っても仕方がないぜ。アイツらは応えないし、笑わねえ。

 オレたちにできるのは、思い出した時に酒の一献でも捧げるくらいだ。他にできることはねえ」


 常に浮かべていた獰猛な笑みを消し、ショウキは真剣な表情でそう言った。

 突き離すような物言いはしかし、ジエンへの慰めであり、気遣いであったのだろう。

 だが――


「――約束したのだ」


 それでも、ジエンは生き方を変えることはできなかった。

 今となっては、それだけがジエンの存在理由。

 クオウは死んだ。わかっている。

 彼女が笑うことはもうない。わかっているとも。

 だが、魔剣はこの世に残っている。

 今も誰かが手にしている。自分以外の誰かが。自分の為に彼女が鍛った剣を。

 傲慢であろう。事情を知らぬ者にはいい迷惑だ。

 だが、それでも、その事実を許すことは、ジエンにはできないのだ。


「嫌になるくらい頑固だねえ。もちっと気楽に生きた方がいいと思うぜ。先は長いんだろ?」

「嫌ならついて来るな」


 ジエンは憮然として告げるが、ショウキはからからと笑ったきり応えようとしない。

 力尽くで追い払おうとすればジエンも無傷では済まないだろう。

 その上、厄介なことに、この男は有能なのだ。断る理由は感情以外になかった。

 しばしジエンは懊悩した後、渋々と同行を認めた。


「仕方のない奴だ……好きにしろ」

「おう、好きにするぜ。目指すはでっかく天下無双だ!!」


 道行く人の奇異なものを見る視線を意にも介さず、ショウキは胸を張って大声で宣言した。


 こうして、ジエンの旅に奇妙な同行者が付き添うこととなった。

 世に散らばった魔剣は数知れず、行く先はまだまだ遠い。

 けれども、その旅路には少しだけ心地よい風が吹いていた。





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