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魔剣拾遺譚  作者: 山彦八里
二章
11/27

魔剣・落葉・前編

 その日、渺々と風の吹く郊外の草原で六人の剣士が相対していた。

 等しい数ではない。二人と四人に分かれての対峙である。

 隠しようもなく、それは、決闘と呼ばれる儀式であった。

 互いの中心にいるのは向かい合って立つ二人。

 片や三人の偉丈夫を従え、意気軒昂と腕を組む青年。

 片や浪人と思しき男一人を従えた、どこか気弱そうな印象の青年。

 二人は同門の剣士であり、武士であった。


「退く気はないのだな、トウジ」

「その気はありませんよ、イチカ兄さん」


 勝利を確信するイチカの問いに、トウジはかぶりを振った。


「ならば、ここで去ね」


 傲然として告げて、イチカは腰の一刀を抜いた。

 応じるように背後に控えていた取り巻きの剣士たちも殺気を露わにする。

 対するトウジも気配を強めつつ、隣に侍る浪人風の男に目配せした。

 兄弟子が助太刀を頼むことはわかっていた。

 ゆえに、トウジもまたその男と轡を並べているのだ。


「三人、お願いできますか――ジエンさん?」


 その問いに、浪人風の男こと、ジエンは静かに頷いたのであった。



 ◇



 時は数日前に遡る。

 オトメ藩をぐるりと回って本州に戻ってきたジエンとショウキは、次なる魔剣を求めて中部にあるハッケイの街にやって来ていた。

 ハッケイの街は八景を指すその由来の通り、八つの美影からなる風光明媚な土地であり、観光に訪れる者も多い。

 それゆえか、ジエンとショウキも穏便に人ごみに紛れることができていた。


「ちっと知り合いのとこに顔出してくる」

「……おぬしはどこの街にも知り合いがおるのだな」


 観光客でごったがえす往来にて、背に木箱を負ったジエンは呆れ半分、感嘆半分に応じた。

 このショウキという男、とかく道場やら任侠ものに顔が利く。

 大抵どの街にも知り合いか、そうでなくば知り合いの知り合いがいる。

 一時期は各地の道場を巡っていたジエンをして驚くような顔の広さだ。

 もっとも、その顔繋ぎの場にジエンが同席することはなかった。

 新しい街に着くと、ショウキはしばしどこかに消え、金子なり宿なりを確保して戻ってくる。

 その詳細を聞かされたことはない。これ以上ないくらいに怪しくはある。

 だが、そもそもお互い脛に傷やら後ろ暗い過去やらを持つ二人旅だ。

 助かっている面もあって、そのことをジエンが殊更に指摘することはなかった。


 さておき、「しばらく観光でもしていてくれ」と人ごみに消えるショウキを見送って、ジエンは足の赴くままにハッケイの街を巡ることにした。


「神社、湖、山、橋、草原……なんともまあ」


 道行く人に八景の詳細を聞くにつれ、ジエンは曰くしがたい表情になった。

 魔剣奪還を期して旅するジエンは、どうにもこういった観光地を楽しむという視点に欠けていた。

 ジエンにとって旅は手段であって、目的ではないのだ。

 ショウキならば「なっちゃいない」とでも言うのだろうと、そんなことを考えながら、足は自然と人波に逆らって郊外へと向かって行った。


 ハッケイの郊外には見渡す限りの草原が広がっていた。

 夏の日差しを受けて青々と茂る下草が、さわさわと音を立てて風に揺れている。

 馬の放牧地だというその草原は、八景に数えられているものの、観光客はまばらであった。

 実際に馬を放している時ならまた違うのかもしれないが、ともあれ。

 ようやく人ごみから解放されたジエンは強張っていた体をほぐし、背負っていた木箱を慎重な手つきで地面に下ろした。

 木箱の中には藁に包んだ何口かの魔剣が納められていて、重さもそれなりにある。

 折を見て一度、御山の“魔剣の卵”を訪う必要があるだろう。

 そこにショウキは連れて行くかは迷うところだ。

 荒っぽくも気風のいいあの青年を、これ以上深く自身の目的に巻き込むのは気が引けるジエンであった。


「……ん?」


 そのとき、どこからか刀を振る刃音が風に乗ってジエンの耳に届いた。

 誘われるようにジエンは音の在り処へと足を向けていた。

 丁度、草原の中心あたりだろうか。

 諸肌を脱いだ青年が一心に真剣を振るう光景がジエンの目に飛び込んできた。

 青年はジエンには気付かず、燦々と照る日差しに肌を灼かれながら、汗を散らして刀を振り続けている。


(見た限りカネダ心形流か。真っ直ぐで、良い太刀筋だ)


 ジエンは邪魔にならぬよう遠くから青年を眺めながらひとりごちた。

 熱心な稽古風景は観光地などよりも、よほどジエンの心を惹きつける。


(それにしても……)


 随分と鬼気迫る様子だ、とジエンは思った。

 離れても見受けられるその必死さは、合戦前もかくやといった風情。

 そこにジエンは魔剣の縁を感じとった。

 これまでの経験から、各地に散逸した魔剣は不思議と実戦の場でみつかると知っているのだ。

 当然と言えば当然である。

 御山の一門は時の将軍にひと振りを献上した程の有名な鍛冶集団であるが、その中でクオウの名は無名に近い。彼女は天才ではあったが、有名ではなかったのだ。

 彼女の鍛った魔剣も同様だ。必然、魔剣は家宝や美術品として評価されることなく、その性能に目をつけられて人切り包丁として用いられることになる。

 もっとも、乱があるから魔剣が引き寄せられるのか、魔剣があるから乱が起こるのかまではジエンにもわからないが。


「もし、随分と熱心に稽古されているな、カネダ心形流の」

「!!」


 ともあれ、この街に魔剣があることに違いはない。

 ジエンは趣味と実益を兼ねて青年に声をかけた。


「すみません。不格好なものをお見せしてしまいました」


 手を止めた青年は肌蹴ていた上衣を直し、申し訳なさそうな表情で会釈した。

 一見して十代後半、どことなく気弱そうで、しかし人の良さそうな男子だ。


「なに、八景なぞより余程見応えがあった。それがしはジエン。流れの浪人だ。よければ、ひとりで熱心に稽古されている理由をお聞かせ願えないだろうか?」

「いえ、それは……」

「実戦が近いのであろう。これでも腕に覚えはある。稽古相手くらいは務められるが、如何か?」


 そう言って水を向けると、青年は躊躇しつつもぽつぽつと経緯を語り始めた。


 青年の名はトウジ。カネダ心形流道場の剣士である。

 聞くところによると、心形流の宗家には娘がひとりしかおらず、このたび有望な若手の中から婿をとることになったのだという。

 そこでまずトウジが婿候補にあがった。技量と人格、双方を加味された結果だと聞かされている。

 だが、そこに兄弟子に当たるイチカが異論を唱えた。

 曰く、トウジのような未熟者よりも、当主には己がふさわしいと。

 宗家の婿とはすなわち次期当主であり、この太平の世で道場を切り盛りしていかねばならない。

 金勘定に明るいイチカを推す者も少なくはなく、ゆえに真剣を用いた決闘によって決することと相成った。


「……所変わればしきたりも変わるものか」


 無精ひげをさすりながらジエンは頷いた。

 デイシン流では同門での決闘は禁じられていたため、心形流のそれには興味の感情が先に立つ。

 トウジは十八、対してイチカは二十五を数えるという。

 目の前の青年も筋は良いように見えるが、年齢の分だけ経験はあちらに分があるだろう。


「決闘まで同門の者に助力を頼むことは禁止されているのです。それで、道場で稽古していては他の者に迷惑がかかるだろうと思いまして、ここに」

「ふむ」


 一方に肩入れしたとあっては敗者についた者は結果的に肩身が狭くなってしまう。

 そうした他者の不利益を避けんとする気遣いがトウジの言動からは感じられた。


「ならば、外様のそれがしが稽古相手を務める方がいいだろう。幸い、カネダ心形流についても多少は知っておる」

「御迷惑でなければ、是非」


 藁をもすがるとはこのことであろう。トウジは一二もなく首肯した。

 素性の知れぬ浪人ということを差し引いても、決闘に向けて勘を磨くに、ひとりでは限界があったのだろう。

 ジエンはそこにトウジの必死さ、あるいは情を感じた。

 兄弟子に勝ちたい。当主になりたいというだけではない、より個人的な事情。

 その原因が判明するのは、トウジに稽古をつけて彼の住みかへと戻ったときのことであった。




 ハッケイの街が夕暮れに照らされて橙色に染まる中、旅の者たちは今夜の宿を取りはぐれぬようにと足早に去っていく。

 トウジの仮宿は道場の離れにあった。

 闇討ちを防ぐために、決闘が終わるまではそこで寝起きしているのだ。

 もっとも、早くに両親を亡くしたトウジは以前から道場に床を借りていたらしいが、それはさておき。


「……あ、トウジ様」


 竹林の中にぽつんと建つ離れには先客がいた。

 素朴な着物を纏った年頃の娘だ。

 娘は抱えていた籠を下ろし、帰ってきたトウジを見てふわりと笑みを浮かべた。


「お疲れさまです、トウジ様」

「ユウカ姉、こちらには来てはいけないと……」


 焦った様子のトウジに、ユウカと呼ばれた少女が宗家の一人娘であることが察せられた。


「洗濯ものを届けに来ただけですよ」


 楚々と微笑むユウカはさらりとトウジをかわし、次いで土間口に立つジエンを見上げて僅かに目を見開いた。


「まあ、トウジ様が人を呼ばれるのをはじめて見ました」

「ジエンという。しばらく世話になる」

「あら、あら。でしたらお布団がいりますね。すぐにご用意いたします」

「僕がするから!! ユウカ姉も、こんなところ誰かに見られたら困るだろう……」


 最初こそ叫ぶように言ったものの、トウジの語勢は徐々に尻すぼみになっていった。

 その言葉は己の敗北を前提としたものだからだ。

 ユウカの行動も彼が決闘に勝ちさえすれば問題になることはない。

 トウジは気まずげに目を逸らし、ユウカもまたそれ以上追及することはなかった。


「……私は母屋におりますので、なにか用事があればお申し付けください」

「かたじけない。だが、二人の邪魔にならぬよう隅で小さくなっておくゆえ、気にされるな」

「もう、ジエンさんまで!!」

「おっと。すまない、ついな」


 頬を紅潮させたトウジをいなす。

 視界の端、気まずい雰囲気を変えんとしたジエンの言動を察してか、ユウカは小さく頭を下げていた。


「……良い娘だな」


 離れを去るユウカの背中を見送りながら、ジエンは小声で告げた。


「昔はあんな風ではなかったんですよ。今代当主様に護身術を教わってましたし、利発な子で、ここら一帯のガキ大将みたいな感じでした」

「ほほう、察するにおぬしも子分だったわけか」


 見た限り、トウジとユウカは同じ年頃、おそらくはユウカが一つ二つ上だろう。

 子供にとって一年の差は大きい。

 その上、トウジはどことなく彼女に頭の上がらない雰囲気を醸し出していた。


「ええ。でも、僕が元服した頃からあんな風に大人しくなられまして……」

「健気ではないか。察するに、彼女がおぬしの戦う理由か?」

「不埒だと思われますか」


 問いかけながらも、トウジの顔にやましき色はなかった。誇りすら感じられる顔容だ。

 その表情を見れただけでも、こちらについて良かったとジエンは思えた。

 たった一人の女の為に、二人で築く未来の為に、戦う。

 それは喪われた夢のような色をしていた。



 ◇



「イチカの野郎は決闘に助太刀を頼んだらしい。それも三人。どこのお武家さまだって話だな」


 何食わぬ顔で合流したショウキは、離れに上がり込むなりそう告げた。

 当然と言えば当然である、とジエンは感じた。


 ジエンをして、完全な守りに入ったカネダ心形流の剣士を打ち崩すのは苦労させられる。

 心形流は護りに重点を置いた流派なのだ。

 それはある意味で、剣術において至極らしい(・ ・ ・)ものともいえる。

 形状・携行性の面において、刀は自衛の武器に適している。

 この太平の世で剣術道場がやっていけるのもそのためだ。

 開けた場所であるなら、間合いを離せる状況なら、槍なり弓なりを使えばいい。

 それができない閉所や屋内であればこそ、剣術は重要視される。

 その利点が一周回って暗殺術にまで発展している場合もあるのだが、さておき。


 護りに長じた流派であればこそ、助太刀は非常に有用だ。

 自身が敵を惹きつけ、守りに集中している間に味方に隙をつかせる。

 なりふり構わぬ手段であるが、流派の長所を活かしているとも言える。

 同門の助力を禁じているのも、逆に言えば、この戦法が有用であるからだ。


「そういうことなら、それがしも出よう」

「よろしいのですか!? いえ、ありがたいのですが……」

「あのような仲睦まじい光景を見せられては、助勢せねば男が廃る」


 冗談めかして告げれば、トウジは恥ずかしげに顔を伏せた。

 初々しいその反応に、ジエンは眩しいものを見るかのように目を細めた。

 それが、かつて自分が喪ったモノを重ねているだけだとジエンは理解している。

 代償行為であり、感傷でしかない。得られるものはない。わかっている。

 それでも、前途ある若者の為に剣を振るうというのも悪くない。そう思えたのだ。


「それにしても――」


 会話が途切れた折、ジエンはちらりと道連れの男に視線を転じた。


「随分と情報が早いな、ショウキ」

「この街でカネダ心形流っていやぁ有名道場だぜ。噂程度ならそこらで聞き回ればすぐに集まる」

「そうか。ああ、勝手に宿を決めてすまなんだ」

「いや、そうでもねえ。実はイチカの方をアテにしてたんだが……」


 元々アレは知り合いでな、と。

 ショウキは頭の後ろをがりがりと掻いてしばし、言い辛そうな口調で続けた。


「隠してるつもりなんだろうがな……アイツの助太刀、ありゃ剣狼衆の一党だ」

「――――」


 瞬間、ジエンの貌から表情が消えた。

 耳の奥で、魔剣がかちりと啼いた音がした。



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