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中編

ベストリア・マルローデという男は生まれつき強大な魔力を持っていた。

親に捨てられたのか、それとも無理やり徴収されたのか、物心ついたころには親の姿はなく、国の施設で魔法の訓練を受けながら育てられた。

ベストリアの国は周辺国との摩擦が絶えず、いつ戦争が起きてもおかしくない状況で軍の増強に力を入れていた。魔術師の育成もその一環なのだが、ベストリアは魔術が巧みなだけでなく、理論や構成にも長けていた。天才と持てはやされ、14の年には国の魔術研究所に配属された。


魔術研究所。

旧来の魔法の増強や新しい魔法の開発を行う施設だが、ベストリアが魔術研究所に入った年に隣国との戦争が勃発したことから、研究内容が過激化していった。

軍の上層部からせっつかれ、より殺傷力の高い魔法を、兵士の恐怖を薄れさせ、肉体を増強する魔法を、不死の兵士を作りだす魔法を―――


研究内容は暴走の一途をたどり、戦争捕虜を実験体として融通されるようになってからは狂気の実験は歯止めが利かない状態になった。精神を病んで「処分」された同僚もいたが、ベストリアの心は何も感じることなく、日々淡々と実験を繰り返していた。国の施設では国に敵対する者は全て「悪」で、それらを排除するのは「正義」なのだと毎日教えられては、まだ年若い少年が善悪の判断もつかず、罪悪感を抱くはずの所業を平然と行ってしまうのも無理からぬことである。


戦争後期にはベストリアも魔術師として戦争に駆り出されたが、国のためにできるだけ多くの敵を屠ることが正しいことだと信じ切って、味方にすら「化け物」と恐れられるほど躊躇なく敵兵を殺していった。


だが、国は戦争に敗れた。

ベストリアは確かに強いが、戦局を覆すには及ばなかったし、度重なる上層部の戦術ミスと国力の疲弊が敗北を招いた。

ベストリアにはこうした理由は分からない。何が何やら分からぬうちに戦いに負けて撤退し、訳が分からないうちに王都の研究所に戻り、そして気付いたら「戦争犯罪者」として拘束されていた。


降伏したベストリアの国が相手国の求めに応じ、一連の戦争捕虜に対する虐殺の責任を魔術研究所の生き残り全員になすりつけ、戦犯として差し出したのだ。

形ばかりの裁判が始まって、ベストリアは国のお偉いさんが戦争捕虜に対する実験は魔術研究所の独断で行われたと証言するのを聞いて憤った。


研究所に訪れては叱咤激励してたのはどこのどいつだ。相手国は我が国どころか、世界を蝕む悪の権化ではないのか。なぜ敵国の奴らが正義面してありもしない罪を裁こうとしているんだ!と。

そして証言が自身に及んだ時、ベストリアは思わず目を見開いた。


「この男は『化け物』と言われるほど強大な魔力をふりかざし、軍の上層部すらおびやかす魔術師です。彼に脅され多くの者たちが仕方がなく悪に手を染めたのです」


多くの羨望と尊敬を集めていた国で最高位の宰相がこともなげにそう証言した。

裁判に出席している「戦犯」は全員猿ぐつわを噛まされている。一切の反論が許されぬ裁判の中でベストリアは深い絶望に囚われて行った。


「判決。死刑」


最初から答えが決まっていた判決を聞いてもベストリアの感情はこれ以上波立たなかった。ただ、深く溜まっていた絶望の底で、マグマのようにふつふつと黒い何かが沸き立ってくるのを感じた。


かつて戦争中、魔術研究所の同僚の一人が亡命しようとして失敗、処分されたことがある。

その際彼が使用していた転移魔法は少量の魔力と、何より詠唱呪文の短さでベストリアの記憶に留まっていた。


収監され刑の執行を待つ戦犯は全員猿ぐつわと魔封じの手かせをかけられている。

だがベストリアの強大な魔力は魔封じで抑えてもかすかに漏れ出していた。


(俺だったら、うめき声一つを呪文代わりに発動できる)


その日。敗戦国の牢獄に収容されている一人の死刑囚が忽然と姿を消した。


だがことは死刑囚一人の脱走では終わらなかった。数日後、魔術研究所が今まで行ってきた研究のレポートや論文が保管された建物で不審火が起き、すべての資料は灰燼と化した。

そして次の日の夜。厳戒態勢の王宮で、収容された戦犯含むすべての人間が死に絶えた。


魔術研究所が行っていた研究の一つに、複数の人間から魔力を抽出し、一人の人間に集約する研究がある。抽出された者だけでなく、他者の魔力を与えられた人間も己の中の異質な魔力がぶつかり合い最後には体を破裂させ死亡してしまう。被験者全員死亡の実験が、このたび、めでたく成功となった。


―――魔王の誕生である。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・



八瀬 実兎花はどこにでもいる普通の女子高生である。

高校二年の冬休み明けの登校中に光に包まれ、気付いたら異世界にいた。


ひんやりした空間には何人もの人がいて、口々に「聖女」だと言われた。


「聖女様。魔王に滅ぼされそうなこの世界をどうかお救いください」


そう言われたところで知ったことではない。

すてきな王宮でおいしい食事で至れり尽くせり。キラキラした王子様や格好いい騎士が優しく声をかけてくれたが、実兎花はただひたすら元の世界に帰りたかった。


「魔王を倒せば元の世界に戻れます」


そう言われれば従うしかない。これまた美形な王宮の魔術師に聖女だけが使えるという封印の術を習い、くれぐれも魔王以外では使ってはいけないと念を押され、騎士と魔術師数人と共に旅に出された。


彼らの使命は実兎花を無事に魔王の元に届けること。

旅の途中、大切に保護され甲斐甲斐しく世話されては実兎花も多少はほだされた。旅は道連れ世は情け。こうも色々と世話を焼かれては実兎花もつっぱたままでは仕方がない。どこまでできるが分からないが、彼らのためにも頑張ろうかと考えた。


旅の一行は魔王がいるという土地にさしかかる。「魔王」はこの地にかつて存在した王国が愚かな実験の末生み出した産物だという。魔王が膨大な魔力で作りだしたという魔物と戦いながら、一行は慎重に今はない国の王都に近づいて行った。


無駄な戦闘を避け体力を温存しようと、魔術師は目くらましを多重にかけ続け、ついには王宮にたどり着いた。あちこち崩れて廃墟寸前の王宮の最奥に、魔王はいた。

実兎花の想像と違い、「魔王」はボロボロなローブをまとい、顔こそローブに隠れてよく分からなかったが、予想外に痩せて小柄な人間に見えた。

だが魔王は実兎花たちを認識すると猛然と攻撃をしかけてきた。魔術師たちは最大級の結界を張りかろうじて防いでるが、その間にも魔物が結界を潜り抜けようとして騎士たちに排除されていく。


「聖女様!早く封印の術を展開してください!」


騎士と魔術師が時間を稼いでいる間に実兎花は必死に呪文を紡いでいく。発動しないよう数段に分けて練習した呪文が今一つに繋がれ、唱えていくと自分の中から力が溢れだしていくのが分かった。

そしてついに術は完成され―――


「え?」


実兎花は騎士に突き飛ばされ魔王の前に転がり出る。


あっ、と思った時には自分の体内から噴出した大量の黒い靄に視界が埋め尽くされた。


(騙された…)


そう思った時には実兎花の意識は闇に飲み込まれた。


・・・


上も下も分からない。体を触ろうとしても認識できない。声をあげて叫んだつもりも何も聞こえない。あれからどれくらい時間が経ったのか、一瞬のような永久のような感覚の中、実兎花は狂うことも出来ず、ただ闇の中を漂っていた。


闇の中、一通りの悔恨も恨みも怒りも悲しみも経て、実兎花は考えることを放棄して断片的な夢を見始める。たわいない日常、非日常。くだらない願望。そしていつしか、海馬の箪笥に仕舞われた記憶が溢れるままに、生まれたころから異世界へ召喚される直前の人生を、繰り返し夢見るようになる。


生まれたころの記憶はなく、ただ微かに感じる母への慕情。小さいころのおぼろげな記憶。家族と遊びに出かけて楽しかった記憶、悲しかった記憶。一つ一つ再現され、そして高校2年の冬休み明け、登校したところで夢は終わり、また再び生まれたころに戻る。


繰り返し繰り返し、飽きることなく、永遠に続くかと思われた夢に、ふと「異分子」が入り込んだ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「封印されて永劫の闇に閉ざされたと思ったのに気付いたら赤ん坊だ。しかも見事に未成熟の意識が再現されてあっという間に夢に飲み込まれたよ」

「まぁ私の意識を転用したからね。ちゃんと小さいころの記憶はおぼろげでしょ?」

「ああ、お見事な再現性だ。自意識を確立した後も、逆に俺の、ベストリアの人生は夢か前世かと思ってしまったさ」

「あはは、中学の頃オカルトはまってたもんねー。そういう理由だったんだ」

「おま…ほんと何も考えてなかったんだな」


巽は心底呆れたようにため息をつく。「自分の世界」に紛れ込んだ「魔王」が己の正体を勘ぐる行動を起こせば多少は警戒しそうなものなのに。考えてみれば「実兎花の世界」は最後までのんびりとしたものだった。


「高3で違和感に気付いてから、おふくろを『監視役』だと無駄に警戒しちまっただろうが」

「言ったでしょ、条件が揃えば『気付く』程度の設定しかしてないって。たくのおばさんは私の記憶にはいない存在だから、何かあった時に実兎花として夢を早めに終わらせる役を任せたの。普段はちゃんとたくのお母さんしているよ。私の夢を乗っ取ったり、悪夢にしない限りは何かしようとは思わなかった」

「『魔王』だぞ?倒そうとは思わなかったのか?」

「やり方分からないし、倒してもしょうがないじゃん。もうお互い死んだも同然なんだから」

「俺たちは死んでない」


「永遠に、これが続くなら、むしろ死んだ方がいいかも」


暗い顔でそうつぶやく実兎花に巽は躊躇いながらも近づく。顔を上げた実兎花が見たのは幼馴染の小河原 巽ではなく、ボロボロなローブをまとう白人の青年、「魔王」の姿であった。


「『魔王』って意外と普通の人間だね。巽と同じガリヒョロだし」

「うるせー。俺は元から人間だ」

「実験生物じゃないの?」

「やけくそになって、死ぬつもりで他者の魔力を吸い取りまくったんだ。そしたら魔力は暴走して全部破壊しちまうし、俺は死なないし。今更どこかへ逃げ隠れしても魔力が多すぎてばれてしまうから、そのまま王都に留まったら『魔王』って呼ばれて色んな人間が殺しに来るし」

「最後には『聖女』が封印に来るし?私とんだどばっちりだね」

「覚悟して封印を施しに来たんじゃないのか?」

「こうなるなんて知らなかった。魔王を封印したら元の世界に戻してくれるって聞いたの」

「見事に騙されたな。…俺も人のことが言えないけど」


首をかしげる実兎花にベストリアは事情を説明する。どうせ時間は無限にあるのだ。二人は実兎花の世界の教室の机に腰かけながら話を続けた。異世界風なローブを着た実兎花にボロボロなローブをまとったベストリアがぽつぽつと語りかける、どこかシュールな風景である。


話が終わると実兎花は深く息をついた。


「どこの世界でも国が絡むと綺麗ごとではなくなるね」

「…みつは俺が怖くないのか?」

「怖い?」

「今まで非道なことをしてきた」

「…今のたく、いやえーと、ベスだっけ?ベスは非道なことだって分かったんだよね」

「…巽として生きりゃあな。おふくろにも、みつの世界からも随分と教えられた」

「……。自己満足かもしれないけどさ」


実兎花は向かいに座ったベストリアの肩を軽く叩いた。


「いっぱい、あやまろうね」

「…ああ」


ベストリアは頷き、そして手を組み、長い、長い間一心に祈り続けた。実兎花も自分たちが座っていた夢の世界が瓦解し、闇が二人を包み込んでも無言でベストリアに寄り添い続けた。



・・・


どれくらい時が経っただろうか、ふと、ベストリアの身じろぎが伝わってきた。どうやら夢の世界のメッキは剥げても再び闇に放り込まれたわけではなく、依然として実兎花の夢の領域にいたようで、「空間」と「存在」は残っていたようだ。


「みつ?」


囁くようにベストリアが呼びかける。


「うん?」

「ありがとう」

「…どういたしまして」


「…みつ」

「なーに?」

「…もし許されるなら、あの夢の続きを見たい」


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