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前編

「結界がもたない!ミツカ!」


「ミツカ様!今です!」


「聖女様!早く封印の術を展開してください!」


「聖女様!」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「たーくんー!あーそーぼー!」

「みっちゃん、なにしてあそぶ?」


八瀬はちのせ 実兎花みつか小河原おがわら たくみは幼馴染である。マンションのお隣同士な上、年も同じということで必然的に一緒に遊ぶことも多い。

また、巽の家が母子家庭のため、働きに出ている巽の母の帰りは遅い。八瀬家と小河原家の関係は良好なため、小さいころは実兎花の母が幼稚園に二人を迎えに行き、そのまま巽は八瀬家で実兎花と遊びながら母が帰ってくるのを待っていた。


やんちゃで活発な実兎花に対して、静かで控えめな巽だが、遊ばせると巽に引っ張られるのか実兎花も一緒に絵本を読んだりと落ち着いていることが多く、実兎花の母としても家事に集中できて助かっている。

リビングでごっこ遊びをして、定番の「あたし、たーくんのお嫁さんになるぅ―!」などというたわいないやりとりを大人たちは微笑ましく見守っていた。



同じ小学校に上がる頃になると、マンションにいる他の子たちと外で遊ぶことも増えた。マンションの傍には小さな雑木林もあり、実兎花たちは二人だけで「冒険ごっこ」と称しおっかなびっくり足を踏みこみ、お宝として鳥の羽や石を拾って数や見た目を競い合ったりしていた。


そんなおり、実兎花は林の奥で怪我をした白い鳥を見つけた。怪我といっても風切羽を数本折っただけで、飛べない小鳥を林に捨ててあった空箱にそっと入れて実兎花は二人で小鳥が飛べるようになるまで世話をしようと提案する。


「…それにしても真っ白できれいだねー」

「うん、ツグミかスズメかな?白い色は凄く珍しいと思うよ」

「たーくんは色々知っててあたまいいねー」


訳知り顔で説明する巽を実兎花はニコニコと見つめる。


「なんでこの鳥さんだけ白いのかなー」

「うーん…なんでだろうね」

「たーくんでも分からないことあるんだー」

「……」


クスクスと笑う実兎花に巽は言葉を詰まらせる。


「で、でも、調べれば分かるかも知れないよ!」


そう主張する巽に実兎花は深く考えずにうんうんと相槌を打つ。その翌日―――


巽の母親が珍しく早く帰った玄関先で見たのは、火がついたように泣きながら走ってくる実兎花と、うろたえながらその後を追いかける巽の姿だった。


「みっちゃん!どうしたの!?」


慌てて実兎花を抱き留めた巽の母親は、視界にふと映りこんだ息子の赤く染まった手にはじかれるように顔を向けた。


「巽!けがをしたの!?」

「ち、ちがっ…これ、鳥の…」

「鳥!?ちょっとどこで…ああ!あちこち触らないの!!口に入ったら大変でしょう!?」


泣き止まぬ実兎花の様子と母親の剣幕に押され、巽もついに顔をゆがめて泣き始めた。とにかく落ち着かせようと、巽の母は二人を部屋に入れてあれこれとなだめすかしてなんとか話を聞き出した。


怪我をした白い小鳥を二人で面倒見ようと約束したこと。今日になって実兎花が小鳥の餌にとお米を持って雑木林に入ると血に染まりバラバラになった小鳥を巽が手にしていたこと。


「ぼ、ぼくが見たときにはもう鳥が死んじゃってたもん!」


そう言いながらも息子の目が泳いでいることに巽の母親は気付いていた。

実兎花の母はどうやら買い物に出かけていて不在だったため、戻ってくるまで巽の家で待つことになったが、手をしっかり洗った後も実兎花は決して巽には近づかず、避けられる度に巽は泣きそうな顔になった。


実兎花の母が戻ってくると、巽の母は息子が迷惑をかけたことを詫び、事情を聞き出し改めてうかがうことを約束し、稚拙な嘘をついた息子に向き合うために静かに家に戻った。


一方の実兎花は母だけでなく、夕食前に帰ってきた父にも慰められ甘やかされ、久しぶりに親子川の字で眠ったおかげで悪い夢を見ることもなく目覚めを迎えられた。


(鳥さんのお墓作らないと…)


バラバラになった小鳥がそのままになっていたことを思い出し、実兎花はおもちゃ置き場の中から砂遊び用のスコップを掘りだし、学校に行く前に雑木林に寄ることにした。


雑木林には先客がいた。


「みっちゃん…」

「あら、みっちゃん、おはよう」


巽親子である。足元を見ると土が盛られていて白い花が添えられている。どうやら同じことを思って実行したらしい。よく見ると巽は目を真っ赤に腫らし、巽の母も目の下にうっすらとクマが出来ていた。


「ほら、巽」

「う、うん…」


背中を押された巽が遠慮がちに近づいてくると思わず実兎花は一歩下がった。それを見て巽はまた泣きそうな顔になりそれ以上近づくことなく頭を下げた。


「みっちゃん、鳥さんを殺してごめんなさい」

「…なんであんなことしたの?」

「と、鳥さんが、どうして白いのか知りたくて…」


なんのことはない、巽は実兎花の疑問に答えたい一心であんな暴挙に出たのである。

だが、大人に聞くでもなく、調べるでもなく、安易に命を奪った巽を、母親は簡単に許すことはなかった。

ほぼ一晩中、命の大切さ、奪うことの罪や業を説いた。人は生きていくうえで命を奪うことは避けられないため、その矛盾と責任をどう負うべきか、小学低学年には難しすぎる話でも、巽の母は丁寧に、巽が分かるように諄々と説き続け、そして巽も懸命に耳を傾けた。


「…鳥さんにちゃんとあやまって」

「う、うん!」


必死に頭を下げあやまる巽を見つめ、実兎花が考えた答えである。言葉を受けて巽は跳ね上がるようにして小鳥の墓の前にしゃがみこみ手を合わせた。


「鳥さん、鳥さん、ごめんなさい。痛くしてごめんなさい。殺しちゃってごめんなさい。鳥さんだってもっと生きたく…ふっ、ひっく」


一生懸命あやまっている最中に小鳥の心情を思いやったのかボロボロ泣き出す巽の横に、実兎花もしゃがんで手を合わせた。


(鳥さん、天国に行ってください)


小鳥にも行く天国があるかどうか分からないが、実兎花の精一杯の祈りである。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・



小鳥の事件以降少しぎくしゃくした仲もしばらくしたら戻った。ありがたいことに実兎花の両親も詳しい説明を受けた後も、物事を知らない子供のあやまちとして巽を気味悪がることなく許してくれ、それに対し巽の母は何度も頭を下げ礼を言った。


二人は変わらず仲良く遊び、順調に年を重ねた。

高学年の頃には、周囲の男子のからかいのこともあり巽は実兎花のことを「みっちゃん」ではなく「みつ」と呼びはじめたが、実兎花が「たーくん」呼びをやめるのは中学2年になってからである。


「たくー?今日一緒に帰ろうかー」

「ごめん、みつ、今日『○んだらけ』寄ってから帰るんだ」

「ふぉう!また?たく、お小遣いそれでよくもってるね!私も一緒に行っていい?」

「あーうん、まぁ、いいよ」

「なに?エッチなの買う予定だった?にひひ」

「ちげーよ!あーもう、行くぞ!」


成長した巽は小説雑学漫画と問わずに様々な本を読みまくり、一時期は転生や霊魂、宇宙などのオカルト関係を読み漁ったため将来を危ぶまれたが、なんとかややオタク寄りの文学少年枠に収まるようになった。実兎花はそんな巽からマンガや小説を強奪…もとい借りまくるちゃっかり少女になったようだ。


夕日でオレンジに染まる街を二人並んで歩く。

一旦は実兎花に抜かれた身長も中学に入ってからなんとか同じぐらいになったが、運動嫌いで少食な巽はヒョロっとした体型のせいで実兎花より小柄に見える。

濡れ羽色のまっすぐな髪を短く切りそろえた色白の巽に対し、髪にゆるい天パがかかっている実兎花は小学の頃は両サイドでツインテールに結び、中学になると一つにまとめてポニーテールに縛るようになり、より一層活発なイメージが強くなった。

中身も外見もどんどん対照的になってきた二人だが、それでも仲良くとりとめもない話をしながら歩く。


「あー来年から受験対策かー」

「だなー」

「たくはどこ受ける?」

「○高」

「一択?」

「近いから」

「ふーん、じゃあ私も○高」

「真似すんなよ」

「近いから」

「だから真似すんな」


ケタケタ笑う実兎花の頬をつねる巽。まさか2年後に二人して○高に進学し、変わらずお互いの教室に遊びに行ってはじゃれ合うことになるとは。


「幼馴染もここまで来ると腐れ縁だな…」

「んー?なにー?」

「聞こえてるだろ」


高校に進んだ巽は数学や化学に興味を持つ一方、マンガやフィギュアのコレクションも着々と増やし立派なオタクになった。対して実兎花は巽に引きずられた読書の趣味こそ継続しているが、ソフトテニス部に入り巽のように引き籠ることなく、本人いわく文武両道の秀才に育った。そう豪語するたびに巽にほっぺをムニっと引っ張られるのだが。


「あーそうだ、たく。今日親遅くなるからそっちで晩御飯食べていい?」

「飯ぐらい一人で食べれるだろ?」

「やだ。一人でごはんは寂しい」

「…しゃーねーな…。おばさんたち何かあったのか?」

「結婚記念日」

「そういや今頃だっけ…おまえんところマメだなー」

「んふふ、ラブラブよ。朝帰りしてもいいのにって言っておいた」

「やめろ」

「いいじゃん。そしたら私、たくの家に泊まるし」

「まじでやめろ」


耳を赤くして頬をつねろうと伸ばした巽の手を実兎花はひらりとかわし、素敵な捨て台詞と共に自分の教室へ消えた。


「御馳走準備して待ってるわー!あ・な・たん♪」

「いらねぇーよ!」


顔を真っ赤にして叫ぶ巽に級友は同情を込めたまなざしで見つめていた。


いつのころからだろうか、巽は実兎花に切ない視線を向けるようになり、実兎花の言動に過剰に反応するようになったのは。周囲にもだだ漏れてる巽の好意に、しかし実兎花は一向に気付くことはない。その原因の一つに実兎花の嗜好があった。


「何か見えるのか?」


夏のある日、校舎の窓から熱心に何かを見下ろす実兎花に巽が声をかけた。


「水泳部の練習がここからよく見えるん」

「…誰か好きなやつでもいんのか?」


巽はチリっと胸を焦がしながら何気なく聞いたが、その答えにドン引きする。


「いんや、裸体観賞」

「…は?」

「いひひ、皆引き締まってるのぅ、じゅるり。これでごはん三杯いけるね」

「……」

「たくー、ここ特等観覧席だから、他の奴にばらさないでよ!」

「ばらさねーよ…」


どうやら実兎花の好みは細マッチョゴリマッチョ問わず筋肉君のようで、中学には眼鏡をかけるようになり、身長もかろうじて実兎花より1、2センチ高い典型的もやしっ子のガリヒョロ巽は、実兎花にとっては恋愛対象外のようだ。


「たくもさー、鍛えろとは言わないけど、少しは外出てお日様に当たらないともやしになっちゃうよー」

「大きなお世話だ」


悪気なく投げられてきた言葉に抉られ、巽は家に帰ったら通販でダンベルでも買おうとひっそりと決意した。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・



高校2年の2月。


「みっちゃーん!おつかれー帰ろうー」

「ほーい」


部活の練習で帰りが遅くなった実兎花に同じ部活の子が声をかける。高校に入ってから帰る時間も合わなくなり、二人はすでにそれぞれの交友ができている。部活に入っている実兎花と違い、帰宅部でオタクの巽はあまり友人がいないようだが…。


「もーぅすぐチョコをばらまく日だねー」

「ふぉーぅ!ハッピーバレンタインー!」


女子高生の妙なノリでバレンタインの話をする実兎花と友人。やはりいつの時代でも恋のイベントは気になるものである。


「みっちゃん誰にあげる?」

「あー、水泳部にあげたいなー」

「え?好きな男子いるの!?」

「いんや、全員に。『夏はいつもごちになっております』って」

「みっちゃん、それ…ただの変態…ドン引きされるよ」

「…そっかー…そうだよねー…」


友人が盛り上がってくれれば、わりと本気で実行しようとした実兎花は駄目だしされシュンとなる。


「はぁー今年も結局チョコ二つかー」

「んん?誰?誰と誰!?」

「え、いや、パパと巽。いつもの義理チョコ」

「実は本命じゃないの?このこのぉっ」


背中に背負ってるラケットでつついてくる友人に同じくラケットで応戦しながら実兎花は答える。


「ないない!あいつはもうちょい筋肉増やさなきゃ」

「この筋肉馬鹿め!」


乙女たちの夜は更け、かくして巽は今年も市販のチョコを渡されガックリするのであった。


・・・


すべて世は事も無し。穏やかに時間は進み、二人は高校3年生になった。

ここでついに二人の進路は分かれた。


「たくー、県外の大学志望ってほんと?」

「ん、偏差値もクリアで、模試でAだったし、俺は△大に進みたい。みつは県内?」

「うんー。やっぱ地元がいいかなーって…。たく、ほんとに外行っちゃうの?」

「…ああ」


二人が住んでいる街は閉鎖的なわけではない。県外に進学する学生も多くいるが、なぜか巽の母には県外に進むことを反対され、実兎花も心なしか寂しそうにしている。

それでも興味を持った分野のカリキュラムや設備が充実している大学へ進みたい巽の決意は固く、受験勉強に打ち込む二人はほとんど会うこともなく年を越した。


1月。センター試験を控えた実兎花の携帯に巽からのメールが届いた。


『息抜きに星を見に行こう』


街の外れに小さな天文台があり、巽はそこに実兎花を誘ったのだが、受験前の大切な時期に体調を崩す可能性があるこの行動に実兎花は頭をひねった。


「よほど追いつめられた…か?」


それでも何かを感じた実兎花は巽に了承のメールを送る。両親には「息を抜きすぎるなよー」とからかわれただけで、すんなりと外出の許可は得られた。


「だのに、休館日ってどういうことよー!?」

「ごめん!ほんとごめん、でもほら、ここからだと星空綺麗だし」


平謝りの巽に全く最後まで締まらない、と実兎花は力が抜けそうになる。


「最後…?」

「みつ?」

「ううん、なんでもない」


実兎花は頭を振り、改めて頭上を見上げる。空にさえぎる雲はなく、冬の澄んだ空気の中、星がまばゆいほど煌めいている。しばし二人とも無言で星を眺めていたが、ふと実兎花は巽に声をかける。


「たく」

「うん?」

「県外に進んでも、また会えるよね」

「……」

「たく?」

「ほんとにそう思う?」


予想外に冷ややかな言葉に実兎花は巽を見やるが、暗がりで巽の表情は分からない。


「みつは、俺が県外に行って構わない?」

「たく…」

「外には、何もないのに?」

「え?」

「俺が行きたい○県って、みつは行ったことないよね」

「う、うん」

「だから、行けない」


何を言っているか分からず実兎花は立ち尽くすと、巽はふと後ろを振り向いて呼びかけた。


「八瀬 実兎花」


暗がりから進み出てきた人影が近付き、星明りでかろうじて誰か分かった。


「…たくのおばさん?」


巽の母親は無表情に巽を見つめたが、ふと視線を逸らし実兎花に手招きする。


「みっちゃん、おいで」


何かに誘われるように実兎花が巽の母に近づくと、瞬く間に二人は溶け込み一つの人影になった。

巽は深く息を吐き出し声をかける。


「おふくろ…いや、『本物の』八瀬 実兎花」


そこに立っているのは先ほどと寸分変わらぬ実兎花だったが、まとめていた髪をおろし、ローブのような妙な服をまとい、更には体から微かに光を放ち、表情には諦めが見えた。


「本物って言うけど、『みっちゃん』も実兎花には違いないよ」

「そうだろうな。でも、すべてを把握しているのは貴女の方だ」

「条件が揃わない限りはみっちゃんと同じ。何も『気付かない』よ」


どこか攻撃的な巽の物言いに実兎花は苦笑して答えた。


「そして条件は貴方が生まれてから一度も揃わず、今初めて私は『気付いた』の」


無言な巽に実兎花は続けて聞く。


「ねぇ、どこで気付いたの?」

「…高校3年からかな。勉強していても妙に内容が靄がかかったように入らなくなって…それでも模試でA判定もらったり、変だと思ってた」

「あーうん、2年から先の勉強は分からないからね、誤魔化すにも限界があったわ。それでも同じ町中、せめて同じ県内ならなんとかなった…かもしれないけど」


寂しそうに実兎花は巽に声をかける。


「私の『夢』はここまでだよ、たく。ううん、『魔王』」

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