家族になりました
あれは私が7歳の時だ。
片親で一人っ子だった私に父親と弟ができた。
幼いながらに、忙しなく働く母を少しでも楽させたいと自主的に家事手伝いをして、しっかり者の称号を色んな方面から認定され定着した時だった。
あの時は同年代のコよりも少し冷めた部分があったと自覚している。
「は、母に、どんな弱味を、握られたのです、か!」
まさか、初めての顔合わせでこのようなことを云われるとは勿論のこと思わなかっただろう。
父親になるヒトがとても驚いた顔で固まっていて、母はいきなりそんなことを云う私に焦るどころか肩を震わして笑っていて、弟になるコはキョトンとしていた。
なんで子どもの時の私がそのような発想をしたのかハッキリと覚えていないのだが、多分その時に放送されていたドラマに影響されたものだと思っている。
数秒固まっていた父親になるヒトが、困った顔から苦笑へ、そして柔らかい笑みで私の目を見て口にした言葉に。
当時は意味を理解できていないながらも、母を守らなければ!と強く誓ったのだった。
「ねーさん、ソレとって」
「ハイハイこれねー」
今日は母と父の再婚記念日だ。
結婚記念日で良いぢゃん、て話したらお互い再婚同士だから間違ってない!と父が力説してたからそれからはずっとこの名称。
そして弟は料理中。
私は助手だ。
新社会人になってもまだ実家暮らしだけど、私は幼い頃から家事全般は難なくこなせる。
だけど弟は幼い頃から家事全般が出来るわけではなかった。
きっと最初は私の真似事だったと思う。
しかし、だ。
弟の作る料理は美味しい。
何度か料理対決というバカらしいやり取りをしたのだが、同じ食材で同じ料理をしてもまったく味が違うのだ。
ハッキリ云って私の好みドストライクだった。
なので料理に関しては弟に一任している。
だって美味しいし。
「ちょっとねーさん、味見しないの!」
弟の目を盗んで食べたのにバレバレだった。
「やー、やっぱりあんたの料理好きだわ。ウマーイ、腹立つー」
「腹立つ、て…。愛情がこもってるからだよ?」
またそれ。
ぢゃあなんだ。
私の作る料理には愛情がこもってないとでもいうのか!
「愛情、ねぇ…」
「そう。ねーさんと僕とぢゃ、どういう想いをどれほど込めてるのかが違うんだ」
まぁ、確かに。
私は母さえ「美味しい」と心から云ってくれさえすれば他の誰かに何と思われようと構わない。
だからこそ、弟の料理は不特定多数で喜ばれるのだ。
「ん、完成!」
「お皿はこれで良いよね?」
阿吽の呼吸と云えるほど、私たちの連携は凄い。
うん、自分で云っちゃうよ!
私が取り出した大皿にありがとう、と人懐こい笑顔つきで受け取る弟。
作りたての料理をお皿に移し、これで完成だとテーブルに持っていく。
あとは母と父が帰ってくるのを待つのみ。
ちなみに二人は記念日デートだ。
50歳には満たないものの、40歳を越えてる親が意気揚々と出掛ける様は呆れを通り越して感嘆した。
二人とも実年齢よりもだいぶ若く見えるから可笑しいように感じないけどね。
よく、姉妹ですか?兄弟ですか?と聞かれるのももう慣れた。
「それにしても二人遅いね?予定では帰ってきてるはずなのに」
「どうせ、とーさんが帰りたくない、てごねてるんだと思うけど」
「変わらず仲が良いのもよろしいけどさー、もう少し周りの目を気にしてくれと思うわ」
冷めても美味しい料理ではあるものの、やはり温かいうちに食べたい、食べてもらいたいと思う。
最終兵器、電子レンジ、という手もあるけども。
それはやっぱり舌触りや味などが多少なりと変わると思う。
「折角の出来立てなのになー」
「仕方ないよ。今日ぐらいはとーさんの為に我慢しよう?」
実父だから肩入れしちゃうか。
私だって、母と父のどちらかを優先させないといけないときは迷わず母をとるからね。
「あんたの中では父が第一優先だもんね。…ファザコン」
ぢゃあ私はマザコンだ、て思いながら口にしたけど、弟は苦い顔をするだけだった。
結局、帰ってきたのは予定よりも二時間遅れ。
もちろんその間、親二人のために作られた美味しそうな料理に手をつけることはなく。
弟にお腹空いたアピールをしたら軽食を作ってくれた。
おねーちゃんはそれだけで胸が一杯です。
まぁ残さず食べたけどね。
そして今はお風呂から上がって自室でまったりタイム。
今日も良い日でした。
「ねーさん、ちょっと良い?」
コンコン、とドアを叩かれ外から弟の声がする。
こんな時間に珍しいな、て思ったけど部屋に招き入れる。
一瞬だけ弟が部屋に入るかどうか躊躇ったような気がしたけど何食わぬ顔で入ってきた。
ん、甘い香り?
「えっと予定から遅れてこんな時間になったけど…これ、よかったら食べない?」
そうして弟がローテーブルに置いたのはミニケーキだった。
ピースぢゃなくてホール。
しかも私が大好きな弟特製手作りケーキ。
でもいきなりなんだろう、と思って弟を見る。
とりあえず座るように施されて定位置のクッションに腰を下ろす。
弟は少し迷った後、真向かいに座った。
「今日はとーさんとかーさんの記念日かもしれないけど。でも僕とねーさんが出会った日でもあるから、その…」
「そっか!母と父は再婚記念日を過ごしたから、私たちは家族記念日を今から祝おう、てことだね!」
うーん、と煮え切らない返事を返す弟だが、目を合わせないから照れているに違いない。
家族想いの弟だけどそれを表に出すのが苦手なんだ。
「あ、でも家族記念日だったらやっぱり親も呼んで…、ん?」
善は急げと立ち上がったら弟に手首を掴まれる。
「今日は二人にしてあげよう?明日、また四人で祝ってさ」
「それならこのケーキも明日まで取っておかなくちゃだよね。…食べたいけど」
名残惜しそうにケーキを見てたらため息をつかれた。
食い意地が張ってて申し訳なく思いながら、しかし我慢するのだからそれぐらいは許して欲しい。
でも弟は立ち上がることはせず、掴まれている手首を引いて座るようにと施してくる。
その力がちょっと強めだったので逆らわず弟のすぐ隣に座った。
「え?ちょっと、ダメでしょ?」
「良いから口開けて?あーん」
おもむろにケーキにフォークを刺して一口分を差し出してきた。
母たちの分、と思いはしたのだが誘惑には勝てない。
餌付けされている気分になりながら、弟が差し出してきたケーキを口に含む。
ほどよい甘さとクリームの蕩け具合に頬が緩むのを隠せない。
「んー、美味しい!」
思わず出た言葉に弟は嬉しそうに笑った。
うん、良い笑顔だ。
「ほら、あんたも食べなね?私だけだと太っちゃう」
「もちろん食べるよ。はい、あーん」
食べると云いつつ差し出してくるのだが、私も食べなと云いつつ甘んじて受け取る。
今度はクリームのみではあるのだが、美味しいことに変わりはない。
「ん、ぢゃあ僕もいただきます」
ドーゾ、て意味で視線を向けると何故か頬に手を添えられ。
弟の顔が近付いてきたと思ったらそのまま唇同士が軽く合わさる。
理解できずに固まっていると唇を舐められ、頬に添えられていた手は後頭部へと移動。
思考から身体から硬直し尽くした私のせめてもの抵抗は口を開かないことだけ。
「強情だね?」
「…んっ」
離れたと油断した瞬間に、耳から鎖骨にかけての筋の部分をなすられる。
小さくでも声が出てしまったことに羞恥を感じてうつ向いたけど、それよりも先に弟から離れなくてはならないと思い付く。
でも逃がすまいと腕を捕まれ、立ち上がることが出来ないまま。
「な、なんで…!」
「ねーさん。確かに、こんな時間に来た僕が悪いかもしれないけど。でもね」
そんな格好をしてるねーさんが悪いんだよ?と困ったように笑われて、増して恥ずかしくなる。
私が自室で薄着でいようが誰にも迷惑をかけてはいないはずなのに。
捕まれていた腕側の指先に弟の柔らかい唇が触れる。
反射的に手を引こうとしてもそれを許してはくれず触れるか触れないかぐらいの優しさで舐められれば。
そんな経験などない私は簡単に顔が真っ赤になっていることだろう。
「ねーさん」
すがるような声を出して。
「ねーさん」
困ったように笑いながら。
「…好きなんだ」
ポツリと溢した言葉に、私は知らず首を振る。
「じ、冗談」
「なんかぢゃない。…好きなんだ」
「私たち、姉弟だよ?」
「義理のね」
「…家族なんだよ?」
「うん、そうだね」
「だから、えっと…その、だから」
「ねーさん」
今度は手の甲に唇が触れた。
まるで忠誠を誓う騎士のような場面に顔と云わず全身が熱い。
「連れ子同士は結婚できるんだよ?」
しかし弟のこの言葉に軽く冷静になれた。
下手な冗談を云わない弟が告白したことに関してとりあえずおいておいて。
結婚の話はないのではないかと。
なんかさ、こう…順序があるぢゃん!
「ねーさんのことだから、結婚、ていう言葉を出すのが早い!て思ってるんぢゃないかな」
ごもっともだ。
「でも、逆を云えばそれだけ本気なんだ。今は姉弟で家族だけども、少しだけで良いから僕を異性として認識して?」
ぞくり、と背中に電流が走る。
弟の甘えた声は出会った頃から苦手だった。
この声を聞くと無性に胸がかゆくなってしまう。
そんな状態では弟の目を見て話をすることは出来なくて視線を横に向けたまま頷く。
…あ、頷いてしまった!
途端に視界の端で見えた弟の笑顔にまた胸がかゆくなった。
「云っておくけど今まで姉としてしか意識してなかったから、すぐに異性として見るとか難しいと思う!」
少しでも安寧を得るために保険をかけておく。
「もちろんそれは理解してる。…だからさ、ねーさん」
不貞腐れながら云う弟がその表情を一変させてにこやかに笑った。
その笑顔に悪い予感しかしない私は、掴まれたまま離されない手首をどうにかして逃れようと躍起になる。
だからこそ反応が遅れた。
「今のうちに、意識せざるを得ないようにしてあげる」
え?、という声が出たか出なかった。
意識が手にいっていたせいで他を油断していた。
気付いたときには弟の顔は目の前にあり。
唇を割って入ってくるヌルリとした何かが目の前の弟の舌だと認識するまでに数秒。
逃げようとする私と攻めようとする弟のバランスが合わさり不覚にも押し倒されてしまう。
自分から逃げ道を無くしたことに気付いて。
支配されているかのように後頭部を支える手。
実際は床との間のクッションになってくれてるんだと思う。
なんて、逃げられないと理解した冷静な頭で考える。
キスで蕩ける、とかよく小説で読んでたけどイマイチわからない。
「…これはお気に召さない?」
「ぅ、うーん…」
唇が離され、それでも家族間の距離ではない近さで喋られるとむず痒い。
体勢はいまだに押し倒されている形だから、私に体重をかけないでこの体勢をキープしてるの辛くないかな、とか考える。
もうね、現実逃避したいんだ…。
「ぢゃあどんなのが好きか教えて?」
現実逃避するほど油断しきった頭にこの甘え声は反則だ。
思わず絶句していると身体を離した弟に起こされ正面に座らされる。
「ねーさん」
軽く啄むように触れる唇。
その度にチュ、という音が聞こえていたたまれなくなる。
何度目かのあと、次は不規則な長さで触れ思考がボーッとし始めた時分。
「やめな、いで…」
様子を伺うように顔を離した弟の二の腕辺りの服を掴み思わず声に出してしまう。
みるみるうちに赤くなって嬉しそうに破顔した弟の顔を見て、失言だったと気付いたのは再び唇同士が触れた後。
相も変わらず触れあう度にチュ、と鳴る音が恥ずかしくて。
「音、や、ぁ…」
少しだけ離れた隙に抗議する。
その際に思わず見てしまった弟の顔は、これでもかと砂糖をまぶしたかのように甘く。
「ん、わかった」
今度こそ、近付いてきた顔に逃げるという言葉は出てこなかった。
お読みいただきありがとうございました