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99話

                   7

「ハル!ハル!」

 ハルが鬼の子の前で、自分を指さしながら名前を連呼する。


「トロンボ!トロンボ!」

 すると、鬼の子も同じく自分を指さし、答える。


「トロンボ?

 ハル!トロンボ!」


 ハルが嬉しそうに、自分と鬼の子を順に指さす。

 すると、鬼の子も笑顔で頷く。


「へえ、トロンボっていうんだ。変わった名前だねえ。

 この子、トロンボっていうんだって。」

 ハルが笑顔でみんなの方に振り向く。


「名前が分ったぐらいじゃねえ。

 それだって、本当に名前かどうかも怪しいものだし・・・。」

 ミリンダは冷たくそっぽを向く。


「しかし、このままここへは置いていけないのじゃないか?


 ミリンダちゃんたちみたいに、瞬間移動出来れば、見える範囲の砂丘伝いに街まで、方向さえ判れば移動可能だろうけど、歩いていてはこの炎天下の砂漠だし、すぐに倒れてしまうだろう。


 さらに、あの巨大サソリが出るんじゃ、絶対に置いてはいけない。

 この子を保護する意味でも、連れて行くしかないだろう。


 但し、鬼という事もあり、ハル君が光る眼で操られている可能性もある。

 我々も操られてしまう可能性もあるから、慎重に接する様肝に銘じておこう」

 そんなミリンダとミッテランに、ジミーが小声で話しかける。


「仕方がないわね。連れて行きましょ。

 誘拐犯なんて、疑われなければいいけど・・・。」

 ミリンダも渋々頷いた。


「まあ、鬼の子供だし、人間じゃないから人間社会の法律は適用されないだろう。

 大丈夫さ。」

 ジミーが笑顔で答える。


「でも、どうやって連れて行く?

 私はこの長距離だと、2人までしか連れていけそうもないわ。


 そうすると、ホースゥさんに一人で移動してもらっても、ハル君はここから先の中継ポイントが分らないから、どうしても一人余るわよ。」

 ミッテランが困ったように腕を組む。


「それなら大丈夫よ。あたしがハルを連れて移動するから。

 帰りだから2度目になるし、それにハルが鬼の子・・・トロンボか・・・を連れて一緒に移動出来たんだから、あたしだって1人なら大丈夫なはずよ。


 やってみるわ。」

 ミリンダがドンと自分の胸を叩いて見せた。


 そうして、ハルがミリンダと手を繋ぎ、ジミーとトロンボがミッテランの元へと呼び寄せられた。


「ハルー、ハルー!」

 すると、トロンボがハルの方へ手を伸ばして、悲しそうに叫ぶ。


「ハル君と離れ離れにされると思っているのね。」

 ミッテランが困り果てた表情で、騒ぐトロンボを見つめる。


「仕方がないわね。ジミー先生と交替して。」


 ミリンダに促されて、ハルがミッテランの所へ行き、代わりにジミーがミリンダの所へやってくる。

 そうして、ようやく瞬間移動出来た。



 やはりホースゥが不慣れなせいか、微妙に移動地点がずれるので、毎回ホースゥを探すのに手間取り、やがて日が暮れた。

 暗闇での瞬間移動は危険なので、火を起こしキャンプを始めると、トロンボがミッテランの所へ近づいてきた。


「ダレマスエ、ダレマスエ!」

 差し出したその手の中には、数個のリンゴが乗っている。


「えっ?リンゴをくれるの?」

 ミッテランは差し出されたリンゴを一つ受け取った。

 次いで、隣に座っていたジミーもリンゴを受け取る。


「不思議でしょう、僕も昨日の晩にリンゴを貰いました。」

 たき火の向こう側に居るハルが、訝しがる二人に声を掛ける。


「ナパマスエ、ナパマスエ!」

 振り向いて、ハルの方へと近づいて来た時には、その両手の上には数本のバナナが乗っていた。


「あっ、今度はバナナだ。今朝もバナナを貰いました。

 ありがとう。」


 ハルは、トロンボからバナナを受け取り、皮をむいて頬張る。

 ミリンダとホースゥもバナナをそれぞれ受け取る。


「どこに隠し持っていたの?」

 ミリンダは、不思議そうにたき火の光に照らされる、トロンボの体をしげしげと眺める。


「どこにもカバンのような物もないんだけど、出てくるんだよね。

 でも、食べられるから安心して、幻とかじゃないから。」

 バナナを頬張ったままのハルが、みんなを促す。


「おいしい、本物のバナナじゃない。

 どんな仕掛けかしらね、まあいいでしょ。

 お返しに・・・。」


 ミリンダは自分のカバンの中から鶏肉の缶詰を取り出して、蓋を開けフォークを添えてトロンボの目の前に差し出した。


「食べてみて、おいしいわよ。」


 ミリンダがそう言いながら、缶詰の中身を食べる仕草を見せる。

 その姿を見て、缶詰を受け取ったトロンボが、フォークを握りしめて不器用に中身を口に入れた。


「スッパ!スッパ!」

 一口頬張ったトロンボはそう言うと、夢中で残りを平らげた。

 よほどおいしかったのだろう、缶詰の中の残った汁まで、舌で舐めだす始末だ。


「あーあ、まだあるから。そんなことすると、缶詰の口で怪我をするわよ。」


 ミリンダは、食べ終わった缶詰を無理やりトロンボの手から取り返すと、今度は魚の缶詰を開けて与えた。

 その缶詰もトロンボは夢中で食べだした。


 その晩は、ミリンダ達が持参した缶詰と、トロンボが差し出す果物で腹を満たして、交代で見張りに付きながら就寝した。

 翌朝も早くから移動を開始したが、S国に着いたのは、昼過ぎになってからだった。


「遅かったわね、心配したわよ。」

 ホテルのロビーへ呼び出されたマイキーが、無表情で話しかけてくる。


「済みません、私の瞬間移動が未熟なため、移動先が正確でないので、探してもらう時間がかかりまして・・・。」

 ホースゥが申し訳なさそうに頭を下げる。


「そんなことないわよ。最後になったら、もうほとんどあたしたちと同じ場所へ移動出来ていたじゃない。

 あれだけの長距離を自分だけとはいえ、瞬間移動できるのだから、最早免許皆伝よ。」

 ミリンダが、そんなホースゥを励ます。


「それはそうと・・・、それは何?」

 マイキーは、くるくる茶色の巻き髪に、全身青色で毛皮のパンツ一丁の子供に冷たい視線を向ける。


「トロンボ君と言って、彼が飛行機から見た時に、大きなサソリに襲われていた人・・・じゃなくて鬼の子か。


 言葉も通じなくて、戻る場所も分からないから、仕方がないので連れて来たんです。

 いろいろな国の言葉が分る、マイキーさんだったら何とかなるんじゃないかと思って。」

 ハルが、トロンボの肩に手を掛けながら、マイキーに紹介する。


「ダレマスエ!」


 トロンボは、そう言いながら笑顔でマイキーに向かって手を差し伸べる。

 その手の上には、リンゴが乗っている。

 もはや、あいさつ代わりになってきたようだ。


「いらないわよ。」

 マイキーは冷たく手を振って、リンゴを受け取ることを断った。


「私が習得しているのは、人間の国の言語であって、鬼の言葉なんかわからないわよ。

 それに・・・、困ったわね。

 今回も、敵は鬼なのよ。」


『鬼?』

 マイキーの言葉に、ハルたち一同が反応した。


「そうよ、だからこの間まで鬼と戦っていた、あなたたちにお願いしたんじゃない。」

 マイキーは当然とばかりの反応をする。


「だったら、尚更連れて行きましょう。

 この子の事も、何かわかるかもしれない・・・。」

 ハルの顔に笑みがこぼれる。


「でも・・・、危険が伴うわね・・・。」

 マイキーは浮かない顔だ。


「そうだ、トン吉さん。」

 ジミーがロビーでくつろいでいた、トン吉を呼び寄せる。


「彼、トロンボ君だけど、鬼に乗り移られた人たちみたいに、目が光って人を操るようなことをしでかさないか、見張っていてもらいたいんだが・・・・。


 魔物の君達なら感性が鋭いから、そう言った異常な行動を見つけやすいんだろう?」

 ジミーがトロンボには聞こえないよう、小声でトン吉に告げる。


「鬼の子という事で、先ほどから観察をしておりましたが、この子の目が光ったりするような行動は、見受けられませんでした。


 また、手の平から出すリンゴですが、どうやっているのかは分りませんが、突然空中から出現しているようです。」

 トン吉も小声で答える。


「まあ、今のところは危険性はなさそうだし、今後もトン吉さんたち魔物に見張ってもらうようにするから、トロンボ君を連れて行く事を許可してくれ。」

 ジミーがマイキーに向かって頭を下げる。


「鬼の子を、こんなところに置いて行く訳にもいかないし・・・・仕方がないわね。

 でも、ここはまだましだけど、私の国で鬼など見つけようものなら、大変なことになるわ。


 石を投げつけられたりするわよ。

 なるべく目立たないようにさせましょ。」


 マイキーの指示で、鬼の子には足元まで隠れるロングコートを羽織らせ、頭にはシルクハットをかぶらせて、大きなマスクとサングラスを付けさせた。


「これでいいでしょ、車は手配済みだから、このまま出発するわよ。

 もう既に、予定より遅れているのだから。」


 ロビーへ降りてきたメンバーたちと共にホテルを出ると、そこには大型バスと、幌付きのトラックが待ち受けていた。


「悪いんだけど、蜘蛛の魔物は荷物と一緒に、トラックの荷台に乗ってね。

 他のメンバーはバスよ。」


 マイキーの誘導で、手の平サイズのままの蜘蛛の魔物たち兄弟は、ぞろぞろとトラックの荷台へと乗り込む。

 ハルたちもバスへ乗り込もうとして、誰かが足りないことに気が付いた。


「ゴローは?ゴローはどうしたの?」

 ミリンダの言葉に、誰もが気づいた。


 そうして、トラックへ積み込まれようとしていた棺桶を下ろし、急いで釘を外してから蓋を開ける。


「参ったよ・・・、揺れなくなったから着いたのかなあと思ったのに・・・、全然蓋が開かないんだもの。

 そのうちに、立てたままでずっと動きがないから、どこかの倉庫にでも置き去りにされたんじゃないかと、それはもう心細かったよ。」


 ようやく解放されたゴローは、棺桶から上半身を起き上がらせたまま、ミリンダの胸元に泣き崩れる。


「よしよし、ごめんねえ。ゴローを棺桶から出すように言っておくのを忘れていたわ・・・。」

 ミリンダがゴローを慰める。

 なんだかんだ言って、いいコンビである。


 そうして、ようやく出発だ。

 バスは山道を、どこまでも進んで行く。


「私の生まれた国は、歴史の闇に埋もれた国なのよ。」

 車中でマイキーがマイク片手に、自分の生まれ故郷の説明を始めた。


『歴史の闇ー?』

 この言葉には、誰もが反応した。


「そう、元々は平和で戦争もない大国の隅の方で、のんびりと過ごしていたの。


 でも、私たちは他の地域の人たちと、大きく違っていたわ。

 不思議な力があって、その力で祈れば、畑も田んぼも豊作間違いなし。

 干ばつも洪水もない、豊かな自然の実りを甘受できるの。


 そうやって、少ない人口でも人並み以上の生活が出来ていたわ。

 いえ、私たちはそんなに贅沢を望まなかったから、生活レベルを向上しようともしないので、村の財政は潤う一方で、貯蓄だけが増えて行ったわね。


 ところがそんな豊かな生活の理由を探る、不逞な輩が出て来たのよ。

 私たちの秘密に気づいた奴らは、私たちをさらっては自分の農地を豊作にするよう、祈りを捧げることを強要したの。


 逆らえば殺されて、その遺灰を畑や田んぼに撒けば、それから50年は豊作が約束されるとまで言われていたわ。


 そう言った情報は伝わるのが早く、自国内や隣国だけではなく、遠い国からも私たちをさらって連れて行く人たちが後を絶たず、実に数世紀にもわたって、そう言った迫害を受けてきた歴史があるの。


 勿論、自国の警察機構に保護を求めたこともあったらしいけど、国として公に祈りの効果を認めるわけにもいかず、ろくな警備もしてくれなかったみたい。

 それが、ようやく理解されて、他国へ連れ去られていた人も戻す処置がとられるように決まったのが、最終戦争の直前だったのね。


 でも、それには条件があって、私たちの能力及び今までの経緯は公にはしない。

 また、1国に利益が集中しないよう、どこの国にも所属しない独立国となる事。

 などが取り決められたという訳。


 つまり、私たちの迫害の歴史を考慮して、外国へ攫われた人たちは戻してあげるけど、あとは自分の身は自分で守れといった具合よね。

 それでも、過去を思えば大変ありがたい事であり、各国の気が変わらないうちに、急いでその条件で締結したわ。


 おかげで今までの経緯はおろか、私たちの能力も公表できないから、どこかの国に保護を求めることも出来ないという訳。

 仕方がないので、隠密裏に仕事を成し遂げる、忍者の国へ依頼しようと日本へ向かったの。」


 マイキーの説明は、簡単なものだったが、それでもその不幸の歴史は衝撃的だった。

 もしかすると、感情を表に決して出さないマイキーの性格は、そう言った背景から来ているのかも知れないとまで、考えさせられた。


「へえ、大変だったのね。

 まさに歴史の闇ね。


 でも、元は小さな村だったのが、いきなり国として独立させられたんでしょう?

 どれくらいの広さなの?」


 バスの一番後方の席に座っているミリンダが、最前列のマイキーに届くよう、大きな声で質問をした。


「そうね、小さな国よ。

 大きさは・・・東京○ーム百三個分ね。」


『東京○ーム百三個?』

 バスの中のメンバー全員が絶句した。


「東京○ームってなによ、それが分らなくちゃ、百三個分がどれくらいか全くわからないわよ。」

 ミリンダが、大声で叫ぶ。


「日本で土地などの大きさの尺度に使う、一番有名な例えと聞いているわよ。東京○ーム・・・。

 だから、衛星を使ってまで正確に測量させて計算させたのに・・・。」

 マイキーは平然と返す。


「しかし、それが何のことか、おいらにもさっぱり。


 メートル法で行くと、どれくらい?

 何ヘクタールとか言ってくれると、おいらが説明できるよ。」

 ジミーがマイキーに改めて尋ねる。


「何ヘクタールなんて、知らないわ・・・。」

 マイキーは口をつぐんでそっぽを向いた。



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