98話
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「あ・・・あれ・・・、また?」
早朝から再開した瞬間移動先で、ミリンダが辺りを見回すと、ミッテランとジミーの姿は目の前にあるが、ホースゥの姿が見当たらない。
「ぎゃー!!!」
遥か彼方から叫び声が聞こえ、その方向から土ぼこりが上がり、段々と近づいてくる。
『ドドドドドッ』それは、地響きとも取れるような、重低音を伴ってやってきた。
「モンブランタルトミルフィーユ・・・暴風雷撃!!!」
ミリンダはホースゥのオーラを避け、土ぼこりの後方へ向けて魔法を唱える。
『キューン!』
悲鳴ともつかないような鳴き声を上げて、数匹の獣が吹き飛ぶ。
どうやら、コヨーテの集団のようだ。
平原の中の小高い丘を中継ポイントとして見定めたはずなのだが、ホースゥだけがコヨーテの巣のすぐ近くに移動したようだ。
「はぁはぁはぁ、あ・・・ありがとうございます。」
勢いよく丘へ駆け上がってきた、ホースゥの息は絶え絶えだ。
「瞬間移動できるなんて言ってしまいましたけど、私は足手まといですよね・・・。」
ホースゥは申し訳なさそうにうな垂れる。
「そんなことないわよ。
近距離の瞬間移動ならともかく、いきなり世界で長距離の移動だもの、移動先が多少狂うのも、最初のうちは無理もないわ。
それでも、段々と私たちの移動先と近づいてきているから、もう少しよ。
こんなものは慣れだから、続けて行きましょ。」
そんなホースゥに対して、ミッテランは問題ないと励ます。
「そうよ、がんばりましょ。」
ミリンダも、ホースゥの肩をやさしく叩いた。
「はい、ありがとうございます。」
ホースゥは、二人に対して深々と頭を下げる。
(うーん、やっぱり魔法を使いこなすっていうのは、簡単ではないんだなあ。
おいらなんか、念じてすぐに結果が出ないと、才能がないんだってあきらめてしまうけど、くじけずに失敗しても何度もトライするっていうことが、大事なんだなあ。)
ジミーは3人の姿を見て、そう感じると同時に深く反省した。
そんなことを何度も繰り返し、ようやくハルが移動したポイントへ辿りついた。
ところが、肝心のハルの姿が見当たらない。
「ハルー!どこなのー!」
ミリンダが声を張り上げて叫ぶが、周りには見渡す限り砂丘が続いているだけで人影は見えない。
「あっ、あそこは?」
ひときわ高い砂丘に昇って周囲を伺っていたジミーが示す方向へ、全員が駆けだした。
「ふうん、これはハルの仕業ね。
ここに居たことは間違いがないわ。」
それは、真っ白に凍りついた巨大なサソリの集団であった。
炎天下の砂漠にあって、未だに溶けていない強力な魔法である。
「これだけ凍ったままという事は、そんなに時間は経っていないわね。
でも・・・、どこへ行ってしまったのかしら。」
ミリンダが不思議そうに辺りを見回す。
しかし、視界の先は砂地だけだ。
「ここに居ると危険と判断して、ひとつ前の移動ポイントへ行っているのかも知れないわね。
日差しも強いし、何よりもこんな大きなサソリに襲われる危険性があるから。
まさか、日本へ帰っていることはないと思うけど。」
ミッテランが、辺りを見回しながら呟く。
「ハルが一人で帰ることはないわよ。
そうね、ひとつ前に戻って待っているのかも知れないわね。
行って見ましょ。」
ミッテランの提案通りに、4人は瞬間移動することにした。
「あれ・・・、ホースゥさんは?」
移動先は、緑の平原だった。
「た・・・、助けて、・・・わ・・・私は泳げませ・・・ん。あっぷ・・・。」
傍らから、弱々しい声が聞こえる。
よく見ると、50メートルほど先に小さな池がある。
ジミーは迷わず駆け寄って、池に飛び込んだ。
『ドッボーン!』それは、池というより水たまりに近かったかもしれない。
ジミーはすぐにホースゥの元へと近づき、両手で体を支える。
「ほ・・・ホースゥさん・・・、あし・・・・・」
「あっ、ありがとう・・・ございます・・・。あし・・・?」
ジミーに礼を返しながらも、言っていることの意味が分からない。
「足・・・、つくよ。」
ジミーは水の中で立って腰より上が出ている。
言われてホースゥが足を延ばすと、その先の固い地面に触れた。
直立すると、背の低いホースゥでも胸から上が水面から出る位の深さだ。
「は・・・はははっ・・・、すいません・・・。」
ホースゥは耳たぶまで真っ赤にしてうなだれた。
そうして、ジミーがホースゥの体を押し上げて、池から脱出させ、自分も勢いよく池から水しぶきと共に上がる。
「すいません、ずぶ濡れにさせてしまって・・・。」
ホースゥは改めて、ジミーに頭を下げる。
「大丈夫、全然平気だよ。」
ジミーは、自分のTシャツやジーンズの裾を絞りながら笑顔で答える。
ホースゥも自分の修行着の裾を絞り始める。
天候も良く、乾燥した空気なので、乾くのも時間はかからないだろう。
「それはそうと、ハルは?」
ミリンダが周囲を見回すが、ハルの姿はない。
「ここに、何か印があるわよ。」
ミッテランが、十メートルほど先で地面を見ている。
そこには、大きな矢印が描かれていて、それは平原の先にある林を指している。
日差しを避けるために、林の中へと避難しているのだろう。
急いでそこへ向かうと、木陰に2人が横たわってスヤスヤと寝息を立てていた。
「なによ、もう・・・。心配してたのに・・・。」
ミリンダがハルの姿を確認して、ほっとしたのか、少しうれしそうに笑顔で呟く。
「ハル君、起きてくれ。」
ジミーがやさしくハルに声を掛ける。
「う・・・うん?」
ハルが眠そうに、目を擦りながら目を開ける。
「ああっ、ジミー先生・・・、ミリンダ達も・・・。
迎えに来てくれたんですね、よかったあ。
でも、どうしたんですかジミー先生、ずぶ濡れで・・・。」
4人の姿を確認したハルが、嬉しそうに笑顔でみんなを眺めまわした後、不思議そうに尋ねる。
「あ・・・ああ・・まあ、色々とあってね。
それよりも、無事でよかった。
あんな大きなサソリ相手じゃ、大変だったろう。」
ジミーがハルの肩に、やさしく手を置きながら笑顔を向ける。
「はい・・・、サソリの相手も大変でしたけど、この子を連れて二人で長距離の瞬間移動の方が大変でした。
昨日の夜は、サソリに襲われることを警戒して、ほとんど寝ていないし。
それで・・・、ちょっと疲れちゃって、昼寝をしていたんです。」
ハルが、傍らの鬼の子へと視線を移して説明する。
「ああ、そうだ・・・。その子は?」
ジミーも、ハルの隣の全身が青く角が生えている子供を、不思議そうに眺める。
「分りません、飛行機から見たのは、この子がサソリに襲われている所だったのです。
助けることは出来たのですが、言葉が通じないし、どうすればいいのか分らなくて、仕方がないので連れて来たんです。」
ハルも弱った様子で告げる。
「でも、鬼の子だろ?
鬼といえば、この間まで必死で戦ってようやく封印した、いわば人類の敵じゃないか。
いくら子供でも、助けてはいけないんじゃなかったのか?」
ジミーが真剣な眼差しでハルの顔を覗き込む。
「でも・・・、人間にだっていい人と悪い人がいる様に、鬼にだっていい鬼と悪い鬼がいるかもしれません。
人を見た目だけで判断してはいけないって、いつもおじいさんから教えられています。
僕と一緒に居る時間は短いけれど、何も悪いことをしている訳ではありません。
それよりも、僕に食べ物を分けてくれました。
他のみんなは助けるのを嫌がっても、僕はこの子を助けます。」
ハルは真っ直ぐな目でジミーを見つめ返した。
「そ・・・そうだね。事情も知らず、おいらが悪かった。
すまん。」
ジミーが参ったとばかりに深々と頭を下げる。
「お腹が空いたでしょ、これ食べなさい。
昨日の晩だったら、大っきなステーキ肉があったんだけど、さすがにこの炎天下じゃすぐに腐ってしまうから、置いて来たわ。
歩くわけじゃないから、干し肉にすることも出来なかったしね。」
ミリンダは自分のカバンの中から缶詰を取り出して、ハルに手渡そうと差し出した。
「う・・・うん、大丈夫。ちょっとだけど、リンゴとかバナナとか食べられたし・・・。」
ハルは笑顔で首を振る。
「そ・・・そうなの。ま、ともかく無事でよかったわ。
一緒に戻りましょ。」
ミリンダが、缶詰をカバンに戻しながら笑顔で話しかける。
「うん。」
ハルも元気に答えた。
ハルが鬼の子を連れ、ミリンダ達と一緒に先ほどの中継ポイントへ瞬間移動する。
「この辺りには、どう見ても人家などないわね。」
「洞窟とかもなさそうよ。なにせ、砂ばかりで山とか丘もないもの。」
ミッテランに続き、周囲を伺うミリンダも、見渡す限りの砂ばかりの景色に絶句する。
「どうしようか、この子。
親もとへ送り届けるって言っても、周りにはそれらしいところがないし、かといって連れてはいけないわ。」
ミッテランが途方に暮れる。
「君の家はどこなの?」
ミリンダが鬼の子に尋ねる。
「チョボビラク?」
しかし、鬼の子の返事は意味不明だ。
「どこの言葉?ホースゥさん分る?」
「いえ、私にもわかりません。」
ホースゥは首を横に振る。
「色々な国の言葉を知っているホースゥさんも分からないんじゃ、どうしようもないわね。」
ミリンダもあきらめ顔で、ハルの方に目をやる。
「私が知っているのは、寺院へ避難してきた難民の方たちの言語ですので、あくまでもチベット周辺の国に限られます。申し訳ありません。」
ホースゥはすまなそうに肩をすくめる。
「マイキーさんなら世界中の色々な国の言葉が分るから、大丈夫ですよ。」
「だめよ、連れて行けないわ。
マイキーさんだって言葉が分るか怪しいものだし、ここから何百キロも離れた外国へ連れて行くより、見つけた場所に置いておく方が、この子がいた場所へ戻れる可能性が高いでしょ。」
ハルの言葉に、ミッテランは首を振る。
「でも、ここでは危険すぎます。
また、巨大サソリに襲われたら、今度こそ食べられてしまいますよ。」
少し離れた低地は、巨大サソリに襲われた場所だ。
それらから離れたとしても、危険が去った訳ではないのである。
「でも、全く言葉も通じないし、そうなると帰る家の場所も分からないのよ。
どうしようもないわ。」
ミリンダも、ハルの意見には否定的だ。




