97話
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「じゃあ、行きましょう。
一度に長距離を移動するから、最初の移動では私でも連れて行けるのは2人までね。
何度か繰り返せば、もう少しは増やせそうだけど・・・。」
ミッテランが少し不安そうに告げる。
「あたしも・・・、多分今回は自分だけしか移動できそうもないわ。」
ミリンダも、あまり自信がなさそうだ。
今までは、日本という狭い国の中で、しかも何回かに分けて長距離を瞬間移動してきた。
しかし、今回は世界だ。
ユーラシア大陸という広大な大陸を、瞬間移動して行こうとしているのだ。
当然のことながら、1回の移動距離は日本での時とは比較にならないくらい長いだろう。
彼女たちが不安がるのも無理はない。
「私は、自分だけであれば、瞬間移動できると思っています。
今まで、何度もミリンダさんに瞬間移動に連れて行ってもらったので、移動するコツはつかめています。
大丈夫です。」
ホースゥは、相変わらずポジティブで前向きだ。
「よーし、出発よ。」
ミッテランがジミーの腕を掴んで瞬間移動した。
次いで、ミリンダも中空へと姿を消す。
その次にホースゥも姿を消した。
「ミリンダ、大丈夫?」
移動先でミッテランが声を掛ける。
小高い丘の上のようだが、月明かりもなく真っ暗闇だ。
「ええ、ミッテランおばさん。あたしは大丈夫。」
すぐそばから、ミリンダの声だけが聞こえてくる。
「ホースゥさんは?」
「ホースゥさん!」
「・・・・・・」
ミリンダもミッテランも大きな声を出して呼びかけるが、返事はない。
(きゃあー)
すると、遥か遠くから悲鳴のような声が聞こえてきた。
『ピカーッ』その方向へ目をやると、真っ暗闇の中に閃光が走る。
そこには2本足の人影と、4本足の獣のような影が一瞬だけ映し出された。
「ホースゥさんじゃない?
あたし行ってみる。」
すぐにミリンダが瞬間移動した。
一瞬だけのストロボ映像のような場面を頼りに、瞬間移動したのだ。
「ンモー!」
「雷撃!!!」
移動した瞬間、突進してくる影に対してミリンダが魔法を唱える。
『ドーン!』瞬時に稲光に包まれたその影は、その場に崩れる様にして倒れた。
「大丈夫?ホースゥさん。」
ミリンダは、光の障壁に包まれているホースゥへ振り返る。
「あ・・・ありがとうございます。
ここへ着いたら、突然襲われて・・・。」
そこは、ミリンダ達が予定していた中継ポイントと、2キロメートルほど離れた平原であった。
先ほど見えた閃光は、光の障壁を作った時の光だったのだ。
倒れているのは、どうやら水牛のようだ。
彼らの縄張りの中なのかもしれない。
「おお、こりゃすごいねえ。」
ミッテランと共にその場に出現したジミーが、倒れている水牛を見て感心している。
「どうやら、こんな月明かりもない夜中では、瞬間移動は危険ね。
仕方がないわ、ここで野宿して明日朝から移動しましょう。
とりあえず、平原は危険だから、さっきの丘へ戻るわよ。」
ミッテランがジミーとホースゥを連れて、先ほどの丘へと瞬間移動する。
次いでミリンダが移動してきたが、何と先ほどの水牛も一緒に持ってきた。
「死んじゃってるし、折角だから、これ、食べましょ。」
「ああ、いいね。おいらがバラしてあげるよ。」
ジミーは持っていた軍用ナイフで、水牛のもも肉を器用に切り出した。
その日は、ステーキを腹いっぱい食べた。
「うーん、下手に動き回るより、迎えが来るまでここで待っている方がいいね。
多分、もう夜だから明日の朝になったら、迎えに来てくれるだろう。
最悪、僕一人だけなら日本へ帰れるんだけど、この子がいるしね。
さすがに距離が長いから、初めてだと誰も連れてはいけないよなあ。」
ハルはそう言いながら、暗闇の中で目を凝らしながら、薪になるような木片を探し回っていた。
そうして、1列に並べていく。
「えーっと、威力を弱めて・・・、燃えろ!!!」
ハルが唱えると、1本の木片が勢いよく燃えて、瞬く間に灰となった。
「うーん、だめか。もう一度・・・燃えろ!!!」
その隣の木片が、またまた瞬時に燃え尽きた。
「ひえー、駄目かあ。攻撃魔法だからなあ、燃え尽きてしまうよなあ。
威力を弱めて、火種位にしておいて、他の木に移したいんだけどなあ。
加減が難しいよ。・・・もう一度・・・・燃えろ!!!」
そういった事を何度も繰り返して、十数回目にしてようやく、木片がぶすぶすと燻る程度に収まった。
「プー!」
すぐにその木片の上に、他の木片をのせて、思い切り息を吹きかける。
すると、火種が真っ赤に赤熱し、その上の木片に火が移った。
ようやく、たき火が出来たのだ。
「ふう、ミッテランさんが魔法効果を弱めることを基礎訓練として、教えてくれたことを思い出すよ。
強くするばかりじゃいけないんだよなあ。
ミリンダは、極大火炎だって威力を弱めて、土砂崩れを起こしそうな山間を乾燥させることができたものね。
やっぱりすごいよなあ。」
上級魔法も極めたミリンダと違い、鬼たちと対立している間中、ハルは魔法の練習をほとんどしていなかったのだった。
鬼封じの剣を授けられたために、剣を使いこなそうと剣術の練習ばかりで、魔法の練習がないがしろになってしまっていたのだ。
それでも、魔法効果を最大限に引き出す鬼封じの剣があったために、鬼たちとの戦いでは問題がなかった。
更に、村の中でも強力な攻撃魔法を使える者は、ミッテランとミリンダに次いでハルなのだ。
魔法の練習よりも、苦手とする剣術を優先してしまったことも、無理はない。
苦手な分野はとりあえず置いておいて、得意分野を更に伸ばそうとするミリンダと、苦手分野を何とか取得しようとするハルと、同じ努力をするにもその対象が違うのは、個性と言えるだろう。
「まあ、大変だったけど、何とか焚火も出来たし、とりあえず一安心だ。
砂漠の夜は冷えるっていうし、真っ暗闇だと周りが見えないから、より危険だからね。
君も、もう少しこっちへ来て、火に当たった方がいいよ。」
ハルは、言葉が通じない鬼の子に対して、そう言いながら手振りで招く。
既に、肌寒さを感じる位の気温だが、パンツ一丁の鬼の子はさほど寒そうにはしていない。
それでも、ハルの手招きに応じて、たき火の近くへと寄って来た。
「何か食べるものがあると、よかったんだけど・・・。
僕のカバンがあれば、勉強道具の他に、非常食用の缶詰なんかも入っていたんだけど、残念だね。」
ハルは、残念そうにうな垂れながら、呟いた。
『グー!』食べ物の事を考えたせいか、ハルのお腹が鳴る。
「ダレマスエ!」
すると、鬼の子が何か言いながら、ハルに両手を合わせて差し伸べてきた。
よく見ると、その手の中に何か入っているようだ。
「えっ、り・・・リンゴ?
君・・・、リンゴを持っていたの?
それ僕にくれるの?」
ハルは、鬼の子から真っ赤に熟したリンゴを受け取った。
「おいしい・・・。」
一口噛んだ後、鬼の子も食べるかと思い返そうとしたが、鬼の子は別のリンゴを持って、それを食べていた。
「えっ、もう一つ持っていたの?
すごいねえ、どこに持っていたんだろう。
そのパンツには、ポケットなんかついてなさそうだけど・・・。」
ハルが不思議そうに鬼の子の姿を見回すが、カバンなど持っているようにも見えない。
「さっ、明日の朝まで、君は少し寝たほうがいいよ。」
たった一つのリンゴだったが、それなりに空腹を紛らすことは出来た。
ハルが鬼の子に対して、横になって寝るようなしぐさをして見せると、彼はそれに従ってたき火の前の砂地に寝そべり目を閉じた。
「ナパマスエ!」
「うん・・・・・。」
ハルが目を覚ますと、鬼の子がハルの顔を覗き込んで何か話しかけている。
「寝ちゃったんだ・・・。」
ハルが眠そうに目を擦りながら、辺りをうかがう。
既にたき火は消えかかって、白い煙をたなびかせているが、日の出が近いのか明るくなりかけているので、もう必要はないだろう。
ハルが起き上がって服に付いた砂を払っていると、鬼の子が右手を差し出してきた。
よく見ると、右手には黄色く細長いものが握りしめられている。
「バ・・・バナナ?」
ハルは鬼の子から1本のバナナを受け取る。
すると、鬼の子は左手に持っていたもう1本のバナナの皮をむき、ハルの目の前でそれを頬張ってから、右手の平を上向きにして、どうぞとばかりに数回上下に振った。
「食べろって言っているのかな?」
ハルはそう呟きながら、自分もバナナの皮をむいて頬張った。
鬼の子は嬉しそうに笑顔で、バナナの残りを口にする。
健康的な朝食を終えた後、ハルは辺りを見渡す。
しかし、そこにはバナナがなっているような木もなければ、リンゴの木もない。
オアシスどころか水たまりも小さな緑地さえもない、見渡す限り一面の砂地があるだけである。
「どこから持ってきているんだろうなあ。」
ハルは不思議そうに鬼の子を眺めるが、やはりカバンなど持っている様子はない。
すると、鬼の子はハルが食べ終わったバナナの皮を受け取ると、自分が食べた分と合わせて手の平で包んで揉みだした。
何をしているのか不思議そうにハルがその様子を見ていたが、やがてその手の平を開くと、バナナの皮は跡形もなく消えていた。
「えっ!て・・・手品なの?」
ハルは茫然とその両手を眺めるが、鬼の子は微笑みを返すだけだ。
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「先ほど右手にあった玉は・・・・?」
権蔵が右手を開くと、そこには何も入っていなかった。
「その玉は、このカップの中にあります。」
と言いながら権蔵がひっくり返した陶器のコップを持ち上げると、先ほど何もなかったはずのコップの中から、真っ赤な玉が出て来た。
「へえー、すごい。」
権蔵の鮮やかな手並みに、ハルもミリンダも大喜びで拍手を返す。
数年前の村祭りでの余興で、権蔵が披露した手品である。
幼いハルとミリンダにとって、権蔵が繰り出す手品はまさに魔法であった。
その後も、トランプを使ったカードマジックなどを披露して見せたが、それは、あくまでも種のあるものであり、実際に手の平にあった玉が消えて、コップの中へと瞬間移動した訳ではない。
権蔵自身は魔法が使えないわけだから。
手のひらサイズの大きな玉と見せかけて、実はスポンジの柔らかい玉を巧妙に隠して、あたかも移動したように見せかけていたのである。
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ハルの頭の中に、幼い時の記憶がよみがえったが、成長してから種明かしをされてがっかりしたものである。
瞬間移動ができるハルではあるが、自分の所に物を移動させてくる、いわゆる口寄せといったことは出来ない。
恐らく、ミッテランでも無理だろう。
あくまでも自分と一緒に、その周りの人や物を瞬間的に、イメージした先に移動するだけだ。
よく考えれば、鬼に乗り移られた仙台市市長が、戦いのときに西日本の市長たちを瞬間的に呼び寄せたのを見たが、彼らなら同じことが可能なのかもしれない。
それでも、移動させるべき人が、今どこで何をしているのか認識する、千里眼的能力も必要となるはずだ。
初めてミッテランに出会った時に教えられた、集団的魔法能力のように、意識を探ることができる人間の場合ならともかく、果物などの物体の存在を細かく認識できるものだろうか。
「ふーん、ま、いいや。難しすぎてわからないし・・・。
便利な能力があって、よかった事にしておこう。
バナナは、九州の町へ行った時に初めて食べた果物だけど、こういった南国ならどこかに生っているのかなあって思っていたら、やっぱりどこか近くにあるんだよね。」
ハルがにっこりとほほ笑みむと、鬼の子も微笑みを返す。
最初のうちはぎこちなかったが、だいぶ打ち解けてきた様子だ。
「さあ、でもどうしようか。
砂漠で日陰も何もない中で、日が昇ってきたら日中は暑くて持たないかなあ。
どこか、木陰でもあればいいんだけど・・・。」
ハルが、少し高くなった砂丘に昇って周囲を見渡すが、360度全てに渡って砂地が広がっているだけだ。
『ズサササー!』すると突然、背後の砂が盛り上がり、十メートルは優に超す巨大なサソリが襲い掛かって来た。
「燃えろ!!!」
ハルが、サソリに向かって右手を差し出すと、右手からほとばしった巨大な火の玉がサソリの頭を焼いた。
堪らずサソリは砂地に潜っていく。
と同時に、周囲から数匹の巨大サソリが出現して、鬼の子に襲い掛かる。
どうやら狙いは鬼の子のようだ。
「炎の竜巻、燃え尽きろ!!!」
ハルの体から発せられたいくつもの炎の玉は、渦を巻くように広がって行き、サソリたちに襲い掛かる。
頭部を焼かれたサソリたちは、すぐに砂の中に逃げて行った。
そうしてハルが周囲を見回すと、すっかり巨大サソリの集団に取り囲まれていた。
「数が多すぎるよ、これは、ちょっと厄介だねえ。
父さん、母さん、そしておじいさん、僕に力を貸してください・・・。極寒の息吹、白と化せ!!!」




