95話
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翌朝、早くから校庭は賑わっていた。
「よいか、ハルよ。魔法の力は強烈だが、そればかりに頼ると大きなしっぺ返しを受けることになる。
なんにでもすぐに魔法の力で対抗しようとはせずに、まずは、どうしてこのような事をしているのか、どうしてこうなってしまったのかを考えるのじゃぞ。
そうした上で、一番ふさわしい解決策を検討するのじゃ。
戦う事ばかりが正義ではない。
時には引いてみることも必要な場合もあるはずじゃ。
心しておくのじゃぞ。」
ハルじいがハルの頭をやさしく撫ぜながら、目を見つめて真剣に話しかけている。
「はい、分っています。
魔物さんたちのように、人間と仲良く暮らしたいと考えていたにもかかわらず、永い永い戦いになって双方ともに死に絶えそうになってしまったという、僕たちの村の例もあります。
この間の鬼たちとの戦いだって、もう少しお互いに歩み寄ることができれば、別の結果になっていたのかもしれないと、最近考えています。
まあ、話し合いに持っていけそうな場面は、全くありませんでしたけどね。
今度こそ、うまく対応して平和的な解決が出来たらいいと考えています。」
ハルじいに対して、ハルは真っ直ぐな瞳で答える。
「おお、そうか・・・。うんうん・・・、頑張るのじゃぞ。」
ハルじいは目に涙を浮かべながら、何度も頷いた。
「せっかく戻って来たのに、お前たちはすぐにあちこちへ出かけてしまい、のんびり落ち着くことも出来ないようだな。
だがしかし、お前たちの帰るところは一つだぞ。
必ず元気で帰ってくるのだぞ。」
三田じいが、ミッテランとミリンダの見送りに来ているようだ。
「分っているわよ。すぐに帰ってくるから、安心していて。」
いつものように、フリル付スカートのワンピースドレスに身を包んだミリンダが、心配そうに見つめる三田じいに、そっけなく答える。
「父さん、鈴の事は私に任せてください。」
ミッテランが真剣な眼差しで三田じいを見つめ返す。
三田じいは、大きく頷いた。
『ハル兄ちゃん、ミリンダ姉ちゃん、行ってらっしゃい。』
肉親との挨拶を終えたハルとミリンダを、子供たちが囲む。
「うん、ありがとう。
ヒロ達も、元気で勉強するんだよ。」
「あたしたちは教えられないけど、魔法の勉強もしっかりね。」
『はい!』
ハルとミリンダの言葉に、子供たちは大声で返事を返した。
「家族や友達ってのは、いいもんだな。」
スパチュラが子供たちに囲まれた、ミリンダの元にやってきた。
「うん、スパチュラちゃんだって、お母さんとちゃんと別れのあいさつを済ませて来たでしょ?」
「うん、まあ、あたいの場合は・・・、兄貴も一緒だし、あまり心配してはいないさ。」
「そうね、きっと空港で待っているわよ。」
ミリンダの言葉に、スパチュラは笑顔で答える。
「ゴローさんもホースゥさんも、二人に関しては、あまり心配ないとは思うが、万一という事もある。
油断せずに、気を付けて行動してくれ。
そうして、必ず元気に帰ってくるのだぞ。」
権蔵はそう言いながら、ゴローの左肩をポンポンと軽く叩いた。
「はい、身内でもない僕に生活の場を与えて下さったこと、決して忘れません。
必ず帰ってきます。
そうして、恩返しします。」
ゴローはそう言って、権蔵の両手を握りしめる。
「い・・・いやいや、そんなつもりで帰って来いと言っている訳ではない。
ゴローさんたちがいてくれたおかげで、一人暮らしのさびしい老人の生活が一変した。
本当に楽しい毎日だった。
一緒に居てくれるだけで、充分に良かったんだ。
だから、恩返しなどと考えずに、どうかこの老人の為にも帰って来ておくれ。」
「はい、分りました、必ず帰ってきます。」
「私も、この旅が終わったあとの行き先は、自分では決めることは出来ませんが、どこへ行くにしても、必ずごあいさつに戻ってきます。約束いたします。」
ゴローに引き続き、ホースゥも涙ぐみながら権蔵に答えた。
「隊長、どうして同行するのが我々ではなく、このレオンなのですか?
私はどうしても納得できません。」
こちらでは、トン吉の前に馬面の人型魔物が仁王立ちして、行く手を塞いでいる。
その隣にはキリン児他、屈強な魔物たちが並んでいるようだ。
「おいおい、隊長はよしてくれ。トン吉だ。
お前たちにはこの村の事を頼む。
お前たちがいるから、わしが安心して遠い外国まで行けるのだ。
だから、しっかり守ってくれ。
更に仙台市や西日本の都市に関しても、それぞれの地区に居る魔物たちと連携して、人々が安心して生活が送れる様にするのだぞ。
お前たちにしか出来ないことだ、よろしく頼むぞ。」
トン吉はそんな馬吉たちをやさしく諭す。
「わ・・・分りました。
レオンよ、トン吉さんの事をよろしく頼むぞ、どんなことがあっても、お前が身を挺してでも守るのだぞ。」
馬吉は涙ながらにレオンに訴えかける。
「へい、レオンにお任せください。必ずやり遂げます。」
レオンは任せろとばかりに、その小さな胸をドンと叩いて見せた。
「では、天田先生、土田先生、学校の方はよろしくお願いいたします。
特に天田先生は、魔法学校と両方掛け持ちですから大変でしょうが、頑張ってください。」
ジミーが留守をお願いする先生たちに挨拶をしているようだ。
「はい、任せてください。」
スーツ姿でなければ、生徒と見分けがつかない程童顔のかわいらしい女性が、笑顔で答える。
「大丈夫ですよ。ジミー先生が帰って来るまで、この学校はしっかりと守って見せます。」
ジミーより少し若くみえる男の先生も、任せろと言わんばかりだ。
見送る方も見送られる方も、初めて聞く外国での冒険という事が、どのような結果をもたらすのか分らないため、双方ともに不安を隠せないようだ。
あるものは至極明るく、あるものは今生の別れのように名残惜しむ。
「では、そろそろいいかしら。
飛行機の時間もあるので、ここでお別れよ。」
尽きることない別れの時を断ち切る様に、無情の合図が下る。
そんなマイキーの後ろには、耳たぶまで真っ赤に染めた神田と神尾が、半ば意識を失い気味に茫然と立っている。
よく見ると、彼らの頬には真っ赤な印が付いている様子だ。
キスマーク?ジミーはサングラスをずらして目を擦りながら、もう一度確認をしたが、周りのみんなに気づかれないように、すぐに視線をずらした。
「じゃあ、所長には内緒なので、いつもの研究所裏のグラウンドではなく、仙台市の入口に車を待たせてある。
そこへも瞬間移動できるかい?」
ジミーが少し心配そうにハルたちに尋ねる。
「大丈夫です。仙台市は何度も行っているから、僕たちもミッテランさんも、何ヶ所も移動ポイントとして認識しています。
行けますよ。」
ハルの言葉に同意するように、ミリンダもミッテランもこっくりとうなずく。
そうして、ミッテランを中心にみんな集合し、瞬間移動した。
仙台空港は、市の入口から車で1時間ほどの場所にあった。
「西日本の都市との行き来が多くなって、最早フェリーでは間に合わなくなったので、大阪の空港を真似て仙台の空港も復活させたのさ。
どうせ、戦災の瓦礫が残るだけだから、仙台市のすぐ近くに設営する案も出たのだけど、やはり資材の面を考えると、一から作るより破壊されていても旧施設を復旧させた方が簡単だという事になり、旧空港を整備したものだ。」
ジミーの紹介と共に視界に入って来た空港は、1本の滑走路と管制塔と見えるのっぽの建物があるだけの、簡素なものだった。
空港など軍事目的にも使用可能な施設は、戦争開始当初から目標とされたようで、数本あったと想像される穴ぼこだらけの滑走路跡が周囲に残されている。
使用可能な滑走路も、爆撃の穴をコンクリートで埋め直したと見え、色違いの継ぎはぎのようで痛々しく感じられる。
そこには、既に迷彩色の塗装を施された飛行機が待機していた。
3台の車に分散して乗った一行は、ターミナルビルと書かれた建物の前で車を降りる。
といっても、建物と言えるような施設は、この縦長の建物だけしかない。
「一寸、マイキー。」
建物の中へと入ろうとしたマイキーを、ジミーが呼び止め、マイキーを連れて少し皆から離れる。
「どうしたの?」
マイキーは少しも慌てずに、なまめかしい視線でジミーを見つめる。
「あれはちょっとやりすぎたんじゃないのか?
あんなことをしたら、二人ともいらぬ期待をして、帰った後でひと騒動起こるぞ。」
ジミーが真顔で注意をする。
先ほどの神田と神尾の、キスマークのことを言っているのだろう。
「ああ、あれ・・・?
ほっぺたでもいいから、チュウーをってねばるから・・・。
でも、二人とも目をつぶらせて、頬にマジックで唇の形に描いてあげただけよ。
そりゃ、少し息は吹きかけてあげたけど・・・、何にもしてはいないわよ。
一緒に仲間の人たちもいたから、きっと今頃みんなに笑われている頃ね。」
真剣な表情のジミーに対して、マイキーは余裕の笑みを浮かべている。
周りに聞こえないように話しているので、顔と顔が近い。
「あ・・・、ああ、そうだったのか。
勘違いをした。」
ジミーがほっとしたように、マイキーを解放する。
「なによ・・・、や・き・も・ち?」
マイキーは、意味深な笑みを浮かべたまま、みんなの元へとゆっくりと帰って行く。
「ば・・・馬鹿を言うな。
不謹慎な行為を注意しようとしただけだ。」
ジミーは顔を真っ赤にして否定する。
「喧嘩・・・かなあ。珍しいよねジミー先生が・・・。」
ハルが心配そうに、そんな二人の姿を見つめている。
「そんなんじゃないわよ。ちょっと怪しいわね、あの二人。」
ミリンダは浮き浮きしたように興味津々といった表情で、二人の様子を追っている。
一行は、荷物を抱えて建物の中へ入って行った。
といっても、通関するわけでもなく、土産物屋に立ち寄るわけでもない。
そのまま無人の1階フロアを通り過ぎて、滑走路へと歩いて行くだけだ。
施設を囲む塀があるわけでもないので、建物を迂回して直接滑走路へ行っても構わないのだが、そこは気分的なものだろう。
そこには既に、巨大な黒い塊が待ち構えていた。
のっそりと毛むくじゃらの黒い塊が、一行の姿を認めて動き出す。
「よう、待ってたぜ。」
「蜘蛛の魔物さん、お久しぶりです。」
ハルが元気にあいさつする。
「おお、ハル君か。久しぶりだな。
ミリンダちゃんも元気そうだ。スパチュラも居るじゃねえか。」
蜘蛛の魔物は上機嫌の様子だ。
「後は、アンキモ親分だけね。まだ来ていないのかしら。」
マイキーが寄ってきて、辺りを見回す。
すると、空から2つの影が降りてきた。
「お控えなすって、あっしはアンキモ一家の飛び太郎というケチな野郎でござんす。」
「同じく、飛びの助でございます。」
2体のトビウオ系魔物がマイキー達の目の前に降り立ち、仁義を切った。
「長い道中の為、アンキモ親分は縄張りを離れられないという事で、あっしら2名に参加を命じられました。
親分からは、くれぐれもよろしく伝える様、申し付かっております。
それに、親分よりもあっしらの方が、地上の空気にも慣れておりますんで・・・。」
飛び太郎が深々と頭を下げる。
2体共に、ガーゼのマスクを二つ繋げて顎へと回し、エラを保護している。
地上に慣れていると言いながらも、銀次の時に所長が考えた対策は、必須の様子だ。
「じゃあ、これで全員揃ったという訳ね。飛行機に乗り込むわよって・・・ちょっと待って。」
輸送機の後部の貨物積み込み用のハッチが下り、スロープを形作っている。
「輸送機っていうから、前方がパカンと開いて、戦車とか積めるタイプと思っていたのだけど、これじゃ蜘蛛の魔物が乗れないじゃない。」
マイキーの言うとおり、輸送機後方の搬送用ハッチは数メートルの幅しかなく、足まで含めると優に十メートルは楽に越える横幅の蜘蛛の魔物には厳しそうだ。




