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93話

いよいよ新章開始です。

                  1

 年が明け、まだまだこれから厳寒の季節へと向かう、道東の元は釧路市という都市があった地域。

 最終戦争とも言えるような、世界中を巻き込む戦火に曝され、生き物は全て死に絶えたと目されていたこの大地にも、わずかながら生き残った人々がいた。


 人々は極寒の厳しい自然環境に耐え、コロニーという集団社会を形成して行った。

 文明の利器と言えるようなものが全て失われた中で、魔法という新たな力を得た人々は、魔物との戦いを乗り越え、大地が沈みこんでしまいそうな爆弾の脅威を押しとどめ、更には人類滅亡を願う鬼との戦いにも勝利した。


 この物語は、そんな人々の冒険とも言えるような、日常を描いた物語である。



『ガラガラガラガラ』新学期の教室の扉を開けたのは、濃紺のスーツ姿に身を包んだ、長身の美女であった。

 膝上20センチのタイトなスカートから突き出た、すらりと伸びた足がなまめかしい。


「おはようございます。」


 彼女はそのまま教壇へスタスタと歩み寄ると、日直の号令を待たずに挨拶をした。

 長い金髪が、教壇に触れる程頭を下げている。


「ま・・・マイキー・・・さん。」


 その姿を確認したミリンダは、すぐに担任であるジミーの身を案じて、廊下の方へ振り返る。

 同じく昨年、3学期の始業式の日を思い出したのだろう。

 ところが、教室の入り口にはジーンズ姿のジミーの姿があり、逆に驚いてしまった。


「き・・・起立!」

 ジミー先生がマイキーに続き、教壇へ向かった時に、慌ててハルが立ち上がって号令をかける。


「気を付け、礼!」

『おはようございます。』

 ハルの号令の下、先生も生徒も一斉に挨拶を交わしてお辞儀をする。


「みんなも知っているとは思うが、彼女は仙台市警察の潜入捜査官、マイキーだ。

 今日は、彼女の方からみんなにお願いがあるという事で、朝会の時間を使って話してもらう事にした。


 3学期の始業式だから、冬休みの宿題の提出が主で、午前中は授業があるわけじゃないから、いいだろう?」

 ジミーの紹介を受けて、マイキーが一歩前へと出る。


「マイキーよ。」

 と言って、いつものポーズをとる。


「今日は、変装用のマスクもカツラも付けていないので、余りじろじろと見ないでね。

 素顔を見つめられるのは、恥ずかしいわ・・・。ぽッ。」

 そう言いながら、マイキーは顔を赤らめる。


 しかし、変装用のマスクと言っても、マイキー本人の顔型のマスク以外を付けている所は見たことがない。

 つまり、いつもと変わらぬマイキーの顔ではないのかと思うのだが・・・、何が違うのだろう。


 さらに、カツラを付けていないと言っているが、ではその金髪は・・・?

 染めているのだろうか・・・、謎は尽きない。


「ゴローさんもホースゥさんもいるのね・・・。

 なおさら都合がいいわ。」

 マイキーは、消息不明になっていたゴローの姿を確認して、満足そうに頷いた。


「ゴローさんは冬休みも終る頃になって、ようやく戻って来たんです。

 戻って来てくれてよかったー。」

 ハルがうれしそうに笑顔で答える。


「いやあ・・・、やはりダークサイドの魔法の影響が強すぎて、復活に思いのほか時間がかかってしまったのと、あんなことをした後じゃ帰りにくいってこともあって、復活したままカメの中でじっと考え込んでいたんだ。


 一緒に入れてくれていた寄せ書きを何度も何度も読み返して・・・、ようやく決心がついた。

 少し恥ずかしかったけど、帰ってきてよかったと思っているよ。」

 ゴローは顔を赤らめながら、後頭部をポリポリと掻いた。


「去年は出席がほとんどなかったから、ゴローだけ留年になりそうって言われていたけど、3学期だけの出席で進級できるのかしらね。」

 ミリンダが、少しふてくされ気味に付け加える。


「えーっ、そうだったのかい?で・・・でも・・・、ミリンダちゃんがいない教室なんて・・・。」

 それを聞いたゴローが、慌ててジミーの方へ目をやる。


「大丈夫、冗談だよ。

 ゴローさんは学校へ行ったことがないから中学生をやっているけど、実際の知識は高校生レベルを超えているからね。


 だから、常にこの学校での最高学年で勉強することは、構わないんだよ。」

 そんなゴローに、ジミーは笑顔で返事を返す。


「あ・・・ありがとうございます。」

 ゴローは、その言葉に感動したように、何度も何度も頭を下げた。


「いいわよねえ、千年以上も長生きしていれば、別に勉強なんかしなくったって大抵の知識は身に付くものね。

 どうしても基礎知識として四則演算の技術が必要な、算数以外は全く問題がないもの。


 歴史に関しては、先生よりも詳しいし・・・あたしも永遠の命があれば・・・って、いらないけどね。

 馬鹿にはなりたくないから。」


 ミリンダのつぶやきに反応して、喜び勇んで勢いよく立ち上がろうとしたゴローであったが、最後の言葉を聞いてすごすごと、席に座りなおした。


「でも・・・、そう言えばホースゥさんはどうしてこの学校に残ったんですか?


 鬼たちもちゃんと封印出来て、ホースゥさんの目的は達成できましたよね。

 3学期になっても一緒の授業を受けていて、不思議だなあって思っていたけど、早くチベットに帰れって言っているように聞こえたら困るので、聞けなかったんです。


 学年の途中だから、最後まで受けようとしているのかなあと考えていましたけど、中学卒業までは一緒に勉強しようとしているのですか?

 それとも、何か都合が悪くなって、帰りにくくなってしまいましたか?」


 ハルが、少し言いにくそうにホースゥに問いかける。


「そう・・・そうよ。あたしも思っていたけど・・・、なかなか口に出しては聞けない内容よね・・・。

 あっ、でも気にしないでね、ハルにはホースゥさんを追い出そうっていう気は全くないのよ。」


 ミリンダもハルの言葉に相槌を打ちながら、なんとかフォローしようとする。


「いえ、全然平気です。

 そうですか、日本に残っている私の事を気にかけてくれていましたか。

 お気遣いありがとうございます。


 鬼の件に関しては、チベットの私の師匠もお大変喜び、私のみならず、日本の皆さんのことも高く評価していただいています。

 それで、どうしてチベットへ帰らないのかといいますと、もちろん、この美しい国が好きになってしまったのは本当です。


 しかし、私は修行中の身、自身で進退を決めることは出来ません。

 ここに今あるのは、あくまでも私の師匠からの指示です。

 実は、西の方で大きな黒い影が暗躍しているそうなのです。


 その黒い影の暗躍を収めるために私は西へと向かわなければならないのですが、この地へ留まれば自然と西へ赴く道が開けるという師匠からのお告げです。

 その為、私はここへ留まる事に致しました。」


 ホースゥは、少し微笑みながら答える。

 ハルたちの気遣いがうれしいのだろう。


「へえ、そうなんだ、よかったあー。


 鬼たちを退治するのに時間がかかりすぎたとか・・・、お師匠さんに怒られていたらどうやって言い訳しようかと、ずうっと考えていたくらいですから・・・。


 そうじゃなくて、日本が気に入って残りたいと思ってくれたのなら、良いと思い込もうとしていたのですけど・・・。」

 ハルはほっとしたように、胸をなでおろした。


「ふうん、ここに居れば自然と道が開けるねえ・・・。

 朝のお勤めのお祈りをしている時に、チベットの師匠と心が通じてお告げが聞こえるっていうやつよね。


 鬼を退治してから結構時間が経っているけど、今回のお告げを聞いたのはいつなの?」


「封印の儀式も滞りなく済んで、落ち着いた後に、今後について伺いましたから、昨年の9月位でしたかねえ。」

 ホースゥが、そういえばとでも言いたげに宙を見つめながら答える。


「えーっ?じゃあ、もう半年以上経っているじゃない。

 ここでのんびりしているうちに、その黒い影の暗躍を止めるのが間に合わなくなっているかも知れないわよ。」

 ミリンダが、心配そうに慌てて捲し立てる。


「大丈夫です。

 私がこの地に留まれば、いずれ西の地へ行く道が開けるという師匠からのお告げに、間違いはありません。


 私が未だにこの地に居るという事は、西の地の黒い影も、まだ大した活動をしてはいないのでしょう。


 かえって、そのお迎えが来た時の方が、事の重大性が増した時期として危険と考えています。」

 そんなミリンダに対して、ホースゥは平然と答える。


「相変わらずの、ポジティブ思考よねえ。

 それはそうと、マイキーさんの話ってなんなの?

 お願いって言っていたけど、あたしたちで出来る事?」


 ミリンダが思い出したかのように、今度はジミーの方へと向きを変える。


「ああ、そうだったね。実はおいらも内容は知らないんだ。

 じゃあ、マイキー、話してくれ。」


 ミリンダの問いかけに対して、事情を知らないジミーはマイキーを押し出した。


「話せば長い事なんだけど・・・・。」

 教壇の前に立ち、マイキーが言葉を選ぶように、話し始める。

 教室の中の一同の視線が、マイキー一身に注がれる。


「あなたたちに、冒険の旅に参加してほしいのよ。」


『ぼ・・・冒険の旅ー?ど・・・どこでー?』


「どこって・・・・、私の生まれ故郷よ。」

 驚いたみんなに対して、マイキーはぽつりと答える。


「生まれ故郷って・・・マイキーは仙台市生まれじゃなかったか?」

 マイキーの答えに、ジミーが首をかしげる。


「それは、日向舞としての私の履歴よ。

 いわば、仮の姿のね。


 私の本当の生まれ故郷は、ヨーロッパは永世中立国S国の隣のドンラェチッイス共和国。

 といっても、あの最終戦争が始まる、ほんの2週間前に独立した国だから、あなたたち日本の人々は知らないでしょうけど。」


「えーっ、仙台市生まれじゃないどころか、日本人でもなかったのー?

 マイキーとはここ数年の付き合いだけど、全く知らなかった。」

 これには、ジミーも驚嘆の声を上げる。


「30ヶ国もの言語を操ることと言い、只者ではないと思っていたけど、外国人だったのね。


 どうりで・・・、日本人離れした発想の持ち主と思っていたけど、やっぱりねえ。

 というと・・・、その金髪こそが地毛という訳ね・・・。」


 ミリンダがそう言いながら、マイキーの頭のてっぺんからつま先までを舐め回すように見直した。


「い・・・いや・・・、日本人離れというより、マイキーさんの普段の言動は、僕がこれまでに会った、どの国の人よりも吹っ飛んでいるよ。」

 ゴローは小さく首を横に振る。


「まあ、この事を知っているのは、仙台の先々代の市長だけだったわ。

 近代科学研究所の所長も知らなかった様で、話したら驚いていたわね。


 つまり、今でもここに居る皆と所長以外は、全く知らないことよ。

 そうして今、私が生まれた国は、始まって以来の危機を迎えているのよ。

 その危機を食い止めることができるのは、冒険者だけなの。


 私は、忍者の末裔が住むこの国で、試練に耐えうる冒険者をスカウトしようと、派遣されてきた者なの。

 でも、来て見てがっかりだったわ。

 普通の人々が普通の暮らしをしていただけだったもの。


 仕方がないので、魔物たちの方がましと思って、魔物収容所でよさそうなのを見繕っていたら、ハル君たちがやって来たという訳。

 小さいのに魔法の力があって、将来有望に見えたわ。


 まだまだ力不足には感じたから、本国には無理を言って成長の度合いを伺っていたの。

 でも、待っていたかいがあったわ、ハル君もミリンダちゃんも十分に勇者と言えるまでに成長したわ。


 加えてホースゥさんやミッテランさんにゴローさんという、既に完成の域に達した超能力者も居る。

 これこそ、私が望んでいた完璧な布陣よ。


 さあ、私と一緒に来てちょうだい。」

 みんなの反応を知ってか知らずか、マイキーは淡々と話し終えた。


「来てちょうだいって・・・、突然言われてもねえ・・・。」

 ミリンダが頭を抱える。


「S国の隣の国とおっしゃいましたよね・・・。ならば、日本から西に当たります。

 では、マイキーさんが生まれた国というのが、師匠が予言していた黒い影が暗躍している国という事でしょうか。


 そうであれば、私は参ります。」

 ホースゥは嬉しそうに手を挙げる。


「ぼ・・ぼくは・・その・・・、マイキーさんやマイキーさんの国の人たちが困っているんなら、助けに行かなくちゃならないとは思いますけど・・・。


 でも、どういった事が起きているのですか?

 強力な魔法使いが魔法の力でそこらじゅうを破壊して回っているとか、あるいは大きな怪獣が暴れているとかですか?」


 ハルが問いかける。

 それはそうだ、何が起きているのかも判らず、自分が行って役に立つかどうかも不明なのだ。


「一緒に来れば分るわ。

 ハル君たちの力が必要な事なの。


 この事は、仙台の所長も了解済みよ。

 勿論、ジミーの出張も承知してくれたわ。」

 ハルの問いかけに、マイキーの答えは意味深であった。


「ハル君たちだけじゃなくって、おいらもかい?」


「もちろんよ。それに強力な魔物も数匹連れて行きたいわね。」


「まあ、おいらが一緒なら、ハル君たちの勉強も見ることができるから、ありがたいんだが・・・、しかし魔物も一緒となると、かなり大掛かりだね。」


「そうね、既に米軍機で送ってもらう事で、話はついているわ。

 彼らにとっても、ようやく見つかった友好国という事で、協力は惜しまないと言ってくれたわ。」


 ジミーの問いかけに、相変わらずマイキーは淡々と話す。


「そうか、で?いつ出発するんだい?

 準備に結構な日数がかかりそうだけど、来月早々といったところかな?」


「明日よ。」

『明日ー!!!』

 マイキーの答えに、一同唖然として開いた口が塞がらなかった。



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