92話
12
中箱は、剣と共に葛籠の中へと納められた。
「これで、あとはどこか人目に付かない場所に保管するのがいいのだが・・・、やはり中部の村にある沼の洞窟が一番いいだろうと思う。
古くから、鬼たちを封じ込めていた場所だからね。
今回は竜の化身が現れたことで発見されてしまったが、もうそういった事は起きないだろう。
そこで、封印の儀式を取り計らう手配を進めよう。」
所長はそう言いながら、無線機に向かった。
「すごいわねえ、神様の韋駄天を倒してしまったんでしょう?
いったいどうやったの?」
ミリンダが、ジミーとゴローの顔を何度も見回しながら尋ねてきた。
「いやあ、ゴローさんのおかげさ。
ダークサイドっていう、物理法則が反転する世界を作り出したんだ。
それで、韋駄天の動きが鈍ったから、おいらのマシンガンの弾に当たったという訳。
ゴローさんがいなかったら、どうなっていたことか・・。」
ジミーは今更ながら、ゴローの放った神秘の力の存在を、ありがたがった。
「彼らは僕の両親の仇でもありますからね。
僕も究極の技で対抗しました。
一つ分かったことがあるよ、ミリンダちゃん・・・。」
ゴローは少し誇らしげに答えると・・・。
「実は、ダークサイドに包まれると、物理法則が反転するのだけど、どうやらその人の頭の回転も反転するみたいだね。
ジミーさんに言わせると、ダークサイド中の僕は難しい数式を書き並べて、1人納得していたらしい。
ずいぶんと頭がよくなっていたという訳だね。
ということは、普段の僕の頭の回転は・・・ハハハハ・・・。」
ゴローはそう言いながら頭をかく。
(やれやれ、折角あのことは内緒にしておいてやろうと思っていたのに・・・、自分から話してしまうんだものなあ。人の気も知らないで・・・。)
ジミーは、そんなゴローを見て1人ため息をついた。
「ふうん、ダークサイドってすごい魔法ね。
ゴローって魔法は使えないって言っていたけど、やっぱり持っていたのね。
奥の手というやつよね。」
ミリンダは感心したように、ゴローの顔を見つめる。
「うん、ダークサイドは、僕もこれまでに1度しか使ったことはない、極限の魔法なのさ。
でも、この力を使ってしまうと、僕自身の体を保っていられなくなってしまう、いうなれば文字通り命を懸けた最後の手段だ。
これを治すには、美女の生き血が必要となる。
しかも、僕と心を通じ合わせている美女の生き血が・・・。」
ゴローはそう言うと、ミリンダに手を伸ばして引き寄せる。
「ばかね、何を言っている・・・。」
その手を跳ね除けようとしたミリンダだったが、ゴローの緑色に輝く瞳に魅入られ、全身の力が抜けたかのように、ぐったりとゴローの腕の中に崩れ落ちる。
「ゴローさん、やめて。」
「止めるんだ、ゴロー君。」
周りのみんなは、口々にゴローを止めようとするが、金縛りにあったかのように、一歩を踏み出せないでいた。
「ご・・ごめん、ミリンダちゃん。」
ゴローの牙がミリンダの首筋に触れようとする。
「ごろー・・・、やめて・・・お願い・・・。」
ミリンダの頬を一筋の涙が伝い落ちる。
すると・・・・ふと我に返ったのか、ゴローは慌てて抱きかかえているミリンダを、そっと床に置いた。
「わっはっはぁ!い・・・いやだなあ、本気にしちゃった?
ヒーローは常に孤独なものなのさ。
・・・・・どれだけ思いを寄せても、美女と結ばれることはないのだろう。
ぼ・・・ぼくも、両親の仇が討てて良かったです。
これで、この地に留まる理由は亡くなりました。
む・・・昔のように各地を放浪する旅に出るとしますよ。
では、さようなら。お元気で。」
絞り出すように、ようやく話すと、ゴローは勢いよく塔の階段を駆け下りて行った。
「ゴローさん、戻ってきて・・・。」
「ゴローさん・・・。」
ようやく自由になったハルとジミーが、後を追いかけて階段を駆け下りて行く。
「ミリンダ、大丈夫?」
ミッテランが床に横たわったままのミリンダの元へと駆けよる。
「ミ・・・ミッテランおばさん・・・。
だ・・・大丈夫・・・よ。」
ミリンダは、何とか意識を取り戻した様子だ。
「多分、ゴローさんですよ。」
塔の入口の外に散らばった、一面の灰色の粉を掻き集めながら、ハルが涙ぐむ。
見慣れた、いつものゴローの遺灰というのだ。
「どうやら、ダークサイドの魔法を使うと、体を維持していられなくなるというのは、本当の事のようだね。
その灰は、どうするんだい?」
「いつものように、大きめのカメに入れて、見晴らしのいいところに埋めましょう。
何時か分らないけど、ゴローさんが復活するかもしれないから。」
「そうだね、そうしよう。」
ジミーも頷く。
「でも、もし復活したとしても、あたしたちの所へは戻ってこないんじゃないかしら。
そうならないよう、ゴローを引き留める贈り物をカメに入れておくってのはどう?」
いつの間にか、ミッテランに付き添われて、ミリンダも下りてきていた。
「うん、いいね。名案だよ。」
ハルも大きくうなずく。
「兄貴・・・。」
外ではスパチュラが、空を見上げながら目には涙を浮かべている。
よく喧嘩をしたようだが、やはり家族なのだろう。
そんなスパチュラの姿に気づいたミリンダが、急いで駆け寄り、慰めようとする。
その時、空から無数の黒い雨が降ってきた。
「まるで、蜘蛛の魔物とゴローさんの涙雨ってところだな。」
その雨粒を確認しようと差し出したジミーの手のひらに落ちてきたのは、黒い塊だった。
「うん?こ・・・これは・・・、蜘蛛?」
それは、手の平よりも小さめの蜘蛛だった。
空から、無数の蜘蛛たちが降り注いできたのだ。
『どうやら鬼たちの攻撃は、わしの体の連携を解除したようだな。
バラバラになって、元の姿になってしまったが、生きているぞ。』
たくさんの小型蜘蛛の姿に戻った蜘蛛の魔物の兄弟たちが、口々に話す。
「兄貴たち・・・。」
その姿を見て、スパチュラは涙を流して喜んだ。
一緒に居るミリンダも嬉しそうだ。
「しかし、長年あの巨大な姿で権威を保っていたのだが・・・、元へは戻れないものか・・・。
とりあえず、集合!」
掛け声の下、小さな蜘蛛たちは一斉に一塊となる。
3百数十匹の手のひらサイズの蜘蛛たちが積み重なって、巨大な塊を作り出した。
『えーっと、こうかな?おりゃ!!!』
次の瞬間、まばゆいばかりの光に包まれたかと思うと、なんと巨大な蜘蛛の魔物の姿に復活した。
「やったぜ、元に戻った。」
意外と簡単に復活出来て、蜘蛛の魔物は嬉しそうだった。
「もともと、魂の寄せ集まりの魔物たちが、更に集合して巨大な姿に変わったのだ。
元の個々の姿に戻っても、もう一度念じれば巨大化しても不思議はないさ。」
その姿を見ていた所長が、嬉しそうに解説する。
「ふうむ・・・、もう一度念じれば、またバラバラの集団に戻ることも出来そうな気がして来たぞ。
便利な機能を身に付けたようだな。
ミリンダちゃんよ、小さな蜘蛛の姿であれば、スパチュラ同様瞬間移動できるのだろ?
今度から、移動する時はばらけた状態で瞬間移動して、目的地で巨大化すればいいだろう。
そうすれば、約束に遅れたり、早すぎることもない訳だ。」
蜘蛛の魔物は、新たに身に付いた能力に対して、上機嫌の様子だった。
「そ・・・そりゃそうだけど・・・、でもいくらサイズが小さいって言っても、3百匹以上いるんでしょ?
ミッテランおばさんだったら別だけど、あたしには連れて行く事は無理よ。
十回以上も瞬間移動を繰り返さなきゃならないもの。
しかも、体中に蜘蛛をまとって移動するのでしょう?
いやよ!」
ミリンダは、蜘蛛の魔物には聞こえないくらいの小さな声で、ひとり言のように呟いた。
「じゃあ、わしらはこれでお暇する。」
ひと騒動あって落ち着いた後、大きな食料を詰め込んだリュックを携えて、蜘蛛の魔物たちとアンキモ1家が去って行った。
翌週の月曜日には、封印の儀式が中部の村で執り行われた。
ミッテランの瞬間移動で葛籠ごと移動ポイントであるふもとの平野まで移動し、そこから山の稜線へ瞬間移動。
その先は、力自慢のトン吉が担いで運ぶのだ。
「ありがとうございます。
これで、長老を正式に弔う事が出来ます。」
長老の遺灰が入ったツボを受け取った、瑞葉の父が深々と頭を下げる。
既に、墓石は長老宅の庭に準備されていた。
どうやら、両親が眠る地に長老も眠ることになりそうだ。
「そうですか、長老さんも安らかに眠られるでしょう。
それで・・・、封印の儀式の準備は、進んでいますか?」
所長は、少し心配そうに尋ねる。
なにせ、鬼たちとの決戦の後始末で忙しく、手配をお願いしただけで、その後の確認は何もしていないのだ。
封印の塔に緊急入院させていた、3名の患者さんたちをハルたちに頼んで、元の家へと送り返し、付き添い看護をしていた医師と看護師も元の配属先に戻し、更には運び入れた設備を回収し・・と、やらねばならないことは山積の状態であった。
それらを片付けた後、ようやく封印の儀式を執り行う事が出来そうなのである。
「はい、西日本の都市から自衛隊の方たちが見えて、沼の隣に大きな穴を掘った後、沼の水を吸い上げてその穴に移し終った所です。」
別の男性が答えてくれる。見覚えがある、桔梗の父親だ。
そうなのだ、沼の水を処理する時間短縮の為に、所長は西日本の都市に連絡して、自衛隊を派遣してもらっていたのだ。
村人たちと共に、村の奥にある沼へと行くと、そこはしめ縄が張られた厳粛な雰囲気がする場所へと変わっていた。
「これは・・・、あなたたちが・・・?」
所長は、その厳かな雰囲気に目を見張っている。
「はい、儀式を執り行うと聞いていましたので、それなりの飾りつけをさせていただきました。」
桔梗の父親は、周りを見渡しながら答える。
「ありがとうございます。お心遣い感謝いたします。」
所長は、深々と頭を下げる。
沼へ目をやると、巨大なくぼみと化した底の方に、封印の洞窟の入り口が見えている。
「では、さっそく儀式に取り掛かりましょう。」
所長は、沼の縁にしつらえた祭壇に向かい、早速持ってきた大幣を持ち祝詞をあげる。
「・・・・かしこみかしこみ・・・・・・。
では、葛籠を洞窟の中へ・・・。」
所長の指示で、トン吉が葛籠を持ってゆっくりと洞窟の中へと入って行く。
洞窟の中まで、松明が焚かれているのだ。
トン吉が洞窟を出て、くぼみから上がってくる。
「では、水を戻してください。」
『キュイーン・・・ガリガリガリガリ・・・・』所長の合図とともに、けたたましい爆音が鳴り響く。
発電機のエンジン音だ。
同時に、くぼみの底まで垂らされた太いホースを伝って、水が送り込まれていく。
やがて、水はくぼみを満たし、元の沼に戻った。
「これにて、封印の儀式は終了です。
ご協力、ありがとうございました。」
所長は、手伝ってくれた村人たちと、西日本から派遣されてきている自衛隊員の両方に向けて、深々と頭を下げた。
自衛隊員は、重機で掘り返した横の穴を埋め始めた。
これで、鬼たちを封じることができるだろう。
竜神も、人間たちが封じ込めた鬼を、神々が干渉して助け出すようなことはしないだろうと言っていた。
「韋駄天は別次元へ飛ばされただけで、倒された訳ではない。
すぐに復活するはずだ。
しかし、鬼たちが封印されてしまえば、もうお前たちに干渉することはないだろう。」・・by竜神。
つまり、我々人間たちが、再び誤って封印を解かない限り、鬼が復活することはない。
幾世代も経た後で、再び同様の事が起きないように、今回の事件を記録した大きな石碑を作って、この沼のほとりに建立する予定だ。
ようやくこれで終わったのだ。
ハルたちも、ようやく肩の荷が下りたと言った風で、表情も明るくなってきたようだ。
その夜は、長老の通夜がしめやかに行われ、ハルたちも参加した。
「じゃあ、瑞葉さんたちは、これから仙台市へ移り住むの?」
翌日、長老の告別式の後片付けをしている最中、うれしい言葉がミリンダにも告げられた。
既にミリンダは身長も低くなり、元の中学生の風貌に戻っている。
「うん。まずは、長老さんの49日が済んでからだけどね。
父さんたちは、この地へ流れて来ただけで、先祖伝来の土地という訳でもないから。
世話になった長老さんの顔を立てて村で暮らしていたけど、その長老さんが亡くなってしまった今では、村に居続ける理由もないからって・・・。
村人たち全員が、仙台市へ移り住むことになったの。
でも、私や桔梗は小さい時に旅が始まって、ようやくこの村へ辿りついて、この村の生活の方が長いから・・・、真っ暗な洞窟を出て住める土地を探し回っていたのだけど、魔物たちの目を避けながらの旅は、良い思い出はなかったわ。
この村へ来て、ようやく安定した平和な暮らしが出来たの。
だから、本当は少し残念な気もするけどね・・・。」
瑞葉が、少しさみしそうに・・・それでも笑みをたたえながらミリンダに打ち明ける。
「でも、良かったじゃない。
仙台へ行けば、瑞葉さんたちも学校へ通えるわよ。
それに、瞬間移動ですぐに行けるから、いつでも会えるわ。」
ミリンダは、瑞葉の両手を自分の両手で包み込みながら、何度も振って喜んだ。
「うん、とりあえず試験はあるけど、秋に仙台市へ移り住んだ後、3学期から中学3年生と一緒に授業を受けて、来春からは桔梗と一緒に高校1年生だって。」
瑞葉が明るく答える。
「本当は、みんなミリンダちゃんのいる北海道に移り住みたかったの。
そこだったら、中部の村とそんなに変わらない、農家の暮らしができるでしょ。
でも、高校がないって言っていたから、村のみんなも気を使ってくれたみたい。
でも、都会暮らしには慣れていないから・・・そう考えていたら、仙台市の北の村に移住が決まったのよ。
そうして、あたしと桔梗だけ仙台市の寮に住んで、高校へ通う事になったの。」
細かな事情を瑞葉が、補足する。
「へえ、楽しみね。」
ミリンダは、瑞葉たちの仙台市での新生活の模様を想像して、心躍らせているようだ。
無事に告別式も終わり、ハルたちは北海道へ戻ることになった。
「じゃあ、2ヶ月後に迎えに来るわね。」
ミリンダは瑞葉たちにひと時の別れを告げる。
次に来る時は、村人たち全員が仙台市へ移住するのを迎えに来る時だ。
村人たちに見送られて、村を後にする。
移動ポイントまでの2日間ほどの道のりは、険しい山道でもあり長く感じられたものだった。
しかし、この道を通ることも、残りわずかなのだ。
夜になって就寝前に行われる課外授業も、いずれ懐かしく感じられることだろう。
「じゃあ、本日は数学の授業だ。」
夕食後のたき火を囲んだ席で、ジミーが教科書を開く。
「えーっ、またあ・・・。
ここの所、数学と国語ばっかりじゃない。
いい加減、他の授業がいいわ。
保健体育とか・・・、無理なら、ミッテランおばさんもいるから、魔法学校の課外授業とかはどう?」
対するミリンダは、連日の数学漬けに食傷気味の様子だ。
「仕方がないだろう、中学ではおいらの担当は国語と数学なんだから。
しかし、ここでばっちりやっておけば、戻ってからは地理とか科学とかの授業ばかりになるぞ・・・。」
ジミーがそんなミリンダを慰める。
「ほ・・・保健体育ばかりが良い・・・。」
キャンプしながらの課外授業がいい思い出となるのは、当分先の事の様である。
「ゴローさん、遅いねえ。」
既に釧路の村では寒風吹きすさぶ寒さに包まれていた。
年も変わろうという季節の中、高台にあるゴローの遺灰を埋めた場所を、定期的に確認に来ているのだが、盛り土には掘り返された痕跡も認められない。
「まだ、雪が積もっていないからすぐ確認できるけど、雪が降り出したら厄介ね。
いったん溶かさなきゃ、分らないから。
ゴローだって、雪に埋もれていたんじゃ、復活しても這い出て来るにも苦労するわよ。」
ミリンダが盛り土に花を手向ける。
墓石などない、只の盛り土である。
彼らに言わせると、ここはゴローの墓ではなく、ただ、ゴローが少しの間眠りについているだけの場所なのだ。
その為、決して墓石など準備しようなどとは考えていない。
「でも・・・、復活したとしても・・・、戻って来るかなあ。
一人でどこかへ行っちゃうんじゃない?
あんなことをした後じゃあ、みんなに顔を合わせづらいでしょ。」
ハルが不安そうに呟く。
「大丈夫よ、その為に色々と書いて、一緒に埋めたでしょ。
喜んで戻って来るわよ。」
ミリンダは、高台からの広大な原野の景色を眺めながら、自らを納得させるかのように答えた。
「ゴローさんへ、必ず戻ってきてください。そうして、また昔の話を聞かせて下さい。ハル」
「ゴローさん、早く帰ってきてください。寂しいです。ホースゥ」
「ゴロー君、戻って来てくれ。もう、君を実験材料にしようとはしない。だから、戻って来てくれ。所長」
「ゴローさん、3人だけの生徒では寂しいです。早く戻ってきてください。ジミー」
「ゴロー君、ミリンダにしたことについては、もう怒っていません。だから、戻ってきて。ミッテラン」
「ゴロー、あの事はもう気にしてないから、すぐに戻ってくるように。あたしがあまりに魅力的だから、つい・・・ってところでしょ。許してあげるわよ。ミリンダ」
ゴローの遺灰を埋めた大きめのツボの中には、みんなが書き込んだ寄せ書きが添えられている。
完
鬼たちとの戦いも、2回戦までやってしまいましたが、鬼編はこれで終了です。
次回からは、新たな構想で続いていきますので、ご期待ください。




