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90話

               10

 その日は、遅くまで警戒に当たっていたが襲撃の気配はなく、ハルたちは交替で眠りにつくことになった。


「なんか、興奮して眠れそうにないわね。」

「だめだよう、ちょっとでも寝て置かなくっちゃ、大事な戦いのときに眠くなったら大変だよ。

 魔力も半減しちゃうよ。」


 5階フロアのパーテーションで仕切られた居住空間のベッドで、ミリンダは高揚して赤みを帯びた顔色をして、目をきらめかせている。


 休息時は、安全の為に封印された5階で、交代で休むのだ。

 おかげで、5階入り口の封印を外しては再封印という事の繰り返しで、ミッテランは休む間もなしといったところのようだ。


「だってえ、いつもだったら夜の休憩時間に授業があるでしょ。

 そうすると自然と眠気が襲ってきて、そのまま朝まで眠れるのよ。

 ところが、今回だけはいつ緊急事態となるか分らないから、勉強そっちのけで待機でしょ。


 そう言った意味では、勉強もある意味必要かなあなんて・・・フフフ・・。

 外へ行って、スパチュラちゃんと話でもしてこようかしら。」

 ミリンダは、小さく微笑んだ。


「彼女は、外側の蜘蛛の巣の警戒に当たるからって言っていたから、邪魔しちゃだめだよ。

 待機中は、半分寝ているようなもので、蜘蛛の巣に何かがかかるまでは休んでいるのと同じだから、何日でも平気だって言っていたでしょ。

 僕たちは、そんなことは出来ないから、ちゃんと寝ないと戦えないよ。


 珍しくミリンダが勉強したがってましたって、ジミー先生に言っておくから、とりあえず今日の所は、自習として今までに習ったところを復習しておいたら?」

 ベッドの上に座りながら、教科書を開いているハルが、ミリンダを促す。


「い・・いや・・・、そういった意味じゃないのよ・・・、決して授業をお願いしている訳ではなく・・・ね。

 睡眠薬代わりに・・・、ちょっとは教科書見ておこうかしら・・・。」

 ミリンダはそう言いながら、うつぶせで寝そべったまま、自分のカバンの中から教科書を取り出して、ページをめくりだした。


「スースー。」

 やがて、数分もしないうちに、寝息を立ててミリンダは眠りについたようだ。

 ハルが、ミリンダの教科書をカバンに戻して、布団をかけてやる。

 体が大きくなったとはいえ、まだまだ子供のようだ。



「緊急連絡・・・・ガガガ・・、こちら、大阪市の野神さん宅のキリン児。

 今朝の確認時に、病床のご主人が消えていることが分りました。ガガガ・。

 家族には危害を加えた形跡はありませガガガ・・。ガガガガ・。」

 早朝に無線機が緊急連絡を告げる。


「水神さんが消えた初日にもう一人。

 2日目に一人追加で、今日、3日目にさらに追加。

 これで、合計4名だ。


 敵は、一斉に襲ってくるつもりのようだね。

 とりあえず、何名か捕まってしまっても、自分では動けない善鬼の体を確保さえしてしまえば、良いと考えているのだろう。


 こちらとしては、一度に鬼たち全員を捕まえて、剣と共に封印しなければならない。

 そうできない限りは、何度でもこのような戦いが繰り返されるわけだから、こちらにとっては分が悪い戦いと言えるだろう。」

 鬼たちの襲撃が無いので、6階の大広間へ戻ってきていた所長が、集まった皆の顔を見回す。


「そうですね。一度に複数の人間に憑りつくために、もしかすると重病患者たちが、なるべく同時期に亡くなる様に、死期をコントロールしていたのかもしれません。

 人の生き死にまではコントロールできないにしても、病状を軽減したり重症化したりは出来るのかも知れませんね。


 そうやって、2〜3日ほどで4人の死期が重なる様にコントロールしたのではないでしょうか。

 なんにしろ、いよいよ決戦だ。」

 ジミーの言葉に、一斉に各自が動き出す。


 レオンと所長はミッテランと連れだって5階の大広間へ移り、ミッテランが入口を封印する。

 その入り口をトン吉たち魔物4体が外側からがっちりとガードする。

 ハルとミリンダ、ホースゥに加え、神田達は塔の外へ出て鬼たちの襲撃を待ち受ける。


 外には既に竜神が召喚されていて、塔を囲むように巻き付いている。

 水上さんが消えてから、3日間ずっと待機しているのだ。

 召喚獣と違い、竜神の場合は召喚さえしてしまえば、あとは魔力を消費しないので、便利に使われているとは言える。


 更に、4日前から待機している蜘蛛の魔物と、背中に乗っているスパチュラに加え、蜘蛛の魔物の影に隠れて日差しを避けている、アンキモ1家の面々が塔の入り口前を固めている。


「まずは、キリン児さんを迎えに行ってくるね。」

 ハルはそう言うと、中空へと掻き消えた。


「じゃあ、鬼たちを迎え撃つわよ。

 天と地と・・・・・・・・・・・・・いでよ、九兵衛とミケ!!!」


 遅れて下りてきたミッテランが、召喚魔法を発する。

 その呼びかけに呼応して、巨大な秋田犬と三毛猫が召喚される。


「ふう、ついにミケ達で妥協することにしたのね。

 直接名指しだし・・・、まあいいでしょ。召喚せよ!!!」


 ミリンダが、ため息交じりで九尾の狐を召還する。

 前回同様、9色の尻尾を持つ煌びやかな狐だ。


「ほう、すごい魔法だな。

 わしの体よりも大きな竜も含めて5体か。

 これなら、どんな敵が来ても恐れることはない。」


 蜘蛛の魔物は、自分の周りに出現した巨大な仲間たちを眺めながら、感心しているようだ。

 ホースゥの召喚した白虎と合わせて、5体の召喚獣+蜘蛛の魔物が封印の塔を囲むように配置された。


「じゃあ、キリン児さんはジミーさんたちと6階フロアを守ってください。」

 不意に中空から首の長い魔物を連れて出現したハルは、その魔物に塔の中の警護を頼む。

 魔物は、すぐに塔の階段を上がって行った。


「いよいよね。」

「いよいよだわ。」

「いよいよですね。」

「いよいよだ。」

「ああ・・・。」


「皆さん、準備は良いですか・・・。」

 ハルはそう言いながら、背中の剣を引き抜いて構える。

 既に日は昇り、遠くの山間よりも高く浮かんでいた。



「うん?」

 神田が何かがおかしいと言わんばかりに、目を擦りながら遠くを見つめる。

 雲一つない青空であるにもかかわらず、遥か南の山間が黒い影に覆われだしたのだ。

 やがてその影は、昇った太陽さえも覆い隠すように広がって行った。


「な・・・なんだあ?」

 神尾がちょっと高音の、悲鳴にも似た声を漏らす。


「と・・・・鳥・・・の大群・・・?」

 ミリンダが、目を凝らしながら黒の集団を見極めようとする。


「いや・・・・、奴らは使徒だ。

 神の使徒の集団だ・・・。」

 遥か上方から声が響き渡る、竜神だ。


「し・・・使徒・・・?」

 ミリンダが呟く。


 よく見ると、頭はカラスのようだが体は人間で、背中に真っ黒な羽が生えているものと、綺麗な金髪の美女の背中に純白の羽が生えているものと、2種類いるようだ。

 何千とも何万とも取れる、使徒たちが黒い雲と化して飛んで来るのだ。


「て・・・天使?」

 ハルが思わずつぶやく。


「天使などではない。奴らは使徒だ。

 言ってしまえば、魔物に近い・・・死んだ者たちの魂の集合体だ。

 神々に仕えて、様々な労役に携わる存在だ。」


 竜神の言葉が響き渡る。


「な・・・何にしても、これだけの数がいると・・・。」

 神田が唖然として呟く。


「緊急連絡、ジミー先生。

 鬼たちはたくさんの使徒を従えてやってきました。

 こちらは手が足りません。」


 ハルが付けているインカムに向かって叫ぶ。


「そうか、外の状況は、こちらでも窓から確認した。

 6階の警護を任されている魔物と、トン吉さんにすぐに向かってもらうようにする。」

 ジミーは、決断した。


 6階を守るものが、自分とゴローだけになってしまうが、そうは言っていられない、緊急事態なのだ。

 すぐに、トン吉を含む20体の屈強な魔物たちが塔の外へと出て来た。

 既に黒い影は天空の半分を覆いつくし、辺りがうす暗くなりかけていた。


「来るぞ・・・。」

 竜神はそう言いながら、大きな咆哮をあげた。

 すると、黒い影の一部が切り抜かれるように、一筋の線となって散って行く。


火弾(ファイアー)!!!」

 神尾の放った巨大な火の玉が、襲い来る使徒たちを焼き尽くす。


雨粒弾(レイニー)!!!」

 神田の魔法により、羽を痛めつけられた使徒たちが、次々と墜落して地に落ちていく。

 トン吉たち魔物も火炎や強烈な水流を吐き、使徒たちの塊を粉砕していく。


 アンキモ1家のトビウオ系魔物が飛び立ち、使徒たちと空中戦を始め、蜘蛛の魔物が糸を飛ばして加勢する。

 更に、召喚獣が加わり空をも覆い尽くさんばかりの黒い影は、次々と地上に落とされていく。

 しかし、その影は終わりが無いように延々と続いている。


 そんな折・・・・


『ドーン!ドーン!』

 大きな足音が、辺りに鳴り響いてきた。

 緑色をした巨人と、巨大な亀が現れたのだ。


 河童と玄武だ。

 空からは、朱雀と清龍が襲い掛かってくる。

 すぐさま、九尾の狐と白虎に加え、九兵衛が応戦に向かう。

 竜神とミケは塔の守護だ。


「炎の竜巻・・・・燃え尽きろ!!!」

 ハルの体から発せられた巨大な火の玉の渦は、一直線に上空へと注がれ、使徒たちを殲滅していく。


「キリがないわね・・・、鬼たち本体も姿を現していないし・・・。」

 ミリンダが辺りを見回しながら洩らす。


 上空では召喚獣同士の戦いが繰り広げられているが、未だに鬼たちの姿は見えてこない。

 そんな折、一陣の風がハルたちの間を通り過ぎて行った。

 それに反応したのは、竜神だけであった。


「まずい、何者かに突破された。

 中へと入られたぞ。

 この、使徒の大群は陽動作戦だ。


 真の目的は、混乱に乗じて塔の中へと潜入する事だったんだ。」

 竜神が叫ぶ。


「なんですって?

 こんな大人数で守っているのに、通り抜けたって?

 何も見てはいないわよ。


 大体・・・ポチ・・・、あんたはこの塔の周りを囲むようにしているじゃない。

 そんなあんたを越えて、何者かが通り過ぎて行ったっていうの?」

 ミリンダが信じられないとばかりに、辺りを見回す。


「仕方がないだろう、奴らに注意が行っていた訳だから・・・。

 わしだって、大変なんだ。」


 自分の頭の周りを飛び交う無数の使徒の群れを、竜神は次々と消滅させていってはいるが、何にせよ数が多く使徒の群れから塔の入口を守るだけで手いっぱいの様子だ。


(竜神の言うとおりだ。

 すり抜けられたようだぞ、しかし鬼じゃない。


 鬼なら俺様が最も反応するはずだ。

 何か知らないが、何者かが凄まじい速さで通り抜けて行ったようだ。)

 ハルの頭の中の声も、同様に告げてくる。


「本当だ、あたいは何も感じなかったけど、今、塔の6階の蜘蛛の巣に触れた奴がいる。

 すぐに動きを封じようと、残った蜘蛛の巣を浴びせて見た。確認してくれ。」

 スパチュラが、目を閉じて感覚を研ぎ澄ませるような仕草で告げる。


「ジミー先生、大変です。何者かが我々の警戒網をすり抜けて、塔の中へと入った模様です。

 そちらへ向かっていると思われます。」

 ハルがインカムに向かって叫ぶ。


「既に6階へと到達しているのか・・・驚くべき速さだ。

 判ったぞ、正体が。奴は韋駄天だ・・・。


 宇宙一の素早さを誇る、スピードキングだ。

 まずい、長老を連れ去られるぞ・・・。」

 竜神の声が響き渡る。


「えっ、ええっ!!!」

 ジミーが突然の急展開に、どうしていいのか分からずに叫び声をあげる。



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