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9話

                         9

「銀次さんが魚を獲ってきてくれたおかげで、干し肉と干し芋は少し分けたけど、かえって食料は増えたぐらいだね。

 外に出たから残った生魚はこのまま網で包んで持ち歩こう。

 そうすれば干し魚が出来るよ。少しは日持ちがするだろう。

 それでも食べきれないほどたくさんあるけどね。


 今回はずいぶんと運が良かったね。

 さーて、これからどこへ進もうか?」

 ハルは、銀次が判れる時に取ってきてくれた生魚の内臓を、銀のナイフで器用に取り出して3枚におろして網を袋状にしてそれを包み、長い棒の先に括り付け幟の様に掲げた。


「このまま南に進むのよ。

 旧文明の鉄の箱が走っていたと言われる、このレールを辿って行きましょう。

 そうすれば、どこか大きな町にたどり着くはずよ。

 まずはそこで情報収集しましょう。」

 ミリンダは生い茂る草をかき分けて鉄道のレールを探し出した。


 ほとんど人通りが無いようで、レールはハルたちの身の丈ほどもあるような深い草にまぎれてしまい、かき分けなければ見えそうもない。

 ハルが炎の魔法を使って草を燃やしてレールを数メートル分だけ表面に出した。


「こんな時は魔法が便利ね。

 さあこの調子で、道に迷わないように草を燃やしてレールをさらしだすのよ。」

 ミリンダはハルを先頭に立たせた。


 何もない深い草原に、時折ボウッという着火音が響いては、少しずつくぼみのような道が出来て南へと進んで行く。


「クカー、クカー」

 ハルたちが進む先の左側から、鳥の鳴き声のような物が聞こえてくる。

 すこし寄り道だが、鳴き声のする方向へ進んで行くと、足がネギで体がカモの魔物カモネギが数十羽地面から生えていた。


「へえ、聞いてはいたけど、カモネギって本当にこうやって生えてくるんだね。

 北海道じゃ寒くて自生しないけど、さすが内地だねえ。」

「おいしいのかなあ。」

「バカねえ、そんな得体のしれない魔物なんか食べたら、お腹壊すにきまっているじゃない。

 駄目よ。」

 ミリンダに言われて、ハルはカモネギを引き抜こうとしていた手を止めた。


 そうして少し歩くと、体長2mはある大ガマガエルや、7色の羽をもつ極楽トンボが襲い掛かってきた。


「凍れ!!!」

風弾(ウインド)!!!」

 ハルは長く伸びて攻撃してくる大ガマガエルの舌を瞬時に凍らせ、ミリンダは極楽トンボをはるか遠くへ飛ばしてしまった。

 もはや、平原に住んでいる魔物程度では、2人の敵ではないようだ。


 そうして何日か歩きつづけた先のとある湖畔に小さな集落が見つかった。

 ハルたちは喜んで中へと入って行く。

 しかし、表に出ていた数人の村人たちは、ハルたちの姿を見るや急いで家の中へと入ってしまった。

 ハルたちはその姿を追いかけ、そのうちの一つの家の玄関のドアを叩いて呼びかけた。

 平屋建てばかりの小さな家が数軒ほど立ち並んでいる小さな集落だ。


「こんにちは、怪しいものではありません。僕たちは旅のものです。

 南へと向かう途中なのですが、この村で少し休憩させていただけませんか?」

 ハルがドア越しに大きな声で呼びかけた。


 家の奥の方では何やら慌てふためいたように、ものを落としたりするような音が時々聞こえたが、ハルの呼びかけに対しての反応はなかった。


「すいませーん、旅のものです。休憩が無理なら、少し水を分けてもらえませんか?」

 ミリンダが尚も呼びかけた。


 するとようやく奥の方から人影が玄関にやってきて、ドアを半開きにして中から様子を伺ってきた。

「お、お前たちは南の都市から来たものではないのか?」

 家の中から、男の怯えたような声で問いかけてきた。


「いえ、北の洞窟を通ってきました。

 南に都市があるのですか?そうであればそこが僕たちの目的地かもしれません。」

 ハルが明るい口調で答えた。


「北の洞窟?旧文明の鉄道のトンネルのことか?

 あそこはずいぶん前から通り抜けできないように北の地側から鍵を掛けられたと聞いているぞ?

 怪しいなあ。」

 玄関の奥の声は怪訝そうにドアの隙間から、ハルたちの挙動を伺っていた。


「本当ですよ、海の底を通ってきたという証拠に、ほら、魚の干物。」

 ハルは、吊るした網から魚の干物を取り出して見せた。


「馬鹿を言うな、トンネルがいくら海の底にあるからといって、泳いでいる魚をトンネルの中で捕まえることが出来るわけがない。どうせ、海岸で釣りでもしたのだろう?

 まあ、南から来たという訳ではないことだけは確かという訳だ。

 子供だし、家に入れてやろう。」

 扉の奥の中年の男は、ゆっくりとドアを開け、ハルたちは中へと入って行った。


 通されたところは玄関に続いて、台所と居間を兼用している広い部屋であった。

 その奥にもドアを隔てて部屋があり、多分寝室であろう。

 ハルたちは食卓の椅子に座った。


「お腹がすいているでしょう?少ないけど食べてね。」

 台所にいた、中年の女の人が大皿を食卓に運んできた。


 言っているとおり、本当に少ない。

 一つのふかし芋が8等分されて皿にのっているだけだった。


 ハルたちがどうしてよいのか分からずにそのままにしていると、先ほどの男が席に着き、芋の破片を取り口へと運んだ。

 浅黒い手は骨が透けて見えそうなぐらい細かった。

 ずいぶんと長く着古しているのであろう、ところどころ継ぎはぎが当たったシャツは袖先が毛羽立っていた。


「遠慮せずに食べるといい。これが今の俺たちの晩飯だ。

 ぐずぐずしていると全部こっちで食べてしまうぞ。」

 男は皿をハルたちに押し付けた。


 恐らくは妻である中年の婦人と二人で食べようとしていたものであろう。

 ハルたちはせっかくの好意を無にするわけにもいかず、芋の破片をつまんで口に運んだ。


「おいしいです。このところ干し芋ばかりで、ふかした芋は久々に食べられました。

 ところで、僕たちも旅をしているため保存食を持ち歩いているのです。

 もしよかったら、それを一緒に食べませんか?」

 ハルは干し魚の網を広げて、男に渡した。


 男は目を輝かせて、台所の夫人にその魚を渡して火であぶるように指示した。

 しばらくすると、軽い焦げ目の付いたおいしそうな魚の干物が2匹分食卓に並んだ。

 中年夫婦とハルたちは、おいしそうにゆっくりとそれを食べた。


「いやあ、家に入れて食事をごちそうするどころか、こんなにおいしい魚の干物を頂いて申し訳ない。

 本当なら今頃は収穫した作物で一杯のはずなんだが、来年の種もみや種イモさえも心配なほどのひどい状態なんだ。それもこれも、南の都市が悪いんだ。」

 男は悔しそうにテーブルを叩いてうつむいた。


「干した魚はまだ数枚ありますが、それほど日持ちするものではないので差し上げます。

 もしよかったらご近所の方にも配ってあげてください。」

 ハルは残った魚を婦人に差し出した。


 ミリンダも笑顔でそれに頷いた。

 夫人は満面の笑顔で魚を抱えて表へと出て行った。


「南の都市が悪いってどういうことですか?」

 ハルは男に事情を尋ねた。


 しばらく黙っていた男だが、ようやく口を開こうとしたところで、どやどやと村人が押しかけてきた。

 どうやら干し魚のお礼を言いに来たようである。

 よく見るとどの村人もがりがりに痩せていて、目は落ちくぼみ血色の悪い肌の色をしていた。


「わしは、この集落の長老なのだが、おぬしたちのおかげで久しぶりに魚という物を食べることが出来そうじゃ。食うや食わずの生活が続いている中で本当にありがたいことじゃ。

 いい冥土への土産が出来たという物じゃ。皆を代表してお礼を言わせてもらうよ。

 ありがとう。」


 禿げあがった頭に継ぎはぎだらけの着物姿で、粗末な木の枝を杖にしている老人が、ハルたちに向かってあいさつをした。

 ハルたちは照れくさそうに顔を赤くしてうつむいた。


「長老、この子たちがこの村の状況を聞きたいそうなんです。

 代わりに説明してやってください。」

 この家の主の男が長老に向かって言った。

 長老も頷いてゆっくりと話し始めた。


「そうさな、この村もかつては数十軒ほどの集落を作っておったんじゃ。

 戦争ですべてが滅びた後に、何人かの生き残りが平地を目指してここへと集まってきて、集落を形成したのじゃな。

 それほど強い魔物たちはおらず、田や畑を耕し作物を作り、家畜を飼って生活しておったんじゃ。


 ところが、そのうち魔物たちが頻繁にここを通るようになり、田んぼや畑が度々荒らされるようになったんじゃ。

 どうやら南から追い立てられた魔物たちが、ここを通って北へと向かう通り道という事であった。


 それでもたまに一瞬だけ魔物たちが通るだけで、大きな被害は出ずに何とか生活しておったんじゃが、30年ほど前に北のトンネルに鍵がかけられて、魔物たちが通り抜けられなくなった時に、ここらは魔物たちのたまり場になってしまったんじゃ。


 そこで、われらは南の都市へと出向きこれ以上魔物たちをわれらの土地に追い立てないようにすることと、今居座って居る魔物たちを何とか退治してくれないかとお願いしたのじゃ。

 はい判りましたとばかりに、南の都市とこの集落との中間地点に魔物たちの収容所なるものを作ってここにいた魔物たちも含めて全部収容してくれたんじゃ。


 それでこの村が助かったと思っていたんじゃが、逆であった。

 この収容所で魔物たちを収容するための食料を出せと言ってきて、この集落で採れた作物や肉などを税として徴収しだしたんじゃ。


 当初は収穫の2割で良いという話で大きな問題がなかったんじゃが、5年ほど前から税が値上げしたとの通達があって、それからは4割・6割と年を追うごとに増えていき、今では収穫の8割を要求されておる。


 おかげで食うや食わずの生活がもう3年も続いておるのじゃ。

 そりゃあ、わしらだってただで守ってくれとは思ってはおらん。

 収容施設なども作ってくれたのだしな。


 でも、わしらも農作物を南の都市へ持っていき、商いをして生計を立てておるのじゃ。

 それが8割も持っていかれたのでは自分たちが食べる分どころか、来年の種付けさえも心配な状態じゃ。」

 長老は涙をじっとこらえているのか、自分の手を小刻みに震わせながらこれまでのいきさつを話した。


「それは、ずいぶんと酷いわね。

 魔物たちは、その収容所には何匹ぐらい収容されているの?」

 ミリンダが問いかけた。


「どれくらいいるのかは、わしらには分からんのじゃ。

 でも、税があまりにも過酷なので今までにも何度か苦情を申し立てに行ったことはある。

 わしが代表していくのじゃが、そうすると捕まっていない魔物なのじゃろうが、すぐに何匹かの魔物が村を襲ってくるのじゃ。


 仕方がないので、また収容所に魔物を退治することをお願いするという繰り返しじゃ。

 確かにあの収容所がなければ、わしらは魔物たちにたちまちやられてしまうのではあろう。

 あの収容所が目を光らせておるから、魔物たちもこの村には手出しができず、わしらの生活が成り立っておるという事は確かなんじゃ。」

 長老は悔しそうに握りしめたこぶしを震わせた。

 周りの村人たちも一堂に頭をうなだれていた。


「南へ行くときに通り道だろうから、僕たちが収容所に寄って話を聞いてみますよ。

 僕たちの村でも魔物たちに悩まされていたそうですが、3年ほど塔に封印した後捕まえて、今度は村の労働力として使おうとしています。


 もちろん働いたお礼として食べ物をあげる予定ですが、この村のように収穫のほとんどをあげてしまうようなことはしません。同じようなことはここでも出来ると思います。

 収容所の人に提案してみようと思います。任せてください。」

 ハルは小さな胸をドンと誇らしげに叩いて見せた。


 横にいたミリンダが心配そうに囁いた。

「えーっ?こんな大事な事簡単に安請け合いして、出来なかったらどうするのよ。」


「大丈夫だよ、今日は暖かいところで眠れそうだし運がいいから。

 それに洞窟でも結局は銀次さんたちに助けられたようなものだし、僕たちもここの人たちの為になることをしようよ。」

 ハルも小声でミリンダに答えた。


 二人ともぎこちない微笑みを村人たちに向けていた。

 ハルたちは男の家に泊めてもらい、翌日の朝に収容所を目指して出発することとした。



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