86話
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「へへえ、仙台市もそうだけど、こういった食堂は自分の好きな食べ物だけ選べるから、楽しいのよね。」
ビュッフェ形式の役場の食堂で、ミリンダがスイーツ中心の食材をトレイに並べる。
仙台市の食堂にもスイーツは用意されてはいるが、大阪の方が種類も豊富で色鮮やかだ。
「スイーツに関しては、専属のパテシエやショコラティエがいて、毎日作っているからおいしいでえ。
なにせ、食道楽の街やからなあ・・・・と言ってもうちらの出身は違うけど、そういった文化も残そうと全市上げて力を入れているねん。
スイーツだけやのうて、肉や魚の料理もおいしいでえ、ハル君も沢山食べてやあ。
特にハル君は、もっとたくさん食べて、早く大きくならんとなあ。」
そう言いながら、野菜中心に取り分けているハルのトレイに、ロビンは大きなステーキをのせた。
これにはハルも苦笑いだ。
お腹いっぱいの夕食を終えた後、ハルたちは大阪市役所ビルの裏手にあるグラウンドへ降りて行く。
「じゃあ、トン吉さんたち魔物達とは密に連絡を取り合うけど、何が起きるか分らないので、そちらでも定期的に見回りをお願いする。」
ジミーはくれぐれも注意を怠らないよう、ロビンに念を押してお願いした。
「大丈夫やでえ、各家庭には魔物の他にこちらから自衛隊員が各10名ずつ配置されるねん。
緊急事態になったら、すぐに出動できるよう24時間体制で、各都市の詰め所には自衛隊員の他に米軍にも協力してもらっていますわ。
なんせ、鬼が乗り移ったら周りの人間たちを操って、何をしでかすか分らんいうのでっしゃろ?
こちらでも、厳戒態勢を続けます。」
ロビンは、踵を合わせて直立不動の体勢となり、敬礼をしながらはっきりと答えた。
どうやら、ハルたちの行動をサポートするのはロビンだけだったが、各家庭へのフォローは既に手配済みの様子だ。
「じゃあ、よろしくお願いいたします。」
ハルの合図で、ミリンダとジミーも中空へと掻き消えた。
中部の村へ向けて瞬間移動したのである。
「中部の村へは、所長の方から連絡が言っているだろうから、あえておいらから連絡はしなくても大丈夫だろう。
直接訪問しても、狭い村だから問題はないしね。
じゃあ、村へ着くまでの間は、いつものように課外授業だ。」
ジミーは、山麓の平地でたき火を囲みながら、教科書を開いた。
中部の村へ直接瞬間移動することは未だに叶わず、ふもとの原野へ移動してから山の稜線にある平地を瞬間移動のポイントとして、そこからは歩いて2〜3日間の行程だ。
今回は、西日本の都市への訪問だけを予定していたので、いつものように大量の食材を抱えての移動ではない。
それでも、山道を歩く行きと帰りの6日分の缶詰などを急きょ大阪で用意してもらい、ジミーのリュックに借りたテントと共に詰めて持ってきたのだ。
「えーっ!でも、あたしとハルの2人だけの授業じゃあ、ゴロー達と進み方に差が出来てしまうわよ。
ここは、休校と言う訳には・・・」
ミリンダが面白くなさそうに、唇を尖らせる。
ハルもミリンダも、カバンの中にはいつも教科書とノート代わりの手持ちの黒板を入れている。
しかし、ミリンダの場合は無理に持たされていると言った風で、時にはハルが代わりに持ち運んだりしているのだ。
「大丈夫、2人には自習をお願いしているからね。
それに、君たちが釧路では最高学年だから一緒に授業しているだけで、2人とも十分な知識を備えているから、問題はない。
それよりも本来の生徒である、君たち二人の進行具合が心配だ。
移動の間もおいらが口頭で質問をするから、それに一問一答で答える形式でテストを行う。
理解度を確認しながら、夜の授業の進め具合を計って行くつもりだ。
まず本日の授業は、一番遅れている算数の授業だ。」
ジミーは厳しい面持ちで、ハルとミリンダの顔を順番に見回した。
「げげえっ!」
ミリンダは、意気消沈した雰囲気で、力なく教科書のページをめくった。
「ふう、ようやく着いたね。
通いなれた道となって来たし、今回は荷物もそれほど多くもないしで、早く着いた。
まだ夕方だよ、掛かった移動時間は実質1.7日といったところか。」
ジミーが畑仕事に精を出している村人たちに大きく手を振った。
「よ・・・よかったあ。
これ以上続くと、頭がどうにかなりそう・・・。」
いつもなら周りの景色を楽しみながら歩くだけの移動時間だったが、今回は移動中も常にジミーから問題を出されて、それに答えなければならなかった。
間違った答えをした部分は補習となり、夜のキャンプ時に復習させられるのだ。
ハルは常に予習復習を欠かさないので、ジミーが出す問いには全て満点の答えを出していたが、ミリンダに関しては三割程度の正解率だ。
夜には睡眠時間を削って、復習が続いていた。
一行は畑仕事をする村人たちと軽く会釈を交わしながら、村の奥にある長老宅へと歩を進めていく。
長老宅の前には、ハルたちが到着したとの連絡を受けたのか、一人の若い女性が出迎えてくれた。
瑞葉だ。
「ごくろうさまです。
長老さんは、容体も安定してここの所、調子は良さそうです。
仙台市への定時連絡でも、当面心配はないだろうと連絡をしていたのですが・・・。」
定期訪問でもない、突然の訪問連絡に少し戸惑っているのであろう。
瑞葉は不安そうにジミーの顔色を窺うような形で、上目づかいで話しかけてきた。
「いやあ、念のための確認ですから、ご心配なく。
長老さんの名前は判りますか?
氏名を両方とも知りたいのですが。」
ジミーはなるべく不安感をあおらないように、明るく問いかける。
「名前?長老さんの・・・?
あたしは小さいころから長老さんとしか呼んだことがないから・・・、父だったらわかるかもしれないから、ちょっと呼んできますね。
長老さんは、大広間の隣の居間で寝ていますから、どうぞおあがりください。」
そう言い残して、瑞葉は村の中へと走って行った。
「ジミー先生、こ・・・これ・・・。」
ハルが指さした玄関先には表札がかかっていた。
そこには『神々達 洋平』と書かれている。
「神一字どころか、神々って・・・条件に当てはまりすぎだよ。
でも、この家が長老さんが元から住んでいた家かどうか分らない。
戦後に避難してきた時に見つけた家かも知れないから・・・、確かめる必要があるね。」
ジミーはそう言いながら玄関を開けて中へと入って行く。
何度も人がいない中を上がり込んだ、勝手知ったる家である。
そのまま廊下を進み、大広間へと入って行く。
大広間のテーブルには、大きな無線機が置かれている。
仙台市へ定期連絡に使用しているのであろう、無線機からは屋外のアンテナへつないでいる、黒いケーブルが伸びていて、大きなバッテリーも横に置いてある。
大広間から居間への襖を開けると、そこに敷かれた布団には1人の老人が上半身を起こして座っていた。
傍らには、若い女性が看護の世話をしている。
桔梗だ。瑞葉と桔梗の二人が長老の世話をしているようだ。
先ほど見た瑞葉もそうであったが、以前の肥え太った体型は解消されており、ややぽっちゃりといった風だ。
ダイエットの効果が、ようやく表れてきたように感じられる。
「こんにちは、ジミーです。お久しぶり。」
「ジミーさん・・・。」
ジミーの声掛けに、桔梗が少し顔を赤らめる。
「長老様の様子を伺いに来ました。」
ジミーが、長老の顔を覗き込むようにしながら、桔梗に問いかける。
「長老さんですか・・・?何もなく、元気ですよ。
一時期足腰が不自由で、寝たきりになってしまいましたが、最近では快方へ向かっています。
食欲もありますし、朝晩には少し表を散歩されるぐらいにまで、回復しています。」
桔梗が長老の口元へ食べ物を運んでいた手を休めながら、ジミーたちの方へと向き直った。
「そうですか、散歩にも出られるようになったと・・・。
勿論、散歩の際には桔梗さんたちが連れ添って、肩を貸すなりしてようやく歩くのですよね。」
ジミーは昨年末の鬼封じの剣のトラブルの際、村人たちの手を借りてようやく椅子に腰かけていた、弱々しい長老の姿を思い起こしていた。
「いいえ、一人でちゃんと歩いて散歩されますよ。
ただ、このところ無口になって・・・あまりしゃべらなくなりました。
散歩も、良かれと思ってあたしたちが促して、ようやく歩くと言った風で・・・でもきちんと家へと戻っては来ます・・・といっても狭い村の中の事ですから、どこか横道へそれようとしても、村の人たちがフォローしますしね。
食事も、最近では口に食べ物を運んで食べてもらうようになっています。
少し、ボケが進んでいるのではないかと・・・。」
桔梗が少し小声で答えた。
「そ・・・そうですか。」
予想外の返事に、ジミーは少し戸惑っていた。
「それはそうと・・・、桔梗さんは長老さんの名前をご存知ですか?」
「へっ?名前?あたしは幼い時から長老さんと呼んだ記憶しか・・・。」
どうやら、この村では長老は昔から長老で通っていたのであろう。
「やあ、これはこれはジミーさん。
遠くからご苦労様です。
何か、緊急なご用件がおありだとか。」
丁度その時、廊下を渡って二人の人物が大広間へと入って来た。
瑞葉とその父親である。
「どうも、お久しぶりです。
鬼の玉の件に関しては既にご連絡済みかと考えますが、どうやら鬼たちが乗り移る人たちの名前には、神の1字が付いているようなのですよ。
それで、この村の長老さんの名前を確認に来たのですが・・・。」
ジミーが後方の瑞葉の父親へ向き直って尋ねる。
「ああ、長老の名前ね。
やおよろずですよ。やおよろず ようへいと言います。
と言っても、長老から直接口頭で聞いただけで、どういった字を書くのかは教えてもらってはいませんが、八百万と書いて、やおよろずでしょう、違いますか?
名前は洋平だし、神なんて字はどこにも付きませんよ。
だから、こちらは問題なしと仙台市には連絡済みです。」
名前に神の字が付くかどうかの確認連絡も、入って来たのだろう。
瑞葉の父は、明るく受け答えした。
「そうですか、それは安心しました。
念のための確認ですが、長老さんはこの家に古くからお住まいですか?
それとも、他の土地から流れてきて移り住んだのでしょうか?」
ジミーは少し不安を抱えながら、念のための確認をする。
「いや、この家は長老の生家だと聞いていますよ。
長老の両親の代に流れてきたようで、戦火から免れた空き家に住み着いたと聞いています。
ほれ、表札もかかっていたでしょう?
親の代は借り物だったけど、自分の代ならいいだろうっていうんで、自分で表札書きをしたようですよ。
その他の村人達は、今の代に各地から流れてきてこの村へと辿りついた者ですが、長老だけはこの地の生まれです。
辿りついた我々に土地を与えて、耕作できるよう計らってくれたのです。」
瑞葉の父は、そう言いながら長老へ頭を下げる。
感謝の意を表しているのであろう。
「やはり・・・、表札には神々達 洋平と書かれていました。
八百万の神々達といった言葉から、神々達と書いてやおよろずと読む・・・、そういった事もされて居たのかもしれませんね。
どうやら、長老さんは神の字が付く対象の様です。
しかも、最近になって少しは体が元気になられたという事は・・・。」
ジミーはそう言いながら、長老の着ている浴衣の胸をはだけさせようとする。
「ああ・・あああ!」
すると、長老は何事か呟きながら、ジミーの手を払いのけた。
老人にしてはずいぶんと強い力だ。
「だ・・・駄目ですよ。
この2週間ほど体調が戻って来たので、お風呂へ入れようとしたのですが、すごく嫌がって暴れるので、あきらめているのですよ。
体も拭かせなくなって、これじゃ寝たきりで動かない方がましだったみたいって、瑞葉ちゃんと話していたくらいで・・・。」
桔梗の言葉に、瑞葉も頷く。
「そうですか、分りました。
おいらが長老さんの腕を押さえるから、済まないがハル君、長老さんの胸を見てくれないか?
鬼が憑りついているとしたら、善鬼だろう。
奴は人間の体に当たるから、胸か背中を確認すればいいだろう。頼む。」
ジミーはそう言いながら、暴れる長老の背中側から、両腕を羽交い絞めにする。
そうして、ハルが浴衣の胸をはだけて、長老の胸のあたりを確認する。
「ジミー先生・・・こ・・これ・・・。」




