85話
5
「昨日の晩に所長には封印の塔を使う案を連絡しておいたんだが、今朝の定時連絡で確定した。
とりあえず、名字に神が付く方で半年以内に亡くなった方は、西日本の各都市含めて40人ほどだった。
これらの方たちのお墓は昨日までに確認したが、問題なかった。
念のため、神が付かない方でも半年以内で亡くなった方たちの墓に関しても確認は実施中だが、こちらに関しても問題はなさそうだ。
重病の方たちに関してだが、こちらは神の字が付かない方も含めると、千人を越えそうでとてもすべてを監視できない。
その為、名字若しくは名前のどちらかに神の1文字が付く方に限らせてもらった。
もちろん、父方だけではなく母方の名字まで確認済みだ。
そうすると、昨日連絡があった通りに、10名ほどに絞られる。
このうち仙台市在住の、神屋敷さんと神谷さんには既に了解を貰っていて、仙台市で準備した医療スタッフと移動の準備ができている。
こちらはミッテランさんにお願いして、封印の塔へ運び入れる手はずになっている。
西日本の各都市に居る方たちに関してだが、個別に説得する必要性があるので、申し訳ないがハル君とミリンダちゃんと一緒に行ってくれないか?もちろん、おいらも一緒に行く。」
翌日の朝礼時、ジミーが問いかけてきた。
「いいけど・・・いっしょに行ってどうするの?」
ミリンダが不思議そうに首をかしげる。
「いや、明日をも知れない重病の人を連れ出すわけだからね。
それに、治療の為ではないわけだし・・・。
きちんと事情を説明して、納得してもらったうえで連れ出さないといけない。
でもそうか、ハル君たちが治癒魔法をかけてくれれば、元気になったりして・・・。」
ジミーが頭を掻きながら、思案しているようだ。
「いえ、治癒魔法は怪我や風邪などの軽い病気であれば直すことも可能ですが、重い病気に関しては直せません。
せいぜい危篤状態を少し伸ばす程度ですが、それでも、そこで余計な体力を消費してしまって、かえって寿命を縮めることになるかもしれません。
その為、重い病気には治癒魔法は使いません。」
ハルが、深刻な顔をして首を振る。
「そ・・・そうか。
そういった事も含めてきちんと説明して、納得した上で病人を封印の塔へ運び込まなければならないね。
嫌だと言われれば、仕方がないからなるべく人が付いて、始終見守っているようにするしかないわけだ。」
「分りました、一緒に行きましょう。」
ハルもミリンダも立ち上がって、荷物をカバンに詰めだした。
ミリンダは、いつになく浮き浮きしているようだ。
「ゴローさんたちは、申し訳ないが自習していてくれ。
この件が済んだら、補習授業をして埋め合わせはするから。」
『はい!』
「えーっ?」
ジミーの言葉に、一人だけ反発の返事を入れたのが誰なのか、説明の必要はあるまい。
「まず、一人目は奈良市にお住いの、水神さんだ・・・・って、なんかお宅訪問みたいになってるね。」
ジミーがにやつきながら、リストの紙を眺める。
かつて訪問した時の記憶を辿り、まずは大阪の街まで瞬間移動する。
そこからは迎えに来てくれた車で移動するのだ。
「おひさしゅう・・・。」
いつもの通り、大阪市警察のロビンこと勝呂敏美が迎えに来てくれたようだ。
「お久しぶりです、ロビンさん。」
ハルも笑顔で挨拶を返す。
「ほんじゃまあ、知らぬ関係でもないし、かたっくるしい挨拶は抜きにして、出発しますか。
本来なら、電車の駅で待ち合わせしたいところやったんですけどなあ・・・。」
ロビンは、残念そうにため息をついた。
各都市間の移動に関しては、電車を走らせる計画があったのだが、仙台市の新市長の策謀により、全ての事業計画が軍事産業へ転換可能な技術へ集中させられたため、大幅に計画を遅らせているという事のようだ。
車を走らせて、目的の家へと向かう。
着いた先は、田んぼに囲まれた大きなお屋敷であった。
「いやあ、すんませんなあ。
わざわざお越しなすったというのに・・・、当の本人が折角長年かけて耕した自分の田畑から、離れたくはないっちゅうもんですから・・・。」
出迎えてくれた、中年の女性が屋敷奥の部屋へと案内してくれた。
奥座敷では、一人の老人が布団に横たわっていた。
かなり高齢の様子だ。
「そ・・・そうですか。
こちらとしても、無理にとは申し上げられません。
ただ、可能性の話ではありますが、死んだ後に鬼に乗り移られてしまうと、魂の成仏が阻害される恐れがあります。
そうなった場合には、我々は乗り移られた人ごと浄化いたします。
そうならないためにも、結界に守られた場所で、少しの期間お過ごしいただいた方がよろしいかと存じますが・・・。」
ジミーが必死に説得を試みる。
「ふうん・・・。
お父さん!ここに見えている方たちが、お父さんが死んで鬼に乗り移られないように、守ってくだはるって。
それには、他所へ行かないかんのやけど、大丈夫?」
娘であろう中年の女性は、布団で寝ている男性の耳元で、大きな声で話しかける。
「うん?いや?この家が良い?・・・。
どうも、ここを離れたくはないようですね。
別に、先祖伝来の土地と言う訳でもないんやけど、30年間も住み慣れた家やから、離れたくないんでしょうなあ。すんまへんなあ。」
娘さんは深々と頭を下げた。
「分りました。
その代わりと言ってはなんですが、お亡くなりになった後に鬼に乗り移られないよう見張らせるために、魔物に常時監視させることをお許しください。
魔物はごつい体をしていますが、気はやさしくて危険性はありません。
万一、鬼が乗り移って暴れ出した時の為にも、それだけはお願いいたします。」
ジミーも深々と頭を下げる。
「は・・・はい・・・。
そうですか、鬼に乗り移られると、暴れ出しますかあ。
それやったら、魔物さんにでも守っていただかなきゃなりませんわなあ。
分りました、よろしゅうお願いいたします。」
娘さんは、今度は両手を畳について深々と頭を下げた。
「まずはミッテランさんへ連絡して、見張り用の魔物を大阪まで連れてきてもらうようお願いしよう。
それで・・・次は、同じく奈良市の神倉さんで、その次が京都市の神名井さん・・・。」
屋敷を出た後で無線連絡を行った後、車に乗り込みジミーがリストを読み上げる。
封印の塔へ行く事を拒否された方宅には、鬼に乗り移られた際に操られるリスクの少ない、トン吉たちが付き添いで警護に当たる手はずになっているのだ。
結局、西日本の都市の重病人8人のうち封印の塔へと運び込まれたのは、たったの1名だけだった。
それも独居老人で、家族もいないのでどこでも平気と言って移動を申し出ただけであった。
その他の7家庭には、其々魔物たちが配置される事になった。
「ふう、ようやく終わったわね。
と言っても夜になっちゃったけど1日だけか・・・、もっと何日もかかるかと思ったけど、意外と速かったわね。」
大阪の街中で車を降りて、ミリンダが巻き髪を揺らしながら、ほっと一息ついた。
「まあ、既に連絡は行っていたみたいだしね。
だから、先方も行くか行かないか既に決めていて、迷う事もなかったから次々回るだけだった。
でも、これで監視すべき対象が7名いることになった。
この方たちが全て短期間に死んでしまう事はないだろうが、慎重に注意を怠らないようにしなければならない。
と言っても、我々にできることはここまでだろうから、明日からはまた授業再開だ。」
ジミーが張り切って笑顔をみせる。
(おい・・・)
「うん?」
ハルが辺りをきょろきょろと見回す。
「おや、どうした?」
ジミーが不思議そうにハルの顔を眺める。
(おい・・・、俺だよ。剣の精だ。)
「あっ、剣の精のおじさん、久しぶり。」
ハルは、西日本の都市へも剣を持ったまま来ていたのだ。
「うん?剣の精が話しかけてきているのかい?」
ジミーがハルの顔を覗き込むと、ハルは顔を赤くしながら小さく頷いた。
(死にそうな奴と言えば、誰か忘れちゃいないか?)
「えっ?誰かって?」
ハルが宙に向かって問いかける。
剣は背中に背負ったままだ。
(居ただろう、もう死にそうな奴が、俺様を使う人間を選んだ時に・・・。)
剣の精は尚もハルの頭の中で話しかけてくる。
「中部の村の人の事?ああ、長老さんだね。
長老さんがどうかした?」
ハルが、何のことか判らずに、尚も問いかける。
(だから、鬼に乗り移られそうな死にかけなら、中部の村の長老が一番じゃねえのかって言っているんだ。
あの時だって、今にも倒れそうだったから、戦いの輪には含めずに行司をさせたくらいだ。
それなのに真っ先にやってきて、なんか、なんにでも利用されそうな雰囲気がぷんぷんしていたぜ。)
「ふうん、中部の村の長老さん・・・。」
ハルが小声で呟く。
「中部の村の長老?
ああ、そう言えば葛籠の件の時も、所長がお体を気づかっていたねえ。
でも、リストには入っていないから、恐らく名字が違うとは思うんだが・・・、念のため。
悪いが、無線機を貸してもらえるかね。
携帯無線機だと、こんな街中のビル群の谷間では感度が悪い。
無線機がなければ、どこかのビルの屋上まで案内して欲しい。」
ジミーが傍らのロビンに願い出た。
「お安いご用や、役場のビルの中に無線室があるでえ。」
ロビンに案内されて、大阪市役所のビルの中へと入って行く。
最初に大阪に来た時に案内されたビルのようだ。
「ガガガ・の村の長老?ああ、あの時もそうだが、村を離れたくはないと頑として仙台市の病院へ入院することも拒否していたくらいだから、今回も封印の塔へ行くはずはないと、はなからリストから外してあるよ。ガガ・」
無線機の向こうの所長の返事は実にそっけないものであった。
「長老さんの名字は確認したのですか?どうぞ。」
「いや、そう言えば、名前も確認していなかったなあ・・。ガガ・・まない。ガガガ」
ジミーの問いかけに、所長は力なく答える。
無理もない、何十万人もいる都市部の人たちへの調査で手いっぱいだったのだろう。
「分りました、じゃあこれから行ってみて、確認してみます。」
ジミーは無線機のマイクを置いた。
「申し訳ないが、これから中部の村へ行ってくれないか?
大阪からでも瞬間移動出来るかい?」
ジミーは後ろで控えていたハルたちに問いかける。
「はい、もちろん大丈夫です。
じゃあ、行きましょう。」
「おっと、その前に、何はなくとも食休みと言うから、まずはご飯にしましょうや。」
ハルたちが、無線室を出ようとした時に、ロビンが呼び止めた。
そうして、一行はビルの中の食堂へと向かった。




