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81話

構想していたことの半分もかけなかったので、もうしばらくお付き合いください。

鬼編の最終章です。

                    1

『ど・・・どうしたんだ、一体?』

『ずぶ濡れじゃない、いやあー!』


 グラウンドの向こう側から、何人もの人々の叫び声が聞こえてくる。

 どうやら、鬼たちの暗示から覚めたのだろう。

 鬼たちが直接操った人々は、鬼たちが消滅すると暗示が解けてしまうようだ。


「お・・・おや、これはこれは所長さん。

 こんなところでお会いするとは・・・、というか・・・ここは仙台市ですかいな?

 わては、ついさっきまで奈良市役所に居たはずなんですが・・・」


 先ほどまで鬼に乗り移られた仙台市長たちの、盾になっていた奈良市長が我に返った後、所長に気が付き問いかけてきた。

 それは、一緒に盾となっていた大阪市長と京都市長も同様で、どうしてこの場に居るのか分からなく困惑した表情の様子だ。


「実は、仙台市長は鬼に乗り移られていたようで、あなたたちも洗脳されて操られていたようなのです。

 そうして・・・・」

 所長が3人にこれまでの状況を説明し始めた。


「皆さーん、今日の所はこのまま家へ帰って、シャワーを浴びてから休んでください。

 そうして、明日からは通常通りの生活を始めてください。


 但し、絶対にテレビは見ないでください。

 ラジオも聞かないでください。

 テレビやラジオから、離れられなくなってしまいます。


 皆さんは、この1ヶ月ほどの間、鬼に操られていたのです。

 その間の記憶はないでしょうが、これは事実です。


 鬼に乗り移られた者は、既に退治いたしました。

 もう危険はないので、安心してください。」

 ジミーは先程市民たちが流されたグラウンドの向こう側へと走って行き、我に返った人々に説明を始めた。


「なによ、私が活躍する前に、敵を退治したっていうの?

 まだ、私はマスクを外してもいないのよ。

 いいわ、だったらここでやるわよ。


 ある時は美人秘書、またある時は秘境の村の生贄の娘、またまたある時は・・・・って、ちょっとみんな・・・」

『何かわからないけど、ともかく帰ろう。』

『そうだ、そうだ。まずは帰ろう』


 その場で構えるマイキーを無視して、ぞろぞろと群衆は散って行く。

 一人取り残されたマイキーは、マスクの端に手を当てたまま、固まってしまった。



「あーあ、どうしよう・・・。」

 ハルはグラウンドの土の上に残された、3つの玉の傍で途方に暮れていた。


「うん?この玉はわしが預かっておくから心配するな。

 前の2つの玉と一緒に、封印する時に届けてやる。

 だから、安心しろ。」

 竜神はそう言いながら、3つの玉を長い爪のある指先でつまみ上げた。


「じゃあな、封印する日付が決まったら、わしを呼び出せ。」

 そう言いながら、竜神は天へ帰って行った。


「ち・・・違うよぅ・・・・。」

 残されたハルは、それでも不満そうに地面を見つめている。


「どうしたのよ、何が違うのよ。」

 その光景を見ていたミリンダが、不思議そうに話しかけてきた。


「これ・・・。」

 ハルが地面を指さす。

「うん?市長たちの亡骸と言うか・・・燃え尽きた灰よね。

 これがどうかしたの?


 そりゃまあ、彼らに罪はないのだから、灰を集めて丁重に弔ってあげればいいんじゃないの?」

 ミリンダは、布袋を手にして悩んでいるハルを促す。


「違うよ・・・。ゴローさんだよ。

 灰を集めて復活してもらうにも、市長さんたちと灰が混じっちゃったから、どうやってゴローさんのだけ集めようか、考えていたの。」


 ハルがうず高く積もった灰を眺めながら、ため息をつく。

 それは、ゴロー含め4人分の灰だ。


「それなら任せておいて。」

 ミリンダはハルから布袋を受け取ると、口元を大きく広げ叫んだ。


「ゴロー、この袋の中に集まりなさい。」

 すると一陣の風が吹き、その風に乗って灰が舞い上がると、灰の一部がミリンダの持つ袋の中へと入って行く。


「ほうらね、これで大丈夫。」

 ミリンダは袋の口元を紐で縛った。


「ありがとう。じゃあ、僕は仙台市長さんたちの分を集めるね。」

 そう言いながら、別の布袋3つに残った灰を掻き集めて入れると、1つは所長に手渡した。



「まあ、ともかくみんな無事で、鬼たちも退治できてよかった。

 乗り移られた人たちも、ハル君の魔法のおかげで成仏できるだろう。

 この灰は家族の方たちに渡して、丁重に葬ることにする。


 それよりも急いで戻って、まずはテレビとラジオ放送を取り止めよう。

 いつまでもみんなの洗脳が解けないからね。


 正規の放送が開始されるまでには、随分と時間がかかると思う。

 なにせ、放送準備と受信機の配布に追われて、番組を作ることは全く計画していなかったからね。

 市長の洗脳用の番組以外は、全く放送するものがない。


 無用の長物と化してしまったが、仕方がないだろう。

 いずれは娯楽として、復活させるとしよう。」

 所長はそう言い残して、足早に研究所のビルへ消えて行った。


「残りの2つの袋は、大阪のロビンさんに手渡して、家族の方の元へ持って行ってもらいます。」

 ハルが、所長の背中に声を掛ける。


「じゃあ、私たちも村へ帰りましょう。

 秘密基地の石で出来たベッドはこりごりよ。」

 ミッテランが、明るく皆に告げる。


「魔物さんたちは力が有り余っているから、僕たちの家のベッドでは緊張して眠れないっていうけど、僕たちは柔らかいベッドの方がやっぱりいいですよね。」

 ハルも明るく返す。


「ようやくこれで、中学生になれるのよね。

 勉強は嫌だけど、学校が無くなるのは困るわ。」

 ミリンダも続く。


「そうだな、既に1ヶ月は授業が遅れているから、明日からの追い込みは相当に厳しいぞー」

 市民たちへの説明から戻ってきたジミーが、不敵に笑う。


「いやあー!

 何事も、急に進めるのは健康に悪いのよ。

 まずは、簡単な所からゆっくりと進めないと・・・。」

 その言葉に、ミリンダが恐れをなしたように震えながら話す。


「大丈夫だって、土曜は勿論、日曜日も返上で続けて、何とか1学期の終わりまでには追いつくようにしよう。」

 ジミーは明るい笑顔で何度も頷くが、ミリンダはがっくりと肩を落とした。

 ハルを除いた全員が整列して、ミッテランの瞬間移動で村へと戻って行った。



「うん・・・、どうしました?」

 大阪を経由したハルが家へと戻ると、既に暗くなっている部屋の中で、おじいさんはじっとソファに腰かけたまま動かないでいた。


 その視線の先にはテレビがあるが、画面には何も映ってはいない。

 仙台市が放送を中止したために、電波が受信できなくなったのだろう。

 ところが、おじいさんはその場を動こうともしていないのだ。


「おじいさん、どうしました?」

 ハルはもう一度、今度は少し大きな声で尋ねてみる。


「うん・・・?おや、ハルか。

 どうしたもこうしたも、楽しみに見ていたテレビ放送が、突然映らなくなってしまったんじゃよ。

 壊れてしまったのかのう。」

 ハルじいさんは、心配そうにテレビのリモコンを何度も押し直しては、画面の様子を窺っている。


「放送は、鬼たちがみんなを操る為に使っていたので、そのような危険な放送は取りやめになったんです。

 先ほど、仙台市のグラウンドで、鬼に乗り移られた人たちを葬ってきました。」


 ハルは、少し沈痛な表情でおじいさんに告げる。

 やはり、死んだ後に鬼に乗り移られていたとはいえ、人間に向かって魔法を使ったことに、心を痛めているのだろう。


「そうか、ふうむ。

 それよりも、テレビ放送じゃ。

 まだ映らんのかのう。」


 どうやら、おじいさんの暗示は、まだ解けてはいないようだ。

 暗示と言っても、テレビを見続けるだけではあるのだが・・・。


「あ、あ・・・、本日は晴天なり、本日は・・・。

 これでいいのか?」

 突然テレビ画面が明るくなり、一人の中年男性が映し出された。

 誰あろう、近代科学研究所の所長だ。


「皆さんに、残念な報告があります。

 先日の選挙で選出された、仙台市新市長の神部市長ですが、実は鬼にその体を乗っ取られておりました。

 彼はテレビ放送を通じて、全国の人々に強烈な暗示をかけて、思い通りに操ろうと考えていたようです。


 そうです、皆さんを洗脳しようとしていたのです。

 その為、仙台市長が行っていたテレビ及びラジオ放送は中止します。

 放送プログラムが確立するまでは、当面この放送が繰り返し放送されます。

 どうか、テレビやラジオから離れて、今まで通りの生活に戻ってください。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・」

 どうやら、暗示が切れずにテレビから離れようとしない人々の為に、所長が緊急放送を開始したようだ。

 この内容の放送を繰り返し流すと言っている。


 それから2日ほど、おじいさんはテレビの前に座り続けたが、3日目になるとようやく畑仕事へ出るようになってきた。

 それでも夕食時にはテレビ画面にくぎ付けの様子だったが、1週間ほどで同じ放送ばかりのテレビには飽きたと言いだして、それ以降はテレビを見ようともしなくなった。


 ようやく暗示から覚めたのだ。

 恐らく、どの家庭でも同様に暗示から覚めていることだろう。



「やりました、ついに戦後製造のトランジスタ完成です。」

 研究所助手が、試作品の部品を持って勢いよく所長室へと入って来た。


「特性試験も問題ありません。

 これから、製造へ取り掛かります。」

 助手は自分の指先に付いた黒い点でしかないトランジスタを、いとおしげに見つめながら元気に報告した。


「おお、そうか。

 よくやってくれた。

 薬品やガスなど、今後の製造に不足するものはないか?」

 所長も嬉しそうだ。


「はい、マスクも旧文明のものが使えますし、薬品もその時の在庫が残っていました。

 旧文明時代にはロット当たり、何万石、何十万石という大量生産のようでしたが、今の人口であれば小口の生産で賄えるので、在庫の薬品やガスだけでもかなりの種類のトランジスタが作れるでしょう。


 複雑な段取り替えなどがあるようですが、人手と時間だけは十分に確保できます。

 少ない資源を有効に使って、最大の効果を出せるよう頑張ります。」

 助手は力強く答える。


「そうか、引き続き頑張ってくれ。」

 所長はそう言いながら、助手の後姿を見送った。


 京都のLSI工場も順調に立ち上がり、旧文明時代のLSIや超LSIといった高集積の半導体部品の試作品が作られ始めた。

 自分が生きている間に、ここまで復活するとは考えていなかった所長にとって、鬼たちが残した物は無駄な事ばかりではなかった。


 無理を通したことによって、恐らく十年や二十年・・・いやそれ以上の期間を短縮することができたであろう。

 果たして、これが良い事なのか・・・とも考えたが・・・いいことと考えることにした。


 勿論、無理をした事によるしわ寄せ・・・技術者確保の為に配置変更された、医者や看護師に加え、警察や消防など生活に必須の職業についていた人たちは、元の所属に戻した。

 当面は忙しい日々が続くだろうが、頑張ってもらいたい。


 技術開発に携わる人手は減ったにしても、それでも生産技術は向上しているので、以前よりも旧文明技術の復活は加速されていると考える。

 恐らく、今後は近代科学研究所のスタッフだけでも、相当な速さで進展して行く事だろう。

 人類の栄華を誇った旧文明・・・そのレベルに達する日もそう遠くはないだろうと、所長は地上の楽園に思いを馳せた。



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