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8話

                       8

 アンキモと紹介された魔物の傍らには、トンネルに入ってから度々襲い掛かってきたドラジャと、ハッチンが数匹囲んでいた。

 アンキモはプラットホーム奥の暗がりからゆっくりと前へ出てきて、明かりの下へとやってきた。

 顔は提灯アンコウを思わせるように、大きな口と真ん丸な目が印象的で、額上部から疑似餌が顔の前にぶら下がっている。


「わしが、このトンネルの中の魔物のボスだ。

 このトンネルは長いことわしら魔物だけで、人間なんかを見かけるのは本当に久しぶりじゃ。

 人間の味なんかはとっくに忘れてしまっておるしな、特にお前たちのように肉付きの悪い子供では、別に食べる気にはなれん。


 そこで相談じゃ。

 どうかな、お前が今広げている食べ物を全ておいて行けば、お前たちを何も言わずに通してやろう。

 悪い話ではあるまい、どうじゃ?」

 アンキモは、頭からぶら下がっている疑似餌を揺らしながらハルたちを見て言った。


「この食べ物は、この先何日も旅をする僕たちのために、貴重な村の食材を使って作ってくれた大切な食べ物です。

 これを全て置いて行っては、旅を続けることは出来なくなってしまいます。」

 ハルは、広げた弁当を急いでしまって自分のカバンの中に入れた。


「それじゃあ、わしらに自分たちごと食べられてしまうぞ?それでも良いのか?

 魔法で叩きのめされて食べ物を力づくで奪われ、そして自分も食われてしまうのじゃぞ?


 これまでのお前たちの戦いぶりは、こいつらに聞いてよく知っている。

 お前たちは弱い魔法しか使えないのだろ?

 それではわしらの敵ではないぞ。」

 アンキモは尚も鋭い瞳でハルたちを睨みつけて、凄んで見せた。


「ふんだ!洞窟の天井が破れて海の水が落ちてこないか心配で、強い魔法が使えなかっただけよ。

 自分の命と引き換えなら使うわ。やるっていうんなら相手をするわよ。」

 さっきまで腰が引けていたミリンダであったが、開き直ったのか凛として戦闘態勢の構えに入った。


 そのミリンダを左手で制して、ハルが一歩前へ出て言った。


「さっきも言った通り、せっかくおじいさんたちが用意してくれた食べ物を全て差し上げることは出来ません。

 では半分だけ差し上げるという事ではどうでしょう。

 今僕は24枚の干し肉と24個の干し芋を持っています。

 そのちょうど半分の12枚の干し肉と12個の干し芋を差し上げますから、これで通してください。」

 ハルはもう一度カバンの中から弁当を取り出すと、アンキモに中身が見えるようにして持った。


「だめだ、全部よこせ。そうでなければ通さん。」

 アンキモは大きく首を振った。


「では仕方がありません。僕たちは戦います。

 それで万一僕たちが破れることがあっても、僕はこの弁当を全て焼き尽くしてしまいます。

 つまり、あなたたちはこのおいしそうな弁当は全く食べられなくなりますよ。

 それでもいいですか?」

 ハルは、めずらしく厳しい口調でアンキモに言い放った。


「ま、まて。その弁当を全て焼かれては困る、炭になって食べられなくなってしまうではないか。


 うーん・・・仕方がない、半分で良いからその弁当を置いて行くのじゃ。

 そうすればここを通してやろう。」

 アンキモは少し困った顔をしたが、すぐにあきらめた様にため息を付いた。


「えーっ?ちょっと待ってよ。大切な食べ物を、こんなやつらに渡してしまうってわけ?

 冗談じゃないわよ。戦いもせずに負けなんて、私のプライドが許さないわ。

 だめよ、渡さない。」

 ミリンダが、ハルの前に立ちはだかって止めた。


 しかし、ハルは冷静にミリンダの瞳を見つめて囁いた。


「大丈夫。僕の弁当しか見られていないから、僕の弁当だけから分け与えるからミリンダの分は分けなくてもいいよ。

 彼らが強いかどうかは判らないけど、戦いになればこちらだって無傷でいられるとは限らないでしょ。

 なんせ、相手は大人数だからいっぺんに攻撃されたらとても防ぎきれないと思うよ。


 旅は始まったばかりだから、ここで無理をするよりも、食べ物を分けるだけで済むんだったら従ったほうがいいと思うよ。

 ここを通らせてもらう通行税と考えれば、そんなに気分も悪くないでしょ。

 それに僕に少し考えがあるから、黙って見ていてね。お願いします。」

 ハルは、ミリンダに向けて右目をつぶって見せた。

 左目はぎごちなく白目をむいていた。


「な、なによ、それはウインクのつもり?まあ、いいわよ。

 私の分が減るんじゃなければいいけど、後で自分の分の食べ物が無くなって私の方を見られても・・・

 まあ、考えてやらないでもないけど、あまり期待しないでよ。」

 ミリンダは、しぶしぶ頷いて引き下がった。


 ハルはアンキモの元へと歩み寄り、弁当の包みの中から干し肉を取り出し、アンキモの右手の上に積み重ねだした。


「1枚、2枚、3枚・・・ところで今は何時ですか?」

 ハルはアンキモの左手の手首のあたりに付いているものに見覚えがあった。

 権蔵さんの家で見たカタログに載っていた、腕時計という物であることを知っていたのだ。


「おっ、今か?今は8時じゃ。

 どうじゃこの太陽の光もささない暗いトンネルの中だというのに、正確な時間が判る。

 これもわしが持っているこの時計という物のおかげじゃ。

 感謝するのじゃぞ。


 ずいぶん前にこのトンネルを通ろうとした人間から巻き上げたものだ。

 この時計のお礼に素直にここを通してやったのだがな。

 弱そうな奴だったから、きっと目的地まで行けずにどこかでやられてしまったことだろうがな。」

 アンキモは得意げに左手首に付けている腕時計を周りに見せびらかせた。


「9枚、10枚、11枚、12枚っと。

 これで干し肉は12枚ですね。」

 ハルはアンキモの顔をじっと見つめ、返事を待たずに干し肉の袋を片付けてしまった。


「あ、ああ。12枚かな。」

 アンキモは何も言えずに従った。


「では次は干し芋ですね。

 1個、2個、3個・・・ところで、今何時でしたっけ?」

 ハルは干し芋をアンキモの手のひらに重ねながらまたも問いかけた。


 それに対して、アンキモはしたり顔で答えた。

「どうも、腕時計を見て注意を逸らそうという作戦だな。

 今時計を見たばっかりで憶えているわい。

 えーっと、そう8時だ、8時だよ。どうだ。」

 アンキモは得意げに胸を張って答えた。


「はーい・・・9個、10個、11個、12個。

 これで干し芋も12個行ったよね。」

 ハルは微笑みながら干し芋の袋も片付けてカバンにしまった。


「えーっと、ちょっと待てよ。

 どこかで聞いたような・・・ああー、なんだったか記憶の片隅に・・・・

 いくら魔物の姿をしているからって、馬鹿にすんじゃねえ。野郎ども!」

 アンキモの号令で、周りの魔物たちが一斉に臨戦態勢に入った。


 大量のハッチンやドラジャ達がハルたち目がけて襲い掛かってくる。


「凍れ!!!凍れ!!!」

 ハルは魔法でハッチンの体を凍らせて、地面に落とし続けていく。


 そうすると、今度は細長いストローのような口を持つ、魚の顔をした魔物が飛び出してきた。

 彼らはその細長い口に含んだ海水をハルたちに向かって勢いよく吹きかけてくる。

 鉄砲魚の魔物テッチンだ。


「いやー、攻撃自体は大したことが無いけど、なんか嫌! 気持ち悪い。」

 海水を吹きかけられたミリンダは、両手で顔を覆ってしゃがみこんでしまった。


「炎の竜巻、燃え尽きろ!!!」

 大きな炎が巻き上がりハルの体から渦状に広がって行く。

 テッチン達は炎にひるんで後ろへと下がる。

 すると、その横から低い声が聞こえてきた。


「津波!」


 アンキモが唱えた魔法で突如出現した大波により、トンネル内の全員が飲み込まれてしまった。


「うぇ、げほっ。げほっ。」


 数分ほど時間が経過して、ようやく水が引いた後、ミリンダもハルも大量に水を飲んだ様子で、ホームにずぶぬれの姿で跪いていた。


「この魔法は、我々魚系魔物は全然平気だが、ドラジャなんかは流されていってしまうので、あまり使いたくはなかったのだが仕方がない。

 まあ、やつらとて死んでしまう訳ではない。

 時期に戻ってくるだろうから平気だ。


 さて、どうする。もう一度使えばお前たちは溺れ死んでしまうだろう。

 それが嫌なら、食料を全て置いて行くのだ。」

 アンキモが勝ち誇ったように、その大きな体でハルたちを見下ろしている。


 ハルとミリンダは、ゆっくりと立ち上がって、少し後ずさりした。


「ハル、炎系の魔法を弱くコントロールして、服を焦がさないくらいに。

 出来るわね。」

 ミリンダが横のハルに小さな声で囁いた。


「うん、大丈夫だよ。

 ミッテランおばさんに言われて、練習したから。」

 ハルは、ミリンダの言っていることの意味は分からなかったが、それでも自信満々に答えた。


「じゃあ、すぐにやって。」

「うん、少し燃えろ!!!」

渦風(ウインドストーム)!!!」

 ハルとミリンダの魔法で二人の体の周りを、弱い炎が竜巻のように包み込んだ。

 ハルが発生させた炎を、風の魔法で体にまとわりつかせているのだ。


「うん?何の真似だ?

 津波から体を守る壁のつもりか?

 そんな程度のもの、津波の前では何の役にも立たんぞ。」

 アンキモは、ハルたちの行動を鼻で笑っていた。


 それでもなぜか、もう一度津波を起こす気はないようで、ハルたちの行動を見守っている様子だ。

 すると、段々と二人を包む風は収まってきたようだ。


「判っているわよ、こんなの津波には役に立たないわ。でも、服は乾くのよ。

 モンブランタルトミルフィーユ・・・爆裂(サンダ)雷撃(バースト)!!!」


 ミリンダが唱えると、ドーンという巨大な雷鳴と共に、辺り一面眩いばかりの閃光に包まれた。


「ギャー。」

 叫び声とともに、アンキモはホームに尻餅をついたように座り込んでいた。

 感電したようで、頭から煙が上がっている。

 魔物達の大半は雷のショックで気絶しているようだ。


「どう?もう一度電撃を喰らって見る?」

 ミリンダは勝ち誇ったように、座り込んでいるアンキモを見つめた。


「い、いや。参った。降参だ。

 でも、こんな狭い中で強烈な魔法を唱えて、どうしてお前たちは平気でいる?

 雷様か?」

 アンキモは、雷の衝撃にも平気なハルたちを不思議そうに見ていた。


「そうじゃないわよ。私たちはゴム底の運動靴を履いているの。

 ゴムは電気を通さないから、近くを電撃が通っても、直接触れなければ平気な訳。

 でも、体が濡れていると、電気が通りやすくなるから、先に乾燥させたの。」

 ミリンダの説明で、アンキモはハルたちの足元を見た。


「そ、そうか。 よく判らんが、これは返す。」

アンキモは、先ほどハルから受け取った干物の包みを差し出して降参した様子だ。


「いいです、これはアンキモさんにあげたものだから。」

 ハルは干物の包みを受け取らなかった。


「ええっ?いいの?」

 ミリンダは驚いて、ハルに聞き返したほどだ。


「津波をもっと強力にすれば、1回だけの攻撃で僕たちは溺れていたはずです。

 それなのに溺れさせようともしないで、僕たちが降伏するのを待っていました。


 脅すだけで危害を加える気はなかったんでしょう?

 魔物と言うよりもずいぶんと人間くさいよね。

 アンキモさんは元は人間なの? 実は僕たちは・・・・」

 ハルは首をかしげながら、アンキモを見た。

 そして、この旅を始めた理由をアンキモに判りやすく説明した。


「へっ?人間?俺は生まれた時からこの姿、根っからの魔物だ。

 人間じゃあない。だが、まあいい。

 お前さんたちのやろうとしていることは、人間界だけじゃなく魔物にとっても重大なことのようだ。

 戦争っていうやつになると、爆弾っていうのが沢山空から降ってきて、お前さんたち人間だけではなく、俺たち魔物も一瞬で大量に殺してしまうという訳だな。

 折角住み着いた世界が、滅亡の危機という訳だ。


 こりゃ、こんなじめじめとしけった海の底のトンネルなんかで、争っているような場合じゃないという事が、この俺様にもはっきりとわかった。

 どのみちコテンパンにやられて降参だしな。


 おい、銀次。二人に付いて行ってやんな。

 この先で魔物たちに襲われないように、話をつけてやれ。

 そしてこのトンネルの出口まで丁重に送り届けるんだぜ。いいな。」

 アンキモが左手に立っている、魔物に言いつけた。


 ハルたちがこのプラットホームにたどり着いた時に最初に話しかけてきた魔物である。

 どうやらボスであるアンキモの右腕なのであろう。

 体は人間で、全身青白い鱗で覆われているが顔は狐の様で、尻からは獣のような毛でおおわれた大きな尻尾が生えている。


 銀次はハルたちの先頭に立って歩き出した。

 松明の明かりがなくても前が見えるようで、ずんずんと進んで行く。

 やがてハルたちも暗闇に目が慣れてはきたが、それでも自分たちの手が届く範囲しか認識できず、銀次の進む方向に付いて行くだけであった。


 銀次を連れ立っているせいか、どうやら魔物たちは全く襲ってくる気配は無いようである。

 やがてハルたちは空腹を覚えて、食事にすることになった。


「僕たちの旅はまだまだ続きます。その為食料は一番貴重なのだけど、ずいぶん分けてしまいました。

 これからは節約して少しずつ食べていかなければなりません。」

 ハルが残念そうに呟いた。


 それを聞いていた銀次が魔法を唱えると、見る見るうちに銀次の体がトンネルの壁に溶け込んで行って、しまいには見えなくなった。

 しばらくすると、同じ壁から今度は銀次の体が少しずつ浮かび上がってきた。

 しかも今度は手には魚を抱えていた。


「これは、アジって魚だ。今生きていた奴だから新鮮だよ。

 悪かったなあ、俺たちのボスであるアンキモさんの事情で、少しとはいえ食料を取られてしまって。

 これは、ほんのお詫びの気持ちだ。」

 銀次は、捕まえてきた3匹の魚をハルたちに手渡した。


「えっ?今どうやったの?

 お魚を簡単に取れるの?

 それなのに僕たちの食べ物を奪ったの?

 アンキモさんの事情って何?」

 ハルが不思議そうな顔をして、銀次を問いただした。


「俺の特技なんだが、俺は壁なんか通り抜けられるんだ。

 もともと魚系の魔物だから、海の中もへっちゃらってわけ、ここにエラがあるしね。

 だからトンネルの壁を通り抜けて海へ出て、魚を獲ってきて普段はみんなで分け合っているのさ。


 だけれども、ボスの娘さんが・・・娘さんって言ったって俺たち魔物は子供を産むわけではないから本当の娘ではないさ。

 たまたまボスが生まれた時に一緒にいた小さい女の子の魔物を娘って決めたんだよね。


 でもこの子が病弱で寝たきりなんだ。

 毎日の食事が生魚ばっかりで、死ぬまでに一度でいいから乾いた食べ物が欲しいって言い出したんだ。

 でもこんな海の底のトンネルで、いつもじめっとしけっている中で乾燥した食べ物なんか手に入るわけないじゃない。それでもボスは一生懸命トンネルの端から端まで探したんだ。


 でも、我々トンネルの魔物は魚系の魔物が多くておてんとうさまの光に弱いし、エラが乾燥すると息が出来なくなってしまうんだ。だから昼間は外へも出られないため、干し魚もつくれやしない。

 トンネルの外に干しておいても番が出来ないから、その辺の動物や魔物に持っていかれてしまうんだよ。


 そこへ、お前さんたちが来て干し芋や干し肉を持っていることが判ったから、ちょっと頂くことにしたというわけさ。悪気はなかったんだ。すまなかったね。」

 銀次は、自分の顎の裏にあるエラを指さして説明した後、申し訳なさそうに深々と頭を下げた。


「ふーん、魔物たちは人間を襲うものだと思っていたけど、全部がそうじゃないんだね。」

 ハルが銀次の肩を叩いて、気にするなとばかりに微笑みかけた。


「そりゃあ、くいもんに困れば人を襲うこともあるだろう。

 だけれども、このトンネルの中の魔物たちは、俺がとってくる魚で十分腹を満たすことが出来るのさ。

 それならば、わざわざ人間なんか襲おうとも考えないよ。今回だけは別だけどね。

 まあ、かわいい娘のために努力するのが人情ってもんさ。」

 銀次も笑って答えた。


「ぎえーっ!!洞窟の壁をすり抜けて海底まで行ってるって?

 壁が弱くなって洞窟の天井が抜けたりしない?

 海水がドバっと入ってくるようなことはない?」

 ミリンダが震え上がって後ずさりした。


「えっ?このトンネルの天井が抜けることを心配しているのかい?

 大丈夫だよ。この壁抜けは壁に穴を掘って進んで行くわけじゃないから。

 壁を通り過ぎていくんだ。

 このトンネルは海底から百メートルの深さになるから、さすがに通り抜けるのは苦労するがね。」

 銀次はお腹を押さえながら大笑いした。


「うーん、アンキモさんといい銀次さんといい、どうも人間くさいね。

 もとは人間だったんじゃないの?」

 ハルが首をかしげてつぶやいた。


 ミリンダは銀次が獲ってきた魚のエラに紐を通し、ハルと銀次にそれぞれ紐の片方ずつを手渡した。

 そして自分は火打ち石で種火を付けて、持っていた松明にもう一度火を移し、地面に置いた。そして炎の上に魚が来るようにハルと銀次に指示をして、焼き魚を作った。


「そうだ、火打ち石があれば焼き魚が作れるよ。

 そうすれば常に生魚ばっかりという事もないんじゃない?」

 ハルが、魚が焼けているところを見ながら嬉しそうに言った。


「このトンネルの中の魔物は、魚系が中心だから炎系の魔法は使えない。

 しかも炎は苦手だから、火打ち石なんかもらっても使えそうもないよ。

 第一このトンネルの中には、木や板など燃えるものなんかは全くないから。


 幸い我々魚系の魔物はもともと深海を泳ぐせいか、暗いところでも困らない。

 だけど、明かりのあるところに集まる習性はあるから、あそこの明かりに惹かれて集まっているのさ。

 気持ちだけ頂いておくよ。


 そもそも、我々はもともと本州の北の果ての海岸近くに住んでいたのだけど、人間たちに追いやられてほかの魔物たちと一緒にこのトンネルへと逃げ込んだのさ。


 他の陸上の魔物たちはほとんどがそのまま北へと抜けて行ったけど、我々魚系の魔物にとっては、トンネルの中の環境が生きていくには最適だったんで、そのままここに住み着いたという訳さ。

 陸上の魔物の中でもドラジャ達なんかもこのトンネルの中が好きで残った奴もいるしね。


 このトンネルに住み着くようになってから何十年かたって、人間たちを襲おうにも攻撃魔法すら忘れてしまったものがほとんどさ。

 だから、ボスの脅しは本当に言葉だけで、それでも少しでも食料を分けてもらえたのは、本当にありがたかったんだよ。」

 銀次は、遠くを見つめるような目をして残念そうに答えた。


「ふーん。正直に話してさえくれたら、素直に肉や芋を分けてあげないこともなかったのに。

 それを脅かすもんだから・・・。」

 ハルが不満げに呟いた。


「いやあ、本当に申し訳ない。でも、我々魔物が何を言おうが人間なんて信じてはくれないだろう?

 だから、驚かしてでも手に入れようとしてしまったのさ。」

 銀次はハルに申し訳なさそうな顔をして答えた。

 焼き魚が出来て、銀次も一緒に食べた。


「いやあ、なんか懐かしい味がするなあ。

 小魚を一気に何匹も丸呑みするのとは違った感覚だ。

 ずいぶん昔に味わっていたような味がするよ。

 本当においしい。君らが行ってしまうと、これが食べられなくなるのは非常に残念だよ。」


 銀次は焼き魚を口いっぱいにほおばりながら笑った。

 ハルは火打ち石を無理やり銀次に手渡した。


「ドラジャは火をそれほど怖がらないはずだから、火打ち石も使えるはずだよ。

 燃やすための木の枝などは、夜にでもトンネルの外の森に行って、定期的に集めてくるしかないけど、それでも焼いた食べ物が出来れば、料理の種類が増えるでしょ?」

 ハルの申し出に、銀次も大きく頷いた。


 その後も食事休憩のたびに銀次が魚を獲ってきてくれるので、ハルたちはずいぶんと助かった。

 余った魚は焼き魚にして当面の食事にするため、バックへと入れた。

 長い道中ではあったが、ようやくトンネルの出口まで到達し、銀次に別れを告げるときが来た。


「これから先は、俺たちもどうなっているのかは判らない世界だ。

 でも、確かに魔物たちがトンネルにやってくることは、もう長いことなかった。

 だから外の世界には魔物たちはそれほど多くはないのかもしれない。

 それでも、十分に注意していくようにな。」

 銀次は、ハルたちに向かって明るく微笑んで激励した。


「うん、僕たちも魔物の中には銀次さんたちのように、人間を襲わずに自分たちだけで生活しているいい魔物がいるんだってことを、広めていくよ。本当にありがとう。助かりました。」

 ハルも、銀次の両手を握って答えた。


「洞窟の天井から重いものを吊ったり、壁を叩いて壊さないように十分注意して生活するのよ。

 海の水が落ちてきたら大変なんだからね。」

 ミリンダは腰を引きながら少しでも早くトンネルから出ようとしていた。


 銀次はそんなミリンダを笑って見送ってくれた。



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