78話
12
「では、半導体工場の修復は、予定通り進めます。」
「うむ、そうしてくれ。」
白衣姿の若い男は、白髪交じりのこれまた白衣姿の中年男性に軽くお辞儀をしてから、部屋を出て行った。
彼の後姿を見ながら、仙台市近代科学研究所の所長は『ふうっ』とため息をつく。
これで、半導体工場の復活の目途は立った。
大阪の液晶パネル工場と、京都の大きな半導体工場の稼働も、もうじき開始されると聞いている。
すでに、大阪ではモーターなどの動力部品などは生産可能な状態と報告が来ているし、これでほとんどの家電製品が数年以内で生産可能な状態となることだろう。
大変に喜ばしい事だ。
こうなるまでに、まだ十数年は必要と想定していたのだが、新仙台市市長の強烈なテコ入れと、それと同時に西日本の3都市との連携体制により、急速な旧文明技術の復興作業が進んだのだ。
これが、本当に生き残った人類の生活環境を整える目的であれば、素晴らしい事だ。
だがしかし、この先には軍需産業への転換と言う、恐ろしい目的がある。
素直に喜ぶことは到底できない。
更に、ここまで急速に一部の事業に偏った取り組みをしてきたがために、犠牲になった事柄も多数ある。
増え続ける人口を支えるために、農地確保のための耕作が滞り、農作物の収穫量が落ち込んできている。
このままだと数年先には、折角蓄えた備蓄食糧にまで手をつけなければならなくなりそうだと、市役所の食料担当の係員が嘆いていたのだが、最近は家に引きこもってしまい出所していないと聞いている。
また、優秀な人材を全て技術者に転用したために、医者不足や看護師不足も発生してきている。
その他、電化製品や自動車などの修理、整備士までもが駆り出されてしまっているため、故障した時の対応も出来ない状態となっている。
このように、市民生活を脅かすようなレベルまでの極端な体制を取った為の恩恵であり、様々な事を考慮すると素直には喜べないといった現状なのだ。
ところが、普段であればそのような不便を感じれば、市役所または研究所の方に苦情が寄せられるはずなのだが、そのような報告も上がっては来ない。
市民レベルのデモの発生もなく、穏やかな日々が続いているのだ。
全ての市民が現状の方針に満足しているかのように・・・しかし、不便さを感じないはずはないのだ。
そう考えて見ると、ここの所おかしなことが続いている。
北海道の村での学生の失踪を契機に、仙台市から出向しているジミーも行方不明となっている。
おかげで村との定期連絡もこのところ途絶えがちなのであるが、同僚の先生たちは代わりに定時連絡をしようともしないで、しかも学校へも通ってはいないとも聞く。
一体どうなっているのかと、問いかけをしたいのだが問い合わせる対象も居なく、また釧路まで行っている暇もないため、確認の取りようがない状態だ。
そういえば、仙台市でも学校は臨時休校のような状態が続いていて、先生たちは自宅待機の状態だとの報告が先日あったような気もする。
市役所の職員も、一部を除いて自宅待機の様子だし、警察や消防署なども同様に機能していないと聞く。
元々、犯罪など起こったこともないのだが、それでも交通事故の処理や交通整理、加えて火災や災害などの対処など、放ってはおけない日常的なトラブルの発生はあるはずなのだ。
ところが、そういったトラブルによる苦情さえも寄せられていない様子だ。
冷静に考えれば、現時点でまともに活動をしているのは、この研究所と半導体工場の修復に当たっているメンバーだけのようにも思えてきた。
何かおかしい、何かが起こっているのだが、その何かが分らない。
なにせ仕事が忙しすぎて、関係者以外と口を利く機会もほとんどないのだ。
おかしな情報は入ってくるのだが、その原因を探るどころか、その情報の真偽を確かめる事すら出来ていないのだ。
所長は、ふと机の上にさりげなく置いてあるメモに気が付いた。
それには、こう書かれてあった。
『いつもお疲れ様です。
たまには自宅へ戻って、ゆっくりと休息してはいかがですか?
そうすれば、現状が見えてきますよ。 サングラスの爆弾処理技術者より』
「ふーむ。」
このメモを見て、うなっていた所長だったが、少し考えるとおもむろに席を立った。
そうしてエレベーターに乗ると、上階へのボタンを押す。
久しぶりの我が家である。
研究所の最上階のペントハウスに住んでいるとはいえ、めったに帰ることはない。
仕事が忙しい時には、着替えもシャワーも所長室で済ませてしまい、ここへ戻ることはないのである。
所長は、久しぶりの我が家のドアを開けた。
もちろん、鍵などかかってはいない・・・というより、訪問者など居るはずもない。
無人の廊下を歩いて、居間へと向かいソファに腰を下ろした。
「お久しぶりです、ハルです。
ちょっとお時間を頂けますか?」
すると、ソファの後方から声がしてくる。
無人であったはずの廊下側からの声だ。
「おお、ハル君か。
ジミーからのメモを見た時に、もしかしたらと考えていたのだが、君が置いてくれたのか?」
そんなことには少しも動じずに、所長は首を回して後ろの様子を窺った。
「はい、そうです。
ここで長話は出来ませんから、申し訳ありませんが屋上へ向かってくれませんか?」
所長の目線の先には、無人の廊下が続いているだけだ。
「ふうむ、どうやら何か事情がありそうだな。
屋上へ行けばいいんだな。」
所長はそう言うと、立ち上がって屋上側の玄関ドアを開けて外へと出た。
すると彼に続いて、玄関を飛び出した2つの影があった。
一つは小さな少年で、もう一つの影はトカゲのような顔をした魔物であった。
「これから、僕たちの基地までご案内します。」
少年はそう言うと、所長の手を握り、魔物と一緒に中空へと掻き消えた。
一旦、眼下にある研究所裏手のグラウンドに降り立ち、更にもう一度瞬間移動する。
「ほう、ここが君たちの基地と言う訳だな。
石造りの立派な塔じゃないか。
こんな建物を短期間に作ったという訳かい?すごいなあ。」
瞬間移動した先で原野の中央にそびえ立つ、見上げるような巨大な塔を目の当たりにして、所長は感心したように呟く。
「いえ、この塔は、かつて我々と対立して居た、トン吉さんたち魔物が住処としていた塔です。
東京の爆弾を処理しに本州へ渡るために、洞窟の鍵を探しに来たところで、ミリンダと再会した場所です。」
「おおそうか、あの時話しに聞いた、封印の塔だね。
今は使用していないから、隠れ家として利用している訳だ。
それはそうと、家の中ではずいぶんとうまく姿を消していたようだね。
どこに居たのか、まるで分らなかったよ。」
所長は感心したように、すぐ脇に居る小さな少年の姿を見下ろした。
「ここに居る魔物は、レオンといってカメレオン系の魔物です。
背景の色に体を変化させて、風景と同化することができます。
いわゆる保護色ですね。
目で見た背景と同化することができるので、僕は彼と壁の間に隠れていました。
そうすると、一方向からは姿が全く見えなくなります。」
ハルは、そう言いながら恥ずかしそうに笑った。
対するレオンは、自慢げに胸を張って誇示する。
「ほう、随分とうまいことを考えたものだね。
それはそうと、こんなところまで連れてきて、どういった用件なのだい?」
所長はハルの言葉に感心したように何度もうなずきながら、ここまで連れられてきた目的について問いかける。
「申し訳ありませんが、念のため確認させてください。」
ハルはそう言いながら、所長を塔の中へと導き、1階フロアの中央にある椅子に腰かけさせた。
「ここで、暫く待機願います。
何も聞かずに従ってください、お願いです。」
ハルは真剣な表情で告げる。
「あ・・・ああ、いいよ。」
その雰囲気に押されるように、所長は小さく頷く。
ハルはそのまま階段を上がって行ってしまった。
入って来た塔の入口には、レオンと紹介された魔物が立っている。
仕方がないので、所長は椅子に座ったまま、今まで起こった事象を思い出して、分析を始めた。
気にはなっていたのだが、今まで仕事が忙しすぎて深く考えることができなかったことである。
丁度いい機会と考えて、深い思考に入る。
(事の発端は、仙台市新市長の放送技術の確立という指示から始まった。
西日本の技術者の要請をして、何とか期日まで間に合わせたのだが、その協力関係により、お互いの存在を知っていながらも、それほど親密な関係に至らなかった西日本の都市との連携も強化され始めた。
思えば、新都心を名乗る仙台市と日本の復興の中心地と考えている西日本の都市の、どちらが主として日本と言う国を背負って行くのか、お互い口には出さなくとも意識していた面はあったのかもしれない。
そのような事情にも関わらず、次々と協力せざるを得ないような命題を突きつけられて、技術革新とも言える急速な旧文明の復興が果たされそうなことは、仙台市新市長の手腕によるものだと考える。
しかし、本来ならばそう簡単に進むはずもない事柄なのだ。
互いの覇権争いはもとより、何よりも市民生活を犠牲にしてまでも加速してきたため、急速な発展を遂げられたのだ。
ところが、それらによる一切の苦情は寄せられず、更に西日本の各都市の市長も仙台市市長に従っている状況だ。
それほど魅力的とは感じられない、神部市長とその方針に何も言わず従う理由が想像できない・・・・・。
いや、あるか・・・・。
洗脳による、操り・・・・鬼か・・・?
広域にわたって大勢の人々を洗脳する・・・そのための放送網か・・・・。
地道に放送器具をそろえて放送網も広げていく・・・それを成し遂げたら、今度は産業の復興を進め、軍事へ転換していく。
ずいぶんと時間がかかる、気の長い作戦だ。
短期間で周りの人々を操って思いどおりに動かすとか、洪水や地震を起こして人々に被害を与えるとかして、神獣を天へと昇らせるという、今までの鬼たちのイメージとはかけ離れた行動だったために、注意が行っていなかった。
しかし、広域放送こそが大勢の・・・それこそ日本国中の人々を操るための、最良の方法だ。
考えてみれば尤もだが・・・、盲点だった。
そう考えれば、神城副市長と田神助役・・・神城と田神と言えば、京都と大阪で長雨を降らせたり、地震を起こしたりしていた、鬼に乗り移られた人たち・・・・・。)
「所長さん・・・、起きてください。
どうですか?テレビを見たいという欲求は起きていないですか?」
所長の考えがそこまで達した時、目をつぶっていたので眠っていると思われたのか、背後から体をゆすられた。
「いや、眠っていた訳ではない・・・。
ハル君か・・・・。テレビなど、試験放送用のパターンは開発中に何度も見ていたけど、放送が始まってからは一度も見たことはないよ。
新市長からもテレビなど見ている暇があったら、仕事を進める様にとはっぱをかけられていたくらいだから。」
「そうですか、良かった。
やはり、所長の頭脳を使うために洗脳は控えていたという事でしょうね。
実は、テレビ放送を使って人々を操ろうとしているようなのです。」
ハルの言葉に、所長は納得とばかりに頷いた。
「やはりそうか・・・、神部仙台新市長は・・・鬼が乗り移っている訳だね?
重病で死にかけていたという事だが、死の淵から復活したのではなく、一旦死んで鬼に乗り移られたという訳だ。」
所長は屈みこんでハルの両肩を両手でつかみながら、目を見て話した。
「僕たちは、そうだと考えています。
じゃあ、洗脳の疑いは晴れましたので、こちらへ来てください。」
所長はハルに先導されて塔の階段を上がって行った。
最上階へ着くと、そこにはミッテランやジミーたちが部屋の中央に配置された丸テーブルの前に腰かけていた。
「所長、無事でしたか。
やっぱり洗脳からは免れていたんですね?」
上がってくる所長の姿を確認して、ジミーは腰を浮かせた状態で、嬉しそうに声をかけてきた。
「ああ、忙しくてテレビなど見ていられないことが幸いしたようだ。
ここへ私を招いてくれたという事は、鬼に乗っ取られたと考えられる仙台新市長たち一派を、退治するための作戦を練ってくれと言う事のようだね?」
所長は、行方不明になっていた面々が元気であったことを嬉しそうに眺めながら、勧められた席に着いた。
「彼らと対決するための作戦に関しては手配済みだから、もういいのよ。
それよりも、新市長以外に鬼に乗り移られたような人物が他に居ないか、その情報が欲しかっただけよ。」
そんな所長に対して、ミリンダが表情を変えずに答えた。
「い・・・いや・・・。
先程思いついたのだが、神部市長が連れて来た神城副市長と田神助役の二人は、もしかすると鬼に乗り移られているのかもしれない。
二人とも生死の境をさまよっていたと言っていたしね。
君たちも思い出さないか、京都と大阪で逃げた鬼たち。
確か、神城と田神と言っていたか・・・。」
作戦を検討しようと張り切っていた所長は、予想外の返答に戸惑いながらも答える。
「そう・・・、やはり今回は3体の鬼たちとの同時対決と言う訳ね。
簡単には行きそうもないわね。」
ミリンダの言葉に、その場の全員が無言で頷く。
『ゴーッ!!!』
その時、塔の6階の窓の外に巨大な火柱が上がるのが見えた。
塔自体が結界に包まれているため、外からの攻撃も効果はないのだが、一同その光景を見て唖然とした。
すぐにハルが階段を駆け下りていく。
・・・・・・・・・・・しばらくすると、笑い声と共に野太い声が階段を伝って上がってきた。
「ようっ!こんなところに隠れていたのか。」
ひげもじゃ顔の男と目つきの鋭い中年男が、ハルと一緒に上がって来たのだ。
神尾と神田の2人だ。
先ほどの火柱は、どうやら神尾の火弾のようだ。
先日見た時よりも、一段と威力を増しているように感じる。
「ずいぶん早かったですね。10日くらいはかかると思っていました。」
ハルは、そんな二人をねぎらいながら、中央のテーブル席へと導く。
「まあ、サバイバルにはなれているからな。
それにしても、こんな地図で良く辿りつけたと我ながら感心するぜ。」
神田の持つ紙には、中央部に大きく北海道をイメージしたのであろう菱形がかかれており、その右下から斜め左上に線が引かれ、横方向に3/4程進んだところで上側に線が伸びている。
そこから、また縦方向に3/4程進んだ場所に大きな黒丸が打たれている。
釧路の村から、この塔への大体の方角が記されている地図のようだ。
「だって、今のこの地には、地図なんかないし説明も難しいから・・・。」
ハルは顔を真っ赤にしてうつむき加減で答えた。
「まあ、なんにしても無事にこれてよかった。
それはそうと、彼らには4時間の確認は必要ないのかい?」
所長は仲間が増えたことを喜びながらも、念のための確認手順を踏んでいないことを指摘する。
「はい、村に残っているヒロ達に確認したところ、神田さんたちの家にはテレビもラジオもないそうです。
その為、洗脳の危険性はないと判断しました。
勿論、1日中見張ってもらって、テレビやラジオのあるところへ近づかないか確認済みです。
神田さんたちは、食事と睡眠以外は全て魔法の訓練に当てていたそうです。
それを確かめてから、この場所への地図を渡すようにヒロに託しました。」
ハルが所長の質問に答える。
「テレビやラジオなんて文明の物は、魔法の練習の邪魔にしかならねえ。
すぐに家から運び出したぜ。」
神尾は自慢するように胸を張った。
「そうか、じゃあこれで、こちら側のメンバーは勢ぞろいと言ったところかな。」
所長は、中央テーブルに集合した面々の顔を一人一人見回した。




