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76話

                  10

「じゃあ、今日の授業はここまでとする。

 これから、引き続き魔法学校の授業だろう。

 大変だろうが、講師役頑張ってくれ。


 おいらも、行きたいが忙しくて今はそれどころではない。

 申し訳ないが、当分休ませてもらうよ。」

 ジミーが、黒板にチョークで書いた文字を消しながら、授業の終わりを告げた。


「ジミー先生、先生もこれからテレビ放送を見るのですか?」

 そんなジミーにハルが手を挙げて質問をした。


「えっ?テレビ・・・?」

 ジミーは突然の質問の意味を理解しかねる様に、不思議そうに振り向く。


「駄目よ、ハル・・・。」

 尚も質問を繰り返そうとするハルを、ミリンダが制する。


「うん?どうした?」

 そんな二人の態度を見て、更にジミーが訝しがる。


「い・・・いえ。何でもありません。

 さっハル、帰るわよ。」


 ミリンダがハルの唇を手で塞いだまま、ゴローがハルの体を無理やり立たせて、教室から引きずるようにして出て行く。

 残されたジミーは何事か分らず、尚もぽかんと口を開けたままだ。


「駄目よ、ジミー先生だって怪しいんだから。

 敵に操られていたら、困るでしょ。」

 ミリンダはハルにそう囁きながら、ゴローと一緒にハルを引きずって廊下を歩いて行く。


「じゃあ、ゴローとホースゥさんは、少しの間ここで待っていて。

 ハルは、おじいさんを連れてきてね。」


 ミリンダの言葉に、ハルは無言で頷くと、そのまま瞬間移動で消えた。

 ミリンダも、ハルに続く。

 校庭には、ゴローとホースゥの二人だけが残された。



「一体どうしたというんじゃ。

 いきなり付いて来てくれと言って、外へ出た途端瞬間移動とは・・・。


 ここは、学校の校庭じゃな。これからどうするんじゃ?

 魔法学校か?それよりも、今はテレビ放送を見なければならんのじゃぞ。」

 ハルじいさんはずいぶんと不機嫌そうに、ハルの顔を見つめる。


「何も言わずに、僕たちと一緒に居てください。

 そうすれば、すぐに判ります。」

 ハルは厳しい表情のまま、答える。


「一体どういう事?ミリンダまで一緒になって・・・。」

 ミッテランも怪訝な表情を浮かべる。


「ハルの言うとおり、あたしたちに任せて。」

 ミリンダもそう言うと、ミッテランの背中を押して学校の中へと入って行った。


 それから数時間、途中ゴローが蝙蝠に姿を変えて食事を運んできたが、それ以外は何もない教室でホースゥを含む6人が、ただじっと時が過ぎるのを待っているだけであった。

 ハルじいさんもミッテランも、別に文句を言う訳でもなく、ハルたちの言葉に従ってただじっとしている。


「ふう、ようやく4時間が過ぎました。

 もう大丈夫でしょう。」

 教室の壁掛け時計を眺めてていたハルが、沈黙を破る様に口を開いた。

 時計の針は既に9時を回っている。


「そうね、九州の時はマイキーさんが言っていた通り、操られていた人たちは4時間ほどで元に戻ったものね。」

 ミリンダもハルの言葉に頷く。


「操られていた?あたしまでもが操られていたというの?」

 その言葉に、ミッテランが驚いた様子でミリンダにくってかかる。


「そうよ、大切な魔法学校も放り出して、ずーっとテレビにくぎ付けだったじゃない。

 あたしもおかしいと思ったのよ、でもホースゥさんに言われて気が付いたわ。」

 ミリンダが安心した様子でミッテランに話しかける。

 それまで、ずっと厳しい表情であったが、ようやく緩んだ様子だ。


「何の事かよくわからんが、もう家へ帰っても大丈夫かな?」

 ハルじいさんが、明るい笑顔でみんなの方を振り向く。


「えっ、ええ。いいですよ。」

 その言葉に、ハルは少し戸惑いながらも返事を返した。

 ハルじいさんは、小走りで一人教室を後にした。


「じゃあ、今度は権蔵さんやうちのおじいさんを連れてこなくちゃね。

 ミッテランおばさんが居るから、一度に大量の人数も連れてこられるから、効率が上がるわよ。」

 ミリンダが嬉しそうに話し出す。


「うん、そうだね。じゃあ、急ごう。」

 ハルも笑顔で答える。


「駄目よ、そんな暇はないわ。

 私は大事なテレビ放送を見なければならないのよ。

 あなたたちがどうしてもと頼むから、少し様子を見ていたけどもう我慢が出来ない。


 家へ帰って、テレビを見なくっちゃ。

 でも、操られているとかそう言うのではないのよ。

 内容が面白いから、どうしても見なければならないと思ってしまうのよ。


 あなたたちも、一度じっくりと見てごらんなさい、分るから。」

 ところが、ミッテランはそう言って、ミリンダの手を引いて急いで教室から出て行こうとする。


「えっ?どうして・・・。」

 ミリンダが驚いた表情で、ミッテランに引きずられるように教室から出て行く。

 それにつられて全員が校庭へ出ると、そこには既に大人数の村人たちで埋まっていた。


「ミリンダよ、何と言う罰当たりなことをするんだ。

 仙台市市長さんが、テレビ放送を通じてわしらにありがたい話を聞かせてくれているというのに、どうしてお前たちはそれを見ようとも聞こうともしないんだ。


 ましてや、そのありがたい話を聞いていたハルじいさんやミッテランたちを、教室へ連れ込んで監禁するだなんて。

 お前たちの頭はおかしくなってしまったのか?


 すぐに家へ連れ帰って、縛り付けてでもテレビを見てもらうぞ。」

 先頭に立つ三田じいさんが厳しい表情で、ハルたちに告げる。


 その後ろには、ハルじいさんの姿があった。

 彼が、村の人たちを連れて来たのであろう。

 ハルもミリンダも対応に困り、困惑した表情でお互いの顔を見合わせた。


「仕方がないわ。待ち合わせ場所は、あたしたちの最初の冒険が始まった地よ。いいわね。」

 ミリンダはそう言い放つと、突然ミッテランに抱き付いて、彼女と共に消えた。


 ハルもホースゥの手を取って一瞬で消えていなくなった。

 続いてゴローは蝙蝠に姿を変えて、空高くへと舞い上がっていく。

 それから何日も、彼らの姿を見かけたものはいない。

 完全に消息を絶ったのである。



「いやあ、ついに西日本の3都市と九州の町でも、仙台市の放送が衛星を通じて見られるようになりました。

 これもひとえに、所長さんたちの努力の賜物です。

 ありがとうございました。」


 先日のパーティからすっかり神部市長フリークとなってしまった、西日本の関係者たちがまたも集まって、仙台市市役所の応接室で神部市長たちと談笑している。


「いえ、西日本の都市までを、網羅するような静止衛星がなかったもので、1日に4時間だけの放送時間しか取れませんが、それにしても仙台市の放送は、そんなに人気があるのですか?」

 近代科学研究所所長は、余りにも大きな反応に戸惑いを隠せないでいた。


「ええ、そりゃもう・・・。

 京都でも奈良でも大阪でも、こちらの放送が始まる時間には、全ての住民がテレビにくぎ付けの状態ですねん。

 丁度、夕食時のゴールデンタイムが使えて本当に良かったですわ。」

 奈良市長が大きな声で返答する。


「そうですか・・・。

 しかし、戦前の遺産と言える衛星群も、毎年役目を終えて地表へと落下していく衛星が増加してきています。


 早いところ、我々の技術を向上させて、衛星を打ち上げるレベルにまで発展させたいところですなあ。

 まあ、それよりも半導体技術とか、早急に確立しなければならない技術も沢山ありますがね。」

 所長は頭を掻きながら、まだまだ頑張らなければならないと告げる。


「いやあ、そんなものより船とか飛行機が必要ですわ。

 それと、高性能な爆薬とね。

 米軍にしてもうちらの自衛隊にしても、戦前の武器を積んだままですからなあ。


 いい加減、火薬も湿っているんちゃうと言うのが、もっぱら我々の評価ですわ。

 他国から攻め込まれた時に、湿った爆薬では相手も出来まへんからなあ。」

 京都市長が高らかに笑った。


「えっ、ええっ?爆薬・・・ですか?」

 思いもかけない突然の言葉に、所長は絶句した。


 仙台市長の無謀とも言える要求をようやく達成し、本来の戦前技術復興に向けて再発進する予定でいたのだ。

 それは、西日本の都市でも同様のはずで、まずは生活に役立つようなレベルの技術を最優先で確立していかなければならない。


 船とか飛行機などの移動および輸送技術も重要ではあるが、とりあえずはどちらの都市も前文明の遺産であるフェリーなどを利用することで、今のところは賄えている。

 それよりも、電化製品製造技術や、道路整備に建築資材や建築技術など、必要とする技術は山積しているのだ。


「そうですわぁ。

 まずは、この国を守れるだけの軍備をして、それが出来たら今度は他国へ攻め込めるよう拡張していかなくちゃいけませんなあ。」

 京都市長はさらっと答える。


「そうでっせ、世界大戦の中休みとも言える今の時期は、そうやって力を溜めるいい機会ですわ。

 今、そういった努力を惜しまない国が、先の世界を主導していく事になるのですからなあ。」

 大阪市長もそれに続く、言葉にもずいぶんと力が入ってきた様子だ。


 どうやら、軍国主義に西日本の都市の方針が変わってきている感じがする。

 何時の間にそのような事になったのであろうか。


 先日の九州でのトラブルの時に感じたイメージでは、コーヒーやテレビ技術などの、どちらかと言うと暮らし向きを向上させるための嗜好品に偏る傾向はあったが、それでも市民生活を豊かにしようという意識が感じられた。

 決して他国にまで進出しようなどと言うような、危険な考え方はしていなかったはずだ。

 九州での件が片付いて、更に魔物との対立もなくなり、自衛隊も米軍も手待ち状態となったことが原因なのだろうか。


「まあまあ、お三方。

 軍備増強と言っても、近代戦では半導体や通信の力が必須です。

 そういった意味では、これらの発展が軍備増強へとつながる訳ですから、所長が言っていることはあながち間違いではありません。


 我々も協力を押しまず、技術の発展を応援しようではないですか。」

 神部市長が興奮し始めた彼らの熱を冷まそうとでもするかのように、冷静に言葉を発した。


 西日本の都市の急激な方向転換の原因は、どうやら仙台市長にあるように感じられる。

 彼は、表向きは自分の技術開発方針に賛成はしているものの、その利用目的はあくまでも軍事転換の方針だ。

 所長は、そう感じながらもどうしてここまでの劇的な方向転換がなされたのか、彼らの話を聞きながらその原因について思考を巡らせていた。


「まあ、そうですな。軍備単独の技術といったものはありませんですからな。

 あらゆる技術の結晶が軍事技術とも言えますからなあ。はっはっはっ。

 それはそうと、この方たちは・・・?」


 大阪市長が神部市長の脇を固める、2人の男性の方を見て問いかける。

 どちらも見かけない顔だ。


「ああ、彼らは新しい副市長と、市役所の助役です。

 神城と田神と言います。


 今は元気ですが、私同様、つい最近まで不治の病で死の淵をさまよっていた、いわば戦友みたいなものですよ。

 縁起が良いので、市政に加わってもらう事にしました。」

 そう言いながら、神部市長が二人を紹介する。


 最近まで病院のベッドで寝ていた割には、血色の好い顔色をしている。

 病が完治したというのは、どうやら本当のようだ。

 実は、所長も彼らと顔を合わせるのは初めてであった。


 勿論、自分に副市長の指名がかかるとは考えていなかったが、助役は選挙を終えれば元の役職に戻るのだとばかり思っていた。

 しかし、市長選に立候補するには一旦市役所を退職する必要があったため、選挙に落ちても復職することは叶わなかったようだ。

 その空いたポストに、神部市長が連れて来た二人が居座ったようだ。


「どうも、副市長の神城です。」

「仙台市役所助役の田神と申します。よろしくお願いいたします。」

 2人はそれぞれ来賓に対して、深々と頭を下げて挨拶をした。


 ずいぶんと腰が低い様子である。

 神城副市長はずいぶんと若い様子で、見た目だが40までは行っていないであろう。

 随分若い人材の登用だ。


 と言っても、新市長の神部自体が41歳であるため、その参謀とも言える役職には、自分よりも若い人間を指名するのもやむを得ないところか。

 代わりと言ってはなんだが、田神助役に関しては、随分と高齢のように見える。


 既に定年年齢を超えているように見るのは、失礼だろうか。

 助役というからには、市役所務めの人間のように思えるが、どうも、所長には面識のない人物のようだ。


 それにしても、人類どころか地球上のすべての生物が死滅するかとも思われた大戦を何とか生き延び、もう一度平和な世の中を作り出そうと、わずかな生き残りたちが力を合わせて、住みやすい環境を作り上げて行こうとしているはずであったが、どうして次の戦いに備えて力を蓄えることになったのか。


 新たに当選した神部市長が新しい考えを持っていることは仕方がないにしても、西日本で復興を成し遂げようとしていた、3都市の市長たちまでもがそれに同意しているとは。

 確かに、彼らには米軍がついていたし自衛隊も持っていた。

 しかし、それらは彼らの生活を阻害する魔物達への対応の為であったはずだ。


 その魔物たちが、人間生活を脅かすどころか、逆に協力関係を結べることが分かったので、新たな軍の使い道を検討したのであろうか。

 どちらにしても、人類の生活圏を確保するという、平和利用であれば軍備もやむを得ないと考えるが、他国へ攻め込むための軍備には絶対に反対しなければならない。


 もう一度世界規模の戦争が起こるならば、今度こそ本当に人類は地球上から居なくなってしまうだろう。

 大体、攻め込む他国があるのであろうか。

 人類の生き残りが存在する国が、今や日本だけと考えている訳ではない。


 しかし、例え早々と戦後の復興を成し遂げた国があったとしても、先の大戦を深く反省し2度と起きないよう努力しているはずだ。

 居もしない相手の為に、他の技術開発を遅らせてまで、軍備増強を図るなど愚の骨頂である。

 所長は、とりあえずこの場は話を合わせて置いて、もう少し事情を探ってから個別に対応して行こうと心に決めた。



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