75話
9
この日は校庭で入学式の式典を行い、先生たちの紹介をしただけで、中学1年生用の教科書を配布した後は午前中で帰宅することになった。
入学初日と言う事もあり、魔法学校も休校だ。
ハルもミリンダも家路を急ぐ。
今日から二人にとって楽しみな事が始まるからだ。
仙台市新市長が命じて、新体制の第一課題として行われていたテレビとラジオによる放送が、今日から始まるのだ。
農業や商業など、直接市民生活に関わる仕事以外に従事している人たちを総動員して行われていた、放送局の復元と受像機の修理だが、北海道のハルたちの村への配布分も含めて、何とか新市長の望む期日までに間に合わせたのだ。
ハルの家にも先週末になって、薄型テレビと小型ラジオが配布された。
勿論、スイッチを入れても何も映ることはなく、試験電波の静止画像が映し出されるだけであった。
本放送が始まるのが、本日の夕刻の予定なのだ。
ハルじいさんも楽しみにしていたのか、ハルが帰宅すると、既にテレビのスイッチを入れて、その前でじっと正座しているようだ。
「おじいさん、どうしましたか?
放送開始は今日の6時からです。
今11時だから、まだ7時間も先ですよ。」
そんなおじいさんに対して、ハルは冷静に話しかけた。
「お・・・おや、そうかい。まだ7時間も先か。
いや、テレビ放送っていうのが楽しみなものでな。
そうか・・・、じっとしているのもなんだから、昼御飯の支度でもするかねえ。」
そう言いながらおじいさんは台所へと向かった。
炊飯器や電子レンジにIHヒーターなどが配布され、炊事もずいぶんと楽になった。
前ならかまどに火を起こして、米を炊くのにも、人がずっと付きっきりでなければならなかったが、今ではスイッチ一つで自動的にご飯が炊きあがる。
その為、台所に立つ時間もずいぶんと短くなったのだが、どうやら気を紛らわせるために、調理でもしようとしているのだろう。
少し早目の昼食を終え、何をするでもなく時間が過ぎるのを待ち、自然と早めとなる夕食を終えてからテレビのスイッチを入れる。
「もうすぐですよ。」
真新しい中学の教科書を開いていたハルが、おじいさんに声を掛ける。
これも、配布されたばかりの大きな壁掛けの時計が、もうすぐ6時を指そうとしていた。
「こんにちは、受信状態は良好でしょうか?
もし、画面に細かな白い点や波のような模様が現れる際は、こちらまでご連絡ください。
仙台市放送局受信相談窓口。」
時計の針が6時を指すと同時に、テレビ画面が明るくなり映像が映し出された。
受信窓口を紹介するテロップは、お花畑を背景に映し出されたが、それは普通に見る外の風景と変わりなく、まるでテレビ画面と言う箱を通して、別の世界を覗き込んでいるような感じがするくらい、鮮明でクリアーな画像であった。
「おおー、映った映った。
きれいなもんじゃなあ。」
「はいそうですね。
僕が西日本の都市のホテルで見たテレビ画像と、全く変わりありません。
番組としては、絵が動くアニメと言う子供向けの物や、物語をお芝居しているドラマや映画といった内容の物が放送されていました。
その他にも、お芝居やアニメなどの物語を蓄えて置いて、いつでも好きな時に見ることができる箱がありましたが、今回はその箱までは配布されていませんね。
放送だけですが、どんな番組があるのか楽しみですね。」
ハルも嬉しそうにテレビ画面にくぎ付けになる。
しかし、それも10分と続かなかった。
映し出される映像は、中年に差し掛かったくらいの1人の男の演説で、タイトルは『今後の仙台市運営をどうするのか』といった内容で、他のチャンネルも『仙台市の歴史と文化』『北海道の秘境の村も含めた政治の在り方』といった、子供には少し難しい内容の物であった。
3チャンネル共に見たい番組がなさそうな事が分り、ハルはそのまま部屋に引っ込んで予習を始めた。
おじいさんは、物珍しいものを見る様に、数分ごとにチャンネルを変えてはテレビを見続けている様子だ。
「ようこそいらっしゃいました。
私が仙台市市長の神部と申します。」
仙台市市役所のホールで行われている、放送開始の式典に招かれてきた京都、奈良、大阪の各市長に加えて、警察署署長と自衛隊の幕僚長の面々が、市長へと紹介されている。
テレビ放送開始と共に始まった、華やかなセレモニーの幕開けである。
「いやあ、随分と盛大ですなあ。
わてらの町でもテレビ放送を開始する時には大々的に祝いましたが、今回の式典はそれ以上の規模ですなあ。」
奈良市長が、盛大に飾り付けられたホール内を見回すようにして、感嘆の言葉を漏らす。
来賓として西日本の都市の関係者の他に、三田じいと権蔵がミッテランと共に招かれていた。
その他、仙台市の商工会関係者など、出席者は百人を超える規模の盛大な催しだ。
「大丈夫ですか?ずいぶんと顔色が悪いですよ。」
ミッテランがボウッと突っ立っている研究所所長の所へ歩み寄り、声を掛ける。
「おっ!いかんいかん。立ったまま寝てしまっていた。
このところ、寝る間を惜しんで放送開始と受信機の配布の指示に取り掛かっていたもので・・・。
いやあ、お恥ずかしい。」
所長は、白髪交じりの頭をポンポンと軽く叩きながら、恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「ずいぶんとお疲れの様子ですね。
お家へ戻られて、お休みになった方がよろしいのではないですか?」
そんな所長を気づかうように、ミッテランは心配そうな顔つきで話しかける。
「いやあ、そんな苦労も本日までです。
明日からは自分の仕事に戻れます。
大丈夫ですよ、お気遣いなく。」
所長は笑顔で答えた。
「既に復興を成し遂げられている西日本での行事に比べれば至らないことが多いかと存じますが、ご要望は何なりとスタッフにお申し付けください。
お楽しみいただけるよう、最大の配慮を命じてあります。では、これにて・・・。」
西日本の都市関係者たちの相手をしていた神部新市長は、呼び出しに応じて壇上に上がり、スピーチを開始した。
「どうも、本日はお集まりいただき・・・・・」
「おはよう、昨日のテレビ放送はどうだった?」
翌朝、ハルが教室で待っているとミリンダが登校してきたので、三田家の様子を尋ねてみた。
「どうもこうもないわよ。
何よあの放送は、つまらないったらなかったわ。
子供向けの番組どころか、大人だって良く判らないような、難しい内容の話が延々と続くんだもの。
折角ミッテランおばさんもおじいさんも居なくて、チャンネルを独占できると期待していたのに、どのチャンネルもつまらない放送ばかりで、仕方がないから外へ出て魔法の練習をしていたわよ。」
ミリンダも昨日の放送内容には不満を持っている様子だ。
ゴローやホースゥは、そもそもテレビやラジオ放送と言うものに興味がなく、彼らもほとんど見てはいないとの返事であった。
「戦前のテレビ放送でも、たまに吸血鬼シリーズとか怪奇現象探究なんていう番組があって、僕の存在が気づかれでもしたのかと心配して何度か見たことがあったけど、小説の映画化だったり自然現象を面白おかしく扱っているだけで、僕自身の存在に関わることは全くと言っていいほどなかった。
だから、途中から見ることはなくなったよ。
世間の情報を知るには、もっぱら新聞を読んでいたね。
定期購読をしていた訳じゃないから、公共施設へ行ってタダ読みだったけれどね。」
ゴローはそう言って、頭をかいた。
「ふーん、そんなものなの。
テレビやラジオ放送って、西日本のホテルでの放送があったから、すごく期待していたのだけど、がっかりよねえ。」
ミリンダは寂しそうに呟いた。
「ただいまあ。ああ、お腹すいちゃったあ。」
帰宅したハルが、家に居るはずのおじいさんに声を掛ける。
中学の授業が終わった後、魔法学校の授業が始まり、最近は九州からの移住者が入校したために、ハルたちも講師として参加を余儀なくされているのである。
その為、既に夜も遅い時間になってからの帰宅であった。
「あ・・・あれ?誰もいないのかな?」
ところが、おじいさんからの返事がない。
心配そうに、ハルは家の奥へと進んで行く。
「あれ?おじいさん・・・・。ただいま。」
おじいさんは、居間でじっとソファに腰かけていた。
「お・・・、おおハルか。」
おじいさんは、ハルの姿に反応をしたが、すぐに視線を目の前のテレビ画面に戻した。
「どうしたんですか?灯りもつけずに。」
そう言いながら、ハルは照明のスイッチを押した。
蛍光灯の明るい光が居間の空間を照らす。
既に日が落ちて相当な時間が経っているにもかかわらず、おじいさんは明かりもつけずに一心不乱でテレビに見入っていた様子だ。
「なにか、面白い番組でもやっているのですか?」
「あ・・・、ああ。」
ハルの問いかけにも、おじいさんの答えはうわの空である。
テレビの画面には、昨日同様に中年に差し掛かったばかりと思われる一人の男の姿を映し出していた。
仙台市新市長だ。
昨日の放送でも、チャンネルは違ってもどの番組でも市長が出てきて、市政や歴史に関して色々と語っている内容だったが、どうやらそれらはビデオで繰り返し放送されている様子だ。
そんな放送を、おじいさんは食い入るようにして見つめている。
「じゃあ、今日は僕が夕食を作りますよ。」
ハルは、おじいさんの態度に違和感を覚えながらも、テレビ放送が気に入っているのならばと、自分は台所へ向かった。
夕食の最中も、おじいさんはテレビ画面から目を離さずに、ご飯やおかずをこぼしながら、気もそぞろに食事を終えた。
そんなおじいさんの世話と、後片付けでその日の夜は更けて行った。
「おはよう。僕はつまらないと思ったけど、大人の人にはずいぶんとおもしろいのかねえ、テレビ放送。
おじいさんなんか、昨日は1日中テレビを見ていたみたいだよ。
晩御飯も僕が作ったんだけど、食事の最中もテレビ画面から目を離さないから、もう大変だったよ。」
朝、教室へミリンダ達が入って来た途端に、ハルは大きな声で愚痴りながらため息をついた。
「うちだってそうよ。
おじいさんばかりか、ミッテランおばさんまでもがテレビ画面にくぎ付けで・・・。
ミッテランおばさんなんか、昨日の魔法学校の授業に出なかったから、具合が悪いのかと思っていたけど、家でずっとテレビを見ていたようなのよ。
そう言えば、昨日の魔法学校では、村の大人たちは全員来ていなかったわよねえ。
あまりにも上達しないものだから、疲れちゃったんじゃないかと思っていたけど、九州からの移住者の出席も半分くらいだったし、きっとみんなもテレビを見ていたのよ。
テレビ放送っていうのは、魔法学校の敵ね。」
ミリンダはそう言いながら唇をかんだ。
「権蔵さんもそうだったよ。
家の事は何もせずに、ただじっとテレビを見ていた。
どうも、繰り返し同じ内容の番組が放送されているみたいなんだけど、飽きることなくずっと見ているんだ。
なにか、おかしくない?」
ゴローもそう言いながら相槌を打つ。
「テレビ画面に映る男の人の目が、時々金色に光っていました。
光るのは本当に一瞬だけで、私が見た時では回数はそれほど多くありませんでした。
その為、気づかない人も多いのかもしれませんが、間違いないと思います。
あれは、九州での事件の時の神宮寺さんと同じ症状のような・・・。」
ホースゥも、続く。
『えーっ!目が光ったー?』
この言葉には、3人ともが反応をした。
「じゃあ、新市長さんには鬼が乗り移っているという事?」
「ホースゥさんの言う事が正しいとなると、そう言う事になるね。」
「多分、今度はテレビ放送を通じて、みんなを操ろうとしているんだと思います。
おじいさんたちは既に操られているのかもしれない。これは、大変だあ。」
みんなの顔色が一瞬で変わった。
「大人たちは、みんなテレビにくぎ付けだから、ジミー先生も信用できない。
これから授業だから、怪しまれないように普段通りに行動して、学校が終わり次第・・・・。」
ミリンダを中心に、4人はひそひそ声で作戦を立て始めた。




