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73話

                 7

「恐らく、鬼が召喚していたのは清龍だ。」

『清龍?』

 竜神の言葉に一同聞き返す。


「そうだ、竜の1種で雨などを降らす神獣の事だ。

 清龍は千戸の家を土砂で埋めると、天へと昇れる。


 小規模の土砂崩れでは数戸くらいしか埋まらないから、恐らく長雨で地域全体の地盤を緩め、一気に押し流そうと画策していたのだろう。

 その為、小規模に崩れそうになったら雨を弱めたりして、調整していたのだと思う。」


「ふうん・・・。千の魂を道連れとか、千戸の家を埋めるとか、あんたの時のように、娘さんと契りを結ぶなんて言う、ある意味平和的な方法で天へ昇るようなことは出来ないの?

 迷惑千万よ。」

 ミリンダが強い口調で、不満を漏らす。


「ああ、ドラゴンの場合は活火山に突っ込んで噴火を誘発し、人々を災害に巻き込むか、娘と契りを結ぶかの選択だった。

 勿論、清龍だって竜の1種だから、娘と契りを結んでも天へ昇れるはずだ。


 しかし、鬼たちはそう言ったまどろっこしいやり方はしないのだろう。

 人々に災厄をもたらしながら、天へと昇らせるやり方を良しとしているのだ。」

 竜神は、残念そうに首を振る。


「そうだね、九州の時は神宮寺を完全に操ることができていなかったから、ホースゥさんたちと契りを結ばせようとしていたけど、本来なら核爆弾と共に噴火口へドラゴンを突っ込ませていたのかもしれない。」

 ジミーが納得とばかりに何度もうなずく。


「それはそうと、この地は最早危険だ。

 もう一雨ふた雨で、地盤は崩れるだろう。


 全てを埋め尽くすほどではないにしろ、大きな被害が発生しかねん。

 住民は避難させたままが良い。」

 竜神は山間の集落の上方を見ながら話す。


「えーっ?清龍がいなくなってもだめなの?」

 ミリンダが驚いて叫ぶ。


「ああ、既に小規模な土砂崩れは発生してもおかしくはない状況だったのだ。

 それを一気に広範囲に発生させようと、コントロールしていた訳だからな。


 その、コントロールを失ったわけだから、少々の雨でも災害は発生しかねん状況という訳だ。」

 竜神は落ち着いて説明した。


「わかったわ、ここは極大寒波の魔法で、凍りつかせてやるわ。

 モンブランタルト・・・」

「ちょっと待った、ミリンダちゃん。

 極大寒波の魔法は危険だ。」

 魔法を唱えようとしたミリンダを、慌てて所長が制する。


「えっ、どうして?」

 ミリンダが不思議そうに所長に目をやる。


「水は凍ると体積を増すから、地中の水分が凍るときに地割れが起こり、それこそ土砂崩れが発生する恐れがある。

 だから、極大寒波の魔法は駄目だよ。」

 所長は勢いよく両手を振ってミリンダを制する。


「じゃあ、どうすればいいのよ。何もしないで放っておく?」

 ミリンダは不満顔だ。


「極大火炎の魔法の力を弱めて、水分を蒸発させるのよ。出来るでしょ?

 但し、山の木々や草を枯れさせないくらいの、それこそ温風にしなくては駄目よ。」

 そんな二人のやり取りを見ていたミッテランが、近寄ってきた。


「そ・・・そりゃ、温風程度でいいんだったら、この山半分くらいの範囲にわたって出来るわよ。

 モンブランタルトミルフィーユ・・・・極大火炎(ウルテイム)・・・の温風版!!!」


 ミリンダが唱えると、木々を揺らす暖かい風が山間を覆い尽くす。

 すぐに、山のあちこちから暗闇の中を真っ白い靄が立ち上り始めた。


「いいぞ、でもかなりな長時間かけ続けなければ、効果は出ないだろう。」

 その光景を見ていた所長は、ため息をついた。


「じゃあ、私はミリンダちゃんとここに残って、彼女のサポートをしますから、皆さんは戻ってください。」

 ホースゥの提案で、当分の間ミリンダと2人でこの地に留まることとなった。


 学校へ行かなくても済むので、勿論ミリンダは大喜びだ。

 ロビンが手配をして、担当の婦人警官がやってきて、二人は近くの宿に宿泊することになった。


「ミリンダちゃんの魔法の効果が出るまでは、住民の皆さんには避難を続けてもらうとして、とりあえず、ありがとうございました。

 ほな、帰りまひょか。」

 ロビンがそう言いながらバスのドアを開ける。


「大丈夫よ、このまま瞬間移動できるから。

 夜でも星が出ていたし、お月様が見えていたから移動してきた方角もバッチリよ。

 もう遅いけど、瞬間移動ならこのまま帰れるわ。


 どうせ、大阪の街を経由しなければならないから、ロビンさんも一緒に来る?」

 ミッテランが笑顔でロビンを誘う。


「そうでっかあ?

 いやあ、このままやと帰ると朝になってまうなあって考えていたんですよ。助かりますう。


 じゃあ、このバスはミリンダちゃんたちに使ってもらうよう、運転手には話しておきますわ。

 宿へ行く時に、使うでしょうからね。」

 そう言ってロビンはバスの運転手に声をかけてから、バスを降りてきた。


「じゃあ、わしは帰るとするか。」

 そう言って竜神は天へと帰って行った。

 その後、一行は大阪の街まで瞬間移動してきた。


「じゃあ、我々は帰りますので、ミリンダちゃんたちの事はよろしく。

 たまには様子を見に行ってやってください。」

 所長が代表して、ロビンに別れを告げる。


「はい、私も時々伺う事にしますが、京都警察にも連絡して、毎日様子を見に行ってもらいます。

 弁当も届けなならんでしょうからなあ。」

 ロビンは深く頷いた。


「じゃあ、取り逃がしてしまったのは残念だったけど、災害は未然に防ぐことは出来たようだし、帰りますか。」

 ミッテランを中心に、一同が寄り集まる。


(まだだ。)

「えっ?」

 ハルがきょろきょろと辺りを見回す。


「どうしたんだい?」

 ジミーがそんなハルに声を掛ける。


(まだ、この地から鬼の臭いが消えねえ。まだいるぞ。)

 ハルの頭の中に声が響く。


「まだ、近くに鬼はいるそうです。

 もしかすると、さっき逃げた鬼が様子を窺っているのかもしれません。」


『なんだって?』

 その場に居る全員が、辺りをきょろきょろと見回す。


(こっちだ。)

 言葉の指示だけだが、剣の精が導く方向がハルにはなんとなく分った。

「こっちです。」

 その方向へと歩みを進め、みんな、ハルの後について歩いて行く。


「ま・・・まだなのかい?」

 少し息を切りながら所長が不安そうに尋ねる。

 広い通りから狭い路地を抜け、やがてビル群を後にして人家がまばらになって来ても、尚もハルは歩き続けている。


(着いたぞ、どうやらこの近くのようだ。)

 辺りは既に白みかけてきている、もうすぐ夜明けだ。


 そこは、無人の港の様だった。

 目の前の岸壁近くには、1軒だけ家が建っている。

(間違いねえ、あの家だ。家ごとたたっ切れ。)

 ハルの頭の中の声が命じる。


「で・・・でも・・・。」

 とりあえず、背中の剣を抜いたが、ハルはためらいがちだ。

(いいから、早く・・・。

 ちっ、気づかれたぞ・・・、急げ。)


「わ・・・分った・・・。浄化せよ!!!」

 ハルがそう言いながら、剣を思いっきり振り下ろす。

 剣先からほとばしる紅蓮の炎が、地面を伝って一直線に走る。


「ギャーッス!」

 炎が勢いよく家へ達しようとした瞬間、巨大な塊が波しぶきと共に海から上がってきて炎を遮った。

 真ん丸い円形の塊、よく見ると、その表面には6角形の模様が入っている。


「玄武よ!」

 ミッテランが叫ぶ。

 巨大な亀の姿をした召喚獣は、ハルたちの前に立ちふさがる。


「召喚せよ!!!」

 ミッテランが九尾の狐とミケを召喚する。


 九尾の狐はすぐに玄武に襲い掛かるが、ミケは背景の海を見て及び腰だ。

 ところが、戦いもせずに玄武はすぐに消えた。


「た・・・田神のじいちゃん・・・。」

 その光景を見ていたロビンが、茫然として呟く。

「うん?知り合いかい?」

 ジミーがロビンに問いかける。


「は・・・はい、あの家は田神さんと言いまして、漁師なんですが釣り船屋もやっていて、よく船に乗せてもらってました。


 そうでっかあ、田神のじいちゃん・・・もう亡くなってましたのかあ・・・。

 鬼に乗り移られて・・・、これじゃあ成仏できまへんなあ。」

 ロビンの頬を、涙が伝う。


(ちっ、逃がしたようだな。)

 またハルの頭の中で、苦々しそうに剣の精が呟く。


「だってえ、今回は僕だってすぐに剣を振ったよ。

 なのに逃げられたんだから、仕方がないじゃない。」

 そんな剣の精にハルは不満顔だ。


(ああ、そうだな。よくやった方だ。

 どうやら、今回の2体の鬼たちは俺たちと事を構える気はなかったようだ。


 隠れてこそこそとやっていて、それが見つかったらすぐに逃げればいいと思っていたようだな。

 それじゃあ、どうしようもない。次の機会を探るしかないな。)


「今回の鬼たちは、僕たちと戦う気はなくて、すぐに逃げようとしていたって剣の精のおじさんが言っています。」

 ハルが、周りのみんなに聞こえる様に話す。


「そうだね、随分と早い逃げ足だよ。

 でも、奴らの目的はなんだろうねえ。」

 所長が腕を組んで考え込む。


「一寸、竜神様を呼び出して見ます。

 天と地と・・・・・・・・・・。いでよ、ポチ!」

 明るくなってきた空が一瞬で厚い雲に覆われる。

 しかし、差し込むはずの光もなくそのままだ。


「何の用だ・・・?」

 天から声が響き渡る。竜神だ。


「あっ、竜神様。先ほど玄武という神獣を鬼が召喚していたようですが、彼の目的は判りますか?」

 所長が天に向かって叫ぶ。


「玄武・・・、地を核とする玄武、バンコを粉砕せしめれば天へと昇る・・・という。

 バンコとは万戸つまり1万の家を破壊すれば天へ上るという事だな。

 恐らく弱い地震を頻発させて地盤を緩め、大きな地震を誘発しようとしていたのではないのかな。」

 天からの声が響き渡る。


「そうですか、やはり神獣を天へ昇らせようと画策していたという訳ですね。

 ありがとうございました。」

 所長は天に向かって、深々と頭を下げる。


「ああ、じゃあもう良いな・・・。」

 竜神がそう言うと、空を覆っていた厚い雲が嘘のように掻き消えて、明るい朝日が辺りを包み込み始めた。


「ええっ、じゃあ、ここの所起きていた地震は、あの玄武っていう亀が起こしていたっちゅうことでっかいな。」

 ロビンが慌てて叫ぶ。


「どうも、その様ですなあ。

 これからは、天候を含めた自然現象でも、長引いたり通常と違う場合など、注意して連絡いただき調査する必要性があるようですね。」

 所長が答える。


「わかりました。各都市へ連絡いたしますわあ。

 それにしても、難儀やなあ・・・。」

 ロビンが嘆く。


「仕方がありません、我々が今戦っているのは、鬼という人知を超えた存在なのですからね。

 連絡を密にして、漏れの無いようにして行きましょう。よろしくお願いいたします。」


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