71話
5
「火弾!!!」
ひげもじゃの男が魔法を唱えると、目の前の薪が瞬く間に燃え上がる。
「雨粒弾!!!」
今度は目つきの鋭い男が唱えると、一瞬でその炎は消え去り、更に薪には細かな穴がいくつも開いた。
『どうだい、魔法をマスターしたぜ。』
2人の男たちは自慢げにハルたちの方に振り向いた。
確かに驚異的なスピードでの上達である。
村にたくさんの魔法使いや魔道士がいた時代を覚えている、ハルやミリンダはさておいて、魔物たちとの最終決戦以降に魔法を取得しようと努力を始めた中では、最速の上達であろう。
ハルが直接伝授していたヒロでさえも、初級魔法を使えるようになるまでには2年ほど時間を要したのだ。
それを、わずか1ヶ月という短い期間でマスターしたのだ。
やはり、護符の力を借りていたとはいえ、召喚魔法という極めて高等な魔法を長期間使っていた為、その体には魔法を使うための基礎となる力が蓄えられていたのであろうか。
「あっ、ああ・・・そうねえ。
でも、まだまだよ。初級魔法は全ての魔法の基礎になるものだから、正確に使える様にならないと、中級以降の取得に手間取るわ。」
そんな彼らに対して、彼らを指導している者たちの反応には少し戸惑いがある様子だ。
彼らの予想外の頑張りに、特段喜ぶわけでもなく、ミリンダは、引き続き初級魔法の修練を続ける様指導した。
「えーっ、そうかい?
まあ、いいや。こういった地味な努力を積み重ねることで基礎が確立されて、上達のスピードが変わってくるっていうのだろう。
そう言う事だよなあ。」
神尾は、そんなミリンダの反応に対して疑問を持つわけでもなく、素直に応じた。
「火弾!!!」「火弾!!!」
何度も繰り返し魔法を唱えて、更なる進化を目指そうとしている様子だ。
「あんたたちは、俺たちが魔法を覚えて何か悪さをしでかすのじゃないかと勘繰っているんだろう?」
ところが、神田の態度は違った。
ハルたち講師陣が集まっている所へそっとやってきて、小声で話しかけてきた。
「えっ・・・?い・・・いえ、そんなことは・・・思ってもいない・・・。」
そんな神田の態度に、ミリンダは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
図星を指されたのだ。
ハルもミッテランも同様に顔を赤くしてうつむく。
「いや、良いんだよ。九州での俺たちの行いが行いだったからなあ。
疑われて当然さ、怒っちゃいないよ。
でも、信じてくれ・・・とは言っても難しいだろうから、とりあえず、基礎的な事だけでもしっかりと教えてくれ。
後は、俺たちで何とかするさ。
今までだってそうやって生きて来たんだ。
でも、この力を人様に対して向けるような、そんな目的の為に頑張っている訳じゃあない。
一時だけとはいえ、俺たちの為に動いてくれていた、神宮寺の仇を討ちたいんだ。
鬼が乗り移った時には、すでに死んでいたようだとは聞いたが、そんなことは関係ない。
あいつを操って、とんでもない事に俺たちを巻き込もうとしただけで十分だ。
神尾は特に神宮寺には可愛がられていたから、俺よりもはるかにそんな気持ちは強いはずだ。
絶対に魔法を取得して、鬼たちに一泡吹かせてやるんだと、寝る間も惜しんで練習している。
だから、お願いだ。
俺たちを特別扱いしないで、きちんと指導してやってくれないか。」
神田は、そう言いながら真剣な表情で頭を下げた。
「えっ・・・?いやあ、あたしはそんなひいきなんかしないで、みんなに同じような指導をしているわよ・・・。」
そんな神田に対して、ミリンダの態度は微妙なものだ。
まだ、彼らを信じ切れてはいないのだろう。
ハルもミッテランも同様に、引き気味の態度のようだ。
「分りました。
私が彼らを責任もって指導いたします。
元はと言えば、私が彼らに召喚獣の護符を与えたのが始まりでしたし、少しは彼らの人間性に関しても理解しているつもりです。
彼らは、思われているような悪い人間ではないと考えています。
私の魔法特性は光ですが、炎や水系でも基礎的な事柄であれば指導できます。
彼らを私に預けてください。」
そんなハルたちの態度に業を煮やしたのか、ホースゥが名乗りを上げた。
「おお、ありがてえ。これでやっと、きちんとした魔法修行が出来るってえもんだ。」
神田は嬉しそうにホースゥの元へと歩み寄り、その肩をポンポンと軽く叩いて見せた。
それに対し、ホースゥは笑顔で返す。
「まあいいでしょう。九州からの付き合いだし、彼らへの指導はホースゥさんに任せます。
でも、くれぐれも慎重にね。
魔法力は、正しい事にも悪い事にも両方に使えるから、使い方を誤っては大変よ。」
そんなホースゥに、ミッテランは小声で囁いた。
ホースゥも大きく頷く。
「うん、どうした?
ようやく、炎の魔法の上達のほどを見てくれる気になったのかい?」
神尾は、自分の前の薪の燃え上がり具合を自慢げに見せびらかせた。
「おお、そういうことだ。
ここに居るホースゥさんが、俺たちの正式な先生になってくれるってよ。」
神田が笑顔でそれに応える。
2月初旬に入り、寒さも一層の厳しさを迎えていた。
元々雪の少ない釧路地方ではあるが、一度降り積もった雪が簡単に溶けることはなく、少ない雪でも積み重なって行けば、結構な厚みになって行く。
既に村中の道は凍結していて、地面が見えている個所は見受けられない。
旧文明の時のように、始終車の往来があれば除雪の代わりにもなるのだろうが、車の数も少なく通るものと言えば人や魔物たちの他には、たまに荷馬車が通るくらいである。
厚い氷に覆われ滑る路面は、歩道も車道も人の行き来の障害となっていた。
「雨粒弾!!!」
神田が魔法を唱えると、まっすぐに伸びた道に沿って、無数の雨粒が落ちてくる。
凍りついていた道が十メートルほどの長さに渡って、ぬかるみ状態に変わった。
初級魔法とはいえ、結構広大な範囲に及ぶ効果だ。
「火弾!!!」
今度は神尾が魔法を唱えると、巨大な火の玉が道なりに進んで行き、ぬかるみの水が一瞬で蒸発して霧状の雲に覆われる。
そうして、その霧が消えると、あとには土がむき出しの道路が現れた。
「よっしゃあ、魔法の力はこうやって、人々の役に立つことに使わなくっちゃな。
攻撃魔法ってえ奴も、使い方によっては生活の役に立つことができるといういい証明だぜ。
さあ、メインストリートだけでも道を修復するぜえ。」
神田はそう言うと、十メートルおきに魔法を唱え凍結した路面を溶かしていく。
そうして後に続く神尾が乾燥させていくのだ。
彼らの魔法の修業の為に、ホースゥさんが提案した1石2鳥の名案だ。
「極大火炎!!!」
真っ白な雪に覆われた中でミリンダが魔法を唱えると、彼女を中心にして一面が巨大な火炎に包まれる。
火炎は地面の氷を溶かし蒸発させ、やがて一面土のグラウンドが現れた。
一気に蒸発した水分が、靄のようになってグラウンド表面を漂っている。
「ふう、神田達がやっていることにヒントを貰ってやってみたけど、結構できるものね。
これで、学校のグラウンドが使用可能になったわよ。
きっと、校長の権蔵さんも大喜びねって、寒いから冬場の外での体育は、やっぱりしないかなあ。
昔は、スケートっていう氷の上で行うスポーツが盛んだったって聞いたけど、まだまだそんな余裕はないものね。
あーあ、折角覚えたんだから、どこかでこの威力を試したいようー。」
夕刻のグラウンドで一人ミリンダが嘆いていると、ジミーが急ぎ足でやってきた。
「はあ、はあ。ここに居たのか。さっきから探し回っていたんだ。
大きな火炎が上がるのが見えたから、もしやと思って来てみたら・・・。」
ジミーは両手を両ひざに当てて前かがみとなり、ハアハアと息を整えている。
「どうしたの?そんなに慌てて・・・。」
そんなジミーをミリンダは少し驚いたように眺めている。
先ほどまで授業を受けていた時には、緊急な用などなかったはずだ。
「いやあ、実は西日本から突然依頼が来て、ちょっとハル君と一緒に向かって調査をしてほしいんだ。
前回同様、仙台市から飛行機で出発する様、米軍に迎えに来ることを依頼している所だ。
その為、これから仙台市まで移動して欲しい。」
何とか息を整えたジミーは、ミリンダに依頼事項を告げた。
「いいけど・・・、別に飛行機に乗らなくったって、大阪までなら瞬間移動で行けるわよ。」
そんなジミーに、ミリンダは意外な返事をした。
「へっ?大阪まで瞬間移動できるの?」
ジミーは呆気にとられた顔をして、しばし呆然とした。
「そうよ、ハルはそう言っていなかった?」
「い・・・いや、実はハル君もミッテランさんもこれから連絡するつもりでいたから。
今日の魔法学校に参加していない、ミリンダちゃんを先に捜しに来たんだ。」
「ああ・・・、そう。ちょっと思いついたことがあったものでね・・・。
でもいいわ、最近魔法を使う場面も、魔法学校以外にはなくて腕がなまりそうだったから。
折角覚えた、新しい魔法の力を試せるとうれしいのだけど・・・。」
ミリンダは少しうれしそうに微笑んだ。
「でも、大阪へは飛行機で行ったわけだけど、それでも瞬間移動できるのかい?
ジープみたいなオープンカーでなければ、無理だと思っていたよ。」
ジミーは不思議そうに、再度念を押して尋ねる。
「だから、下の景色が見える様に低く飛んでくれってお願いしたでしょ。
周りの風景と、太陽の位置がはっきりとしていれば、移動している方角とおおよその距離感がつかめるのよ。
乗り物は何でも構わないし、移動の速さもそんなに影響しないわ。
なにせ、瞬間移動の方がはるかに速いスピードだものね。」
ミリンダは、当然の事とばかりに答える。
「で・・・でも・・・。
九州からの帰りでは、やっぱり米軍の飛行機を使ったじゃないか。
あれは、神宮寺との戦いで疲れていたからかい?」
「違うわよ、九州へ入ったところで嵐に巻き込まれて、周りの景色が全く見えなかったでしょ。
飛行機から山の中腹までの移動の時にはポチが雲を蹴散らしたけど、それまでの位置関係がさっぱりだったから送ってもらったの。
そうしたら、今度は大阪からも飛行機が準備できていたでしょ。
折角準備してくれたのに、申し訳ないから誰も言い出せなかったのよ。
ゴローもツボに収まっていたしね。
でも、やっぱりゴローが嫌がるから飛行機はよした方がいいわね。
瞬間移動で行くわ。」
その後、魔法学校を終えたハルとミッテランにも確認したが、2人とも大阪までの瞬間移動に関しては問題ないと答えた。
「大阪を経由することになりますけど、今だったら九州の街まででも瞬間移動できますよ。
帰りの飛行機の時は、晴天だったから。」
ハルはいつものように明るく答えた。
「そ・・・そうか。所長にはこれから連絡して、米軍が迎えに来るのを断ってもらうよ。
多分、まだ間に合うだろう。
でも、所長は一緒に行きたいだろうから、やっぱり仙台市を経由して行こうね。」
ジミーは、そそくさと校舎へと向かって歩き出した。
「分りました、じゃあこれからトン吉さんを迎えに行ってきます。」
ハルは、そんなジミーの後姿に声を掛けた後、中空に姿を消した。




