70話
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「放送開始は半年先?
駄目ですよ、来年度が始まる4月には放送を開始してください。
丁度、区切りが良くていいではないですか。
それに、当面の間は役場や公民館に受信機を設置して、市民が見に来るなんて、一体いつの時代の話をしているのですか。
かつての昭和の時代の歴史に出てくるような街頭テレビじゃあるまいし、受信機はテレビもラジオも最低でも1台ずつは各家庭に配布してください。
そうして、4月1日には全ての家庭で視聴できるよう配備願います。」
神部新市長は、所長の報告を不満に感じているのか、所長に背を向けたまま窓の外の景色を眺めながら矢継ぎ早に自分の要求を並べた。
近代科学研究所と並ぶ高さの市役所ビルの最上階の市長室から見る都市の風景は、眼下には車や人通りも多くみられるが、少し目線を遠くに移すと人影どころか道路も寸断されて荒れ放題な状態だ。
十万人規模の人口がいるとはいえ、かつての人口に比べればごく一部分しか使用していないこの街で、まだまだ開発していかなければならない余地は、たくさん残されているのだ。
それは、この風景を見ている市長には、簡単に理解できる事実のはずであった。
「し・・・しかし・・・。
まだまだ市民生活を豊かにする電化製品や農機具類の修理など、行わなければならないことが山積みです。
更に、北海道の村へ配布する、家庭用電化製品の修理なども残っておりますし、今確保できる人員では先ほどの報告通りの日程がギリギリの状況です。」
そんな市長に対して、所長は頭を下げながら真摯に答える。
「市民生活を豊かにするという事なら、娯楽の王様とも言えるテレビやラジオなどが最優先ではないのですか?
北海道の村だって、テレビやラジオが配布されれば喜ぶでしょう。
今やっている全ての電化製品の修理はとりあえず保留として、テレビやラジオの修理だけを行えば四月には十分に間に合うでしょう?そうしてください。」
新市長は、窓からの風景を眺めたまま、所長に背を向けながら要望をした。
「そ・・・それはそうですが・・・・。」
対する所長は困惑気味だ。
まずは、生きるための生活基盤を確保しようという事が、今までの長老たる旧市長の大命題であり、それに対して市民たちも納得しているはずであった。
日々の生活を確保したのちに、娯楽要素は少しずつでも展開して行こうという計画は、旧市長の遺志を継いだ市役所の助役が立候補した時の公約であった。
その助役が落選し、娯楽設備の確保を掲げる神部氏が当選したという事は、市民はテレビやラジオなどの娯楽を求めているという事になる。
その為、新市長の要求は至極当然のことのようにも聞こえる。
しかし、所長の胸には何か引っかかるものがあった。
何も、そこまで急がなくても良いと考えるし、全家庭にまでテレビやラジオが配布されなくても、余暇の時間を楽しく過ごすのが目的であれば、公民館などの公共施設での使用だけでも当面は問題ないはずだろう。
それに対して、過剰なまでの要求を出してくる新市長に対し、疑問の念はあるのだが、仮にもこの仙台新都心の長であり、市民から正式な選挙で選ばれた市長の命である。
断るわけにもいかず、所長は言われるがまま実行することを余儀なくされた。
「北海道の旧釧路の村への受信機の配布ですが・・・、こちらは放送局がないので受信機だけを配布しても無駄のように考えます。
その為、こちらへの配布物に関しては、従来通り電化製品と農機具関係でよろしいかと・・・。」
所長は、最後の砦とばかりに、ハルたちの村への支援に関しての方針だけは守ろうと申し出た。
「放送局?そんなもの無くても結構です。
どの道、現地で番組を作る訳ではなく、こちらの放送を流すだけですからね。
放送局がなくても、衛星を使えば放送を受信できますよね。
無線連絡や気象観測に使っている衛星があるでしょう?
それらを利用できませんか?
それがだめなら、こちらの放送をビデオに収録して配布するという形でも良いですが、出来ればタイムリーにお願いしたいですね。」
ずいぶんと、専門的な要求が出て来た。
「確かに、衛星を使ったネットワークと言うのは戦前でも行われておりましたし、そのように使える衛星は何個か見つかっております。
しかし・・・、その設定をするのはそれほど簡単ではなく・・・。」
長距離無線に使っているとは言っても、戦前の遺物である衛星無線機を修理して使っているだけで、衛星がいまだに動いているから使えているだけで何も設定をしている訳ではない。
気象観測衛星に関しても、気象庁の出張所に残されていた装置を動かしているだけで、特別な設定をすることもなく、そのまま使用しているだけなのだ。
その為、気象観測に関しては、仙台市周辺の範囲にしか予報できない状態が未だに続いている。
「難しいのであれば、この研究所の要員をフル動員して、何とか実施できるようにしてください。
お願いしますよ。」
市長は振り向かずに、そのままの姿勢で命じた。
思えば、この部屋に所長が入って来てから、新市長は一度も顔を合わせようとはしていない。
相当に難しい要望ではあるが、とりあえず検討するしかないと、所長は市長室を出て研究所へと戻った。
この時に、ようやく振り向いた新市長の目が金色に光っていることに、所長は気付かずに部屋を後にした。
そして所員全員を集め、これから行う事に対して、其々の実施部隊ごとにメンバーを配置して、個別に指示を出して行く。
「やれやれ。当分は、寝る間も惜しんで行動しなければならないだろうなあ。」
所長はあきらめた様に、ぽつりとつぶやいた。
まあ、緊急の問題の為に不眠不休で対応するのは、いつもの事でもあるのだ。
「うーん、それにしても何事も起こらないわよねえ。
鬼たちは、もう攻めてくることをあきらめたのかしら。」
給食の石狩鍋の汁を啜りながら、ミリンダがぽつんと洩らした。
何も、鬼たちが攻めてくることを楽しみに待ちかねている訳ではない。
それでも、見えない敵の襲撃に備えて待機している身にとって、その期間は一層長く感じるのだろう。
「そうだねえ、鬼の玉が消えてから憑依された人たちが行動を起こすまでの今までの期間から推定すると、今年の1月末から2月にかけてが一番危険な時のはずだ。
所長も納得していたから、間違いはないだろう。」
ジミーもお椀の中の鮭を頬張りながら、頷いた。
「そうでしょう?それが、最早1月も終ろうとしているのに、何の気配も見えないのよ。
一体どうしたのかしらね。」
ミリンダは、飲み干したお椀を机の上に置いた。
「いいじゃない、きっと鬼さんたちも改心したんだよ。
剣の精のおじさんは、あいつらがあきらめることはありえないから、ずっと用心していなくちゃ駄目だっていうんだけど、僕はそんなことはないと思うなあ。
長い間封印されていて、きっと正しい心が芽生えて来たんだと思う。
塔に封印されていた魔物さんたちも、改心していたでしょう?
あれと一緒だよ。」
ハルも食べ終えた箸をおきながら、ミリンダの方へ向きを変えて笑顔で話しかける。
「魔物たちは最初からあたしたち人間と争うつもりはなくて、只日々の食料確保の為に縄張りを守ろうと、戦っていただけでしょう?
それが大きな戦いになっちゃったけど、目的が食べ物だから、それで釣ればすぐに懐柔できたのよ。
ところが、鬼たちの目的はそうじゃないでしょう?
最終目的が何かは判らないけど、ともかく争い事が好きそうな連中だから油断できないわよ。」
そんなハルに対して、ミリンダは厳しい表情で首を横に振った。
「そうだねえ、鬼たちの動向は読めないけど、用心に越したことはない。
西日本の都市と九州の町は米軍と自衛隊に守られていて、更に派遣した魔物たちが周辺の魔物たちを取りまとめているから、まあ大丈夫だろう。
中部の村にも魔物たちを配備しているし、仙台市は元から警察機構も充実しているし魔物収容所の魔物たちも今では解放されて、都市の警護に当たっている。
この村ではミッテランさんをはじめミリンダちゃんやハル君など高度な魔法の使い手がいるし、トン吉さんたちもいる。
どこからでも来いっていったところだけど、余りに警備が厳しすぎて鬼たちも攻めてこられないのかも知れないね。
そうだったら、このまま何事もなく過ぎてくれれば一番いいんだけどねえ。」
ジミーも食べ終わって箸を置いた。
「僕は、両親が鬼たちと戦った時のことを全く覚えてはいないけど、僕を育ててくれた義理の父親から聞いた話では、鬼たちは影で人間たちの小さな争いごとを巧みに操って、やがて大規模な争いに発展させて行ったらしいのです。
そうしてから、其々の陣営に武器や傭兵を貸し出して、莫大な利益を上げていたそうです。
だから、今でも水面下では鬼たちの陰謀が進んでいて、やがて大きな争いごとになるようなことを画策しているに違いないと思います。
九州の町や仙台市の北の村では、鬼が憑依した人が表面に出て悪さをしていたけど、過去の戦いのときには彼らは影に居たはずです。
今回の2件は、なにか特別な事情があったのだろうと考えて、今からはそういった影の行動を監視した方がいいと思いますよ。」
ゴローは食べ終わった後に、膝に掛けていたナプキンで口の周りを行儀よく拭いた後に、目をつぶって小さく祈りを捧げた。
『御馳走様でした。』
教室の中の全員が一斉に一礼する。
そうしてから食器を片付けて給食は終了だ。
「私としては、争いがないことを望みますが、そうはいきそうもありません。
鬼たちは着々と次の計画の準備を進めているだろうと、私のお師匠様は告げています。」
食器を片づけながら、ホースゥは残念そうに呟いた。
「お師匠様?
だってホースゥさんは瞬間移動できないでしょ?
無線機だって持っていないし、どうやって連絡を取ったの?
ジミー先生に頼んで、無線機を使わせてもらっているの?
チベットの寺院にも無線機があるの?」
そんなホースゥの言葉に対して、ミリンダが反応した。
「いえ、寺院には無線機はありません。
でも、毎朝のお勤めの時に精神を集中させると、お師匠様のお告げが頭の中に浮かぶのです。
お師匠様は引き続きこの地に留まって、警戒を続ける様にと告げています。
鬼たちは、まだあきらめてはいないという訳です。」
「ふーん、そうだったの。
以心伝心という訳よね。
便利な機能よねえ。」
ミリンダはうらやましそうにホースゥの顔をまじまじと眺める。
「いえ、あなたたちの瞬間移動の方が便利ですよ。
私も使えるようになりたいと考えています。」
そんなミリンダに対して、ホースゥははにかんだように答える。
「そうだったの?だったら、あたしが瞬間移動で色々な場所へと連れて行ってあげるわよ。
そうやって移動に慣れていくと、自分でも使えるようになるのよ。
あたしやハルがそうだったもの。
子供には魔法を披露することは禁じられていたけど、野草採集や狩りなどの時には瞬間移動は必須だったから、それだけは特例だったわね。
あたしなんて最初に覚えた魔法が瞬間移動だったぐらいよ。
ホースゥさんなら、すぐに使えるようになれるわ。」
ミリンダが嬉しそうにホースゥに告げる。
自分とさほど年が離れていない天才魔道士に対して、少しでも魔法を指導できる立場にあるという事がうれしいのだろう。
「ありがとうございます、よろしくお願いいたします。」
ホースゥは嬉しそうに頭を下げる。
「十何回も瞬間移動してもらって、未だに瞬間移動どころか、簡単な魔法すら使えない凡人も中には居ますがねえ。」
そんなはミリンダ達に対して、ジミーはすねた様に頬を膨らませる。
「ジミー先生には愛用のマシンガンやジープがあるじゃないですか。
僕が思うには、魔法を使うにはそれを信じる心も必要だけれど、どうしても魔法を必要とする切羽詰まった感情が必要なんだと思っています。
魔法の力がないと生きていけないような・・・・。
僕なんか、最初に覚えた瞬間移動で旧文明の遺跡へ何度も足を踏み入れて、その度に魔物たちに襲われて怖い思いをしたから、自然と魔法を使えるようになりました。
襲われるたびに逃げてばかりいたら、何も見つけることができませんから。
まあ、父さんや母さんが使う魔法を、こっそり影で見ていた記憶もありましたしね。
ジミー先生は既に強力な武器や移動手段を持っているから、そのことが邪魔してうまく魔法を使いこなせるようになっていかないんじゃないかなあと思いますよ。」
どうしても魔法が使える様にならない自分を卑下するジミーに対して、ハルがフォローする。
「ふーん、そんなもんかねえ。そうすると、文明の利器が魔法を使う事の邪魔をしていることになるなあ。
そういや、所長が前にそんなことを言っていたような気も・・・・。
ま、そんなことはともかく、なんにしても今の状況だと、今後の戦いは情報戦になるなあ。
各地に配置した魔物たちには無線機を渡して使い方を教えてあるし、何の魔法も使えない身では、日々の連絡を強化して監視を怠らないようにでもするよ。」
ジミーは少し表情を和らげ、生徒たちと昼休みのドッジボールをする為、体育館へと向かった。




