7話
7
深夜遅くまで続いた宴の影響から、長老会議は翌日の昼過ぎから始められた。
もちろん議題は封印の塔に残された魔物たちの処置についてである。
魔物たちを全て殺してしまえという強硬な意見もあったが、主な意見は魔物たちと共存して生きていけるかどうかという事であった。
「確かに、息子夫婦が犠牲になったことを考えれば、魔物たちを簡単に許す気にはなれんのじゃ。
だが、それもお互いがこの地で生き抜いていくための戦いだったのではないかと、今では考えておる。
この村の若者たちの大半が犠牲になり、魔物たちもずいぶんとその数を減らした。
今この村では若い働き手がいないため、田んぼや畑で遊んでいる土地がいっぱい出ておる。
老人たちの集まりでは満足な世話が出来んのじゃ。
養豚や酪農などはもっと深刻じゃ。かなりの重労働じゃからな。
このままではハルたちのような次代を背負う子供たちに十分な食事を与えることも出来なくなってしまうだろう。
魔物とはいえ知能もあるのであれば、力仕事もやってくれるかもしれない。
そしてその見返りとして、食肉などを与えればお互いに共存していけるのではないか?
わしはそう思うぞ。」
ハルじいが皆を代表して意見を述べた。多くの長老たちから賛辞を得たようだ。
「では、ハルじいの言うとおり魔物たちを解放して農業や酪農に従事してもらい、見返りとして肉や野菜を与えるという事でよろしいですかな?
わしとしては、死んだと思っていた孫が、ここにいるハルのおかげで無事に帰ってきただけで最早十分なのじゃ。これ以上魔物たちとの遺恨を深めても仕方がないとも考えておる。
恨みもあるだろうが、これからの村の発展のためにも、魔物たちとの共存の道を考えていきたいと思う。よろしいですかな?」
蓄えたあごひげを撫でながら、三田じいは長老たちの顔を見渡した。
すでに三田じいの家には、ミッテランに躾けられた魔物5匹が来ていて、近所の畑仕事の手伝いも開始していた。
長老たちも日ごろの農作業に疲れ果てているのか、反対意見も出てこなくなった。
最後には満場一致で魔物たちとの共同生活が了承された。
ミッテランの魔封じの紐による強力魔法の封印効果も大きな要因となったのであろう。
続いては、洞窟の鍵を開けて外の世界へと出向き、戦争を止める役を決める打ち合わせに議題が切り替わった。
これにはハルが真っ先に手を挙げた。
「はーい、はいはい、僕が行きます。
外の世界も見て見たいし、何よりも外の世界からのラジオ放送を聞いたのは、僕とおじいさんだけです。
おじいさんは年寄りで遠くまでいけないので、僕がおじいさんの分まで頑張って行ってきます。」
ハルは元気いっぱいに立ち上がって、長老たちを見渡した。
「ハルが行くんじゃ仕方がないわね、私も行くわ。
鋼鉄化の魔法から解放してもらった恩もあるしね。」
ミリンダが、小さく右手を挙げて続いた。
「でも、こうなるとまたミッテランおばさんとの3人旅?
あたしたち最高のチームワークだったものね。
その最高のチーム復活かあ。」
ミリンダが、ミッテランの方を向いて嬉しそうに微笑んだ。
「ごめんなさい、私はいけないわ。
ミリンダにしてもハル君にしてもまだ子供だから心配だけど、この村で共存する魔物たちのことも心配。
強い魔法は封じても、もともと魔物たちは力が強いし、だからこそこの村の労働力になってもらおうと考えているのだけど。
私が目を光らせて居なければ、いつ人間を襲う魔物に戻ってしまうかもしれない。
だから一緒には行けないわ。堪忍してね。」
ミッテランはすごく残念そうな顔をしてハルたちを眺めた。
「大丈夫ですよ、昨日の魔物たちとの戦いだって、いっぺんにたくさんの魔物たちは襲ってこなくて、冬眠から目覚めたばかりの魔物ばっかりだったから、こちらの魔法は面白いように決まったし。
最後には魔物のボスさんも僕たちと仲良く生活するって約束してくれたし、昨日はずいぶんと運がよくいろいろなことが決まったと思います。
これからも運よく何とかなるでしょう。
だからミッテランさんも僕たちの心配はしないで、魔物たちをしっかりと管理して、この村の役に立ててください。よろしくお願いします。」
ハルは元気いっぱいの笑顔でミッテランを見つめた。
「強い魔法が使えるようになったとはいえ、まだまだ幼い子供のハルたちだけを外の世界に出すことは非常に切ない。
しかし、魔法も使えず力もないわしたち老人が一緒に行ったとしても、足手まといになる以外考えられんのじゃ。ここはひとつ英断だが、ハルと鈴を送り出そうと考えておる。
皆さんもよろしいですな。」
三田じいの提案に反対するものは一人もいなかった。
ハルとミリンダが代表して戦争を止めるために外の世界へと向かうこととなった。
もちろん、この村を代表して三田じい始め長老たちの親書を持っていくのだ。
翌日の朝、昼食の弁当のほかに保存食の干し肉や干し芋など多くの荷物を持たされたハルとミリンダは、ミッテラン・三田じい・ハルじい達と鍵のかかった洞窟へと向かおうとしていた。
ハルは皮の胴巻きに皮の小手、そしておじいさんに作ってもらった皮の靴を履いている。
ミリンダは三田じいが何と言おうとダサいからいやだと防具をつけるのを拒否して、赤いフリルが付いたお気に入りのワンピースに赤いエナメルの靴を履き、髪にはリボンを付けていた。
「おーい、ちょっと待ってくれ。」
遠くから権蔵が手に荷物を持ってやってきた。
「確かあったはずと、物置の中を探していて、ようやく見つけたよ。」
権蔵の手には、子供用の運動靴が握られていた。
「かなりの長旅になるはずじゃろ。
手作りの革靴やエナメルの靴では長距離を歩くには向かん。
サイズ的にも丁度良いものを選んできた。これを履いて行きなさい。
鈴用にはちゃんと真っ赤な運動靴を持ってきてやったぞ。」
権蔵はハルとミリンダに真新しい運動靴を手渡した。
ハルは、運動靴を手に持ったままおじいさんの顔を見ていたが、おじいさんに促されて運動靴に履き替えた。
「うーん、確かにエナメルの靴じゃ雑草が生い茂った道は歩きにくいのよね。
仕方がないわ、この靴も結構かわいいから、頂いておくわ。」
ミリンダも運動靴に履き替えた。
遥か南東の地までは、何日もの行程が予想されていたが、幸いにもミッテランが若い時に行ったことがあるため、瞬間移動出来た。
かつては北海道と本州をつなぐ青函トンネルといわれる長いトンネルであったが、そこを通るべき列車も今はなく、魔物たちが大量に流入してきたために閉じられたものであった。
ミッテランたちが到着した時、洞窟の入り口は大きな分厚い鋼鉄製の扉で遮られていた。
ミッテランは魔物のボスから取り戻した鍵を使って扉の錠を外し、力を入れて引っ張ると、扉はギイギイ音を立てながらゆっくりと開いて行った。
「さあ、洞窟を出るまで付いて行ってやりたいところだが、私はこれから封印の塔の封印を解いて魔物たちを解放した後村まで連れて行き、各家庭に配布して労働力としなければならない。
その後も、奴らの態度を監視続ける必要があるだろう。その為、ここでお別れだ。
この扉は、昔のように魔物たちが外の世界から入ってきては困るので、お前たちが行った後は鍵をかけ直す。
洞窟の中では自分の位置が判らないため瞬間移動できない。
その為、一度でも向こうの世界へ出なければ戻っては来られないという事になる。
だから昼間はだれかをここに立たせて、万一お前たちが進むことが出来なくなって戻った時は鍵を開けるようにするから、中から扉を叩いて大きな声で叫ぶがよい。
よいな、危ないと思ったら迷わずに引き返してくるのじゃぞ。」
ミッテランは一緒に行けないことをすごく悔やんでいる様子に見えた。
「大丈夫ですよ、本当なら何日もかけてここまで歩いてこなければならなかったはずなのに、ミッテランさんのおかげで、瞬間移動できました。
今日は運がいいから、洞窟も問題なく通り抜けられるでしょう。」
ハルは、いつものように元気に答えた。
「私も大丈夫だと思うわ。
外の世界に文明が戻っているなら、魔物たちもずいぶん数が減っているだろうし、何よりも30年以上もこの洞窟は封鎖されていたわけだから、中には誰もいないはずよ。」
ミリンダも、同様の意見のようであった。
ミリンダはミッテランと抱き合って別れを告げ、洞窟の中へと入って行った。
「ハルよ、何から何までお前たち年端もいかない子供に任せてしまい申し訳ない。
せめてわしら爺にもう少し元気があればこのようなことはなかろうに。
気を付けていくのじゃぞ、まずはお前たちの身の安全が第一じゃ。
無理をせずに、駄目だと思ったらすぐに引き返してくるがいい。判ったな。」
ハルじいさんはハルを抱きしめて別れを告げると、そのまま後ろを向いた。
目にはいっぱいの涙が溜まっていて、今にも零れ落ちそうであった。
ハルはおじいさんの背中に手を振ってあいさつした後、ミリンダに続いて洞窟の中に入って行った。
二人が入った後、洞窟の扉は再び閉じられて鍵がかけられた。
洞窟の中は真っ暗であったため、ハルたちは持ってきた松明に火を灯した。
中は湿度が高くじめっとしたよどんだ空気であり、長いこと風が通ることがなかったことを物語っていた。
松明で道の先を照らすと、うっすらと先が見えるが、ただ真っ直ぐな空間が無限に続いているような印象であった。
傾斜があり少しずつ奥へ行くほど下へ降りていっている。
「ここは青函トンネルって言って、昔はここをすごく速く進む箱が行ったり来たりしていたんだって。
僕たちが住んでいた島 北海道とこの先の外の世界である本州っていう島を結んでいたトンネルで、海の下を通っているらしいよ。
すごく長くって50km以上もあるんだよ。」
ハルは、旧文明の遺跡の中で見つけた鉄道の本に書いてあったことをミリンダに説明した。
するとミリンダは驚いたように慌てふためいた。
「えーっ?じゃあ、どうかすると洞窟の天井が破れて、海の水が押し寄せてくるってこと?
海の水にこんな狭い洞窟の中で浸かったら溺れて死んじゃうじゃない。も、戻ろう!」
ミリンダは震えながらすぐに後ろに向き直った。
「大丈夫だよ、海の下って言ったって海底にこのトンネルを沈めたわけではなくて、海の底の地中深く掘ってトンネルにしたのだから、少しずつ地下へと下がって行っているでしょう?
トンネルの上には百メートルもの土があるから、天井が破れて海の水が落ちてくることはないよ。」
「馬鹿言わないでよ。
そんな百メートルも土があったらその重みで、こんなトンネルなんかすぐにぺしゃんこにつぶれてしまうんじゃないの?」
「出来てから百何十年も平気だったんだから、大丈夫だよ。
ぶちぶち言わないで、進んで。」
ハルはミリンダの向きを変えて、先へと進むよう背中を押した。
ミリンダはしぶしぶ先へと進んだ。
そうこうするうちに、ドラジャとタコの魔物ハッチンが大群で現れた。
「やあ、こんなにたくさんの魔物をいっぺんに見るのは珍しいね。
凍れ!!!凍れ!!!」
ハルは吸盤でトンネルの壁に貼り付いて墨を吹きかけてくるハッチンの攻撃を素早い動きで避けながら、体を凍りつかせて、地面へと落とした。
「ど、どうか海の水が漏れて来ませんように。
水流弾!!!」
ミリンダは腰が引けた状態で魔法を唱え、ドラジャ達は高圧の水流で後ろへと飛ばされていった。
「へえ、暴風雷撃とかは使わないんだ。
水流で押しやってもまた襲ってくるよ。」
ハルは、ミリンダの戦い方を見て、不思議そうな顔をして聞いた。
「馬鹿な事言わないでよ、雷系の暴風雷撃なんか唱えて、もし洞窟の天井にヒビでも入ったらどうするのよ。
すぐに海水が入ってきて溺れてしまうから、怖くて強力魔法なんか使えないわ。
私は泳げないのよ。」
ミリンダは腰が引けたように屈んだまま、震えながら答えた。
「まあ、この方が魔物たちを傷つけないから、平和的で僕は好きだけどね。
じゃあ、この調子で魔物は追い払うだけで進みましょう。」
ハルはご機嫌でミリンダに微笑みかけた。
その後も襲い掛かってくる魔物たちに対して、ミリンダは相変わらず高圧の水流で追いやるだけの攻撃で、ハルも相手の翼や足を凍りつかせて動きを一時的に奪うだけで、魔物たちを傷つけずに進んで行った。
どこまで進んでもトンネルの先は見えず、ハルたちはところどころで休んでは、持たせてもらった干し肉や干し芋を食べて腹ごしらえをした。
尚もトンネルを進んで行くと、やがて先の方に光が見えてきた。
ようやく外の世界への出口にたどり着いたと喜んで、ハルたちの足取りが早くなったが、進んで行くうちにそこはまだトンネルの出口ではないことが判ってきた。
かつて、青函トンネルの真ん中に位置していて海底駅と呼ばれたスペースであった。
戦争で列車が通ることもなくなり、使用されなくなって久しいが、海底駅のプラットホームには人工的な明かりが未だに灯されていた。
恐らくは予備電源で省電力のために今まで持っているのだろう。
「いやー、ようやく外へ出たと思ったら、まだここで道半ばってこと?
いつ天井が破れて海の水が降ってくるかもわからないし、やってられないわ。」
ミリンダは海底駅のプラットホームに上り、駅名の看板を見て頭を抱え不満そうに叫んだ。
「でも、これで半分まで来れたじゃない。
今からだと引き返しても先へ進んでも外へ出られるまでは一緒だから、先へ進んだ方が得という事だよね。
折角だからここで少し休憩して、それから先へ進みましょう。」
ハルはミリンダを励ましてから、この場に座って弁当を広げた。
するとハルたちの後ろの方から大きな声がした。
「やいやいやい、さっきからおとなしくしていたら、こっちを無視してずいぶんじゃないか。
お前たちは人間だろ?
こんな所までよくぞ辿り着いたと言いたいところだが、残念ながら運が悪かった。
この地で我らがボスのアンキモさんに会ったのが運の尽きだ。
おとなしく食べられちまいな。」
ハルたちに話しかけてきた魔物が指さす先には、人型で2本の足で直立して立ち、全身青白い鱗で覆われている大きな魔物がいた。
恐らくは暗く長いトンネルの中で、この場所の明かりを求めて集まってきて、ねぐらにしている魔物たちの集団のボスであろう。