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68話

                2

「じゃあ、護符を貼り付けますね。」


 放課後の校庭で、ミリンダの召喚実験を行うのだ。

 ホースゥが護符を取り出しミリンダの左腕に当て、小さく言葉を呟きながら、護符の表面を右手の平でなでつける。

 すると、護符は見る見るうちに皮膚と同化するように見えなくなり、腕には刺青のような文字や絵が浮かび上がった。


 召喚魔法の実験をするというので、ミッテランの他にも魔法学校の生徒たちが総出で校庭に来ている。


「へえ、ちょっとしたファッションねえ。

 結構いけているわよ。」

 ミリンダは、しげしげと自分の左腕を眺めて、嬉しそうに微笑んだ。


「じゃあ、精神を集中して召喚獣をイメージしてください。

 この護符は九尾の狐の物ですが、イメージできますか?」


「大丈夫よ、九州の時に1回見たから。

 ちょっといかつい顔をしていたけど、基本は狐だし北海道にもいるから簡単よ。

 じゃあ、いくわよ。


 天と地と水と炎に宿る神々と精霊たちよ、わが願いを聞き入れ、・・・・」


「ちょっと待ってください。」

 召喚の呪文を唱えようとするミリンダを、ホースゥが制した。


「それは、召喚魔法の呪文ですか?

 護符には既にチベット語で呪文が刻まれているので、呪文は不要です。


 日本語での呪文は、かえって魔法効果の障害になる可能性があります。

 ただ単に、召喚せよ!と強く召喚獣をイメージしたのちに唱えてみてください。」

 ホースゥは、あわてて護符の使い方を説明した。


「分ったわよ・・・。

 召喚せよ!!!」

 ミリンダは、少し目を閉じた瞑想の状態から、強く言葉を発した。

 しかし・・・・、何事も起こらない。


「召喚せよ!!!」

 再び繰り返すが、やはり同じだ。


『えーっ!』

『駄目かあ!』

 周りから、悲鳴にも似た悲嘆の声が漏れる。


 そのうちに、護符はミリンダの腕から剥がれて、1枚の紙片に変わってしまった。


「うーん、やはり駄目なようですね。

 原因は、年齢的なものかと・・・。」

 ホースゥは、残念そうに顔をしかめながら、ミリンダの腕の護符を取り上げた。


「ええー、がっかりー・・・。」

 ミリンダは、うつむきながら肩を落とす。


「年齢的なものだから、仕方がないですよ。

 でも、護符が貼りついたから、もう少しですよ。


 徳も魔力も一定の水準に達していない人には、護符は貼り付くこともありませんから。

 ミリンダさんの場合は、後2〜3年もすれば護符による召喚が出来るようになると思います。」

 ホースゥが、やさしくミリンダの肩をポンポンと叩きながら、慰めた。


「あと、2〜3年じゃあ遅すぎるのよ。

 今召喚したいのにー。」

 ミリンダは、悔しそうに下唇を噛む。


「仕方がないよ、出来ないものを嘆いていても始まらないよ。

 召喚魔法は駄目でも、この冬休みで魔法の特訓をしたんでしょ?

 だったら、その魔法が使えた方がより良いでしょ。


 召喚魔法を使っている間は、他の全ての魔法が使えないんだから、どちらかを選ばなければならないんだ。

 駄目な方は早々とあきらめて、使える魔法技術を磨いた方がいいと思うよ。どうかな?」

 ハルが、ミリンダを慰めるでもなく、一つの提案をした。


「うん、そうね。極大火炎(ウルテイム)極大雷撃(ウルティング)

 あまりに広範囲に影響があるものだから、この辺りじゃ練習できなくて、遠く離れた山奥に平坦な場所を見つけて、そこで練習していたの。

 ミッテランおばさんの免許皆伝よ。


 確かに、折角使えるようになったんだから、召喚魔法よりそっちの方がいいわねえ。

 じゃあ、あたしはこっちの魔法を極めるわ。」

 ハルの言葉に、ミリンダも元気を取り戻した様子だ。


「やれやれ、今度の戦いは今までの状況から見ても、命がけの戦いになりそうだっていうのに、楽しそうに下準備の話をしている。いいのかねえ。」

 そんな様子を見ているジミーは、腕を組みながら誰に話しかけるでもなく嘆いた。


「その護符を、私に貸してもらえないかしら。」

 すると、突然ミリンダ達の背後から声が聞こえてきた。

 声の主は、誰あろうミッテランである。


「えーっ???ミッテランおばさんは、護符の力を借りなくても、召喚できるじゃない。

 必要ないわよ。」

 そんなミッテランを、不思議そうな顔でミリンダが眺める。


「いえ、私の召喚魔法ではいつもミケが出てきてしまうでしょ。

 九州の戦いでは、ミケでもそれなりの役には立ったけど、鬼たちとの本格的な戦いでは、やっぱりミケでは力不足な事は分っているわ。


 私なら召喚魔法は既に出来るから、その護符を使えば九尾の狐が召喚できるようになると思うのよ。

 貸してもらえない?」

 ミッテランは真顔でホースゥに向かった。


「え・・・ええ、問題ないですよ。

 私どもの護符がお役に立てるのであれば・・・。」

 召喚獣ミケのいきさつを知らないホースゥは、少し戸惑いながらも笑顔で答えた。


「では護符を左腕に・・・!!!いえ、右腕になりますね。」

 ホースゥは、護符を持ち替えてミッテランの左側から右側へと、回り込んだ。


「良く判ったわね、私の左腕が義手であることを。

 魔力で動かせるし不自由はないから、本人でもその存在を忘れてしまう事もあるというのに・・・。」

 ミッテランはやさしい笑顔で、右そでをまくりあげた。


 その腕に小さく言葉を呟きながら護符を同化させる。

 やがて護符は、ミッテランの右腕の刺青のような模様となった。


「じゃあ、行くわよ。

 召喚せよ!!!」


 ミッテランが唱えると、瞬時に辺りが暗くなり、垂れ込める雲間から幾筋もの光の線が地上に降り注いてくる。

 その光に沿うように、1匹の召喚獣が舞い降りてきた。

 九尾の狐である。


 召喚魔法が成功した・・・と思われたが、光の線はまだ消えることはなかった。

 引き続いて、もう1匹、茶色と黒のまだら模様を持つ召喚獣も遅れて登場してきた。


「えーっ!!!九尾の狐と・・・ミケじゃない。

 一度に2匹の神獣が召喚される事なんて、あるの?・・・・」

 ミリンダは空を見上げながら絶句した。


「わ・・・私もこんな経験は初めてです。

 恐らく、護符なしでも召喚できる魔力をお持ちの方なので、護符で召喚する召喚獣の他に、ご自分の魔力による召喚獣が続いて召喚されたのでしょう。


 この場合は、無詠唱での召喚と言うよりも、護符にかかれた召喚の呪文にミッテランさんの魔力が反応したものと考えます。

 ですが・・・こんなことは、私が修行していたチベットでも聞いたことはありません。」

 ホースゥも、空を見上げながら驚きの表情を隠せない。


「フー!!!」

 少し遅れて登場したミケは、九尾の狐を敵とみなしているのか、身をかがめ臨戦態勢だ。

 九尾の狐は何食わぬ顔で相手にもしていない様子だが、ミケの行動によっては校庭の上空で召喚獣による華々しい戦闘が始まりかねない。


「多分、ミケはミッテランおばさんを狐に取られると思って、無理やり出て来たのよ。

 なにせ、おばさんがどの召喚獣をイメージしようとも、無理やりしゃしゃり出てくるような奴だから・・・。」

 ミリンダは呆れた口調で空を眺めながら呟く。


「こらこら、ミケ!その狐はお前の仲間なのだから、喧嘩しては駄目よ。

 仲良くしなさい!」

 見かねたミッテランが、大声でミケを制する。


 最愛の親とも言える召喚者のミッテランに怒られたミケは、肩を落として小さく蹲った。

 そんなミケの所へ九尾の狐が歩み寄って行き、その頭を舐めてやると、ミケは気持ちよさそうにしている。

 どうやら、九尾の狐はミケを仲間として認めている様子だ。

 一触即発のムードは解消された様である。


「へえ、理由はともかく2体の召喚獣とは豪勢ですね。

 これはかなりな戦力になりますよ。」

 空を見上げていたジミーは、小躍りして喜んでみせた。


「そうね、ありがたいことだわ。」

 ミッテランはそう言いながら、両手を広げて召喚獣を天へと戻した。

 校庭では、巨大な召喚獣の印象が強かったためか、しばしの間ざわめきが残っている様子だ。



「それでは、光の魔法を見せてください。」

 少し落ち着いてから、ハルはキラキラと光る瞳をホースゥに向けた。


「はい良いですよ。」

 そう言いながら、ホースゥは校庭の中ほどへと歩みだした。

 校庭の周囲を取り囲むようにして集まっている生徒たちの注目が、若い修行僧一身に注がれる。


「光の魔法は、主に守護魔法です。

 敵の攻撃から身を守るために使います。

 ○△□※!!!」


 ホースゥが唱えると、彼女の足元から彼女の体を取り囲むように、円形に眩いばかりの光の壁が現れ、光のチューブが体全体を覆った。

 光の壁による魔法障壁である。


「へえ、魔法の言葉はチベット語なんだ。

 なんて唱えているか、全く分からないわね。」

 ミリンダが、残念そうに呟く。


「唱えている言葉を日本語に訳すとこうなります。


 聖なる光の守護神よ、あなたの光の力の一部をお貸し願い、わが身をお守りください。

 わが願いは平和。その思いを阻もうとする輩たちからの攻撃を、全て無効化する力をお授けください。

 この力を使う目的はあくまでも正義・・・」

 ホースゥの説明は、まだまだ続きそうだ。


「3,4語唱えただけなのに、日本語に訳すとずいぶんと長いわねえ。」

 ミリンダは、不思議そうにホースゥの顔を覗き込んだ。


「こういった意味を縮めて短くしているのです。

 日本語でも、四字熟語と言って長い意味の言葉を、たった四文字で表現する使い方があるではないですか。

 日本語は勉強したてなので、縮めるやり方がよく判りませんが、それと同じようなものです。


 その為に、翻訳すると長くなってしまいます。」

 ホースゥは、恥ずかしそうに頭をかいた。


「それにしても縮めすぎよ。

 どういう言葉?」

 ミリンダが呆れた様に呟く。


「それと・・・、私が話していた言葉は、正式にはチベット語ではないのかもしれません。

 マイキーさんと話していて違和感があり、分りました。


 以前にもお話しましたが、チベットの山奥で被災を免れた寺には、各国からたくさんの避難民が訪れました。

 避難民の居住区では、様々な国の言語が入り乱れています。


 私は、そういった方たちのお世話もしていたので、異国の言葉が少しずつ混じっているのでしょう。

 もうしばらくすると、各国の言語が寺全体に広まって行って、世界共通語として生まれ変わるかもしれませんね。」

 ホースゥは、明るく答えた。


「相変わらず、ポジティブ思考よねえ。」

 それに対して、ミリンダはあきれ顔だ。


「魔法の言葉の意味はともかく、この光の壁は全ての魔法攻撃を防げるのかい?」

 ジミーがホースゥに問いかける。


「はい、魔法攻撃だけではありません、物理的な攻撃、つまり銃で撃たれても平気ですし、恐らくは核爆弾が破裂しても、中に居れば平気なはずです。

 まあ、そのようなことが起きた場合は、自分の身だけが助かっても仕方がありませんがね。


 ためしに、撃ってきてみますか?」

 ホースゥは、マシンガンを抱えているジミーに笑顔で答えた。


 依頼されて、マシンガンを持ってきたのだ。

 しかし、障壁に守られているとはいえ、人に向けてマシンガンを放つのには抵抗がある。

 ジミーはとりあえず構えたが、躊躇していた。


「至近距離でも絶対に大丈夫です。どうぞ。」

 ホースゥは自信満々だ。


 ハルやミリンダがよく使う水の壁は、流れる水流の力によって、向かってくる物理力を下方向へと落とすのが目的だ。

 火炎系の魔法を防ぐために使う事もあるが、どちらにしても物理力や魔法力がある一定値を超えると、壁を通過して攻撃が自分の身に達することもある。


 あくまでも攻撃を避けられない時の、非常手段的な軽減策なのだと彼らが言っていたのを、ジミーは覚えている。

 ジミーは、体にかする程度の狙いにして引き金を引いた。


『ガガガガガ』しかし、全ての弾は光の壁に弾かれて地面に落下した。

 2メートルほどの近距離であるにもかかわらず、弾は周りへとはじけ飛ぶこともなく、そのまま光の壁に当たると勢いが消えて真下へと落下したのだ。


「へえ、すごいねえ。」

 これにはジミーも感嘆の声を漏らす。


「じゃあ、今度は魔法を試してください。

 ハルさん、お願いします。」

 ホースゥに促されて、ハルがホースゥに向かい合う。


「燃えろ!!!」

 ハルが唱えると、強大な火の玉がホースゥに襲い掛かる。

 どうやら、最大出力の火炎魔法のようだ。


 しかし、それが光の壁に達した途端に、何もなかったかのように霧散した。

 これには、ハルも少々がっかりした様子だ。


「もっと強い魔法でも大丈夫ですよ。」

 対するホースゥは余裕の表情だ。


「父さん、母さん、そしておじいさん、僕に力を貸してください・・・。

 灼熱の炎、灰と化せ!!!」


 ハルの体の周りから発生した小さな炎の玉が寄り集まり、真っ白い光と化した高温の炎がホースゥに向かって襲い掛かる。

 加減しているとは言え、ハルにとっては最も強力な火炎系の魔法だ。


 しかし、やはり炎は光の壁に達した途端に消えてしまう。

 魔法攻撃が弾かれているのではない、吸収されているというよりも、消えてなくなっているといった感じの印象だ。


「じゃあ、今度はあたしの番ね。

 極大系の魔法は周りの人たちにも影響するから、天候系で行くわね。

 モンブランタルトミルフィーユ・・・最大出力暴風(サンダ)雷撃(ストーム)!!!」


 ミリンダが唱えると一瞬辺りが暗くなり、強い横風の影響でホースゥの周りに土煙が巻き起こり、まばゆいばかりの閃光が天空から落ちてきた。

 ドーンという衝撃を誰もが予感したが、何事もなく光の壁の前に消えてしまった。

 これには、ミリンダもへこんだ様子だ。


「では、今度は光による攻撃魔法です。

 ○△■☆□!!!」

 光の壁を解いたホースゥが、魔法の言葉を唱える。


 すると、標的である薪用の木片が溶けた。

 いや、溶けて流れたのではなく、プラスチックなどの樹脂が高温にさらされると、溶けて縮んだようになるように、木片の一部が失われた様に変形し、表面がなだらかになったのだ。

 焼け焦げたとか燃えたというよりも、溶けたという表現が一番近いだろう。


「相手の魔法耐性に関わらず一定以上の効果がありますが、効果範囲はそれほど広くはなく、戦闘にはあまり向きません。

 光の魔法は、身を守ることを最大の目的としています。」

 ホースゥは、にこやかにほほ笑んだ。


「げえーっ!

 あんな魔法攻撃を受けて、体の一部が溶けてなくなってしまうのはごめんだわ。

 いくら有効範囲が狭くても、絶対に食らいたくはない魔法ね。


 ホースゥさんには絶対に喧嘩を売らないようにしようっと。」

 ミリンダは、その様子を見て少し寒そうに腕を組んだ。


「ホースゥさん、ありがとう。

 ここに居る魔法学校の生徒たちには、良いお手本になったと思うわ。

 みんな、今日は新しい魔法が見られてよかったわね。


 各人其々に得意とする魔法特性があるから、あなたたちの中にも光の魔法が使える人がいるかもしれないわ。

 今日見たイメージを忘れないようにして、魔法効果を発揮できるように練習をしてね。」

 ミッテランが校庭の中央へ出てきて、ホースゥをねぎらった。


 ホースゥはにこやかな笑顔で、校庭の隅へと下がって行った。

 どうやら、今日はこのまま校庭で魔法教室が継続しそうである。

 ハルもミリンダも、初級コースの生徒たちの練習に付き合う事となった。



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