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65話

                  12

「おーいハルよ、いつまで寝ているのだい?

 ちょっと起きてきて、この炊飯器と言うものの使い方を読んでくれんか?

 取扱説明書が付いているが、字が細かすぎて読めんのじゃよ。」


 珍しく遅くまで寝ているハルが起きるのを待ちきれずに、おじいさんが声をかけてきた。

 昨晩遅くまで式典に引き続き祝宴が催されたが、家へ帰ってからも煌々と灯る明かりの下、遅くまで本を読みふけっていた為に、いつものようには起きることが出来なかったようだ。


 電化される前までは、ろうそくや行燈の明かりだけが夜の灯であったために、日が沈むころには床に就くことが当たり前で、夜明けと共に飛び起きる毎日であった。

 各家庭にまで電気が敷設され、それに伴い照明器具が最初に各戸に設置された。


 日が沈んでも、昼間とそん色なく活動できる環境に、これからの家での生活が一変しそうとハルは感じていた。

 昨晩は、おじいさんも一緒になって夜遅くまで起きていた様子であったが、さすがに年寄りは眠りが浅いのか、あるいは長年の早起きの習慣が抜けないのか、既に起きて朝食の準備を進めている様子である。


 日が高く、恐らく10時は回っていることだろう。

 珍しく寝坊してしまったが、今日は休日であるし、いいかとハルは考えた。

 寝床を後にして、おじいさんの元へと眠い目を擦りながら歩いて行く。

 おじいさんは、1枚の紙片を持ってハルを待ちかねていた様子だ。


「研いだ米を釜の中へ入れて、さっきから待っているのだが一向に炊き上がらんのじゃ。

 これなら、かまどで焚いた方がよかったわい。」

 おじいさんは、取扱説明書と書いてある紙片をハルに手渡した。

 ハルがそこに書いてある文字を読み上げる。


「えーっと・・・・

 まず、きれいな水でお米を研ぎます。

 次に適量の水を加え、充分にうるかした後で炊飯器に入れてスイッチを押します。


 後は炊き上がるのを待つのみ。蒸気が収まって、炊飯ランプが保温ランプに切り替わったら、食べられます・・・・と書いてあります。

 スイッチと言うのは、釜の上についているこのボタンのようですけど、ここを押しましたか?」


 ハルは、説明書を読みながらおじいさんに問いかけた。

 説明書は、全く電気器具に接したことがない村人たち向けに作成してもらった、特別バージョンだ。

 その為に、必要最低限の事にしか触れられてはいないが図解入りで分りやすい。


「おお、押したぞ、しかも何度も・・・。

 でも、それから何時間も待っているが、一行に炊き上がらんばかりか、蒸気すら出てこんのじゃ。」

 おじいさんは、憎々しげに炊飯器を睨みつけた。


「へえ、そうですか、誰にでも簡単にご飯が炊けますと書いてありますがねえ。

 でも、そうですね、炊飯ボタンが光るとなっていますが、光っていませんね。

 だから、炊飯されないと思いますが・・・・・・ああっ!!」


「ど・・・どうしたんじゃ?」

 ハルの声におじいさんは飛び上がる様に驚いた。


「ま・・・まず最初に、電源プラグをコンセントに繋ぎますと書いてあります。

 見たところ、コンセントには何も刺さっていませんね。

 だから、動かないのですよ。」


 ハルは取扱説明書に図示してある、炊飯器から長く伸びた黒色のコード部分を指さして説明した。

 コンセントや配電盤やヒューズなど、電気を安全に使用するための説明は、仙台市から派遣されてきた先生たちが学校を通じて、既に説明済みだ。


「それがじゃのう、これが電源プラグだと思うのじゃが、コードが短すぎてコンセントには刺さらんのじゃ。

 仕方がないので、炊飯器を出来るだけコンセントの差込口に近づけて見たんじゃが無理じゃった。

 そうなると、これは使えないという事になるのう。」

 おじいさんは残念そうに肩を落とした。


「いえ、そうでもありませんよ。

 ほら、こうやって・・・・。」

 ハルが炊飯器の電源コードを引っ張ると、スルスルとコードが伸びてきた。


「使う時はこうやって伸ばすのですよ。

 僕も、ジミー先生から教わりました。


 大抵の電化製品は、使わない時に電源コードが邪魔になるから、使う時だけ引っ張って伸ばして、使い終わったら、もう一度少し引っ張って手を離すと、自動的に収納してくれるそうです。」

 ハルはそう言いながら、炊飯器の電源コードを引っ張り出すと、少し引いて手を離し、コードを収納させてみた。


「おお、そうだったのか。

 こうやって、ゆっくり引っ張ってコードを取出し・・・コンセントに差し込む。

 後は、スイッチを押すだけ・・・。」

「いや、ちょっと待ってください。」

 おじいさんが、点灯した炊飯器の炊飯スイッチに手を掛けた時に、ハルが制した。


「水加減を間違えると台無し・・・となっていますよ。

 ちゃんと、お水の量は間違えずに計りましたか?」


「おお、大丈夫じゃ。わしが、何年台所に立っていると思っておるのじゃ。

 お米を炊くときの水の量と言うのは、お釜の中の米の上に手のひらをのせて、手の甲と手首の中間くらいと決まっておるのじゃ。


 ちゃーんと、そうやって水の量を決めているわい。」

 おじいさんは、どうだとばかりに炊飯器のふたを開けて水の量が間違いないことを指し示した。


「それは、そこの丸いお釜で、しかも1升炊きの時の水の量でしょう?

 説明書によると、お米の量により水の量を調節しますとなっています。

 お米は何合入れましたか?」

 ハルは、おじいさんの顔を見た。


「ああ、今回はちょっと試しじゃから3合ほどじゃ。」

 おじいさんは笑顔で答える。


「じゃあ、これでは水の量が少し多いですね。おかゆよりも多いくらいです。

 この、3と書かれた目盛の所までしか水を入れてはいけません。」

 ハルはそう言うと、流し台へ炊飯器の内がまを持って行って水を捨てて、適量とした。


「はい、これで大丈夫です。

 後は、スイッチを押して待ちましょう。」


 ハルとおじいさんは、この後1時間近くもお米が炊き上がる様子を、ただじっと眺めていた。

 このように、どの家庭でも最初は米を炊くだけでも大変であったようだが、徐々に電化製品の扱いにも慣れて行っている様子だ。



 そうして何事もなく月日は流れ、九州からの移民とも言える人たちは、無事に仙台市経由でフェリーで到着した。


「よう、これから世話になるぜ。」

 フェリーから先頭で出て来た、ひげもじゃでぼさぼさ頭の男が、出迎えに出ていたハルの頭を撫ぜながら、挨拶をした。


 持っている荷物は驚くほど少なく、小さな円筒形の袋の口元を紐で縛り、それを担いでいる。

 九州での戦いのときに九尾の狐の召喚者だった男だ。


「自己紹介がまだだったなあ、俺は神尾だ。よろしく頼むぜ。」

 神尾は、出迎えの村人たち一人一人を見回すようにしながら、軽くウインクをした。


「俺は神田だ。とりあえず、神尾と俺の2人が今回の移民チームの代表と言う事のようだ。

 よろしく頼む。」

 目つきの鋭い、短髪の男が神尾に引き続いて自己紹介をした。

 彼にも見覚えがある。白虎の召喚者だった男だ。


 九州でクーデターとも言えるような反乱を起こした首謀者の一人ではあるのだが、核爆弾を使って西日本の都市を脅していたのは、リーダーであった神宮寺の独断であったことにより、お咎めなしとなったようだ。

 それでも、そのまま西日本関連の都市で生活することははばかれた為、今回の移民計画に真っ先に手を挙げたようである。

 最初に名乗りを上げた神田と神尾が代表と言う事になったようだ。


『こちらこそ、よろしくお願いいたします。』

 三田じい始め、ハルじい達長老連や仙台市近代科学研究所の所長たち出迎えの一行は、一列に並んだ状態で深く頭を下げた。


「そう言えば、九州の開拓の陣容が変更になったようですね。

 自衛隊員の大部分が、西日本の都市に戻ったとか聞きましたよ。」


 所長が神田に問いかける。西日本の都市との定期連絡で知り得た内容だが、その詳細は知らされていないのだ。

 お互いに、協力し合って行く事になってはいるものの、依然として親密な協力関係を築くところまでには至ってはいない。

 それぞれが、北海道と九州の人々に対する援助を優先としていることも原因の一つではあるだろう。


「ああ、今回俺たちが九州から一旦大阪へ帰る便にも大勢の自衛隊員が同乗していたよ。

 九州に居残っている魔物たちの駆除の為とか言いながら、実質は俺たちはみ出し者の監視役が主な役割だったから、リーダーは死んじまったし、俺たちの半数以上が北海道へと渡ることになって、お役御免となったらしい。


 まあ、自衛隊の武力と召喚獣のおかげで、強力な魔物たちが出現することもなくなったし、大体あんたたちの話を聞いていると、魔物たちを危険な生き物として駆除してしまう事が正しい事か分らなくなったという事だよなあ。

 こっちから、リーダー格の魔物を借りることが出来たので、そいつらに協力してもらって、今では向こうに居ついている弱い魔物たちを手懐けている所さ。


 いずれは、人型の魔物とも共同生活を行う計画もある。

 人型の魔物であれば、農業も手伝ってくれるという話だからね。

 そう言った訳で、九州に自衛隊員を置いておくよりも、あんたたちから聞いた鬼と言うものから都市を守る必要があるっていうので、一部を残して戻って行ったよ。

 今後は、米軍と共同で西日本の3都市の警護に当たるそうだ。


 これで、九州には農業と酪農担当の2千人と、護衛の自衛隊員千人だけになった。

 作物をどれだけ育てても、護衛の自衛官を食べさせていくだけでも大変だと嘆いていた轟は喜んでいたよ。」

 神田は、そうなるのだったら自分も九州に残りたかったとでも言いたげに、少し残念そうにため息をついた。


「九州へ行った魔物っていうと、馬吉さんたちの事だよね。

 頑張っているのかなあ。」

 ハルが神田の話を聞いて、懐かしそうに空を見上げた。


「馬吉って、あたしの家に居候していたあの馬面?

 あいつ今は九州へ行っているの?」


「うん、そうみたいだねえ。

 トン吉さんは村から離れられないから、九州の依頼に対して馬吉さんと十体の人型魔物を選抜したみたい。

 そのほかにも、仙台市から来ていた魔物たちからも選抜して、50体の魔物が西日本の都市へ行っているんだよ。


 九州の次は仙台市の北の村が襲われたでしょう?

 次はどの都市が襲われるか分らないから、魔物さんたちを分散して配備して警戒に当たっているという訳。

 トン吉さんから聞いたんだ。」

 ハルは、ミリンダの質問に自慢げに答えた


「そうね、米軍とか自衛隊がいたって、召喚獣に全く歯が立たなかったって言うんだから、魔物たちに頼りたくもなるわねえ。」


「いや、そうでもないんだよ。

 米軍が召喚獣に歯が立たなかったのは、あくまでも仲間である自衛隊員に、危害を及ぼすような武器を使いたがらなかったからだ。

 出来るだけ無傷で捕えようと画策したために、自分たちの被害が大きくなったんだねえ。


 西日本の都市から魔物たちの依頼を受けた本当の目的は、まだ辺りに潜んでいるであろう魔物たちを仲間に引き込んで、鬼たちと戦う戦力にしようという作戦さ。

 相手の戦力も推し量れない敵と戦うんだから、戦力は多ければ多い方がいい。


 その為に、トン吉さんにそれぞれの地域で魔物たちを取りまとめられる力量がある魔物の選抜をお願いしたのさ。」

 ミリンダの言葉を、所長は笑顔で否定した。

 水面下では、鬼対人間+魔物の戦いの様相が調い始めているようだ。



 フェリーからは、続々と若者たちがそれぞれの荷物を抱えて下船してくる。

 彼らの年齢層は幅広く、20代から40代まで平均的に分布している。

 更に、女性もそのうちの4割を占めていることもあり、老人と子供だけの村であったところが、一気に華々しい雰囲気になりそうだ。


 なにせ、10歳以下の少年少女と、50歳以上の初老から老人で構成されていた道東の釧路の村に、魔物たちとの戦いで失った中間年齢層が、その一部とはいえ補填された形なのである。


 移住者たちは数人単位ではあるが、集合住宅のような形ではなく、1軒屋を割り当てられ、其々が近しい人間とグループを組んで住むこととなった。

 土地は十分にあるため、個人単位での配布も検討されたのだが、さすがに若者たちを各戸1人ずつ住まわせるのは、かえって不便だろうという事で、数人での共同生活をお願いする形となったようだ。


 住居は村の中で区域を割り当てて居住させるのではなく、村内に分散させて村人たちに囲まれた環境で、早くこの極寒の地域で農業を営む生活に慣れる様、指導されるのである。

 それぞれの家屋には田んぼや畑が割り当てられ、希望すればニワトリや豚に牛なども配布される。


 但し、貴重な家畜であるため、経験者がいない場合は、まず他の家の手伝いを経験して、家畜の扱いに慣れてから配布されるという条件が付いた。

 西日本の都市で行っていた、これまでの集団農法とは異なり、各戸が自己責任で種まきから収穫まで行う事になる。


 勿論、近所の住人達が協力して農業や畜産の指導も行ってくれることにもなっている。

 村では、今回の移住者が働き手となって、村を発展させてくれることを期待して、協力は惜しまないつもりのようだ。

 適齢期の若者も多いため、家庭を持って子供を作り、次の世代へとつなげて行く事を期待されている。


 と言っても・・・もう既に霜が降り始めていて、すぐに厳しい冬が来る。

 雪により田んぼや畑が使えなくなる冬場には、畜産以外ではこれといった仕事はない。

 彼らには、村から食料や生活必需品が配給されることになっていて、とりあえずこの冬は、異なる生活環境に慣れて、来春から農業に従事していく準備期間と目されているようだ。


 西日本での生活を経験している彼らの存在は、村としても非常にありがたいものであった。

 なにせ、一通りの講習は終えてはいるものの、使ったことのない電化製品は、村人たちにとって脅威の的であった。

 移住者たちに個別に指導してもらう事が出来そうで、ようやく使いこなしていく目途が立ってきたのだ。


 電気が来た当初は、電化製品の余りにも難しい操作に疲れて、以前の薪や石炭での生活に戻る住民も多かったようだが、今後は炊飯器や電子レンジまでも使いこなすようになって行く事だろう。

 お互いの新生活に対して、分らないことを教え合い補填していく関係が、構築されて行く事を期待されている。


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