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64話

                 11

「ブラック隊長、戦闘員の配置完了いたしました。」

 堅牢な石造りで出来た巨大な塔の最上階に鎮座するブラックの元に、馬面の隊員が戦闘準備完了を告げてきた。


 高層建築が戦火により全て破壊されてしまった世界では、地上から遥か上方を見上げる程の建造物は珍しく、うっそうと茂った原始林に囲まれた原野の中に立つ堅牢な塔は、仮に入り込むことは出来たとしても、2度と戻っては来られないのではないかという畏怖を感じさせるたたずまいを醸し出している。


「グレー大佐、ご苦労だった。

 奴らはこれまでの戦果に酔いしれて、油断していることだろう。

 敗走を装って、この塔までおびき寄せるのだ。


 そうすれば、敵の主力である巨大な召喚獣は使えない。

 この堅牢な塔であれば、いかな召喚獣でも簡単には破壊できないだろうからな。

 そうなれば、後は各個の魔法力と力による勝負だ。


 魔力的にはほぼ互角だろうが、我らの体力を持って肉弾戦に持ち込めれば、相当なダメージを与えることができるだろう。

 決戦の場を我らの基地とするのは、下手をすれば全滅の恐れもあるが、ここは背水の陣と思って決死の覚悟で挑んでもらいたい。」


『おー!』

 ブラック隊長の作戦指示に対して、彼の前方に集まっていた馬面やキリン面の魔物たちが、大きな掛け声をかけて自身を奮い立たせた。

 どの魔物たちも、屈強な体つきをしている。


 白豚系の魔物であるブラックは、これまでの人間たちとの戦いを分析し、形勢逆転を狙う作戦を立てていた。

 人間たちとの戦争ともいえる長期間の戦いの当初には、強力な魔力を持った仲間たちが多数いたが、大半が敵の繰り出す召喚獣の攻撃によりやられてしまったのだ。


 魔物がどれだけ強力な魔法攻撃を仕掛けようと、巨大な召喚獣にダメージを及ぼすには相当な時間がかかる。

 その間に、味方の魔物たちは次々と倒れていく。

 それでも、ようやく決定的なダメージを与えることが出来た時には、相手は一旦召喚獣を引っ込めて新たに召喚させるのだ。


 そう、まるでテレビゲームで自軍の武器をリセットして新たに攻撃を仕掛ける様に。

 強固な肉体と膨大な魔力と体力を持ち、ひ弱な人間たちに比べると、無敵とも言える魔物であるが、それでも召喚獣との戦いは分が悪かった。

 なにせ、相手は倒せないのだ。ダメージをある程度与えても、召喚し直せば元に戻ってしまうのだ。

 これでは勝ち目がない。


 千を数えるほどもいた屈強な魔物たちは、徐々に数を減らし百体ほどになってしまった。

 勿論、ドラジャや大バッタなどの弱い魔物たちは大勢いる。

 しかし、彼らは人間たちと戦闘するだけの力は持ち合わせてはいない。

 戦力としては、ここに居る百体が全てなのだ。


 これ以上の損失は避けなければいけない。


 魔物たちの存亡をかけた、最終決戦とも言える戦いなのである。


 ・・・・・・・・・・・・・・思えば、最初の接触がまずかったのかもしれない。

 戦争の爪痕が消えぬ当初、この広大な大地のそこかしこに魔物たちは存在していた。

 生体細胞を持たない魂の集合体である彼らは、残留放射能も平気だった。


 ほとんどの生物が死滅した戦後とはいえ、わずかばかりの緑は少しずつ範囲を広げ、それに伴い昆虫や鳥なども少しずつ戻りつつあった。

 彼らはそんなわずかばかりの食料でも生活して行く事が出来た。


 そんな期間が何十年も続いたのち、放射能の影響が消えかけた時点で、2本足で行動する異様な生物を時々見かけるようになってきた。

 魔物たちも2本足で普段は行動しているが、それよりも彼らは自然に、まるで遥か昔からこのように地上を闊歩していたとばかりに、木を切り倒し平地を作り、周りの環境を変えながら自分たちの生活環境を整えて行った。


 元は放射能の影響が少ない山奥で、ひっそりと生活していたのであろう。

 貴重な生物資源でもあり、餌として襲い掛かっても構わなかった。

 まだ、その時点では固まりとしての人数と体付きから言っても、屈強な魔物の敵とはいえなかった。


 それでも、同じ2本足で行動する生き物に対し、親しみを感じたのか、彼らを襲う魔物は不思議とあらわれなかった。

 つまり、相手の存在は知ってはいたものの、友好的な関係を持とうともせず、また襲って支配下に置くこともせずに放っておいたのである。


 そうこうするうちに、数人単位の集団が集合して行って、やがて数十人から百人単位の集落がいくつも見かけられるようになってきた。

 当初は、その生き物たちは集団ごとに勢力範囲を決め、互いを支配下に置くために自分たち同士で戦っていたのだが、魔物たちはそれを高みの見物と決め込んでいた。


 しかし、やがて彼らの敵としてみなされる対象が異なってくる。

 魔物たちは積極的に、このか弱そうな生き物の目の前に出ることを望んではいなかったが、お互いが数を増やし、その勢力範囲が重なる様になってくると、接触は避けられなかった。


 ドラジャや大バッタ・極楽とんぼ程度までなら、昆虫や動物の一種として不自然に思ってはいなかったであろう人間たちも、さすがに2本足で歩く異様な姿をした人型魔物の出現には驚いたことであろう。

 彼らは、魔物の姿を見かけると、有無を言わさずに攻撃を仕掛けてきた。


 魔物側からは攻撃の意図がないにも関わらず、炎や雷で攻撃を仕掛けてきた。

 そうなのだ、この地に住む人間たちは既に荒れ果てた大地で生き残るために、魔法の力を得ていたのだ。

 魔物側はと言うと、彼らが生まれた時からそういった力を自然に繰り出せることは、感覚で分っていた。


 しかし、今まで生き抜くために魔力を使う事は決してなかった。

 自分たちの余りある強力な力だけで、大抵の事は解決できていたからである。

 しかし、自分たちも同様に魔法の力で対抗していかなければ、相手に手も触れることも出来ずに倒されてしまう。

 魔物側も魔力を駆使して対抗して行く事となる。


 そのうち、人間たちがその集団の構成数を増やしていくにつれ、単独で行動を主として来た人型魔物たちも、軍団とも言える組織を編成していくようになっていく。

 そうして、この広い大地の覇権を争う戦いへと発展していったのだ。


 有り余る体力と魔力の上に胡坐をかき、軍隊とも言えるような武装集団を組織して行く事のみに心血を注いでいた魔物たちに対して、常に自分たちの力の向上を図る人間たちでは、使える魔法技量にも差が出て来た。

 ついに、最終兵器とも言える召喚魔法を人間たちは手に入れたのだ。


 同じ魔法を自分たちも使う事が出来るかもしれないと、魔物たちも考えはしたが、そこまで魔法力を上げるための期間は彼らに残されてはいなかった。

 一気呵成に攻め立てる人間たちに対して、敗走一方の魔物たちは、ついに自分たちの作り上げた最後の砦とも言える、石造りの塔を最終決戦の場として選んだのである。


 それでも、ブラック隊長は人間たちを滅ぼしてしまおうとは考えてはいなかった。

 なにせ、この広い大地の事、魔物たちと人間たちとで分け合ったとしても、お互いが十分に暮らして行けるだけの余裕はあるのだ。


 しかし、話し合いをしようにも魔物たちと出会った途端に攻撃を仕掛けてくる人間たちとは、言葉を交わす事さえ難しい。

 その為、この塔内へおびき寄せ、彼らの主力を捕えたのちに交渉に入ろうと考えていた。

 召喚獣さえいなければ、お互いの魔力を封じあった戦いで、人間達の数がどれだけ多いとしても、魔物側の力で圧倒出来るはずなのだ。


「よいか、この作戦がうまくいったとしても、人間たちは執念深いから、決して殺すなよ。

 一人でも殺せば、交渉する余地もなくどちらかが滅びるまで、戦いが継続する恐れがある。

 よほどの事がない限り、殺さずに捕えるのだ。いいな。」


 ブラック隊長は、意気上がる部下たちに念を押して命じた。

 対する部下たちも無言で頷く。

 ようは、平和交渉まで持ち込み、この大地を分割統治することに落ち着ければいいと考えていた。


 その為には、30年ほど前に閉じられてしまった洞窟の鍵が必要だった。

 そのカギさえあれば、隔たれた地から新たな魔物たちがこの地へとやってくるだろう。

 そうすれば、百体ほどにまで減った魔物たちもその数を増やし、互角とまではいかなくともある程度の領地は要求できるだろう。


 交渉が難しければ、応援の魔物たちの力も借りて、一旦人間たちを征服したのちに魔物側で領地の分割を指示すればいい。

 何も、憎しみ合っている訳でもないのだから、お互いが干渉しない環境でありさえすれば、平和的に暮らしていけるはずなのだ。


 そう考えて、捕えた人間たちは簡単には魔力が回復しない程度にまでは痛めつけたが、その命までは奪わなかった。

 化石化の魔法で動けなくしたのちに使いを出して、洞窟の鍵を要求したのである。


 そのカギを持ってきたのは、かわいらしい少女であったことには驚いた。

 きれいな洋服に身を包んだ、お人形のような出で立ちの少女は、堂々として立派に交渉役を果たした。

 この時は、折角平和裏に事を収めようととしていたにもかかわらず、解放した人間たちの裏切りにより、最悪の事態に陥ってしまったが・・・・・。



-------------


 4年前のブラック隊長改め、トン吉たち魔物軍団の様子である。

 トン吉はその3年間の冬眠の最中も、もっとうまい交渉の仕方があったのではないかと、常々反省していた。

 その為、その冬眠から目覚めさせてくれた人間たちが、労働を条件に共同生活を望んできたときは、渡りに船と考えたのだ。


 もとから、非力な人間たちにとって代わって、肉体労働をやってあげて共同生活を希望していたならば、あの時のような事にはなっていなかったのかもしれない。

 魔封じの紐などと言うものを首に巻きつけられることには若干の抵抗はあったが、もともと人間たちとの戦闘以外では魔法を使う事がなかった魔物たちにとっては、生活に不便さを感じることはなかった。


 それよりも、一定の労働に対してそれに見合った食物が供給されることへの喜びの方が大きかった。

 なにせ、広い大地であるとはいえ、餌となる動植物の数は非常に少ない。

 魔物たちには、農業や家畜を育てるというような技量はなかったので、安定した食生活は人間との共同生活のたまものとも言える


 子を産み育てて世代を繋いでいく人間たちと異なり、さまよう魂が寄り集まった魔物たちは、子孫を残すことはないし、勢力範囲を広げていくような欲求もない。

 日々の糧を得て生活していければ満足なのだ。


 その為、人間たちとの生活は、魔物たちにとっても大切な環境であり、それを守らなければならない。

 その生活を脅かすような存在と戦う気持ちは、魔物にとっても同じなのである。



 収容所の600匹いる魔物の中から、トン吉は150匹の魔物を選別した。

 収容所に居るような魔物たちは、どれも力が強く、魔力もある程度は備えているようだが、北海道の魔物たち同様、トン吉レベルという事で選ぶと、このくらいになってしまうようだ。


 数だけ揃えて、無駄に散ることはないと、一定レベル以下の魔物は戦いには参加させないことにした。

 それでも、これだけの戦力では、鬼たちがまとまって戦いを挑んできた場合には、到底かなわない事は誰の目にも明らかであった。

 その為彼らは、畑仕事などの労働を終えた後に、集まって魔法効果を高めるための特訓を始めた。


 強い相手と模擬戦などを何度も繰り返すことにより、魔法効果が徐々に上がって行く事は、人間の場合も魔物の場合も同じようだ。

 但し、魔物たちは最初から強力な魔法効果を持っている場合が多く、人間たちのように努力してそれを高めて行こうとする者は今までには居なかった。


 しかし、今回の戦いでは強力な魔法に加えて召喚獣まで使う相手との戦いだ。

 自分のレベルを高めておかなければ、一瞬にして消滅させられてしまうことも考えられるのだ。

 彼らのようなレベルになれば、鬼に乗っ取られた人間の目が光っても、簡単に操られてしまうようなことはない。

 魔法耐性もそれなりのものを持っているのだ。


 しかし、前回の襲撃の時に、彼らは操られて攫われるという事はなかったにしても、たった1体の河童の召喚獣の前に、手も足も出ず完膚無きまでに叩き潰されたのである。

 魔封じのネックレスを外してもらったという事から、積極的に攻撃を仕掛けることをしなかった面もあるにはあるが、それでも収容所の破壊行動を止めようとした魔物たちは、全て叩きのめされた。


 相手が、攻撃してくる魔物たちの動きを止めるだけで、操られた魔物たちを連れ去ることを優先していなければ、間違いなく大勢の犠牲が出たことだろう。

 それは、収容所に居た魔物たちの誰もが痛感していた。

 魔力を高めて、更に仲間との連携により魔法効果をより高めるための特訓を開始したのだ。

 魔物たちの誰もが、これからやって来るであろう強大な力を持つ敵との戦いに備えるべく、準備を始めた。


 それは、人間たちも同様であった。

 ハルは、ジミーに頼み込んで剣技をマスターする為に、剣道を習い始めた。

 防具をつけて、竹刀で稽古をするのだが、村には道場はないので板張りの学校の体育館を使用する。

 道具は仙台市から取り寄せた。


 ジミーは柔道や剣道はもとより、武芸百般何でもござれと言った様子で、放課後の時間を割いて指導してくれた。

 ジミーも本当は魔法の勉強をしたいところだろうが、事情が事情だけにこちらを優先しているようだ。

 ミリンダはと言うと、ハルの成長を目の当たりにして悔しいのか、それまでは休日のみだった魔法の勉強を、平日の放課後も利用して始めたのだ。


 と言っても、平日の夕方は魔法学校が開校されるため、ミッテランはそちらを優先させるので、時間があまり持てない。

 それならばと、ミリンダが初級の低学年生の魔法講習の手伝いを申し出たのだ。

 初心者コースにはアマンダ先生が手伝いとして前からいるので、ミッテランとしても時間的な余裕が出来、その合間を見てミリンダは魔法の特訓を開始した。


 元々、単独での魔法を取得しているので、魔物たちのような連携魔法の取得は望んではいない。

 自分の魔力をとことんまで突き詰めていく覚悟のようだ。



 そうこうしているうちに、ハルたちにもうれしい式典が催されることになった。


「では、点灯をお願いいたします。」

 仙台市近代科学研究所の所長の音頭に促されて、三田じい始めハルじいや権蔵達村の長老たちが、一斉に目の前にあるスイッチを押す。


『おおー!』

 歓声と主に、ハルたちの学校の校庭にある街灯に明かりが灯る。


 11月の初旬になり、ようやくハルたちの住む村にも電気がやって来たのだ。

 月末から始まる、九州からの移住者が来る前に、何とか電化を達成できたことは、村の長老たちのみならず、仙台の所長たち一行にとっても、肩の荷が下りたような感じがすることだろう。


 それまで、ろうそくや行燈などの明かりで過ごしてきた彼らにとって、電球や蛍光灯の光は眩いばかりの明るさである。

 仙台の都市を復活させた当初は、LEDなどの省電力の照明器具が残っていて、使うことが出来たらしい。

 しかし、何年も使い続けることにより、それらは消耗してしまった。


 ところが、今の文明レベルではLEDなどの半導体製品を作り出すことは、難しい事だ。

 工場を運営するための膨大な電力と、何よりも化学薬品や貴重なレアメタルなど、手に入らないものが多すぎる。

 それでも、照明器具がなければ都市機能は果たせない。


 その為、市内にあった様々な工場を見て回り、最近になってようやく電球や蛍光灯を作っていた工場を復活させることが出来たのだ。

 トイレットペーパーなどと同様、大戦後の世界でも生産される、数少ない生活必需品ともいえる消耗品である。

 時代が逆行した形にはなるが、当面は仕方がないであろう。

 それらが、北海道の村でも役立ったのだ。


 電化されたことにより、旧文明時代の遺産ともいえる物を修理して使えるようにした電気がまに加え、IHヒーターや電子レンジなどの使用が可能になり、かまどでの調理を行っていた村での生活環境ががらりと変わることが予想される。

 エアコンの設置も勧められたが、極寒の北の地ではやはりストーブの方が良いようで、村では石炭ストーブを利用している。


 旧文明時代に採掘されたと思われる石炭のぼた山が、村のあちこちに点在していて、それを利用しているのだ。

 今では魔物たちの協力を仰いで、旧炭鉱を復活させ、石炭を掘り進めようとも計画されている。

 授業が終わった後の夕方から催された式典は、華々しく行われ、煌々とした明りに守られ深夜遅くまで続いた。


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