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62話

                 9

「ふーむ、そうか・・・長老さんをな・・・。」

 ハルの話を、ただじっと聞いていた、おじいさんはゆっくりと頷いた。


 ミッテランたちに連れられて帰宅したハルは、そのまま数日間はベッドから起き上がれなかった。

 ようやく、体を起こすことができる様になり、おじいさんに事のいきさつを説明したところである。


「それで、ハルは魔法を使うのが怖くなったんじゃな。

 人を傷つけてしまうから、これ以上魔法を使いたくないと思ってしまったわけだ。」

 おじいさんは、小さく頷きながらハルの顔をやさしく覗き込んだ。


「違います、使いたくないのではなくて、魔法を使えなくなったんです。」

 対するハルは、少しほほを膨らませて不満げに答える、


「おお、そうか・・・。

 魔法を使えなくなったという訳じゃな。


 まあ、いいだろう。その方が、勝手に旧文明の遺跡の地へ瞬間移動したり、危ないところへ行ったりせんで済むから、よっぽど安心だ。ほっほっほっ。」

 おじいさんは、嬉しそうに高らかに笑った。


「笑い事ではありませんよ。

 本当に、魔法が使えなくなったんですから。

 見てください・・・凍れ!!!」


 ハルは、部屋の隅の木彫りの人形に、魔法をかけて見た・・・・しかし、何の反応もない。

 本当に魔法が使えなくなってしまったのだろうか。


「ふうむ、その様じゃな。

 でも、ハルは本当に凍れの魔法を繰り出そうと念じたのかな?

 なにか、言葉に気持ちがこもっていないというか、ただ単に凍れと口にしただけの様に聞こえたのじゃが、わしの思い違いかな?


 北の村の長老さんを灰にしてしまったことを後悔して、本気で魔法を唱えることが出来なくなってしまったのじゃろう?

 なにせ騙されたとはいえ、ハルに魔法を使う能力がなければ、ああいった結果にはならんで済んだのかもしれないのじゃからな。


 言ってみれば、ハルの意に反して人を傷つけてしまった魔法の力を、信じることが出来なくなったという訳じゃ。

 頭の固い、わしら年寄りと一緒になってしまったという訳じゃの。」

 おじいさんは、やさしく微笑んで、ベッドから起き上がったハルの頭を撫ぜてあげた。


「しかし北の村の長老さんは、既に亡くなっていたのじゃろう?

 鬼とか言うものに操られていたというのじゃろう?」


「はいそうです。

 でも、去年会った時と同じように、元気に動いていました。

 それを・・・、僕の魔法で・・・・。」


 ハルは、俯きながら答える。

 長い睫毛を伝って、涙が数滴布団の上にこぼれ落ちた。


「ハルよ・・・、仮の話なんじゃが、もしわしが死んだらどうする?」

「えーっ、おじいさんは、こんなに元気です。

 死んだりしませんよ・・・。」

 おじいさんの突然の問いかけに、ハルは慌てて顔を上げた。


「はっはっはっ、仮にと言っているじゃろうが・・・仮の話じゃ。

 わしが死んだら、村の近所の人たちと協力して葬式をあげてくれるじゃろ?

 そうして、村の墓地へ埋葬してくれるはずじゃ。」

 おじいさんは高らかに笑いながら、自分が死んだときの話を明るく話し出した。


「ところが、それから数日経って、わしが生き返ったとする。

 しかし、本当は生き返ったのではなくて、鬼が乗り移って操られているだけじゃとする。

 その時に、ハルはどうする?」

 おじいさんは真剣な眼差しで、ハルの目を見つめる。


「えーっ?おじいさんに鬼が乗り移ったとしたら・・・?

 そんなことにはなりませんよ。


 第一、この村ではそのまま土に埋める土葬ではなくて火葬ですから、おじいさんの遺灰を骨壺に詰めてお墓に埋めるだけです。

 だから、死体を操られる心配はありませんよ。」

 ハルは、そんなおじいさんに対して真顔で答えた。


「じゃから・・・、仮の話じゃろ?

 それに、遺体が灰になっていたとしても、生前の姿で復活するかもしれんじゃろ?

 ほれ、吸血鬼のゴローさんのように・・・。」

 おじいさんは、尚もハルの目を見つめ続ける。


「それは・・・、まあありえなくはないですね。

 でも、死んだと思っていたおじいさんが生き返ったとしたら、やっぱりうれしいですよ。

 喜んで、家でお祝いをしちゃいますね。」

 ハルは、うれしそうに顔をほころばせながら答えた。


「そうじゃないじゃろ?

 わしが生き返ったのではなくて、鬼に死体を操られているのじゃから、まさに生ける屍じゃぞ?


 もし、わしがそうなってしまったとしたら、ハルよ・・・お願いじゃから何も考えずに、その鬼封じの剣とやらでわしを切ってくれ。

 そうしなければ、わしの魂はいつまでも死んだはずのわしの体にくっついたままで、成仏することも出来んのじゃろう。


 そのうちに、鬼の悪い心が乗り移ってきて、悪い魔物として生まれ変わってしまうかもしれない。

 そうなる前に、きちんと成仏させておくれ、お願いじゃ・・・。」

 おじいさんは、真剣な表情でハルを見つめた。


「は・・・はい・・・、でも・・・。」

 ハルは、まだ納得できてはいない様子だ。


「まあ、すぐには理解できないじゃろ。

 ゆっくりと考えて行けばいい。

 お腹もすいたじゃろ?飯にしよう。」

 おじいさんは、台所へ夕食の支度に向かった。



「ハル、少しは元気になった?」

 夕食を終えたころに、ミリンダがハルの様子を伺いに訪ねてきたようだ。

 手には、荷物を抱えているようである。


「ジミー先生が、早く良くなるようにって言っていたわよ。

 なにせ、ゴローも灰になったまま、まだ復活していないし、学校の授業は出来の悪い私一人だから、張り合いがないみたい。


 優秀なハルに、早く学校へ来てほしいって言っていたわ。」

 ミリンダは、持ってきた荷物を解きながら、明るく話しかける。

 対するハルは、そっけない様子でミリンダの方を見ようともしない。


「そんなわけで、授業はマイペースで結構余裕があったから、ジミー先生に頼み込んで西日本の都市へ連絡してもらったの。


 ロビンさんに頼んで、良いのを見繕ってもらったのよ。

 丁度、定期便があったので送ってもらって今日届いたというわけ。」

 ミリンダが手に持っているのは、四角い小さな箱と薄っぺらい四角形の板の様だった。


「これはディスクと言って、大阪のホテルに泊まった時に見た、映画というものが入っているらしいの。

 このディスクを、この小さな箱に差し込むと、映るのよ。

 ハルも映画好きでしょ?」


 ミリンダは、薄い板を開いて中から丸い円盤を取り出すと、箱の挿入口に差し込んだ。

 どうやら薄い板は映像メディアのケースで、四角い箱はプレーヤーのようだ。


 ベッドの上のハルの膝のあたりにプレーヤーを置いて、ミリンダも隣に腰かける。

 やがて、モニター画面には映画のタイトルが映し出される・・・、『吸血鬼、魔性の帝国2025』。

 どうやら、悪の化身である吸血鬼が、吸血した人々を操り、自分の帝国を作り上げようとする内容のようだ。


 引き続いて、『ゾンビ2031 その復活ののろし』の2本立ての上映だ。

「どうよ・・・。」

 長時間、モニターの小さな画面に集中していたミリンダは、目を瞬かせながらハルの方へと振り返る。


「ど・・・どうって・・・。

 最初の映画の吸血鬼は、ゴローさんとは違うね。


 あいつは悪い奴だもの・・・、人を操って自分の思い通りに動かして、悪い事をさせたり戦わせたりして、操られている人たちがかわいそうだったよ。

 2つ目の映画は、死んだ人が生き返るんだけど、何もわからなくなって、ただ人を襲って人を食べちゃう恐ろしい映画だったよね。


 あんなことになるのなら、死んだ後に生き返らない方がよっぽどいいよ・・・。」

 ハルは、ミリンダの質問の意味はよく判らなかったが、とりあえず見た映画の感想を述べた。


「そうでしょ、死んでから復活してもろくなことにはならないのよ。

 あたしたちが知っている吸血鬼のゴローだったら、血を吸いあっていると頭が働かなくなるから、人形のようにそれまでの生活を繰り返すだけになるって言っていたけど、それは吸血を止めて食事を採れば元に戻るから、まだいいのよ。


 でも、操られてしまっては、元に戻るかどうかも分からないし、それに、他の人たちに危害を及ぼす場合だってある訳でしょ?

 だったら、いっそ倒してしまって成仏させてあげたほうが、その人の為でもあるのよ。」


 ミリンダは、そう言いながら少し震えているようだ。

 たしか、幽霊などの怖い話は苦手だったはずだ。

 それなのに、怖い話の映画を持って見せに来たようだ。

 ハルはミリンダの言いたいことが、なんとなく理解出来てきた。


「うん、さっきおじいさんからも言われたんだけど・・・、だんだん判ってきた。」

 そう答えるハルの瞳には、先ほどとは異なり力がみなぎってきた様子だ。


「すこしは、元気になったようね。

 じゃあ、帰るわね。

 明日は学校へ来なさいよ。」

 ミリンダは荷物をまとめると、そそくさと家へ帰って行った。



 翌日、ハルが鬼封じの剣を腰にぶら下げようとしたところ、下げた剣先が地面についてしまう。

 もういらないと、持ち帰るのを拒否したものを、誰かが強引にハルの部屋へと運び入れていたのだ。


 ハルの身長が縮んだのではない、どうやら剣が長くなった様に感じる。

 なにせ元の鞘に入りきらずに、幾分か抜身の部分が出来てしまっているのだ。

 試しに剣を抜いてみたが、やはり少し長くなっているようだ。

 勿論、中身が入れ替わった訳ではない、持った感じで分る、間違いなく鬼封じの剣だ。


(おお、どうやら気持ちの整理がついた様子だな。

 自分が誤ったことをしたわけではないことに、ようやく気付いたという事だろう。

 よかったよかった。これでまた、鬼封じが出来る。)


 ハルの頭の中に声が響き渡る。

 どことなく、高揚とした調子だ。


「うん、長老さんには気の毒だったけど、操られているよりも、成仏した方が幸せだったよね。

 僕も分かったよ・・・。」

 ハルも、頭の中の声に応える。


(そうさあ、あれが一番いい結果だったのさ。

 被害もほとんど出ずに、解決できただろう?

 今後も、俺様の言う事をちゃーんと聞いて、その通り行動すれば間違いないって・・・。)


 確かに、数体の魔物が溺れただけで、さらわれた人間には被害はなかった。

 300匹の魔物と40名の看守が連れ去られたのに対して、数匹の魔物だけの犠牲で済んだのは、運が良いというよりも、的確な判断で処理できたと言わざるを得ない。


 更には、魔物と言うのは一度死んだ魂の集合体で、天国や地獄の空きがない今の状況では、さまよう魂同士が干渉しあい、再び魔物として復活しやすいのだ。

 勿論、河童が天に昇るための代償として、引き連れて行く事を防いだからではあるのだが、そう考えると、被害はゼロに等しいと考えられる。


「うん、確かに良かったと思っているよ。

 でも今度からは、きちんとやることを説明してよね。


 僕が納得できないことはやりたくはないけど、騙されてやってしまうのはもっと嫌だからね。

 今度そんなことになったら、この剣は中部の沼に沈めるからね。」

 ハルは不機嫌そうに呟く。


(いやあ、参ったなあ・・・良かれと思ってした事なのに。

 まあいいさ、お互いが歩み寄って、協力して行こう。

 そういった関係も、嫌いじゃないよ。)


「それはそうと、この剣長くなっていない?」


(おおそうか、ようやく成長したようだな。

 坊やの場合は、ある程度の技量があったから、それなりの長さであったけど、更に長くなったという事だな。


 成長する剣に合わせるために、革製の鞘はあらかじめ長めに作られているんだ。

 先っちょのひもを緩めれば、折り返した分がほどけるから、今の長さに合わせて調整してくれ。

 喜ばしいことだ、持ち主が成長した証だからな。


 前の持ち主のときなんか、最初は果物ナイフぐらいの大きさにしかなれなかった。

 長旅だったから持ち運びは便利だったようだが、剣とは言い難い代物だったぞ。

 それでも、鬼どもには負けやしなかったがね。)


「持ち主が成長?

 僕のどこが成長したの?

 全然背も伸びちゃいないけど?」


(成長って言っても、精神的な成長さ。

 多分、すごく強くなっているぞ・・・)

 頭に響く声の主は、少し興奮気味だ。


「ふーん、でも腰には下げられないからねえ。」

 ハルは仕方なさそうに、剣を背中に担いでから紐を肩と腰に回して、胸元に結んだ。


「これからは、おじさんを呼べば出てくるの?」


(おじ・・・剣の精なのだがな・・・まあ、おじさんでもいいさ。

 必要な時は、剣を抜いて囁けば出てきてやるぞ、なんせ大事なパートナーだからな。

 仲良くやろう。)


「ふーん、なんか軽いし信用置けないねえ。

 まあいいや、学校へ行こうっと。」

 ハルは元気に久しぶりの学校へと向かう。

 おじいさんも笑顔で見送ってくれた。



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