61話
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「ほい、こいつらも手当をしてやった方がいい。」
竜神は、その手で湖の底をさらうと、底に沈んでいた魔物達や人間たちをすくい上げた。
彼らは水を大量に飲んでいて、意識も薄れている様子だ。
ミッテランが急いで治癒魔術を掛けてやると、次々に水を吐き出して、蘇生していく。
彼女は一度に数体に対して、蘇生術を施せるようだ。
それでも後から後から救い出されてくる魔物たちの数に、ミッテランはめまぐるしく動かなければならなかった。
まだ湖面に沈んではいなかった魔物たちは、正気に戻ったのか湖の深みへと進むのを取り止めて、岸へと戻ってきている。
そこへトン吉たち魔物が駆けよってきて、事情を説明している様子だ。
魔物たちは、トン吉たちがいることによって安心したのか、魔封じのネックレスなしでも暴れることなく、その場にとどまっている。
「ハル・・・、ハル。しっかりして。」
ミリンダが治癒魔法をかけてやるが、ハルはぴくとも動かない。
「こんな長い距離を・・・、極大火炎で煉獄の炎を発したから、恐らく全ての魔力を使い果たして、気を失ったのだろう。
普通であれば、魔力を使い果たす前に自然とリミットスイッチが入って加減するものなのだが、今回は剣に魔力を吸い出されて発したものだから、限界を超えるような負担になったのだ。
大丈夫だ、時期に気が付く。
その剣は人の命をすり減らすような不遜なものではない。
剣を持つ人間の能力を最大限に引き出すような物だろう。
それにしても、鬼封じの剣とな。
どうやら、本当にお前さんたちが奴らと戦う運命にあるという事のようだな。」
竜神は湖面に浮かぶ小さな玉を右手に吸い寄せると、手の中にしまった。
「奴らって、どういう事?」
ハルを抱えたままのミリンダが、空に向かって叫ぶ。
「詳しくは、わしもよく判っていないので、まだ説明できん。
理由は判らんが、奴らは神獣を作ろうとしているのだろう。
だから、九州の時はドラゴンを天に昇らせようとして、今回は河童を天に昇らせようとしていた。
竜の場合は、人間の娘と契りを結ばねばならんが、河童の場合は千の魂を引き連れて天へ昇る必要がある。」
竜神は、尚も湖の底をさらいながら答える。
「だから、魔物収容所を襲ったんだね。
魔物だったら1体でも複数の魂を抱えているから、効率が人間や動物よりもいいわけだ。」
意識を取り戻した看守たちに事情を説明していたジミーが、話を聞いてやってきた。
「大体ねえ、あんたのせいなのよ。」
ミリンダはハルを傍らに寝かしつけると、天を見上げながら腕を組んで仁王立ちの構えだ。
「わしのせい?」
「そうよ、あんたが住処にしていた中部地方の沼の底から見つかった葛籠の中に、その鬼封じの剣と言うのがあったのよ。
それと一緒に封印されていたという、5つか6つの玉があったらしいの。
それらは日ごとに数を減らして行ったって話だったけど・・・・
そのうちの一つが、あんたがさっき隠した玉なんじゃないの?
更に、九州のがもう一つの玉なんでしょ?欠けていた玉!」
「うん?
わしが住処にしていた沼の底?」
「そうよ、瑞葉さんと桔梗さんにこき使われていた、あの住処よ。」
ミリンダが尚も強い口調で、竜神を責め立てる。
「おお、あの時の・・・。
あの沼の底の洞窟の中に、鬼の玉を封印した葛籠があったという事かな?」
「多分そう言う事よ。
その封印を誤って解いてしまったがために、こういった事になっていると思うのよ。
もともと、あんたがあの沼の洞窟を住処にしたのが、原因なのよ。」
「そ・・・、そうだったのか・・・。
あの場所は封印の祠代わりだったという訳か・・・。
す・・・済まぬ。」
「大体ねえ、あのときだってあんたは竜の化身であり、神だって言っていた割に、自分の住処の中に封印の葛籠があったことも分からなかったってこと?」
尚も、ミリンダの口調が厳しくなってくる。
「そ・・・それは仕方がない事なのだ。
きれいに封印されてしまえば、いかなわしでもその存在を知ることは叶わぬのだ。
ましてや、そのような沼の底の洞窟など、それまでに利用されていたなどとは考えも及ばぬことだった。
それに・・・・・・、わしの復活と言い、鬼の封印の解除と言い、更にはわしが契りを得て天へと昇った・・・一連の事は運命として定められていたことではないのか?
そう考えれば、誰のせいでもないと言えるだろう。」
竜神は少し考え込んでいた様子だったが、毅然として答えた。
「ふーん、随分と都合のいい、いい訳よねえ。
だったら、あんたの名前がポチになったことだって、運命でしょ?
なにせ、召喚者であるハルが名付け親なんだものね。
これからも呼ばれたら文句言わずにちゃんと出てくるのよ、いい?」
「いや・・・それとこれとは・・・。」
「なによ、なんか文句あるの?」
ミリンダは、尚も強い口調で一歩も引く気配を見せない。
「あ・・・ああ・・・まあ・・・。
し・・・仕方が・・・・ない・・・。」
「りゅ・・・竜神様を言い負かした・・・。」
ジミーが唖然として、口をぽかんと開けたまま固まってしまった。
「玉は欠けたものを含めると6つあったはずと言っていて、残ったのが大きな玉が一つ。
欠けた一つと、今の一つで残り3つね。
後、3回はこんなトラブルが起きるかもしれないってこと?」
ミリンダが、あきらめた様に、うなだれる。
「そう言う事かもしれんな。
とりあえず、剣をこうして持ち歩いているのであれば、この玉はここにあってはならない。
わしが当面の間は預かっておこう。
今の話で、少しは背景が分るかもしれん、わしとしても調べて見るとするか。」
竜神はそう言うと、そのまま天へと帰って行った。
「はあはあ、一体どうしたというんだ?」
所長が息せききって、部屋の中へと駆け込んできた。
「病院内は、走らないでください。他の患者さんの迷惑にもなり、大変危険です。」
その姿を見つけて、体格の良い婦長が厳しい目つきで注意をする。
「おお、すまんすまん。ちょっと急いでいたものでな。
以後気をつけます。」
所長は、深々と頭を下げると、病室内を見回した。
ベッドには、男の子が横たわっていて、隣に腰かけていた医者が聴診器を外したところだ。
どうやら、診察が終わった所らしい。
「身体的には異常ありませんね。
ただ、疲労が激しいようですので、数日間は安静にお願いいたします。」
白衣姿の医者は、そう言い残して病室を出て行った。
「そうか、何より無事でよかった。」
所長は、ほっとしたように胸をなでおろした。
「そうでもないのよ・・・。」
付き添っていた巻き髪の美少女が、小さく呟く。
「そうでもないと・・言うと?」
所長が、訝しげに尋ねる。
「ハルは、魔法が使えなくなったって言っているの。
誤ったとはいえ、魔法で北の村の長老さんを倒してしまったショックで・・・・
でも、あたしは違うと思うのよ。
ポチが言っていたけど、最大出力で煉獄の炎を出したから、魔力を使い果たしたんだろうって言っていたのよ。
だから、そのままにしていれば魔力も段々と回復してくるから心配しなくてもいいって言っているんだけど・・・・。」
所長の問いかけに、ミリンダは力なく答える。
ベッドの上のハルは、意識はあるようだが目の焦点も定まってはおらず、ぼーっとしたままだ。
「ハル君?
大丈夫かい?聞こえるかい?」
そんなハルに向かって、所長は少し大きな声で問いかける。
「大丈夫です、聞こえてますよ。
耳は悪くないですから。」
所長の問いかけに、ハルは無表情なまま答える。
どうやら、意識はある様子だ。
「魔法が使えなくなったって、本当かね?」
「はい、もう魔法は使えません。
僕は役立たずですよね・・・。」
ハルは所長の方には顔も向けずに、正面を向いたまま力なく答える。
「そ・・・そんなことはない。
別に魔法が使えなくったって、ハル君が役立たずという事は決してないんだよ。
君は、今までに数々の問題を解決してきてくれた。
それだけでも、もう十分なんだ。
それに、魔法が使えなくなったのだって、1時的なもので、元気になれば復活する可能性だってある。
あまり心配しないことだ。」
そんなハルを、所長は必死で慰めようとする。
「いえ、いいんです。
僕はもう魔法なんて、使いたくはありません。
だから、丁度いいんです。
それに、あの剣だって必要ありません。」
ハルは、ベッドの傍らに置いてある、鬼封じの剣をちらりと眺めながら答えた。
「まあ、まずは体を直すことが先決だ。
しばらく入院した方がいいだろう。
村へは連絡をしておくから、ゆっくりと休みなさい。」
所長は立ち上がって、病室を出て行こうとした。
「いいえ、村へ帰った方がハル君も安心するだろうから、連れて帰ります。
動かしても問題はないそうなので、家に帰ればおじいさんもいるしその方がいいでしょう。」
ミリンダの隣に腰かけていた、ミッテランが立ち上がって押しとどめた。
「そ・・・そうですか。
では、よろしくお願いいたします。
ジミー、ちょっとハル君の事を気づかっていてやってくれ。」
所長はすこし拍子抜けしたようにしながらも、同じく病室の傍らに居たジミーの方に向き直った。
「了解です。
大丈夫ですよ、すぐに元気になります。」
ジミーは明るい笑顔で、それに答えた。




