58話
5
「では、これから魔法の実演会を行います。
魔法効果は、ただ見ているだけでも楽しいものだけど、魔法を覚えるには喜んでいるだけでは駄目よ。
いつも言っているように、術者の表情や体の動きを注意深く見て、どのように考えどのような体勢で術を放っているのかを感じてください。」
ミッテランに呼ばれて、一人の年若い少女ともいえるようなスーツ姿の女性が、校庭にしつらえた壇上に登った。
ここは釧路の小中一貫校の校庭で、昼間の授業が終わった今は魔法学校が開設されているが、今日は実演会だ。
生徒たちの魔法の習熟度を測るためと、実際に魔法が使われる様子を見ることにより、誰でも魔法が使えるという事を改めて認識させ、上達を速める目的で定期的に行われているものだ。
もうすぐ電線が敷設され、村でも電化された生活が始まろうとしているのだが、それでも新たに人間が身に付けたともいえる魔法の魅力は大きく、魔法学校は盛況なのである。
村の子供たちのみならず、仙台市から派遣されてきた学校の先生たちや、今回は近代科学研究所の所長も顔を出したついでに、参加を希望してきた。
「こんにちは、4年生のクラスの担任をしているアマンダこと天田です。
私は、まだ炎や水を出すことは出来ませんが、ミッテラン先生から魔法効果を発揮していると、お褒めの言葉を頂きました。
と言っても、本人は何も感じるところはないのですが、魔法効果を直接念じるのではなく、まずは無心で精神を集中することが良いのでしょうか、私はいつもそうしています。」
さほど背が高くはない童顔の彼女は、一見しただけでは生徒たちと見分けがつかないほどに感じられる。
それだけに、より純粋に魔法を信じることが出来るのであろうか、彼女は自分の胸の前に広げた両手を構え、まるで見えない球体を持っているかのように一定の間隔を保ちながら、目を閉じて意識を集中させ始めた。
すると、その手の平の間の空間の中に、小さく光る点が現れた。
『おおー!』
小さく歓声が上がる。
それは短い間ではあったが、確かに煌めく光を感じられた。
「今の私には、ここまでです。」
アマンダは、ぺろりと舌を出して微笑みながら、ゆっくりと壇から降りて他の生徒たちの列に戻って行った。
引き続き、4年生のヒロ達を中心とした村の子供たち5人が壇上に上がり、立て掛けられた材木に対して魔法をかけていく。
「火弾!!!・・・・・・・・・・・・あ・・・あれ?」
「火弾!!!・・・・・・や・・・やったあ!」
と言っても木が燃え上がるまでの威力のある魔法はまだ唱えることは出来ず、繰り返し唱える魔法のうちに、炎が立ち上ったり、燻った煙が上がったりするたびに、一喜一憂する程度だ。
本格的な訓練を開始してから日が浅いとはいえ、ハルたちの後継者ともいえる、次なる魔法の取得者の誕生は当分先の事の様である。
「次は、上級魔法を見て見ましょう。
この時も、ただ感心するだけではなく、術者の動きに注意をして観察してください。」
ミッテランに呼ばれて、ミリンダが壇上に上がる。
彼女が実演会の場に上がるのは初めての事だ。
いつもは、ある程度魔法効果が表れた生徒たちの習熟度を確認した後は、ミッテランが上級魔法を披露して終わるのだが、同じ人間ばかりでは学ぶことも少ないという事で、今回からミリンダも実演に参加することになったのである。
もちろん、ハルも同様だ。
「では、天候系魔法を披露するわ。雷撃!!!」
ミリンダが唱えると、数メートル先に立てかけられた6本の木片それぞれに、鋭い閃光が落ちる。
木片はその衝撃で裂けながら、はじけ飛んだ。
ミリンダは、複数の目標に正確に雷撃を命中させることが、当然のことのように冷静にその様を見ている。
威力も以前に比べて、格段に増している様子だ。
「では、次に・・・。雨粒弾!!!」
ミリンダの数メートル先の円形の領域に、無数の雨粒が降り注ぐ。
直径2メートルほどの領域だが、土の校庭には雨粒が当たった個所を示すかのように、無数のくぼみが出来ているようだ。
「この魔法は、只の雨粒のように見えるけど、威力を強めると地面に穴を開けたり、木々の葉を散らすことが出来るわ。
また、この水を厚く何層にも集中させることで、水の壁を作って相手の攻撃を軽減することも可能よ。」
ミリンダはそう言いながら、天候系魔法で雨風を起こしたり竜巻や雷を校庭に発生させていく。
『おおー、すごい!』
その都度、大きな歓声が沸き起こり、特に所長は身を乗り出して様子を観察しているほどだ。
「では、最後に最近覚えた・・・モンブランタルト・・・」
「極大寒波は駄目よ。皆凍ってしまうわ。」
しかし、ミッテランに止められてしまった。
「ええー、つまんない。」
ミリンダは面白くなさそうに頬を膨らませながら、壇から降りて来た。
「じゃあ、最後はハル君。召喚魔法を見せてあげて。」
ミッテランに促されて、ハルが壇上に上がる。
「分りました。天と地と水と炎に宿る神々と精霊たちよ、わが願いを聞き入れ、わが手足となりて役目を果たす、使途を授けよ。いでよ、ポチ!」
ハルが両手を大きく天にかざすように広げ、叫ぶ。
しかし、何事も起らなかった。
「あ・・・あれ?」
ハルが首をかしげる。
すると、天から降り注いでくるような、大きな声が辺り一面に響き渡った。
「わしは竜神だ。
どうやら、わしを呼び出した様子だが、地上を見ても魔物はおろか災害や事故も発生しておらん。
何の用だ?」
「ポチ?あたし、ミリンダよ。
ミッテランおばさんの魔法学校で、魔法の実演会をしているの。
今は召喚魔法の順番だから、ポチがひょひょいと出てきて欲しいのよ。」
ミリンダが上空を見上げながら、ハルの代わりに明るく答える。
「ひょひょ・・・、う・・・うん?
わしを誰だと思っておる、竜神だぞ。
その竜神が、只の見世物のような場に出て行けると思うか?」
それに対し、天の声は冷たく答えてきた。
「なによう、もったいぶって。」
ミリンダが不満そうに両足を広げ、腕を組んで立ち、天を見上げる。
「お言葉ですが、竜神様。
ここに居る次代を担う子供たちに、そのお姿を披露して、魔法の勉強の意欲を掻き立てることも、竜神様のお仕事としてあってもよろしいのではないでしょうか。」
そんな竜神に、所長が穏やかに声を掛ける。
「駄目だ!子供たちを喜ばすことをと言う考えには賛同するが、そうたやすく地上に姿を現すわけには行かんのだ。
申し訳ないが、勘弁してくれ。」
竜神の答えは頑なであった。
「仕方がないわねえ、ミケだったらちょくちょく召喚しているから、今回の召喚魔法はあきらめましょう。
じゃあ、他の炎系と氷系の魔法を披露して。」
ミッテランに言われて、ハルが灼熱や煉獄の炎の魔法を披露することとなった。
「済みません。では・・・
父さん、母さん、そしておじいさん、僕に力を貸してください・・・。灼熱の炎、灰と化せ!!!」
ハルの手から放たれた高温の白い玉は、正確に標的である巨大な切り株に達し、一瞬でそれを灰とした。
直径2メートルはありそうな大木の根は、瞬く間に消失した。
ここのところの訓練の成果が出ている様だ。
「次は、最近覚えた氷系の上級魔法です。
父さん、母さん、そしておじいさん、僕に力を貸してください・・・。極寒の息吹、白と化せ!!!」
ハルの目の前の空間が一瞬で真っ白い靄に包まれたかと思うと、数メートル四方の空間が瞬時に凍りついた。
空気中の水蒸気が、細かな氷の結晶となり、キラキラと太陽の光を反射しながら、ゆっくりとその場に舞い降りていく。
極大寒波ほどの広範囲にわたる効果は無いにしても、少人数同士の戦いであれば十分な効果がありそうだ。
「魔法剣士をやって。」
「そうそう、魔法剣士。」
実演を終えて壇から降りようとしたが、帯刀しているハルに対して、子供たちがはやし立てる。
ハルの帯刀は、学校公認なのだ。
そんな状況なので、みんな剣と魔法の融合を見たいのである。
ハルは、恥ずかしそうに頭を掻きながら、それでも腰の剣を抜き構えた。
「精神を集中して・・・・、炎の剣!!!」
ハルが叫びながら剣を振り下ろすと・・・・、何も起こらない。
「こ・・・今度こそ。・・・・・・・・・・氷の剣!!!」
もう一度、大きく頭上に振りかぶって剣を振り下ろすが、何事も起こらない。
「まあ、魔法剣士なんてことは、只の幻想にすぎないという事よね。
力と技で繰り出す剣技と、力がないのを補助する為に得た魔法が融合するというのも、おかしな考えだものね。
ハル父さんが、絶対に出来るはずだって言って、何度も練習していたけど、結局取得には至らなかったのよね。
やっぱり無理なのよ。」
ハルを見ていたミッテランは、小さく首を振りながらあきらめ気味に呟く。
仕方がないので、壇上から降りて標的である木片に近づいて、薪割の要領で剣を振り下ろした。
「あ・・・あれ?」
しかし、木片に剣が浅く刺さっただけで、割れることもない。
「うーん、時代から言って少なく見積もっても、千年以上は経っているだろう。
その上、あまりにも長い期間沼の底に放置されたために、元は豪剣だったのかもしれないが、今はなまくら刀という事もありうるなあ。
包丁と一緒で、研いで見てはどうだろうか。」
剣には錆などが浮いているようには見えないが、刃が丸まっているのかもしれない。
「でも、今の時代ではこのような剣の刃を研げるような技術を持った人は、居ませんよ。
少なくとも仙台市には居ない。
包丁ですら、旧文明の遺物である研ぎ器を使っているのですからね。」
所長の言葉に、ジミーが反応した。
「うーん、確かにそうだ。
でも西日本の都市なら、そういった職人も居るかもしれん。
ちょっと後で確認してみよう。」
がっくりと肩を落とすハルに、所長が慰めの言葉を掛けた。
実演会の後は、各個人の練習だ。
「無心、無心になる・・・。」
所長もアマンダに言われたことを意識しながら、無心で魔法効果を出せるよう、両手を広げて構えながら目をつぶって集中している。
「天田ちゃんには負けちゃいられない。
おいらだって、魔法を・・・。」
珍しく手が空いたようで、今回はジミーも参加していた。
年の割にハルやミリンダとの接触も多く、魔法に対する理解は深い二人だが、いかんせん忙しくて授業に参加する時間が取れないせいか、未だ習熟への道は遠い様子である。
「ゴロー、ゴローも魔法を披露してあげたら?」
校庭の隅の方で魔法の実践を眺めていたゴローの元に、ミリンダが近寄ってきた。
「僕?僕はただの吸血鬼だから、みんなのような魔法は使えないよ。」
ゴローは微笑みながら答える。
「出来るじゃない、蝙蝠への変身。
それに変身したら空も飛べるのだから、立派な魔法よ。」
ミリンダは、明るく微笑みながら続ける。
「あははは、そうとも言えるね。
でも、この魔法は披露しても、誰も覚えることは出来ないよ。」
ゴローは微笑みながら、小さく首を横に振った。
「そうね、でも人間ならだれでも魔法を使えるって、所長さんは言っていたけど、ゴローは何百年も生きてきているのに、他の魔法は使えるようにはならなかったの?」
ミリンダの疑問ももっともだ。
文明の発達しきっていない、自然と共存していたころから生きてきたゴローならば、もっと他の魔法が使えてもおかしくはないとも考えられる。
「うーん、そうかも知れないけど、僕が出来るのは美女の血を吸う事と、蝙蝠に変身する事だけで、後は死なない体だってことだけだよ。」
ゴローは申し訳なさそうに頭を掻いた。
「うーん、竜の化身みたいに、ずっと昔に蝙蝠と人間の魂が融合した魔物かもと思ったけど、それじゃドラジャだし、ドラジャだったら簡単に退治できてしまうから、不老不死とは言えないわよねえ。」
ミリンダは考え事をしているように、自分の顎を右手で作った拳で支えた。
「それに、ドラジャだったら人の血を吸う事もないよ。
昆虫とかが主食だからね。」
ゴローの言うとおりである。
「生きているうちの、どこかで不死の体を手に入れたのだろう。
血を吸う事になったのは、その後の事かも知れない。
ゴロー君の体は、骨もしっかりしているし、血液が足りなくなるような要素はないからね。」
二人の会話に、魔法の練習を終えた所長が加わってきた。
ゴ・ロー誕生のいきさつを知らない彼らには、ゴローの体の秘密を解き明かすことが、当面の話題となっているのかも知れない。
「では、中部の村の件について分ったことを報告します。
と言っても、まだ途中までなのだが、あの葛籠の中に入っていた箱に巻き付いていたと思われる布に書かれた文字の解読結果を報告する。
かなり古いものの様で、現代で言う草書体よりも崩し方も大きく、字体も旧字体の文字が多いので解読に手間取っていて、全部は読めてはいない。
それでも、内容の判っている古文書の資料などと突き合わせて、解読を続けている。」
魔法学校が終わった後、ハルたちを集めた学校の応接室で、所長が大きな白い布を広げて説明を始めた。
中部の村人たちが行方不明になった時に、ミリンダが葛籠の上に置かれていたのを見つけた、文字が書かれた布の解析途中経過である。
「どうやら、あの剣について書かれているらしい。
あの剣は、鬼に手傷を負わせた唯一の剣であり、悠久の時を経て剣に精霊が宿ったものとなっている。
そうして、日本の隣の国である、大陸から渡って来た物のようだ。
大陸のどこからかなど、詳しい地名などはまだ解読できていないので良くは判らないのだが、ともかく、一人の剣士が剣を携えて、日本に鬼を封印する為にやってきたようだ。
その時代も、定かではない。
つまり、元から日本にあった剣ではないようなのだ。
その剣が鬼たちを封印して、封印を解くことが無いよう布に記載して、沼の洞窟に保存したようなのだが、先日中部の村で誤って封印を解いてしまったのだな。」
所長の説明の最中、ハルは腰からぶら下げている剣をしげしげと、何回も見直しているようだ。
「ふーん、その鬼と言うのは、どういう魔物なの?」
ミリンダが質問をする。
「うーん、そこが良くは判っていない。
どうやら、鬼の説明事態は、それほど詳しくは書かれていない。
まるで、その当時は鬼と言う存在が当たり前に居た様に、普通に記載されているだけだ。」
所長が残念そうに、うなだれながら答えた。
「兎も角、その鬼と言うのを、封印すればいい訳よね。
でも、どこにいるか分っているの?」
「いや、それも全く分かってはいない。
ハル君が持ち主となった剣を、常に身に付けていれば、何らかの接触があるのだろうと考えてお願いしているのだが、未だに何の変化も無いようだ。
とりあえずは、下手に動き回らずに、周りの状況を慎重に観察して行こうと考えている。
勿論、西日本の都市と九州の町にも、周りの変化に注意をするよう伝えてある。
九州でのトラブルだって、原因はどうあれ、この剣と全くつながりがないかどうかも、分ってはいないわけだからね。
なにせ、あの時も鬼に関係しているようだったのだから。
あの件が直接関係無いにしても、今後は関連する事態が起こらないとも限らないしね。」
所長は、とりあえずは静観と告げた。
「ふーん、今のところは向こうから仕掛けてくるのを、待っているしかないという訳ね。」
「そうなるね、申し訳ないけど、緊急の呼び出しには常に備えるようにしておいてくれ。」
ミリンダの問いかけに、所長は大きく頷いた。




