56話
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「よ・・・よかったあ・・・、あれは夢だったんだ。
本当に良かったあ。」
ハルは、広間の奥に居る村人たちの姿を確認すると、ほっとしたように膝をついて崩れ落ちた。
「おい、ハル君、一体どうしたっていうんだ?」
ジミーが目の前で倒れているハルの両肩を掴んで、必死に揺り動かす。
そんなハルにミッテランが近寄ってきて、治癒魔法をかけてやる。
「突然現れましたけど、皆さんは今までどこに隠れていたのでしょうか?
事情を説明できる方はいませんかあ?」
所長は、大きな声で問いかけながら、突然現れた村人達の元へと近づいて行く。
「おお、これはこれは、仙台市の研究所所長さんではないですか。
本日は、定期確認ですかな?
我々はいたって元気です。
村の作物の収穫も良好ですじゃ。」
ひげを蓄えた長老は、他の村人に支えられながら、それでも明るく答えた。
「どうも、お久しぶりです。
お加減はいかがですか?
もしよろしければ、長老さんだけでも仙台市の病院へ入院して、看護をすることも出来ますがね。」
所長は、いつものように長老の体を気づかうような提案をしてみた。
「いやあ、まだまだ元気ですじゃ。
それに、やはり死ぬときは住み慣れたこの地で・・・と思っておるものですからな。」
長老は居間に置かれた椅子へと、体を支えられながら何とか座ることが出来た。
「それはそうと、先ほどもお聞きしましたが、皆さんが突然この部屋に現れたことについて、どなたか説明できる方はいらっしゃいますか?」
所長は、もう一度ゆっくりとした口調で尋ねる。
「我々が、突然この部屋に現れた?
こちらから言わせていただければ、あなたたちの方が、突然我々の目の前に現れてきたようなのですけど?」
長老の世話をしている、中年の男が目を大きくして驚いたように問い返してきた。
「違うわよ、父さん。
父さんたちは、もう8日もいなかったのよ。
座敷牢に入れられていたから、事情は分からなかったけど、あたしたちをほったらかしにして、一体どこへ行っていたの?
3日目に、この人たちが来てくれたから良かったものの、そうじゃなきゃきっと今頃は飢え死によ・・・。」
瑞葉が積もり積もった不満をぶつける。
「そうなのか・・・?
じゃあ、あれは夢ではなく現実・・・。」
瑞葉の父親が、遠くを見るような目つきで、ひとり呟く。
「すみませんが、あなたたちの身に起きたことを、詳しく説明していただけませんか?」
所長は、もう一度質問を繰り返した。
「僕が見た夢の世界では、村の人たちはお互いに殴り合いの喧嘩をしていました。
男の人も女の人も、血を流しながらなぐり合う野蛮な事です。」
ジミーに支えられて、ようやく立ち上がったハルが、所長の背後から答えた。
「そ・・・、そうです。あれが、夢ではないと言うのならばですが・・・。
我々は、どうしてかは知りませんが、洞窟のような閉鎖された空間で殴り合いの喧嘩をしていました。
そこがどこなのかは判りませんが、一人、また一人と増えて来て、ついには村人のほぼ全員が、その場に集まったのです。
そこには見知らぬ男がいて、我々を手招きして広い場所へと導きました。
どういう訳かは判りませんが、その男を見ると私は、他の村人たちと戦わなければならないというような、使命感を感じました。
長老が行司を務めて、最後まで勝ち残るものを選ぶと聞かされていました。」
別の村人が話を続ける。見覚えがある、桔梗と言う娘の父親だ。
「その・・・、最初から順を追って説明していただけませんかな?
こちらには何のことかさっぱり・・・。
その・・・、洞窟のような空間へ行く前の状況とかも含めてお願いいたします。」
所長は、申し訳なさそうに上目づかいで問い返した。
「ふうむ・・・、わしたちにも何の事だかさっぱりなのですが、一応自分の身に起きたことを説明いたします。
あれは、竜の化身様の生贄の儀式が解決してからすぐのことじゃった。
竜の化身様の住処だった洞窟から、お供えとして捧げた貴重な村の食料を運び出したのじゃが、その中に葛籠が混ざっていたことを、つい最近見つけましたのじゃ。」
長老は、思い出しながらゆっくりと語りだした。
「ああ、知ってる!
大きい葛籠と小さい葛籠があるのよね。
そうして小さい葛籠を選ぶと、良いことがあって、大きい葛籠を選ぶような欲張りは・・・。」
すかさずミリンダが、手を挙げて元気よく話し出した。
「えっ?葛籠は、大きいも小さいも・・・一つしかありませんでしたが・・・。
まだほかにもあったのですかな?」
長老が、慌てて聞き返してきた。
「しっ、昔話じゃないんだから、ミリンダちゃんは少し黙っていてくれるかな。」
ジミーが、小声でミリンダをたしなめる。
「はーい。」
ミリンダは両手を頭の後ろ側に組んで、つまらなさそうに返事をした。
「すみません、話の腰を折ってしまいました。
続けてください。」
所長が、長老を促す。
「葛籠の中には、細長い布で何重にも厳重に巻かれた木の箱と、その布の結び目の所に剣が付けられておりました。
布を解いてみたところ、木の箱の中には、5つの光り輝く美しい玉が入っておりまして、分厚い木の板に座繰りを入れた型枠に収められておりました。」
「ほう、それがこの部屋にあるテーブルに乗っている、木の板という訳ですね。
今は、玉は1つしかありませんね。
この他に4つの玉があったという訳ですかな?
それらはどこかへと持って行ったという訳ですかね?
また、型枠には大きな玉の周りに少し小さめの玉用と思われる座繰りが5つ。
それでも1つ足りませんが、初めから玉は5つだけでしたか?」
所長は、念を押して確認した。
「は・・はい。玉は大きな玉が一つと、それを取り囲むように少しだけ小さな玉が4つ入っていたようです。
最初に開けた者が、枠には小さな玉は5つ収められるようになっていますが、4つだけだったので、違和感があったと言っていたことを、よく覚えております。」
長老は、そう繰り返した。
それに対して、傍らにいる瑞葉の父親も同様に頷く。
「あ・・あのう・・・。
あたしが見つけた時には、小さな玉も5つあったのよ。
生贄騒ぎから2週間後くらいよねえ、昼間の畑仕事でどうしてもお腹が空いて、でも毎日与えられるもの以外は食べちゃ駄目だって言われていて、それでも我慢できなくなって、葛籠の中に食べ物がないか探してみたの。
でも、玉が入っていただけで・・・、それもそのうちの一つは大きく割れていたから、開けたあたしのせいにされると困ると思って、取り出して土に埋めたわ。
そうして、気づかれないように布をぐるぐる巻きに戻して、葛籠も元通りにしておいたの。
あ・・・あたしが割った訳では、決してないからね。」
桔梗が小さく手を挙げながら、か細い声で続ける。
「そ・・・そうですか。その玉を埋めたところは判りますかな?」
所長が、意気込んで聞き返す。
「それがねえ、2〜3日で無くなってしまったの。
分りやすいように、大きな木の根元に埋めたのだけど、誰かが掘り返したのか、穴が開いていて・・・、随分前に見に行った時にはすでになかったわ。
だから、みんなはもうそのことを知っていると思っていたのだけど・・・。」
「そうですか・・・、イノシシとか獣が掘り返したのですかねえ。」
所長が腕を組んで考え込む。
「すみません、また話を止めてしまいましたね。
申し訳ありませんが、続けてください。」
所長が、再度長老を促す。
「この玉が、何を意味するのかは分からずに、とりあえずここにそのまま放置しておいたのですが、日に日に玉の数が減って行くのです。
開けた翌日には既に3つになり、その次に確認した時には2つになりと・・・。」
「玉は、ひとりでに数を減らして行ったのですか?
残った玉を見たところ、随分きれいに磨かれた玉の様ですから、他の玉も同様にきれいで、自宅の飾りつけとして、どなたかが持ち帰ったとかいう訳ではありませんか?」
所長は長老の言葉を遮ると、村人たちの顔を見回した。
「いえ、ここに居る村人たちは、断りもなく勝手にそういった事をするような人間ではありません。
理由は判りませんが、我々の誰も触ってはいないのに、玉は日に日に数を減らして行ったのです。」
長老は、真剣な表情で所長に告げる。
その言葉に、村人たち全員が深く頷いた。
「そうして、一緒にあった剣が光り出したのです。
最初は弱く光っているだけでしたが、玉の数が減るにしたがって段々と強くなり、まるでなくなる数に呼応するかのように。
そうして、大きな玉一つだけになった日に、その剣の光に吸い寄せられるような感覚になりました。
剣へ触れると、どこか別の世界へと飛ばされたような、夢の世界へといざなわれたのです。
そこにいた男に、今から一番強い者を見つけるから、お前は行司をやれと言われて、軍配を持たされました。」
長老は、ゆっくりと話し終えた。
「そうです、その男に、お前は20番目で最後の人間だから、戦いに参加しろと無理やり言われました。
村の人たちとの戦いなんて、いやだって断ったのですが、どうしてもってしつこいので、だったらあなたを攻撃しますって言って、その男目がけて魔法を唱えました。
でも、炎の竜巻は簡単に防がれてしまって、こんな強い人だったら煉獄の炎でも大丈夫かなって思って唱えたら、その魔法を弾かれて村の人たちに向かって行ってしまって、村の人たちが全滅しました。
そうしてお前が一番だ、後はよろしくと言われたのです。
その後、いつのまにかこの部屋へと戻って来ていました。
村の人たちを傷つけてしまったのではないかと心配しましたが、無事だったのでほっと一安心です。」
ハルが、胸を押さえながら僅かに笑みを浮かべて続けた。
「おお、そうじゃ。村人たちが真っ赤な玉に包まれて、燃え尽きてしまったんじゃ。」
長老も、ハルの話を聞いて何度も大きく頷いた。
「村人たちの中で、一番強い人を見つけるというのは、何のためだったんだろう。
その男の人は、戦う事について、理由は言っていなかったかい?」
所長は、ハルの方に振り向いて尋ねた。
「はい、僕としても、どうしてあんなことをしているのか理由が知りたかったので、男の人に尋ねました。
そうしたら、鬼の玉が解放されてしまったと言っていました。
自分は剣の精で、鬼を封印しなければならないが、剣を使える人物を探しているって。
その為の戦いだって言っていました。
今なら、剣の力だけでも封印できるって。
でも、その時は玉の事も知らないから、変な事を言う人だなあって思って、村の人よりも男の人を攻撃することに決めました。」
「ふーん、剣の精ねえ。
本当に、今の世界は何でもありだなあ。」
そう言いながら、ジミーはテーブルに置かれた剣を持ち上げて見た。
ずしりと重い感触はあるが、剣の精が宿るようないわくつきの剣と言う感じはしない。
「両刃の剣で、日本刀とは異なる。
もし、日本のものだとすると、相当に古い時代のものだろう。
すまんがハル君が持ってみてはくれないか?
元は光り輝いていたという事だったが、今は何もない普通の剣のように見える。」
所長は、そう言いながらジミーを促し、ジミーは鞘付きの剣をハルに手渡した。
ハルが剣を手に持つと、突然小刻みに体が震えだす。
そうして鞘から剣を抜くと、剣は眩いばかりの輝きを放った。
それは一瞬ではあったが、余りのまぶしさに、一同目を細めたほどである。
(この剣は、そのままでも強大な力を持つが、お前の魔法力と相乗効果をもたらして、更なる力を放つだろう。
しかし、その力に奢ることなく、私利私欲のためではなく正しい事のみに使うように。
最終目標は、あくまでも鬼の封印だ。)
ハルの頭の中に、声が響き渡る。
剣は、その後は輝きだすことはなかった。
「頭の中で、声が聞こえます。
正しい事に使えって、鬼の封印が目的だって言っています。」
ハルは、そう言いながら剣を鞘に戻した。
「ふうむ、どうやらハル君が本当の持ち主になったという事は、間違いがなさそうだな。
鬼の封印か、鬼と言えばゴロー君も先日の九州の時に話していたな。
彼には、その辺のところを聞いて見たのかね?」
所長が、ハルたちの顔を見渡す。
「いえ、ゴローさんは灰になっちゃったんで、ツボに入れて土に埋めました。
今回こちらに来るまでに復活できなかったので、帰ってから聞こうと思っていました。」
ハルが代表して答える。
「そうか、じゃあ、ゴロー君にも確認してみよう。
もしかすると、九州の件も関係があるのかも知れんしなあ。」
所長は顎を触りながら、難しい顔をしている。なにか考え事をしているようだ。
とりあえず、村人たちも全員の無事が確認されたので、今回の件は解決という事に落ち着いた。
人的被害もないし、夢のような仮想空間での事件であり、調査など出来そうもないのである。
ミッテランも含めて持ってきた缶詰類は、緊急時のための保存食として座敷牢に入れて管理されることになり、瑞葉と桔梗は減量の効果も出て来たので、夜間だけの座敷牢生活からは解放されることとなった。
今回のように、村人の身に異常があった場合に、座敷牢に囚われたままでは困るという事になったものである。
大きな玉を一つだけ入れた木箱は葛籠に収め、村人たちは必要ないと言うので、仙台市へ運ぶこととなった。
瞬間移動できない歩きの分は、トン吉が背負って運ぶのだ。
それでも、それほど大きな葛籠ではないので、トン吉は余裕の表情をしている。
ハルはというと、鞘の紐を腰に結んで剣を携え、いっぱしの剣士を気取っているようだ。
ミリンダが、そんなハルをうらやましそうに見ている。




