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55話

                   2

「トン吉・・・トン吉!

 しっかりしなさい。一体どうしたっていうの?」

 テーブルを指さしたまま、動こうともしないトン吉に焦れて、ミリンダが大声で声を掛ける。


「は・・・はいい。

 あっしらが1階を見て回ったのですが、どの部屋にも村人は1人もいませんでした。


 そうして、この大広間へ来たら、このような状態になっていたので、ハル坊ちゃんが何だろうと言いながら、その剣を掴もうとしたのです。


 ところが剣に触った途端、坊ちゃんの体が光り輝いたかと思うと、一瞬で居なくなりました。

 瞬間移動したのかもと思い、部屋の隅を見回しましたが、どこにも現れません。

 一体どうしたっていうのでしょう?」


 トン吉は、自分が守るべき対象であるハルが突然消えたことに、大きく動揺している様子だ。

 かなり責任感が強い性格をしているのだ。


「でも、どうして剣なんかを触ろうとしたんだい?」

「へい、あっしらがこの部屋に入った時に、何かの光りを感じたのですが、よく見るとその剣が光っていたのです。」


「剣が光っていた?

 でも、今は何ともない様子だけど、それとも、ろうそくか何か明かりがあって、それが反射していたのかい?」

「いえ、部屋の中には明かりはありませんでした。

 今と同じく、障子を開けた日の光だけです。


 でも、それよりも明るく剣は輝いていたのです、その光に誘われるように・・・。

 でも・・・、ハル坊ちゃんが消えた時から、剣の輝きはなくなりました。」

 トン吉は、何か恐ろしいものでも見る様に、剣を睨みつけている。


「ふーん、この剣に触って・・・・?」

「待って。駄目だ、ミリンダちゃん。」

 ミリンダが部屋の中へと入って、ハルが持ち上げようとした剣に触れようとする瞬間、ジミーが押しとどめた。


「ハル君が、突然他の場所へと瞬間移動する事って、考えられるのかい?」

「ハルが勝手に他所へ行く事はないと思うわ。


 それに、瞬間移動は屋内からだとすごく難しいのよ。

 外の景色が見えないから、微妙に方角を見誤ったりして。

 それに、縁の下なんかがあって高さも違うから、変な所へ移動することもあるので、絶対にしないわ。


 瞬間移動する時は、移動先が見える範囲内であれば別だけど、以前行った場所などへ移動する場合は、見晴らしのいい広い場所から、同じく広い場所へと移動するだけよ。

 部屋の中で、そこからこっちへなんて見える範囲で移動するのは可能だけど、ある建物の部屋から別の場所の建物の部屋へなんて移動は、あたしたちにはできないわ。」

 ミリンダは、そう言うともう一度剣へと手を伸ばした。


「まって!その剣に触ってはいけない。」

 ジミーは焦って、再度ミリンダを制止する。


「どうして?」

 ミリンダは手を止め、不思議そうにジミーに振り向く。


「だから、ハル君が突然瞬間移動することが無いのであれば、それではない方法で姿を消したんだと思う。

 そうして、村人たちもどこにもいないところを見ると、ハル君と同じように、突然消えたのかも知れない。


 そうすると、その剣が怪しいという事になる、人を惹き付ける様に光っていたっていうのだからね。 

 剣に触ると消えてなくなるとか、変な事が起きるんだとしたら大変だ。触ってはいけない。」

 ジミーの言葉に、ミリンダは思わず手を引っ込める。


「えーっ、じゃあ、剣に食べられてしまったとでもいうの?」

「分らない・・・。」


「じゃあ、どうすればいいの?」

「分らない・・・分らないから、一旦仙台市へ戻って、応援を呼んで来よう。

 おいらたちだけじゃあ、手に余るよ。


 なにせ、村人たちとハル君含めて、20人以上が行方不明なんだから・・・。」

 ジミーは力なく首を横に振った。


「これ・・・これは、昨日習った草書体の文字でしょ?

 なんて書いてあるの?」

 ミリンダは、テーブルの向こう側にある箱に掛けられている白い布を手にした。


 多分、剣などを包んでいたのであろう、所々に折った癖がついているが結構な大きさがある。

 布には、縦に黒い線のような物が、一定の間隔を保ちながら端から端まで何列にもわたってびっしりと描かれている。

 それはミリンダの言うとおり、草書体で書かれた文字のようにも見える。


「うん、その様だね。

 でも・・・・、字が崩されすぎていて、おいらじゃあ読めそうもない。


 所々にそれとなく分るような文字があるけど・・・ 

 この字は剣・・・かな?この字は鬼と読めるけど・・・・、あまり自信がない。

 とりあえず、この布も持って行ってみよう。」

 ジミーは手渡された布を見て、うなった。


「申し訳ないけど、トン吉さんはここに残って、この部屋の物に誰も手を触れないように見張っていて欲しい。

 万一、村人たちが無事で帰って来たとしても、ハル君が消えたのは事実だから、手を触れないようにしておいて欲しいんだ。


 君たちも、ここへ残って一緒に見張っていて欲しい。いいかい?」

 ジミーは、そう言いながらトン吉と瑞葉と桔梗の1人ずつを見回した。


「へい、判りやした。」

「いいけど、お腹が・・・。」

 瑞葉も桔梗もお腹を押さえて、ひもじそうにしている。


「おおそうか、3日も食べていないんだものなあ。

 缶詰だけど食料は持ってきているから、それまではこれで食いつないでいてくれ。」


 ジミーは自分のリュックを下ろすと、中から缶詰を大量に取り出して、2人へと手渡した。

 2人は、居間へ続く襖を開けて中へと入ると、缶詰を開けてむしゃぶりつくようにそれを食べだした。


「当面の分は置いて行くし、トン吉さんのリュックにも結構な量が入っている。

 だけど、君たちは食事制限中なんだから、食べる量に気を付けてくれよ。」

 ジミーはそう言い残して、最小限の缶詰を自分のリュックに詰めなおして、ミリンダと村を後にした。



「ここは?」

 ハルが周りを見渡すが、薄暗くて周りが良く見えない。


 洞窟の中なのか、湿ったような重苦しい空気に満たされた空間のようだ。

 理由は判らないが、中部の村の長老宅の大広間に居たハルは、どこかの洞窟の中のような場所に飛ばされてきた様子だ。


 何のあてもなく歩いていると、やがて遠くの方にわずかばかりの光が見えてきた。

 その光の方へと急いで歩を進めると、そこは、広い空間だった。

 広いと言っても、どのくらいの広さなのか、壁も天井も見えないので分らない。


 見えないというよりも、数メートル先は霧がかかったようにぼやけているので、見通しがないのだ。

 しかし、ここも外の開放された空間ではないようだ。

 頬に当たる風を感じることも、虫の音を聞くこともない、場所も分らないが閉鎖された空間のようだ。


 よく見ると、視界の先では何十人かの人たちが、運動をしているようだ。

 いや、よく見ると運動ではなくて、掴み合いの喧嘩をしている。

 止めなければ・・・


 ハルがそう感じて小走りで人々に近づくと、彼らには見覚えがあった。中部の村人達だ。

 村人たち同士で、男も女も入り混じりながら殴り合いのような喧嘩をしているのだ。

 その光景にハルは、一瞬たじろいだが、すぐに大きく息を吸った。


「みなさーん!どうしたのですか?

 争いはやめてくださーい!」

 ハルは、大声で呼びかける。


 しかし村人たちは、ハルの声がまるで聞こえていないかのように、何の反応も示さずに、殴り合いを続けている。

 よく見ると、奥の方には何かを手にした老人が、叫びながら村人たちをけしかけている。

 ハルが近づいて行くと、それは軍配を手に持った村の長老の姿であった。


 長老が、行司を務めて村人たちの喧嘩をけしかけているのだ。

 なんだろうか、次の村の長の座を争うバトルロイヤルであろうか。


「おい、どうした。

 お前が20人目で最後の参加者だ。

 未だに決着がついていないから丁度いい。

 早くお前も参加しろ。」


 信じられない光景に、ハルが呆然と立ち尽くしていると、突然背後から声がした。

 驚いて振り向くと、そこには顔中ひげもじゃで、両耳の所で長い髪を束ねて縛った男が立っていた。


 表情は、笑っているようにも、怒っているようにも見ることが出来、年も若いのか老いているのか、よく判らないような顔つきをしている。

 ハルはその男の顔に、見覚えはなかった。

 中部の村の住人ではないはずだ。


 その男も、長老同様戦いには参加していない。

 しかし、軍配は持ってはいないし、戦いをけしかけている様子にも見えない。

 ただ、村人たちの戦っている様子を、じっと眺めているだけのように感じられる。


「あなたは誰ですか?

 あなたが長老さんを使って、中部の村の人たちに喧嘩をさせているのですか?


 そうでしょう?この人たちは、みんな普段は協力し合って生活していて、争う事なんか決してしない人たちなんですよ。

 今すぐにやめさせてください。」


 ハルは、男を厳しい目つきで睨みつけた。

 穏やかな性格のハルには珍しく、ひどく興奮している様子だ。


「俺か?俺様はなあ、剣の精だ。

 彼らは中部の村人と言うのか?ずいぶんと変わった名前だなあ。

 全員同じ名前か?それとも中部の村人1,2と続いて行くのか?


 喧嘩?この戦いを喧嘩と言うのなら、それは止めさせられないなあ。

 なにせ、俺様を使うのにふさわしい剣士を選び出すための戦いだ。


 まあ、俺様を使えばどんな弱っちい奴でも、最強の剣士にはなれるのだが、力があるに越したことはない。

 前回同様、20人の人間を戦わせて、勝ち残った奴に俺様を持つ権利をあてがう訳だ。


 分ったら、坊やも参加してくれ。坊やで丁度20人の締め切りだ。

 いや、最初から20人いたのだが、余りに年取ったのが居たもので、そいつは行司という事で一人待ちかねていたのさ。


 坊やじゃあ、どうせすぐに負けてしまうだろうから、只の人数合わせだが参加するだけ参加してくれ。

 はなっから期待されていないのだから、気が楽だろう?」

 男は、そう言いながらハルの背中を押す。


「嫌です。どうして僕が、村の人たちと戦う必要があるのですか?

 それに、僕は坊やではなくハルと言います。


 この人たちも中部の村人と言う名前ではなくて、其々にちゃんとした名前があります。

 中部の村と言うのは、この人たちが住んでいる場所の事です。」

 ハルは男が押す手を、身を翻して躱しながら答えた。


「うーん、ハル君かあ。

 分ったから、参加するだけ参加して、ね、お願い。」

 男は、顔の前で両手を合わせて、拝むようにして尚もハルに迫ってくる。


「いやです、どうしてこんなことしなければならないのですか?

 理由を教えてください。」

「理由?言ったところで、信じちゃあくれないよ。」

「信じるかどうかは、話を聞いてから決めます。

 まずは話してください。」

 ハルは、嫌がる男の腕をつかんで、目をじっと見つめた。


「ふーん、こんなことを言い出す人間は初めてだなあ。

 大抵の人間たちは俺様の言う事には逆らえずに、素直に言う事を聞くものだが・・・。

 まあいい、じゃあ・・・特別に話してやろう。


 実は、俺が封印していた葛籠が開かれて、中にあった鬼の玉が解放されてしまった。

 だから、俺を使う剣士を選び出して、もう一度鬼を封印しなければならないのだ。


 今ならまだ、鬼は力をつけてはいない。

 まだ間に合う、俺様の力だけでも封印は可能だろう。

 急がなければならないのだ、すぐに動かなければ・・・。」

 男はそう言うと、目をつぶって黙り込んだ。


「鬼を封印する為に、村人たちを争わせていると言うのですか?

 こんなに傷つかせて・・・、あなたの方が鬼ではないのですか?


 どうせ戦うのであれば、僕はあなたと戦います。

 炎の竜巻・・・燃え尽きろ!!!」


 ハルの周りに炎の玉が発生し、やがて体の周りを渦のように回転し始める。

 やがてそれは目標物を定めたかのように、一列になって男の方角へと向きを変え、一つの大きな炎となって男に襲い掛かる。

 ・・・・・しかし、炎は男の目の前で消え去ってしまった。


「おお、いいぞ。


 坊や・・・ハル君だっけ、君は魔法が使えるのだな?

 へえ、まだ若いのにたいしたものだ。

 前の時代でも、こんな人間はいなかったぞ。


 でも、こんな相手にやけどを負わせるだけのような弱い魔法ではなくて、もっと強力な魔法は出来ないのかい?」

 男はハルの魔法を見ても、余裕で構えている。


 そんな男の様子を見て、ハルも少しは強力な魔法を使っても平気ではないかと考えた。

 そうして、炎の竜巻の威力を強めるよりも、煉獄の炎を弱めて発した方が、相手に対する脅しとしての効果が高いのだろうという考えに至った。


「父さん、母さん、そしておじいさん、僕に力を貸してください・・・。煉獄の炎、浄化せよ!!!」


 ハルの体から発せられたいくつもの小さな玉は、音もなく頭上へと浮かび上がる。

 その赤い玉は、男に向かって周囲からその体を取り囲むように、勢いよく近づいて行く。

 やがてその玉が男の体に達しようとした瞬間、男は大きく腕を振り払った。


 すると、その玉の一つ一つが村人たちの方へと飛んでいき、次々と村人たちへとぶつかっていく。

 やがて、村人たちはそれぞれの体の内側から赤い光を放って燃え尽き、灰となってしまった。


「え・・・ええっ?」

 その光景を見ていたハルは、絶句した。


「いやあ、いいなあ。

 丁度20人目に本物の勇者が現れたようだ。


 今回は本当に大豊作だ。

 君に俺の身を預ける。

 何としても鬼を封印してくれ。」


「いや・・・でも・・・村の人たち・・・。」

 ハルは、周囲を力なく振り上げた手で指しながら、それ以上の言葉が続かない様子だ。


「ああ、村人たちは何ともない。

 さっきのはただのイメージ映像だ。

 みんな元気でぴんぴんしているよ。

 では、よろしくな。」

 男がそう言い放つと、途端に辺りが明るくなり、視界が晴れてきた。



「ふーむ、この剣に触った途端、ハル君が消えたという訳だな。」

 近代科学研究所の所長が、問題の剣に触りながらジミーたちに状況の確認をしている。


 あの後、仙台市へと戻り、所長に応援を頼むのと、釧路の村へと無線で連絡してミッテランさんに、瞬間移動で来てもらったのだ。

 そうして、もう一度4人で中部の村へとやって来た。

 往復で5日間の日にちが経過している。

 所長は一応手袋をしているが、光を放たなくなった剣には、触れても何事も起きない様だ。


 そうこうしているみんなの目の前に、ハルと村人たちが突然出現したのだ。

「ど・・・どうなっているの?」

 ミリンダは、腰を抜かすぐらい驚いて、座り込んでしまった。


「じ・・ジミーさん」

 突然現れたハルは、目の前のジミーに向かって、ただ名前を呼ぶので精いっぱいだった。


「と・・・父さん・・・。」

「瑞葉・・・」

「桔梗・・・」


 部屋の向こう側では、二人の娘たちと父親との再会が果たされていた。

 男が言った通り、村人たちは全員無事な様子で、この部屋に元気な姿で現れた。


「一体全体・・・、どうなっているんだ?

 突然消えて、それが突然現れるなんて・・・。」

 所長もただ呆然と立ち尽くしている。

 さすがの大広間も、20人を超える人数になり、一気に過密状態となってしまった。



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